【完結】破門聖女と囚われの竜   作:大根ハツカ

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七話:マガリの枝

 

 

 

 巡礼者、(ドラゴン)、鶏、樹人種(エルフ)

 異色の四人組が無法都市を進む。

 

 その中の一人、竜胆ウルウはぼそぼそと小声でアナテマ=ブレイクゲートに話しかけた。

 

『(アナテマ、このヒトって性別どっちなんですか?)』

 

 ウルウの視線の先には一人の樹人種(エルフ)

 長身の女性にも、美人の男性にも見える、性別不詳の剣士が歩いていた。

 

「『(そっか。そーいやウルウって樹人種(エルフ)初見じゃん。ちなみに樹人種(エルフ)に雌雄はないから無性ね)』」

『(……どうやって子供を作るんですか?)』

「『(樹人種(エルフ)はねえ……樹から生まれ、樹に還る人類(ヒト)だから。わたしらみたいに男女が揃わなくても、一人で子供を作れるってワケ)』」

『(木の股から生まれた人類(ヒト)って事ですね)』

「『(股というか、果物が実る感じね)』」

 

 樹から産まれ、樹と共に生き、樹になり死ぬ者。

 故に、樹人種(エルフ)

 ウルウの世界には存在しない、不思議な生態を持った人類(ヒト)

 

「ぼそぼそと喧しいのう。なんじゃあ、儂の悪口か?」

「まっさかー! ちょっと質問を考えてただけ。ちょちょっと訊きたい事があるんだけど……」

「それでお主の騒がしい口が閉じるのなら構わんよ。じゃが、代わりに儂にも訊かせろ」

「えーと……何を?」

 

  マガリの(クラン)のキリジ。そう名乗った樹人種(エルフ)は不思議そうに目を細めた。

 

 

「お主、何を求めて此処に来たんじゃ?」

 

 

 気持ちは分かる、ウルウが言葉を理解できていたならそう言っていた事だろう。それほどまでに、アナテマ=ブレイクゲートという女は無法都市に似合わない。

 

「この子──ウルウを村の中に入れたくて、亜人用の足枷とかを入手したいって感じ? ほら。首輪だけじゃ、危険だって処分されそうでしょ?」

「ほーん、貧相な猿じゃな。こんなもんが金になるとは……商売とはよう分からんのう」

「いや……売り物じゃなくてね。ウルウは人類(ヒト)だから」

「何じゃあ。亜人に感情移入しておるんか? 狩人には向いておらんのう」

 

 ことごとく失礼だが、むしろキリジの反応こそが当たり前(スタンダード)

 言葉は分からずとも雰囲気で悪口を言われている事を理解したウルウは、吐き捨てるように言い返す。

 

『図体がデカい事以外は何も自慢できることが無さそうなヒトですね。頭空っぽなんじゃないですか?』

「なんじゃあ、よう吠える獣じゃ。きゃんきゃんわーわーと、自分でも狩りもできん子犬(ガキ)のようじゃの」

「いや、何で言葉も通じないのに喧嘩できんの……?」

 

 謎の相性の良さ(悪さ?)に慄きながらも、アナテマに動揺はない。

 言葉が話せない者を人類(ヒト)扱いする価値観が共感されるとは元より思っていなかった。だから、アナテマは話を合わせるために言い訳を考えていたのだ。

 

「こういう姿になる呪いを受けてんの。言葉が理解できなくなり、姿形が亜人になる呪い。それを解くために村に入る必要があるってワケ」

「そうか、呪いか。それは……すまなんだ。茶化して悪かったのう」

「いっがーい! 謝ったりできるんだあ……」

「カカカッ! 儂も普段は謝らないのじゃが……呪いと聞けばのう。儂がこの神の見守る大地(シア・マーティラス)で二番目に嫌いなモノじゃ」

 

 そう言いつつ、キリジはばしんばしんとウルウの背中を翼ごと叩く。

 謝意を込めているのだろうが、ウルウは嫌そうな顔をしていた。

 

「詫びと言っては何じゃが、足枷を取り扱っている商人ならば儂が紹介できるぞ」

「えっ! それは助かる!」

「ふむ。丁度いいかもしれんのう。儂が軽く無法都市の情勢を説明してやろう」

 

 まず、キリジは白くて細長い指を二本立てた。

 

