城塞都市ヴェルム・アルジェンタムの石畳を、四つの影が並んで歩いていた。
午後の光が街路を照らし、騎士たちの訓練の声が遠くに響く。
アデル――仮面をつけた魔術師は、宵闇の牙の三人と共に、街道へ向かっていた。
道中、他愛もない話が交わされる。
ゴードンが昨日の酒場の騒ぎを語り、マールが市場で見かけた珍しい薬草の話をする。
リカルドは時折、街の地理や騎士団の動向を説明しながら、歩調を合わせていた。
だが、言葉の裏にはそれぞれの思惑が潜んでいた。
リカルドは、アデルを“信用できる人間”だと感じていた。
だが、過去に信じた仲間に裏切られた記憶が、彼の判断を慎重にさせていた。
仮面の奥にある素顔を見ようとするように、彼の視線は静かに探っていた。
マールは、アデルの魔力に強い興味を抱いていた。
十五歳とは思えない魔力の深さ、魔物への知識、そしてそれを言葉にできる聡明さ。
彼女は、アデルの存在が“何か特別なもの”であると直感していた。
ゴードンは、魔術師に対して根本的な不信感を持っていた。
以前、報酬を巡って揉めた魔術師がパーティを抜けたことが、彼の心に影を落としていた。
だが、アデルが金銭欲のない素振りを見せたことで、少しだけ心を許し始めていた。
それでも、実力についてはまだ疑っていた。
アデルは、三人の視線に込められた思考を感じ取っていた。
仮面の奥で、彼女は少しだけ緊張していた。
魔物討伐――ゴブリンに関しては、城塞都市に向かう道中で何十体も倒してきた。
だが、“人に見られながら戦う”というのは、彼女にとって初めての経験だった。
やがて、街の門が見えてきた。
門番の姿に、アデルの心が一瞬だけ揺れる。
入城の際、賄賂を渡した男だった。
アデルは通行証を静かに差し出す。
門番は彼女に気づかない。仮面と服装が変わっている。
アデルは内心、ほっと息を吐いた。
また賄賂を求められたりしたら面倒だ――そう思いながら、門をくぐる。
街道は静かだった。
風が草を揺らし、遠くで鳥の声が響く。
一行が進む中、アデルがふと立ち止まった。
「……いますね」
その言葉に、三人が足を止める。
リカルドが周囲を見渡しながら言う。
「どこにも見えないが?」
アデルは仮面の奥で目を細め、静かに答えた。
「魔力を探知しました。
ここから三百歩ほど街道を進んだ東側の茂みに、五体ほど。
おそらく、通行人を襲うために潜んでいます」
その言葉に、マールが小声で呟いた。
「……三百歩先の魔力探知なんて、聞いたことない……」
ゴードンは眉をひそめ、リカルドは一瞬だけ沈黙した後、頷いた。
「……では、注意しながら進もう」
一行は慎重に歩を進める。
空気が張り詰めていく中、アデルが前に出た。
「来ます」
その瞬間、茂みが揺れ、五体のゴブリンが飛び出してきた。
牙を剥き、武器を振りかざしながら、通行人を襲うような動きで突進してくる。
だが、アデルは動じなかった。
彼女の指先が空を切り、魔術が展開される。
まず、音響魔術――空間の反響を狂わせる術式。
ゴブリンたちは突然、耳を塞ぎ、動きが乱れる。
次に、光の刃――剣に魔力を纏わせ、光属性で強化。
そして、肉体強化魔術――瞬時に身体能力を引き上げ、
アデルは一閃ごとに、ゴブリンを斬り伏せていった。
その動きは、まるで風が駆け抜けるようだった。
五体のゴブリンは、わずか十秒足らずで地に伏した。
返り血ひとつ浴びることなく、アデルは静かに剣を納めた。
呆然とする三人の前で、アデルは静かに言葉を紡いだ。
「シャドウウルフに対しても、同様の戦い方をします。
音と光――それが弱点です。
本来なら、肉体強化だけで十分でしたが、今回は想定を踏まえて過剰に魔術を使いました」
その説明に、三人は言葉を失った。
リカルドが、ふっと笑い出す。
「……試すようなことをして、申し訳ない。
でも、これで十分だ。君の力は本物だ」
ゴードンは腕を組み、感嘆の声を漏らす。
「こんだけ強けりゃ、問題ねえな。
なんなら、俺たちの中で一番強えんじゃねえか?」
マールはまだ呆気に取られていた。
魔術の精度、強さ、速さ――どれも金級どころか、白金級でも通用する。
それに加えて、剣術と身体の使い方。
まさか、英雄級に匹敵するのでは……と、彼女は言葉を失っていた。
アデルは微笑み、静かに問いかける。
「……これで、認めてくださいますか?」
三人は、それぞれに頷いた。
リカルドは「当然だ」と言い、
ゴードンは「文句なしだ」と笑い、
マールは「……すごすぎる」と呟いた。
その瞬間、アデルは初めて“仲間”として受け入れられた。
仮面の奥で、彼女の瞳が静かに光を受け止める。
一行は、倒したゴブリンの魔石を回収し、
クエスト完了の証として、城塞都市へと戻っていった。
音と光が交差し、風が刃となった。
仮面の魔術師は、初めて“見られながら”戦い、そして認められた。
疑念は敬意に変わり、孤独は輪に溶けていく。
魔石を手に戻るその背に、物語の風が静かに吹いていた。