銀翼の奈落姫   作:虎屋敷はにわ

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 夕暮れの街は、金と紅の光に染まり、石畳が柔らかな影を落としていた。
 アデルは、宵闇の牙の三人とともにギルド「自由の翼」へと戻る。




第四十一話 灯火の輪郭

 

 ゴブリン掃討任務の報告を終えると、受付に立つエステルが書類を確認しながら微笑んだ。

 

 「これで、エルダさんはルーキークラスからアイアンクラスへ昇格ですね」

 

 「……もう?」

 アデルは仮面の奥で目を瞬かせる。

 昇格という言葉に、まだ実感が追いついていない。

 

 エステルは頷きながら、少しだけ身を乗り出す。

 

 「今回のクエストクリアを踏まえてですが、宵闇の牙は、銀級の中でも成功率が高く、信頼度も抜群。

  その彼らが仲間に加え、さらに金級のガルドを投げ飛ばした実力を見れば、

  早めに階級を上げるのが妥当です。ギルド判断……まぁ、私の判断でもありますが」

 

 その目は、ただの事務的なものではなかった。

 魔術師としての資質を見抜いた者の、確かな眼差しだった。

 

 「エルダさんには、少なくとも銀級くらいまで上がっていただきたいです。

  でも、シャドウウルフは危険な魔物です。

  もし危険だと感じたら、逃げることも選択肢に入れてくださいね。

  生きて帰ることが、何より大切ですから…」

 

 アデルは静かに頷き、新人級の証を返し、鉄級の証を受け取った。

 その手の中に、少しだけ重みが宿る。

 それは、信頼の証であり、物語の次の扉でもあった。

 

---

 

 報酬は、リーダーであるリカルドが受け取り、すぐにアデルへと差し出した。

 

 「今回は君がすべてのゴブリンを一掃した。

  これは君が受け取ってほしい」

 

 アデルは一瞬だけ躊躇した。

 報酬とは、力の対価であり、仲間との均衡でもある。

 だが、リカルドの言葉には、敬意と信頼が込められていた。

 

 「……ありがとうございます」

 彼女は静かにそれを受け取った。

 仮面の奥で、何かが少しだけほどけた。

 

---

 

 宿に戻ると、ルーシャがいつものように出迎えた。

 

 「腹減ってるだろ? 四人分、すぐ準備するから待ってな!」

 

 その声は、街の喧騒とは違う、家庭のような温かさを持っていた。

 各自が部屋へ戻り、荷物を置いた後、食堂に集まる。

 

 四人は席に座り、食事を待つ。

 その間、リカルドがふと口を開いた。

 

 「エルダ……その強さ、どこで得たんだ?」

 

 ゴードンも興味深そうに身を乗り出す。

 アデルは少しだけ沈黙し、言葉をぼやかした。

 

 「……いろいろと、旅の中で」

 

 マールが静かに口を挟む。

 

 「…魔術師はそういうものよ。詮索するのは良くないわ」

 

 リカルドはすぐに頭を下げる。

 

 「そうだったな……すまない。気になってしまって」

 

 「気にしないでください」

 アデルは微笑み、マールに向かって言う。

 

 「ありがとうございます」

 

 マールは笑顔で頷いた。

 その笑みは、癒しの術師としての優しさに満ちていた。

 

---

 

 そうこうしているうちに、料理が並べられる。

 ルーシャが皿を運びながら、アデルに声をかける。

 

 「仲間が増えてよかったな! こいつらは良いやつだから、信用していいぞ!」

 

 リカルドが苦笑する。

 

 「雑すぎますよ、ルーシャさん」

 

 「……私も、信用できると思っています」

 アデルは、仮面の奥で静かに言った。

 

 ルーシャは笑いながら去っていった。

 その背に、夕暮れの光が差していた。

 

 やがて、厨房から香ばしい香りが流れてきた。

 焼きたての鶏肉が、香草と岩塩に包まれて、皮はパリッと、肉はふっくらと蒸気を立てている。

 ローズマリーの香りが鼻をくすぐり、タイムの苦みが魔素を整える。

 その香りだけで、空腹が音を立てて目を覚ます。

 

 スープは、根菜と豆の煮込み。

 にんじんとレンコン、白豆に加え、魔力安定効果のある“青葉草”が刻まれていた。

 とろみのあるスープは、身体の芯から温めてくれる。

 黒麦パンは外は香ばしく、中はもっちり。

 添えられた蜂蜜とバターが、甘さと塩気の絶妙なバランスを奏でる。

 

 そして、デザートには柑橘とミルクの冷たいゼリー。

 口に含むと、ほのかな甘みと酸味が広がり、戦闘後の疲れをそっと癒してくれる。

 

 アデルは、ひと口食べて目を見開いた。

 そして、仮面の奥で笑みが咲いた。

 

 その姿に、三人が思わず笑う。

 

 「……こんなに美味しそうに食べる人、見たことないな」

 「仮面越しでも、笑顔がわかるぞ」

 「ほんとに、嬉しそうだな」

 

 「……美味しいですよ」

 アデルは少しだけ首を傾げて言った。

 

 三人も食べて、頷いた。

 

 「確かに、美味い」

 「流石はルーシャさん、やるな」

 「これは、笑顔になるわね」

 

 アデルは、自然と微笑んでいた。

 その笑顔は、仮面の奥から、灯火のようにこぼれていた。

 

---

 

 食事の後も、他愛もない話が続いた。

 旅の話、街の噂、魔物の奇妙な習性――

 笑い声が、食堂の空気を温めていく。

 

 そして、リカルドが言った。

 

 「明日の朝食も、ここで集まろう」

 

 四人は頷き、それぞれの部屋へと戻っていった。





 アデルは、自室の扉を静かに閉める。
 仮面を外し、手のひらでそっと撫でる。
 その表情は、誰にも見せないものだった。

 そして、彼女は鼻歌を歌った。
 風のように、灯火のように。
 その歌は、まだ誰にも知られていない物語の旋律だった。

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