銀翼の奈落姫   作:虎屋敷はにわ

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 ギルド「自由の翼」の空気は、都市の表層とは違う熱を孕んでいた。
 地下酒場「剣と盾亭」の奥に広がるその空間は、木の香りと鉄の気配が混ざり合い、
 挑戦と力を信条とする者たちの声が、石壁に反響していた。




第三十九話 風の名を持つ者、影に触れる

 

 アデルはエルダという名を持ち、都市に溶ける仮面をつけた魔術師。

 冒険者ギルドの登録を終えたばかりの彼女の前には、リカルド、ゴードン、マールの銀級パーティ宵闇の牙の三人が揃っていた。

 

 リカルドの提案でクエストについての会議を行うことに。

 空いているテーブルに四人は座りリカルドが手元の書類を広げ、視線を落とす。

 その仕草には、騎士のような律儀さと、冒険者としての柔らかさが混ざっていた。

 

 「まずは、今回の依頼の概要を共有しておこう」

 

 彼の声は落ち着いていたが、言葉の端に緊張が滲んでいた。

 アデルはマントの端を整えながら、静かに耳を傾ける。

 

 「依頼主は冒険者ギルド「自由の翼」

  城塞都市ヴェルム・アルジェンタム近郊の森にて、影狼――シャドウウルフの討伐任務だ」

 

 その名が空気を震わせる。

 影狼。霧のように物理攻撃をすり抜け、咆哮で精神を乱す魔物。

 魔術による攻撃でしか実体を捉えられず、群れを成すこともある。

 その咆哮は周囲の魔物を狂わせ、森の結界を乱す危険性すら孕んでいた。

 

 「銀級向けの依頼だが、報酬は高い。

  単体討伐で最大銀貨230枚、群れ討伐なら350枚に達する」

 

 ゴードンが目を輝かせる。

 

 「うわ、マジか。そりゃ燃えるな……! 銀貨350枚って、金貨3枚半だぞ」

 

 彼の声には、純粋な興奮があった。

 戦士としての本能が、危険と報酬の釣り合いに反応している。

 だがその隣で、マールが眉をひそめていた。

 

 「それだけ危険ってことよ。浮かれすぎないで。

  咆哮で精神を乱されるってことは、回復魔術も乱れる可能性がある。私も気を張らないと」

 

 「へいへい、わかってるって」

 

 ゴードンは肩をすくめて笑うが、

 その笑みの奥には、ほんの少しだけ緊張が混ざっていた。

 

 リカルドは一度視線を落とし、そして仮面の奥にいるアデル――エルダへと向き直った。

 

 「……エルダ、君の力で、この依頼は可能かどうか。確認しておきたい」

 

 その言葉には、責任の重さがあった。

 彼は仲間を率いる者として、命を預ける相手の力を見極める必要がある。

 信用していないわけではない。

 だが、信頼とは、言葉だけでは築けない。

 

 アデルは静かに頷いた。

 記憶の中に、セリウスから見せられた魔物図鑑の頁がめくれる。

 その中に、シャドウウルフの記述が確かにあった。

 

 「弱点は、いくつかあります」

 

 アデルの声は澄んでいた。

 仮面がその輪郭を曖昧にする分、言葉だけが鮮明に届く。

 

 「まず、光属性魔術。

  特に精神を照らす系統――幻を払う浄化光や、心象を照らす灯火。

  それから、精神干渉。影狼は感覚に依存しているので、錯覚や幻聴で定位を狂わせられる」

 

 マールが小さく頷く。

 

 「……確かに、感覚魔術は有効ね」

 

 「月光下では魔素の流れが見えやすくなります。

  “銀環照射”のような術式で、動きの揺らぎを捉えることも可能です。

  あと、音響魔術。影狼は聴覚で空間を把握しているので、反響や無音領域で定位を破壊できます」

 

 その説明に、三人は驚きの表情を浮かべた。

 リカルドは静かに息を吐き、言葉を継ぐ。

 

 「……俺が調べた内容とほぼ一致している。

  それに、君はこの都市に来る前に、シャドウウルフを討伐したことがあると聞いた」

 

 アデルは頷いた。

 

 「はい。旅の途中で、三度ほど遭遇しました。

  単体でしたが、魔術で対応できました。魔石は売ってしまって証拠は手元にはありませんが…」

 

 その言葉に、ゴードンが目を見開いた。

 

 「マジかよ……一人で? 三回も?」

 

 マールは驚きながらも、どこか納得したように頷いた。

 

 「……あの魔力のコントロールや詠唱なしでの肉体強化の速さ、あれだけ精密なら、確かに可能かもしれない」

 

