【完結】破門聖女と囚われの竜   作:大根ハツカ

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八話:奴隷商の流儀

 

 

 

「頼もう!」

 

 ドバーン! と。

 マガリの(クラン)のキリジは木造の扉を蹴破る。

 騒々しいのが嫌いとは思えない登場の仕方だった。

 

 無法都市を築き上げた奴隷商の館。

 樹人種(エルフ)の剣士は遠慮なくズカズカと突き進む。

 

「ハラム! ハラム=アサイラム! 儂じゃあ! お主の頼れる用心棒、キリジの帰還じゃ! 歓迎せい!」

 

 館の中で働く奴隷だろう首輪付きの彼らの制止をもろともせず、キリジは無理やり奥の部屋へ押し入った。

 樹海の中とは思えないほど黄金や宝石で彩られ、高そうな絵やら壺やらの芸術品で豪勢に装飾された一室。成金のモデルルームのような場所。

 

 そこに、葉巻(タバコ)を咥えた小さな男がいた。

 

 

「吾輩に何か用かなー、用心棒(キリジ)

 

 

 不自然に間延びした喋り方。

 一目見ただけで、気に食わないとウルウは思った。

 

 無法都市の王、奴隷商ハラム=アサイラム。

 その男は小さかった。一〇〇センチちょっとしかない身長に、短い手足。それでいて、腹だけが大きく出た肥満体型というアンバランスな姿形。

 浅黒い褐色の肌に、輝くような金髪の男。焦げ茶色の髭はもじゃもじゃで表情も厳しいが、首から上はイケオジという感じで整った顔立ちをしている。……ボンレスハムのような腹を見なければ、だが。

 激流樹海アシリミッツという豪雨かつ暑い地域であるからか、纏う服装は半裸一歩手前。しかし、質素という印象は受けない。ギラギラとした布と十本の指全てに嵌められた大きな宝石の指輪が、その男の強欲さを端的に示している。

 

 そして、何よりも。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 足に枷と鉄球を付けた奴隷。粗悪な麻の布を腰に巻いただけの格好。そんな服装よりも、本人の体の巨大さ。まず初めに、そこに目を奪われる。

 上に乗ったハラムが小さいからこその対比もあるのだろうが、その奴隷は少なくとも三メートルは超えるほどの巨人のような男だった。

 加えて、特筆すべきは肌の色。青い、青褪めた奴隷。それは比喩ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 樹人種(エルフ)のように不思議な生態を持った人類(ヒト)か、それとも猪猩々(オーク)のようにヒトの形をしただけの亜人か。この世界の常識がないウルウには判断できない。

 亜人を家畜として扱っているのか、それとも奴隷を家畜のように扱っているのか。しかし、どちらにせよ、気に食わない事に変わりはなかった。

 

「『(ウルウって小人種(ドワーフ)巨人種(トロール)も初見でしょ?)』」

『(言葉だけで大体分かりますけど……亜人ではなく人類(ヒト)ですか?)』

「『(二人とも人類(ヒト)小人種(ドワーフ)は地中や洞窟で暮らす種族で、巨人種(トロール)は自然そのものに命が宿った存在。……神様に見放された大地だからかなあ。一度に別の種族を三人も見つけるのは珍しいよ)』」

 

 ひそひそ、と言葉を交わすアナテマとウルウには目をくれず、キリジは好き勝手に暴れていた。もはや誰にも止められない。ズカズカと突き進み、自らの雇い主に直談判を始める。……アナテマを巻き込んで。

 

「ハラム。此奴らは亜人用の足枷を所望じゃ。それを得るためならば、力を誇示する事もやぶさかではないと言っておる」

「言ってないけど⁉︎」

「ぐふふふふ。足枷が好きなら吾輩が嵌めてやるよー。貴様のような女は高く売れるからなァー!」

「こっちはこっちで話を聞いてないじゃん!」

 

 止まらないツッコミどころの嵐。

 マガリの(クラン)のキリジは頭が無法都市であるし、ハラム=アサイラムも分かりやすくゲス野郎だった。

 

「ちょちょちょいっ、ちょい待った! 確かに足枷は欲しいけどっ、強盗するつもりはないんだって!」

「強盗? 何を言っておるのじゃ?」

「…………はい?」

「力を示せとは言ったが、他人から奪えとは言っとらんぞ。雇用主にそんな事する訳なかろう。常識が足りん小娘じゃのう」

「君に常識を語る資格はないでしょ‼︎」

 

