「今日から二週間は、あまりこっちに来られないかも」
それは、主様の髪をセットしている時。鏡を前に座る主様の顔は、いつも通りの表情だった。
「へぇ、二週間ねぇ。どっか出掛けるとか?」
主様はいつも仕事とか頑張っているし、そういう時間も必要なのかもな、と俺は適当なことを言いながら彼女の髪の毛を結んでいると、答えが返ってきた。
「私、引っ越すの。向こうの世界でね」と主様は楽しそうに話す。「彼氏の家に引っ越すんだ」
「え?」
主様からの思わぬ発言で、俺の手の動きは一瞬止まった。主様に動揺していることが悟られないようにすぐには手を動かしたが、彼女は微塵もこちらの気持ちに気づく様子なく、つらつらと引っ越す理由を話した。
「ずっと、遠距離恋愛だったんだけどね、彼氏の仕事が落ち着いてきたみたいで、ようやく私も引っ越すことが出来るようになって」と主様は言う。「ね、ハナマル。今日は思い切り可愛い髪型にして! 今の仕事とも今日で辞めるから、みんなにお礼をして回りたいの!」
へぇ、そうだったんだ。主様はみんなに愛想がいいから……。
「ハナマル?」
「あ、ああ、悪い悪い。分かった」
平静を装うつもりだったのに、言おうとしていた言葉が出てこなかった。
俺、なんで動揺してんだよ。
「こういうのはどうだ?」
「うん、いいね!」
だが主様は、いつものように……いや、いつも以上に楽しそうで、何も聞けなかった。
主様、いつから彼氏がいたんだ?
その後、元の世界に戻って行った主様を見送り、みんなにもそれらの情報を共有した。皆、二週間も主様に会えないことを残念がっていたが、やはり誰も「主様に彼氏がいる」とは知らなかったようだ。
「驚きました。いつも、朝昼晩とこちらに顔を出してくれるので……誠に勝手ですが、主様は独り身かと思っていて」
ベリアンもそう言っていたくらいだ。
確かに俺も、主様にパートナーがいること自体知らなかったし、そんな気配すら分からなかった。だが、今朝言っていたように「遠距離恋愛」なら気づきにくいところもあったのかもしれない。主様の世界の遠距離恋愛がどういうものかは分からないが、多分、相手の顔も見えないまま手紙で交際をするって感じなんだろ。
と考えたところで何だかむしゃくしゃしてきた。主様が、相手の顔も分からない人物と恋愛をしていて、二週間後には一緒に住むだと? そんなの変な奴に決まってるだろ、と思っていたが、それはあることで裏切られることとなった。