【完結】破門聖女と囚われの竜   作:大根ハツカ

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六話:煌びやかな樹上都市

 

 

 

『これが無法都市、ですか』

 

 激流樹海アシリミッツ。

 啄脳鳥(モーショボー)に連れられ、その中ほどまで進んだアナテマ=ブレイクゲートと竜胆ウルウ……そしてトリィは、樹々に隠されていたその都市を見つけ出す。

 二人(と一羽)が無法都市の入口まで辿り着いたのを見届けた啄脳鳥(モーショボー)は、もう用事は済んだとばかりに飛び立つ。しかし、ウルウはそれを認識する事すらできない。目の前の光景に目を奪われていたが故に。

 

 

『きれい……』

 

 

 思わず、ウルウは声を漏らした。

 その言葉に滲むのは感嘆。

 

 それもそのはず。

 犯罪者の巣窟と呼ぶには、そこはあまりにも──()()()()()

 

『樹上の街だなんて幻想的ですけど、どうしてこんな場所に作ったんでしょうか』

「『……洪水対策、じゃないかなあ。知っての通り、激流樹海アシリミッツは常に雨が降っていて、川もよく氾濫を起こす。そもそもアシリミッツって白銀語──樹人種(エルフ)の言葉で勢いが強い川を意味するくらいだし』」

 

 頭上に広がる大樹の枝、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 無数の樹々と融合する形で存在する木造の住居。それぞれの樹々や枝を繋ぐのは、植物の蔓や丸太で建造された吊り橋。

 

 雨は降らない。降っているのだろうが、この街までは届かない。一〇〇メートルは優に超える超巨大な樹の枝葉が空を覆い、傘や天井の代わりとなって雨を防いでいるのだ。

 その代わりに辺りは昼前にもかかわらず薄暗いが、そこら中に甘月実(バナナ)の皮が飾られていて、蛍光ピンクの光が幻想的に樹海を満たしている。

 そして、何よりも、超巨大な樹そのものが仄かに光を発していた。太陽ほどの明るさはなくても、月のように暗い樹海を照らしているのだ。

 

 妖精たちの住処と言われても不思議ではない。

 無法都市とはそんな絶景の都市だった。

 

「いや、でも……本当にこの場所? ここが無法都市って、マジか……」

 

 一方で、アナテマは苦しそうに顔を歪めた。

 彼女の話した言葉は理解できずとも、それが無法都市を肯定する言葉ではなかったのは確かだろう。

 

『どうしました?』

「『……あの巨大な樹。あれは神祖樹(イルミンスル)の枝って言われてて、樹人種(エルフ)が御神木として崇めている樹なんだけど』」

『それが?』

「『その近くにあるって事は、あの樹上にある街は樹人種(エルフ)が作ったものなんだと思う。さっき言った洪水対策以前に、樹上で生活するのは樹人種(エルフ)の特徴だし。……じゃあさ、そんな街を樹人種(エルフ)が犯罪者なんかに明け渡すと思う?』」

『…………ま、さか』

 

 あの美しい街が樹人種(エルフ)が使ったものなのだとして、現在は無法都市が存在する場所なのだとして。

 ……ならば、元々いたはずの樹人種(エルフ)は? とうに放棄された拠点なのか、犯罪者達と戦って別の場所へ追いやられたのか、あるいは────

 

『殺されたって言うんですか……⁉︎』

「『そこまでは分からないけど……警戒するに越した事はないってワケ』」

 

 

 

 

 梯子(はしご)を登り、無法都市に上がる。視界に広がるのは、下から見上げた時と同じ煌びやかな街並み。

 しかし、同じように感動する事はない。その街が煌びやかであればあるほど、その裏に隠された血みどろの真実が吐き気をもたらす。

 

 太い樹木の枝を渡り、樹上の都市を探索する。

 案外、そこは普通の街だった。普通に家があり、普通にヒトがいて、普通に生活がある。

 

 無法都市という名の割に、そこには秩序があった。商売をする者、食べ歩きをする者、路上で酔い潰れる者。目に映るヒトはみんなどこにでもいそうな人間だった。

 喧嘩はなく、盗みはなく、ただありふれた生活の光景。唯一、目が引くのは住人全員が()()を携行している事か。だが、それも魔物溢れる樹海の中で暮らすには当然の備えだろう。

 

『……普通の街に見えますけど』

「『いんや、まったくもって普通じゃないね』」

『それは……?』

「『住人をもう一度見返せば違和感に気付くんじゃない?』」

 

 ウルウは再び、無法都市を眺め直す。

 果物を売る槍を背負った中年の男、それを買って食べ歩く剣を持った青年、酔い潰れて路上に寝そべる男。

 別に、何の変哲も────

 

 

『──()()()()()()?』

「『()()()()()()()()()()』」

 

 

 子供、老人、女性。

 それは全て、抵抗する力を持たない弱者。

 

『弱者は食い物にされる……力のない者は殺されているという事ですか?』

「『あるいは、単に出歩いていないだけかもしれないけど……武器を持った男しか出歩けないような街ってだけで、どんな治安かは知れているってワケ』」

 

 喧嘩がないのではない。盗みがないのではない。ちょっとした諍いが即座に殺しに発展する治安だからこそ、そうと分かる形での悪事は見えなくなっている。

 無法ではない。ここに存在するのは、強い者が弱い者を喰らうという(ルール)。この街に犯罪者はいても、犯罪はない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『……気付いてますか?』

「コケッ!」

「『もっちろん……だってさ』」

『アナテマは気付いてなかったんですね』

 