「この無法都市には二つの勢力がおる。一つは冒険者。お主が先ほど絡まれておったゲロウはその中でも多くの冒険者を従える顔役じゃな」

「アイツ、あれで偉いんだ……」

「ま、口八丁手八丁で戦いから逃げ続けるハッタリだけの男よ。逃げ足が速く、気付いたら消えている様から『逃げ水』なんて呼び方もされておるのう」

 

 冒険者。

 かつては人類圏外の魔境に赴き、新天地を目指す者の呼び名であったが、今となっては原義からかけ離れている。

 魔物を殺し、魔境の自然を剥ぎ取り、殺戮と自然破壊で生計を立てる野蛮なならず者。役に立っているから見逃されているだけの犯罪者予備軍、それが冒険者である。

 

 しかし、どれだけ野蛮な存在であろうと、冒険者が強い事は紛れもない真実だ。

 普段から生き物の殺しに明け暮れ、暴力に慣れ親しんだ彼らは、専門外である対人戦においてもある程度の力を発揮できる。

 強さで(ルール)が決まるこの無法都市に、彼らほど適した存在はいないだろう。

 

(じゃあ、もう一つは……?)

 

 アナテマの頭に疑問が浮かぶ。

 この無法都市において冒険者に並ぶ強さを持ったもう一つの勢力、それは一体何なのか。

 キリジは二本目の指を曲げた。

 

 

「もう一つは()()()じゃ」

「…………は?」

 

 

 それは、予想外の言葉だった。

 商人。強さとはかけ離れた印象の存在。

 そんなものが、この無法都市に君臨していた。

 

「……いくらお金を稼いだって、いくら奴隷を集めたって、この街じゃ強者に根こそぎ奪われるだけじゃない?」

「かものう。じゃが、立ちはだかるのは無数の奴隷じゃ。彼奴(きやつ)らは主人の言う事には逆らえん。いくら強さの『質』で冒険者が優れていようと、命を(なげう)つ奴隷の『数』に押し負けるじゃろうて」

「奴隷を多く所持している事こそが強さってワケ?」

「さて。儂はそうは思わんが、実際に奴隷商は冒険者と同等の地位に立っておるのう」

 

 奴隷。

 嫌な言葉だ、とアナテマは顔を歪める。

 

「さて。話を戻すのじゃが、儂は足枷を取り扱っている商人を紹介できると言ったな?」

「……え? あー、そーゆーこと? 確かに冒険者と敵対してたけど、君は奴隷商に(くみ)してるってワケ?」

「そうじゃ。儂の本来の職も用心棒。それもこの街の奴隷家業の元締め──()()()()()()()()()()()の用心棒じゃな」

 

 ま、今は暇していて飲んだくれてるのじゃが……とキリジは笑う。

 しかし、その言葉はアナテマには到底受け入れられなかった。

 

「どう、して? 君はマガリの(クラン)のキリジなんじゃないの」

「……ほう。知っておったのか」

「マガリの(クラン)って言うのは……激流樹海アシリミッツで暮らす樹人種(エルフ)の氏族。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それなのに……どうして街を乗っ取った奴隷商の用心棒なんかしてんの?」

 

 (クラン)。それは樹人種(エルフ)という種族が成す集団の単位。

 国と呼ぶには小さく、家族と呼ぶには大きな共同体。共通の祖先から生まれ落ちた──同じ神祖樹(イルミンスル)の枝に実った樹人種(エルフ)、それを示すのが(クラン)という単位だった。

 

 マガリの(クラン)

 その名はアナテマも知っている。

 神に見放された大地、激流樹海アシリミッツで暮らす樹人種(エルフ)の氏族。何よりも弓を愛し、いつか雨が止んで空に(ゆみ)がかかるのを待ち望んでいるのだと。

 

 キリジがその一員とするならば辻褄が合わない。

 だって、それは家族を皆殺しにされた者が殺人鬼を慕うようなものだ。

 

「初めて会った者がよう踏み込むのう。……此処は無法都市じゃぞ。軽口叩いた結果、斬られるとは思わんかったのか?」

「わたしは君の質問に答えた。君もわたしの質問には答えるべきでしょ?」

「……ま、よかろう。お主のその度胸に免じ、教えてやろうぞ」

 

 キリジは大人しく湾刀を鞘に納める。

 その時にようやく、アナテマはキリジが抜刀していた事に気がついた。

 