 きょとん、とキリジは心の底から不思議そうな顔をした。

 

「力を示すとは言葉通り、闘技場で勝ち抜いて商品を得ろと言っているのじゃ」

「……闘技場なんかあったっけ?」

「この館の前にボロっちい吊り橋があったじゃろう。あそこが闘技場じゃ。規則(ルール)は簡単。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ただ、それだけ。

 それ以外はルール無用の殺し合い。

 相手を落とすためならば、殺害する事すらも無法都市では許される。

 

「吾輩は慈悲深い男だからなー。奴隷にも這い上がる機会(チャンス)を与えているのだぞー。闘技場で勝った奴隷はその強さでもって己を買い戻す事ができるんだよー?」

「慈悲深い? 人類(ヒト)を奴隷扱いする事は禁じられているはずだけど。神様が決めた戒律(ルール)を破っておいてよー言うじゃん」

「……なるほどねー。貴様、巡礼者かー」

 

 ハラムは葉巻(タバコ)を吸って吐く。

 煙と共に悪態を飲み込み、代わりに吐き出したのはため息。

 

「ならば吾輩もまた神の言葉で答えようかー。『神は全能なれど全知にあらず』──神の声を聞いた預言者が記した聖典の文章だね」

「…………っ‼︎」

「神は全ての人類(ヒト)を救う奇蹟(ちから)を持っていても、どういった奇蹟が人類(ヒト)を救うのか分からない。吾輩達が蟻の心に耳を傾けられないように、神もまた人類(ヒト)などという下等な生き物を理解できないのだよー」

 

 意外と言う他ない。

 無法都市の王、ハラム=アサイラム。

 戒律(ルール)破りの奴隷商。彼は聖典の言葉に精通していた。

 たとえそれが神官を言い負かすための事であっても、神の言葉を学んだ者をアナテマは無碍にはできない。

 

「奴隷とは自己救済だー。家族を養えない者が家族を売って対価を得て、飢えるしかない者が売られた先で職を得る。神が救えなかった者に救いの機会を与えているのだよー。貴様に口出しされる筋合いはないぞー」

「……そう。意外と考えてんだ」

「それはそれとして奴隷は良いぞおー! 支配欲が満たされるのだよー! こんなデカい巨人種(トロール)を足蹴にする快感と言ったら……もう堪らんぞー‼︎」

「色々台無しだよ!」

 

 ぐわんぐわんと興奮して揺れるハラムを、椅子代わりの巨人種(トロール)は落とさない。

 葉巻(タバコ)から落ちる灰が肌に触れても何のその。身じろぎ一つしない彼は、まさしく奴隷だった。

 

 その光景に苦いモノを感じながら、アナテマは言葉を飲み込んだ。

 ハラムは神が人類(ヒト)を理解できないと言ったが、それは人類(ヒト)同士にも当てはまる。アナテマ=ブレイクゲートは全ての生き物と話せても、全ての生き物と心を通じ合わせられる訳じゃない。

 アナテマ=ブレイクゲートに巨人種(トロール)の彼は救えない。奴隷から解放させる事ができても、それは彼にとっての幸せではないのだから。

 

「……というか、闘技場に勝ち抜いても自らを買い戻せるだけなら商品なんてないじゃん」

「ありゃ、そうじゃったか。それは困ったのう。儂はあの(ドラゴン)の亜人が戦ってる所を見たかったんじゃが……」

「困ってんのはわたしだよバカ。ねえ、普通に聖貨(おかね)は払うから足枷を買わせてくれない?」

「それは断るねー。貴様のような弱そうな女と商売をしたとなると、吾輩の信用に関わるからなー。この肥満(デブ)は女にも強く出れないのか……なんて思われれば、吾輩どころか奴隷達にも未来はないのだよー」

「うわあ。マジか……」

 

 面倒な話だ。

 力があれば自由に振る舞える無法都市のはずが、弱者と見られまいとして誰も彼もが不自由に縛られている。強者でさえ、それは例外じゃない。

 

「ふむ……であれば、吾輩の頼みを一つ聞きたまえー。さすれば、その対価として貴様の望みを叶えるよおー」

「頼み?」

「そうともー。貴様にやってもらいたいのは不正に闘技場の対戦結果を歪める輩の撲滅だよー」

 