 リカルドは静かに目を細めた。

 彼の中で、信頼が少しずつ形を成していく。

 だが、それでも彼は言葉を続けた。

 

 「信用していないわけじゃない。

  でも、命を共に預ける以上、実力を改めて確認したい。

  君の魔術が、実戦でどう動くかを見せてほしい」

 

 アデルは少しだけ目を細めた。

 

 「どうすれば?」

 

 リカルドは微笑み、先ほどの書類をもう一枚取り出した。

 

 「君が登録している間に、別の依頼を受けていた。

  街道沿いに出没するゴブリンの掃討任務だ。

  本来なら銅級や鉄級がこなす依頼だが、俺たちも同行する。

  危険はない。けれど、ゴブリンすら一人で対処できないなら、シャドウウルフにはとてもじゃないが対応できない」

 

 その言葉には、優しさと厳しさが混ざっていた。

 リカルドは、アデルを試すのではなく、守るために確かめようとしていた。

 

 アデルは一瞬だけ考え、そして静かに言った。

 

 「…準備は不要です。時間がもったいない。すぐ行きましょう」

 

 その言葉に、リカルドは少し驚いたように目を見開いた。

 だがすぐに笑みを浮かべ、立ち上がる。

 

 「……フットワークの軽さも、魔術師の資質かもしれないな。行こう」

 

 ゴードンは笑いながら立ち上がり、マールは静かに荷物を整えた。

 

 そのとき、リカルドがふと立ち止まり、報酬の話を切り出した。

 

 「そうだ、報酬の配分についても話しておこう。

  この依頼は魔術師の力が不可欠だ。だから、エルダには報酬の半分――五割を渡したい。

  残りの五割を、俺たち宵闇の牙で分ける。どうだ?」

 

 

 アデルは少しだけ首を傾げ、静かに答えた。

 

 「……誘っていただかなければ、この依頼に参加することもできませんでした。

  たとえ私ひとりでは討伐できても、依頼を受けるには皆さんが必要でした。

  ですから、報酬は四人で均等に分けましょう」

 

 その言葉は、仮面の奥から柔らかく響いた。

 声には魔力は込められていない。

 けれど、心に触れる力があった。

 

 リカルドは一瞬、言葉を失った。

 彼の中で、計算と責任がせめぎ合っていた。

 魔術師の力がなければ成立しない依頼。

 それを理解しているからこそ、五割という提案は妥当だった、しかしもっと要求される可能性も考えて最大6.5割くらいまでは譲歩しようと考えていた。

 だが、エルダの言葉は、その妥当さを超えていた。

 

 「しかし……」

 

 彼がそう言いかけたとき、アデルは静かに言葉を重ねた。

 

 「私はこの依頼だけの参加かもしれません。

  でも、今後も仲良くしていただけたら嬉しいです。

  報酬よりも、信頼の方が大切ですから」

 

 その一言に、マールが目を見開いた。

 彼女の瞳に、ほんのりと光が差す。

 

 「……そんな言葉、冒険者からはじめて聞いた気がする」

 

 ゴードンは豪快に笑った。

 

 「いやぁ、気に入った! エルダ、あんた、いいやつだな!」

 

 リカルドは沈黙の中で、心の中の秤を見つめていた。

 責任と信頼。

 合理と感情。

 そして、仲間という言葉の重み。

 

 彼は深く息を吐き、静かに頷いた。

 

 「……わかった。君の提案を受け入れよう。

  報酬は四人で均等に分ける。

  ただし、君の貢献が際立った場合は、次回以降、改めて考えさせてほしい」

 

 アデルはふふ、と笑った。

 

 「そのときは、また相談しましょう」

 

 その笑みは、仮面の奥に咲いた小さな花のようだった。

 風に揺れるように、柔らかく、確かにそこにあった。

 

 リカルドはアデルに手を差し出す。

 

 「では、ゴブリン掃討任務へ向かおう。

  この都市の街道を守るための、小さな一歩だ」

 

 アデルはその手を握り、マントの影が揺れ、仮面の奥の瞳が静かに光を受け止める。

 

 ギルドの扉が開き、都市の午後の光が差し込む。

 風が仮面の縁を撫で、エルダとして歩む一歩が、静かに始まった。

 




 仮面の奥から響いた声は、霧を裂く灯火のようだった。

 そして今、初めて仲間と呼べる者たちと、信頼を選ぶ言葉を交わす。
 その声に、誠意が応え、優しさが触れ、笑みが生まれた。

 午後の光が差し、扉が開く。
 風が仮面の縁を撫でるその瞬間、物語は静かに歩き始めた。
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