銀翼の奈落姫   作:虎屋敷はにわ

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 城塞都市ヴェルム・アルジェンタムの石畳を、四つの影が並んで歩いていた。
 午後の光が街路を照らし、騎士たちの訓練の声が遠くに響く。
 アデル――仮面をつけた魔術師は、宵闇の牙の三人と共に、街道へ向かっていた。




第四十話 風の刃、光の証

 

 道中、他愛もない話が交わされる。

 ゴードンが昨日の酒場の騒ぎを語り、マールが市場で見かけた珍しい薬草の話をする。

 リカルドは時折、街の地理や騎士団の動向を説明しながら、歩調を合わせていた。

 

 だが、言葉の裏にはそれぞれの思惑が潜んでいた。

 

 リカルドは、アデルを“信用できる人間”だと感じていた。

 だが、過去に信じた仲間に裏切られた記憶が、彼の判断を慎重にさせていた。

 仮面の奥にある素顔を見ようとするように、彼の視線は静かに探っていた。

 

 マールは、アデルの魔力に強い興味を抱いていた。

 十五歳とは思えない魔力の深さ、魔物への知識、そしてそれを言葉にできる聡明さ。

 彼女は、アデルの存在が“何か特別なもの”であると直感していた。

 

 ゴードンは、魔術師に対して根本的な不信感を持っていた。

 以前、報酬を巡って揉めた魔術師がパーティを抜けたことが、彼の心に影を落としていた。

 だが、アデルが金銭欲のない素振りを見せたことで、少しだけ心を許し始めていた。

 それでも、実力についてはまだ疑っていた。

 

 アデルは、三人の視線に込められた思考を感じ取っていた。

 仮面の奥で、彼女は少しだけ緊張していた。

 魔物討伐――ゴブリンに関しては、城塞都市に向かう道中で何十体も倒してきた。

 だが、“人に見られながら戦う”というのは、彼女にとって初めての経験だった。

 

 やがて、街の門が見えてきた。

 門番の姿に、アデルの心が一瞬だけ揺れる。

 入城の際、賄賂を渡した男だった。

 アデルは通行証を静かに差し出す。

 門番は彼女に気づかない。仮面と服装が変わっている。

 アデルは内心、ほっと息を吐いた。

 また賄賂を求められたりしたら面倒だ――そう思いながら、門をくぐる。

 

 街道は静かだった。

 風が草を揺らし、遠くで鳥の声が響く。

 一行が進む中、アデルがふと立ち止まった。

 

 「……いますね」

 

 その言葉に、三人が足を止める。

 リカルドが周囲を見渡しながら言う。

 

 「どこにも見えないが?」

 

 アデルは仮面の奥で目を細め、静かに答えた。

 

 「魔力を探知しました。

  ここから三百歩ほど街道を進んだ東側の茂みに、五体ほど。

  おそらく、通行人を襲うために潜んでいます」

 

 その言葉に、マールが小声で呟いた。

 

 「……三百歩先の魔力探知なんて、聞いたことない……」

 

 ゴードンは眉をひそめ、リカルドは一瞬だけ沈黙した後、頷いた。

 

 「……では、注意しながら進もう」

 

 一行は慎重に歩を進める。

 空気が張り詰めていく中、アデルが前に出た。

 

 「来ます」

 

 その瞬間、茂みが揺れ、五体のゴブリンが飛び出してきた。

 牙を剥き、武器を振りかざしながら、通行人を襲うような動きで突進してくる。

 

 だが、アデルは動じなかった。

 彼女の指先が空を切り、魔術が展開される。

 

 まず、音響魔術――空間の反響を狂わせる術式。

 ゴブリンたちは突然、耳を塞ぎ、動きが乱れる。

 次に、光の刃――剣に魔力を纏わせ、光属性で強化。

 そして、肉体強化魔術――瞬時に身体能力を引き上げ、

 アデルは一閃ごとに、ゴブリンを斬り伏せていった。

 

 その動きは、まるで風が駆け抜けるようだった。

 五体のゴブリンは、わずか十秒足らずで地に伏した。

 返り血ひとつ浴びることなく、アデルは静かに剣を納めた。

 

 呆然とする三人の前で、アデルは静かに言葉を紡いだ。

 

 「シャドウウルフに対しても、同様の戦い方をします。

  音と光――それが弱点です。

  本来なら、肉体強化だけで十分でしたが、今回は想定を踏まえて過剰に魔術を使いました」

 

 その説明に、三人は言葉を失った。

 リカルドが、ふっと笑い出す。

 

 「……試すようなことをして、申し訳ない。

  でも、これで十分だ。君の力は本物だ」

 

 ゴードンは腕を組み、感嘆の声を漏らす。

 

 「こんだけ強けりゃ、問題ねえな。

  なんなら、俺たちの中で一番強えんじゃねえか?」

 

 マールはまだ呆気に取られていた。

 魔術の精度、強さ、速さ――どれも金級どころか、白金級でも通用する。

 それに加えて、剣術と身体の使い方。

 まさか、英雄級に匹敵するのでは……と、彼女は言葉を失っていた。

 

 アデルは微笑み、静かに問いかける。

 

 「……これで、認めてくださいますか?」

 

 三人は、それぞれに頷いた。

 リカルドは「当然だ」と言い、

 ゴードンは「文句なしだ」と笑い、

 マールは「……すごすぎる」と呟いた。

 

 その瞬間、アデルは初めて“仲間”として受け入れられた。

 仮面の奥で、彼女の瞳が静かに光を受け止める。

 

 一行は、倒したゴブリンの魔石を回収し、

 クエスト完了の証として、城塞都市へと戻っていった。





 音と光が交差し、風が刃となった。
 仮面の魔術師は、初めて“見られながら”戦い、そして認められた。
 疑念は敬意に変わり、孤独は輪に溶けていく。
 魔石を手に戻るその背に、物語の風が静かに吹いていた。
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