(っ、いつの間に⁉︎)

 

 アナテマには剣を抜いた動作が見えなかった。

 もしも戦闘になったら間違いなく死んでいた。

 

 

「用心棒をやっている理由のう……ま、単純じゃな。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そんなアナテマの動揺を他所に、キリジは語り始める。

 ウルウも冷や汗を垂らしながら、息を整えて言葉に耳を傾ける。

 

「儂は喧騒も呪いも嫌いじゃが、最も嫌いなのは不自由なのじゃ。奴隷なんぞにはなりとうない。儂は自由に生き、自由に剣を振り、自由に死にたい。それだけじゃ」

「この街を出るつもりは? ゲロウって冒険者が震え上がるくらいには強いんでしょ。きっとこの街以外の場所でも──」

「儂はこの森で生まれ、この森で育ち、()()()()()()()()()()。この森以外での生き方など知らんよ」

「…………、」

「……忌々しい事じゃが、自由を求める儂もまた縛られておるのじゃろうな。マガリの(クラン)が滅んでも、儂はこの森から離れられん。いっそこの街が……あるいは森そのものが燃え尽きれば──なんて、何度思ったか数え切れんのう」

 

 故郷にいっそ燃えてしまえと思ってしまうほどの苦しみ。

 アナテマ=ブレイクゲートには想像できない。故郷も、家族も──()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「君を雇った奴隷商とか、恨んでないの? アイツらが来たからこの街は滅んだんじゃん」

「恨んでおらん。そもそも、何か勘違いしているようじゃから言っておくが……この街を滅ぼしたのは彼奴(きやつ)ではない」

「え?」

「ならず者や商人ごときに滅ぼされるほどマガリの(クラン)は軟弱ではないのう。まずマガリの(クラン)が滅び、彼奴(きやつ)はその後で無人の廃墟に無法都市を築き上げたのじゃ」

 

 思考が止まる。

 もしも、もしもだ。無法都市──そんなものが前座に思えるくらいの脅威が、激流樹海アシリミッツに潜んでいるとしたら。

 

「じゃ、じゃあ……マガリの(クラン)を滅ぼしたのは一体……?」

 

 アナテマは引きつる喉を震わせて、必死に声を絞り出す。

 キリジは目を細め、即答した。

 

 

()()()

 

 

 一瞬、聞き間違いかと思った。

 それほどまでにマガリの(クラン)のキリジの表情(かお)は、言葉とは裏腹に何の感情も宿していなかった。

 

「マガリの(クラン)は儂のせいで滅んだ。儂が皆を殺したのじゃ。もしも無法都市で最も恨まれている者を決めるのならば、それは儂じゃろうな」

 

 

 

 

 

『あれって何ですか?』

 

 竜胆ウルウは二人の会話を理解していない。

 交わされた衝撃的な内容を把握していない。

 話し込む二人に気を遣い、ウルウはトリィと一緒に大人しく黙って待っていた。

 だからこそ、少女はアナテマとキリジを覆う沈黙を単なる話の区切れ目だと判断して、空気を読まずに話しかけた。

 

「……気になるかのう、ウルウとやら」

 

 答えたのはキリジだった。

 言葉の意味は分からずとも、ウルウの視線から言いたい事を察知したのだろう。

 

 三人(と一羽)が向かう先。

 そこにあるのは目を引く一際大きな建物と──()()()()()()()()()()()()()()

 

「あそこは無法都市の中心。かつては樹人種(エルフ)の長老が居座っていた場所じゃが、現在は儂を雇った奴隷商──ハラム=アサイラムの居城じゃ」

「『あそこが目的地なんだって』」

『そこで足枷を買えるんですか?』

「何を言っておるかは分からんが、一つ注意しておくぞ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………はい?」

「知っておろう。無法都市では強さが(ルール)じゃと。ここじゃ聖貨(カネ)に価値はないのう。故に────剣で稼ぎ、力で掴み取るのじゃ」

 

 キリジは悪戯っ子のようにニヤリと笑う。

 その意味が分からないウルウは頭を傾け、その意味が分かってしまったアナテマは頭を抱えた。

 

 

「ゆくぞ。カチコミじゃあ‼︎」

 

 

 つまり、アナテマ=ブレイクゲートの大誤算。

 その樹人種(エルフ)は頭が無法都市だった。

 

 

 

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