その後、主様の彼氏、トオルくんは「悪魔執事の主の旦那」ということでグロバナー家から許可が下りた。
「旦那って訳ではないんだけど、そのような肩書きが必要なら、仕方ないね」
なんてトオルくんは言っていたように、彼は主様が「主」を受け入れたように、すんなりと「旦那」という肩書きを受け入れたようだった。
「ますますお似合いって感じだよねぇ」
それこそ、俺の入る隙間もないという二人。
もし主様を泣かせるようなクソ野郎だったら、攫うつもりで助け出す、なんてどこかの本みたいな妄想はしていたが、トオルくんには一切そんな気配はなかった。それどころか度々こっちの世界に来ては、俺たち執事の仕事まで手伝おうとする。なんならトオルくんも主様同様「浄化」の力があるときたものだから、ますます俺たちを助けようと動いてくれてる。
まさしく完璧な彼氏だ。
「ねぇねぇ、マルっち」
俺が屋敷の庭でサボっていた時だ。サボりの場所といえば探すのが得意なラムリが、俺のところにやって来た。
「なんだ、ラムリ。俺を呼んでるとかなら無視するぞ」
どうせ訓練だの依頼だのに呼び出されたんだろう。俺は無視するつもりでその場に寝転がったままでいると、ラムリが許可なく隣に腰を下ろした。
「マルっちはさ、びっくりしてないの? 主様に彼氏がいたこと」
予想していない言葉を振られて俺は一瞬度肝を抜かれた。え、なんだって?
「……そりゃあ驚いたよ。主様って毎日ほとんど欠かさずこっちの世界に来てただろ? まさかとは思ったよ」
俺が気を取り直してそう答えると、ラムリは目を丸くして頭を引っ込めた。
「だよね〜。主様のパートナーは、このボクがなると思ってたし!」
「……」
こういう時、なんでも素直に話すラムリが少しばかり羨ましいと思った。俺だってそう言いたかった。だけどあの彼氏を見てみろよ。俺たちじゃ無理だって。完璧だ。
「マルっち? 話聞いてる? 寝たフリしないでよ?」
俺がだんまりを決め込んだからだろう。ラムリが再び顔を覗き込んで来たので、距離が近過ぎるとグイグイと押し返してやった。コイツ、見た目以上に力があるから面倒なんだよな。
「聞いてた聞いてたって! だからそんなに近づくなって!」
「え〜?」
距離の近さにはラムリも自覚があるようで、途中からニヤニヤし始める。イタズラ癖は、数年程度じゃ直らないらしい。
「今から告白しても間に合うかな?」
ふと離れて、ラムリがそんなことを言い出す。いつもはヘラヘラフラフラしてるのに、いざとなるとそういった真面目そうな眼差しになるのはここで初めて見た訳じゃない。そうやって感情豊かに自分の思いが語れるのも、ラムリの良いところだと言えよう。
「やめとけって」
俺は視界にある人物たちを見ながらそう言った。ラムリが不思議そうに俺の視線の先を辿って遠くで並ぶ主様と旦那様を見やった。今から庭に散策でもしようとしていたのか、歩き出したところに主様がフラついて旦那様が支えているところが俺たちの視界に入ったのだ。
「あんなの、ただの偶然じゃん!」
とラムリは不服そうに眉間を寄せたが、俺はそれでも、無理だろうなと思っていた。
「無理だって、あの二人の間に入るのは」
「え〜……」
その時、筋力がないのか、主様を支えていた旦那様がフラついてとうとう尻もちをついてしまった。ラムリはあからさまに慌てて駆けつけようとしたが、俺は裾を掴んで引き止めた。
「ちょっとマルっち、なんで止めるのさ!」
「今俺たちが入る隙はないってことよ」俺は二人へもう一度目配せをした。「ほら見ろよ、主様の笑った顔」
尻もちをついたというカッコ悪い失態をした旦那様に、主様は……笑っていたのだ。手を差し伸べながら、俺たちが見たことないくらいの笑顔で。
「……確かに、今の主様、すごく素敵な笑顔かも」
さすがのラムリも認めざるを得なくなったようだ。俺たちは遠巻きで、主様たちの様子を眺めることしか出来なくなった。主様はそのまま、旦那様を連れて庭の奥へと姿が消えて行った。他の執事たちが割とすんなり彼を受け入れた理由がよく分かる瞬間でもあった。この強情なラムリですら諦めた程に、本当に主様の笑顔は、どこよりも輝いていたのだ。