 カンカン、とハラムは床を足で叩く。

 その合図で奴隷達は動き出し、窓帷(カーテン)で室内は覆い隠され、館は暗い密室となる。

 ほんの一瞬で、そこは誰にも会話を盗聴されない商談の場となった。

 

「闘技場は無法都市最大の娯楽にして興行。だけどー、何よりも人気なのは戦いそのものよりも、勝者を予想する賭けなんだよー。あれには大金が動く。()()()()()ー、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……うわあ。なんか無法都市って感じの不正じゃん」

「何度も敗北している弱い奴隷がいるけど、そいつが何度も負けて誰も賭けなくなり払戻金の倍率が高くなった途端、突然に連勝を始めたのだー。──しかも、都合よく一人の冒険者がそいつに賭けていた。毎回の戦い、全てでねー」

 

 明らかに怪しいのに手を出さないのは、相手が敵対的な勢力である冒険者の一人だからか。

 

「どうやって冒険者が不正しているのかは判明していないのだけどー。だから、貴様には不正の手口を見つけ、その者を捕まえてもらうよー」

「それは賭けの胴元としてのお願い? それとも──」

「無法都市の王、秩序なきこの街の秩序を司る者としての願いだよ。奴隷同士の戦いの行方は奴隷だけに決めさせるべきだろー? 吾輩にも、神にも、ましてや安全な場所から眺める輩に歪めて良いものではないのだよー」

「……分かった。次の戦いはいつ?」

「今日、これからだねー」

「じゃ、その戦いを見学させてもら──」

 

 

 

()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ニンマリ、と。

 口を三日月のように歪め、マガリの(クラン)のキリジは言い放った。

 

「外から見て不正が分かるのであれば、儂にも分かったじゃろうて。どうやって勝敗が歪められているか、それは実際に戦いの中にいないと分からないモノじゃろう」

「……それは認められんなー。あの戦いは奴隷だけのもの。対戦相手に巡礼者を捩じ込むなど──」

「何を言っておる。そこにピッタリの者がいるじゃろ?」

 

 くいっ、とキリジは顎で視線を促す。

 その先には、興味深く巨人種(トロール)を眺める()()()()()の姿があった。

 

『? なんですか?』

 

 視線の集中に気付いたウルウは首を傾げる。

 コケッ、とアナテマの頭上に乗ったトリィもそれを真似て首を曲げた。

 

「最近、猪猩々(オーク)が一頭逃げたじゃろう。丁度良かったのう。その穴を埋める形ならば、この(ドラゴン)の亜人を捩じ込む事も可能じゃろうて」

 

 心当たりのある話が、さらりと流れてゆく。

 

「ううむ。人類(ヒト)同士の戦いの方が盛り上がるのだけどー……まあ、仕方がないなー。その亜人ならば参戦を許すよー」

「待った待った! わたしらはやるなんて一言も言ってない!」

「なんじゃ? 負けるのが怖いのかのう」

「いやいや。そんな見え透いた挑発に引っかかるワケないでしょ。わたしの命じゃなくって、ウルウの命がかかった状況で──」

 

 

『は? 負けませんけど?』

 

 

 突然、竜胆ウルウは声を上げた。

 まったく言葉を理解できていない癖に、少女はキリジの挑発に反応した。

 

「…………え?」

『何を言われたか知りませんが、馬鹿にされた気がします。アナテマ、こんなヤツらブチのめしましょう』

「やっぱり相性が良いなあ⁉︎ なんで言葉が通じてないのに会話が成立してんの⁉︎」

 

 恐るべきはキリジとウルウと相性の良さ。

 似たような思考回路なのか、言葉がなくとも二人は通じ合っていた。

 

「『……ホントに分かってる? 闘技場で殺し合えって言われてんの。ウルウの命が度外視されてる提案なんか聞く必要ないじゃん!』」

『でも、ここで逃げたら私が負けたみたいじゃないですか。私は勝ちます。誰が相手でも、どんな戦いでも勝ちます』

「『負けず嫌いにも程があるなあ⁉︎』」

 

 竜胆ウルウはブレない。

 他者を想う善意ではなく、自己のための利己主義でもなく、少女は勝利のためならば命だって賭けられる。

 

 

『出場しましょう。全員薙ぎ倒してやります』

「『あのー、対戦相手は一人だけね……』」

 

 

 

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