夕暮れの街は、金と紅の光に染まり、石畳が柔らかな影を落としていた。
アデルは、宵闇の牙の三人とともにギルド「自由の翼」へと戻る。
ゴブリン掃討任務の報告を終えると、受付に立つエステルが書類を確認しながら微笑んだ。
「これで、エルダさんはルーキークラスからアイアンクラスへ昇格ですね」
「……もう?」
アデルは仮面の奥で目を瞬かせる。
昇格という言葉に、まだ実感が追いついていない。
エステルは頷きながら、少しだけ身を乗り出す。
「今回のクエストクリアを踏まえてですが、宵闇の牙は、銀級の中でも成功率が高く、信頼度も抜群。
その彼らが仲間に加え、さらに金級のガルドを投げ飛ばした実力を見れば、
早めに階級を上げるのが妥当です。ギルド判断……まぁ、私の判断でもありますが」
その目は、ただの事務的なものではなかった。
魔術師としての資質を見抜いた者の、確かな眼差しだった。
「エルダさんには、少なくとも銀級くらいまで上がっていただきたいです。
でも、シャドウウルフは危険な魔物です。
もし危険だと感じたら、逃げることも選択肢に入れてくださいね。
生きて帰ることが、何より大切ですから…」
アデルは静かに頷き、新人級の証を返し、鉄級の証を受け取った。
その手の中に、少しだけ重みが宿る。
それは、信頼の証であり、物語の次の扉でもあった。
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報酬は、リーダーであるリカルドが受け取り、すぐにアデルへと差し出した。
「今回は君がすべてのゴブリンを一掃した。
これは君が受け取ってほしい」
アデルは一瞬だけ躊躇した。
報酬とは、力の対価であり、仲間との均衡でもある。
だが、リカルドの言葉には、敬意と信頼が込められていた。
「……ありがとうございます」
彼女は静かにそれを受け取った。
仮面の奥で、何かが少しだけほどけた。
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宿に戻ると、ルーシャがいつものように出迎えた。
「腹減ってるだろ? 四人分、すぐ準備するから待ってな!」
その声は、街の喧騒とは違う、家庭のような温かさを持っていた。
各自が部屋へ戻り、荷物を置いた後、食堂に集まる。
四人は席に座り、食事を待つ。
その間、リカルドがふと口を開いた。
「エルダ……その強さ、どこで得たんだ?」
ゴードンも興味深そうに身を乗り出す。
アデルは少しだけ沈黙し、言葉をぼやかした。
「……いろいろと、旅の中で」
マールが静かに口を挟む。
「…魔術師はそういうものよ。詮索するのは良くないわ」
リカルドはすぐに頭を下げる。
「そうだったな……すまない。気になってしまって」
「気にしないでください」
アデルは微笑み、マールに向かって言う。
「ありがとうございます」
マールは笑顔で頷いた。
その笑みは、癒しの術師としての優しさに満ちていた。
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そうこうしているうちに、料理が並べられる。
ルーシャが皿を運びながら、アデルに声をかける。
「仲間が増えてよかったな! こいつらは良いやつだから、信用していいぞ!」
リカルドが苦笑する。
「雑すぎますよ、ルーシャさん」
「……私も、信用できると思っています」
アデルは、仮面の奥で静かに言った。
ルーシャは笑いながら去っていった。
その背に、夕暮れの光が差していた。
やがて、厨房から香ばしい香りが流れてきた。
焼きたての鶏肉が、香草と岩塩に包まれて、皮はパリッと、肉はふっくらと蒸気を立てている。
ローズマリーの香りが鼻をくすぐり、タイムの苦みが魔素を整える。
その香りだけで、空腹が音を立てて目を覚ます。
スープは、根菜と豆の煮込み。
にんじんとレンコン、白豆に加え、魔力安定効果のある“青葉草”が刻まれていた。
とろみのあるスープは、身体の芯から温めてくれる。
黒麦パンは外は香ばしく、中はもっちり。
添えられた蜂蜜とバターが、甘さと塩気の絶妙なバランスを奏でる。
そして、デザートには柑橘とミルクの冷たいゼリー。
口に含むと、ほのかな甘みと酸味が広がり、戦闘後の疲れをそっと癒してくれる。
アデルは、ひと口食べて目を見開いた。
そして、仮面の奥で笑みが咲いた。
その姿に、三人が思わず笑う。
「……こんなに美味しそうに食べる人、見たことないな」
「仮面越しでも、笑顔がわかるぞ」
「ほんとに、嬉しそうだな」
「……美味しいですよ」
アデルは少しだけ首を傾げて言った。
三人も食べて、頷いた。
「確かに、美味い」
「流石はルーシャさん、やるな」
「これは、笑顔になるわね」
アデルは、自然と微笑んでいた。
その笑顔は、仮面の奥から、灯火のようにこぼれていた。
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食事の後も、他愛もない話が続いた。
旅の話、街の噂、魔物の奇妙な習性――
笑い声が、食堂の空気を温めていく。
そして、リカルドが言った。
「明日の朝食も、ここで集まろう」
四人は頷き、それぞれの部屋へと戻っていった。
アデルは、自室の扉を静かに閉める。
仮面を外し、手のひらでそっと撫でる。
その表情は、誰にも見せないものだった。
そして、彼女は鼻歌を歌った。
風のように、灯火のように。
その歌は、まだ誰にも知られていない物語の旋律だった。