 無法都市とは弱者が搾取される街。

 そんな場所を女子供が二人(と一羽)だけで歩いているなど、ヨダレを垂らした肉食獣の前で餌を見せびらかしてるようなものだ。

 

 糞に集る蠅の如く、飢えた獣が寄ってくる。

 ウルウとアナテマはいつの間にか、八人ほどの男に囲まれていた。

 

「よお、嬢ちゃん。アンタみてえな神官サマがこのクソったれな街に何のようだ?」

 

 正面に立ちはだかるのは、八人の中でもリーダー格と思われる逆立つ灰色の髪の男だった。

 両腕に刺青を彫ったその男は、他の男達とは違って何一つとして武器を持っていない。しかし、ニタニタと笑って他の七人を従えている事から、武器を持たなくとも弱肉強食の街を支配できる暴力がある事は明白だった。

 

「……君に関係ある?」

「ねえな。だが、ここはクソ危険な街だぜ。お嬢ちゃんの身の安全のためにも用心棒は必要だろう? なあ、オレなんかどうだよ。ちょいと割高だが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「はぁ……そーゆーことね。他を当たれっての」

 

 男の酒臭い息が顔にかかる。

 ブチのめします? とウルウは視線で問いかけるが、アナテマは大人しくしてろ! と視線で返した。

 

「おいおい。良いのか? 言ったろ、この街はクソ危険だぜ。用心棒もなしに街を歩いてたんじゃあ……()()()()()()()()()()()()()()()

「………………、」

「怖気付いたか? 用心棒もいらねえ、襲われたくもねえってんなら、ケツ振って逃げ帰るといいぜ。もちろん、荷物も全部置いてな。……いいか、お嬢ちゃん。クソみてえな末路を辿りたくなけりゃ────」

 

 

 

「何じゃあ、ペラペラと騒がしい。此処はいつから獣の見せ物小屋になったのじゃ」

 

 

 

 ぞぐんっっっ‼︎‼︎‼︎ と。

 ウルウの背筋に寒気が走る。

 まるで喉元に刃物を突きつけられたような、そんな静かにして鋭い存在感に指先が震える。

 

 誰も彼もが目を奪われた。

 たった一言で、その人物は世界の中心となった。

 

 一九〇センチはある長身の体格。それでいて、大きいよりも細いという印象を受ける体型。華奢な偉丈夫、そんな矛盾した言葉が頭に浮かぶ。

 腰まで伸びた翠色(エメラルド)の長髪、白いを通り越してもはや青白い肌。長身の女性にも、美人な男性のようにも見える、不思議な顔立ち。

 

 身に纏うのは、色鮮やかな無数の羽毛を繋ぎ合わせた極彩色の衣装。その衣装は股と胸だけを覆い隠し、それ以外はほぼ裸同然の格好だった。

 裸足かつ手ぶらで、腰に携えられた三日月のように曲がった湾刀だけが唯一の所持品。

 

 何よりも、特徴的なのはその人物の尖った耳。

 それはアナテマが言っていたある種族を想起させる。

 

 即ち、樹人種(エルフ)

 この樹上都市の本来の持ち主。

 

「チッ……『雨斬り』の樹人種(エルフ)が何の要件だ」

「言ったじゃろう、騒がしいと。儂は騒がしいのが嫌いでな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ッ!」

「儂の前で騒ぐからには覚悟はあるんじゃろうな。さて、誰から儂の剣の錆となりたい?」

 

 カチャリ、と樹人種(エルフ)の手が湾刀の柄にかかる。

 たったそれだけの動作で、男達は何の言葉も出せないくらいに喉が干上がった。

 

「そうじゃった、そうじゃった。お主らは用心棒になるのだったな。ならば儂は悪漢じゃ。儂の剣からそこの女子供を守ってみせよ」

「クソっ、誰がテメェとなんか戦うか……‼︎」

「……言葉だけの雑魚どもめ。とく失せよ。雨粒の末路を辿りたくなければのう」

「っ、いくぞ。こんなクソ野郎と関わっていられるか」

「誰が野郎じゃ。ブチのめすぞ、小童が」

 

 ほんの僅かに樹人種(エルフ)は湾刀の刃を見せる。それを見て、男達は降参するように走って逃げ去った。

 残されたのは退屈そうに湾刀を鞘に納める樹人種(エルフ)と、状況を理解できずに立ち尽くすアナテマとウルウ(とトリィ)の姿だった。

 

「ふむ。災難であったな、お主。この街に来て早々にゲロウに絡まれるとは」

「ありがとう、って言った方が良い?」

「礼は言うな。儂は騒がしいのが嫌いじゃ」

「そう」

「じゃから、ここでお主を見逃す訳にはいかん。どうせ放っておけば、お主は似たような騒動をそこらで引き起こすじゃろうて」

 

 樹人種(エルフ)は再び柄に手をかける。

 そこから放たれるのは殺気。

 しかし、その対象はウルウでもアナテマでもない。

 

 

「儂を雇え。用心棒として、一時のみお主を守ってやろう」

 

 

 いつの間にか、周囲から人気(ひとけ)が失われていた。

 樹人種(エルフ)(ほとばし)る殺気に当てられて、危険を察知した住人が逃げ出したのだ。

 

 いいかな? というアナテマの視線に、別にいいですよ……とウルウは頷きを返す。

 目の前にいる樹人種(エルフ)も剣を持った危険人物には他ならないが、先ほどまでの男とは安心感が段違いだった。

 

「短い付き合いだけどよろしく。わたしはアナテマ=ブレイクゲート、君の名前は?」

「儂の名はキリジ。マガリの(クラン)のキリジじゃ。よろしく頼もうぞ」

 

 

 

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