銀翼の奈落姫   作:虎屋敷はにわ

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 霧の森に、静寂が戻っていた。
 討伐は完了し、月は雲間から顔を覗かせている。
 風は冷たく、夜は深い。
 だが、四人の間には、確かな温もりが灯っていた。




第四十五話 安堵、そして灯りの食卓

 リカルドがゆっくりと目を開けた。

 視界がぼやけ、空気が重く感じる。

 だが、最初に見えたのは――マールの涙ぐんだ笑顔だった。

 

 「リカルド……!」

 

 彼女は声を上げ、思わず抱きついた。

 その腕は震えていたが、確かに温かかった。

 

 「……俺……生きてるのか?」

 

 ゴードンが笑いながら肩を叩く。

 「やっと目が覚めたか、リーダー。寝坊にもほどがあるぜ」

 

 リカルドは苦笑しながら身体を起こす。

 仮面をつけたエルダが、少し離れた場所で静かに微笑んでいた。

 

---

 

 「討伐は完了した。三体とも仕留めた」

 ゴードンが報告する。

 

 リカルドは自分の腹部に手を添え、損傷した鎧を撫でる。

 「……俺、マールを庇って……爪が、腹を……」

 

 鎧に裂け目はある。だが、皮膚には傷がない。

 痛みも、残っていない。

 

 「……どういうことだ?」

 

 彼はマールに視線を向ける。

 「マール……何があった?」

 

 マールは言葉に詰まり、視線を落とす。

 そのとき、エルダが一歩前に出た。

 

 「私が……引き受けました。

  あなたの痛みを…….

  これは、癒しではなく私の呪いであり、代償です」

 

 リカルドは息を呑む。

 エルダの声は静かだったが、確かな重みがあった。

 

 「このことは……私たち四人だけの秘密にしてください」

 

 マールが頷く。

 「絶対に誰にも言わない。約束する」

 

 ゴードンも真顔で言った。

 「俺もだ。墓まで持ってく」

 

 リカルドはしばらく黙っていた。

 そして、深く頭を下げた。

 

 「……ありがとう。命を救ってくれて。

  俺は、あんたに借りができた。当然誰にも言わない」

 

---

 

 討伐の証として、三体の魔石を回収する。

 月光に照らされた魔石は、淡く青く輝いていた。

 

 「報告は明日にしよう。今夜はもう遅い」

 リカルドが言う。

 

 マールは疲れた顔で笑った。

 「私、もう歩けないくらい疲れてる……」

 

 ゴードンが腹を鳴らす。

 「俺は腹が減って死にそうだ」

 

 エルダが微笑む。

 「では、宿に戻って……美味しいご飯を食べましょう」

 

 その言葉に、三人は笑った。

 霧の森を背に、街へと歩き出す。

 

---

 

 ヴェルム・アルジェンタムの街灯が、夜の石畳を照らしていた。

 人影はまばらで、空気は静か。

 四人は並んで歩き、宿の扉をくぐる。

 

 「おかえり!」

 ルーシャがカウンターから顔を出す。

 「その様子だとクエスト、無事に終わったんだろ?すぐ夕食の準備するから待ってな!」

 

 それぞれ部屋に戻り、荷物を置いてから食堂へ降りてくる。

 テーブルには、温かな灯りが灯っていた。

 

---

 

 ルーシャが料理を運んでくる。

 木皿に盛られたローストチキンは、皮がパリッと焼かれ、香草の香りが立ちのぼる。

 野菜のグリルは甘く、バターで炒めた茸が添えられていた。

 パンはふかふかで、スープは根菜と豆の滋味が染み渡る。

 

 「さあ、召し上がれ!」

 

 みんなは席につき、食事を口に運ぶ。

 疲れていたはずなのに、笑い声が自然とこぼれる。

 

 エルダは、いつものように美味しそうに食べていた。

 その姿に、マールが微笑む。

 

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 リカルドが口を開く。

 「今日は……みんなご苦労だった、ありがとう。

 高額なクエストは、命の危険があるってことを……改めて思い知ったよ」

 

 ゴードンが頷く。

 「そうだな、だがエルダがいなきゃ無理だった。あんたがいてくれて、本当に助かった」

 

 マールも、静かに言った。

 「本当にそうね!ありがとう、エルダ!」

 

 エルダは少し照れ臭そうに微笑む。

 「……いえ。私も、皆さんがいたから戦えました」

 

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 ゴードンが笑いながら言った。

 「そういや、リーダーはエルダの素顔見てなかったな。めちゃくちゃ美人で驚いたぜ」

 

 マールも笑う。

 「ほんとに。こんな美人、見たことない」

 

 エルダは顔を伏せて、照れ臭そうに言った。

 「そんなことは……ないです」

 

 マールが笑いながら言う。

 「あるよ! 絶対ある!」

 

 リカルドが少し残念そうに言った。

 「俺は見てないんだが……ダメ元で聞くが見せてもらうことはできないか?」

 

 マールがすぐに割って入る。

 「それはダメ! リカルドは気絶してたんだから!」

 

 ゴードンも笑う。

 「そうだ、気絶してたリーダーが悪い!」

 

 エルダも微笑む。

 「そういうことにしておきましょう」

 

 リカルドは肩をすくめて笑った。

 「ふふ、そうだな……残念だ」

 

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 しばらくして、リカルドが真剣な顔で言った。

 「エルダ…改めて、ありがとう。そして……正式に“宵闇の牙”に入ってくれないか?」

 

 マールがすぐに賛成する。

 「私も賛成!エルダがいれば心強いわ!」

 

 ゴードンも笑う。

 「エルダが入れば、金級どころかプラチナ級、いや英雄級までいけるかもな」

 

 エルダはゆっくりと答えた。

 「……嬉しいです。でも、私にはまだ言えないことがたくさんあります。

  それに私の目的は、旅を続けて……いつか、自分の呪いを解くこと。

  だから、この街にとどまるつもりはありません」

 

 リカルドは少し残念そうに頷いた。

 「そうか……仕方ないな」

 

 マールも、寂しそうに微笑む。

 「残念だけど……応援する」

 

 ゴードンは笑って言った。

 「まあ仕方ねえ。旅人ってのは、風みたいなもんだ」

 

---

 

 リカルドがふと思い出したように言う。

 「そうだ。呪いのことなら、この街には呪術魔導具を扱う店がある。《琥珀の祠》って店だ」

 リカルドが地図取り出し、折れ目を指でなぞる。

 「そこに寄ってみればいい。話を聞くだけでも何か手がかりになるはずだ」

 

 エルダは目を細めて頷いた。

 「分かりました。ありがとうございます」

 

 そのとき、厨房の方からルーシャが現れた。

 「おつかれさま! クエスト成功のお祝いにこれはサービスね」

 彼女は笑顔で小さなデザートを差し出す。

 

 木の盆に載ったプチ・タルトは、カスタードがとろりと光り、ベリーの酸味がさわやかに香る。

 粉糖が雪のように振りかけられ、ミントの葉が一片そっと飾られていた。

 

 「わあ、ありがとう!」

 マールの声が弾む。ゴードンは満面の笑みで皿を受け取る。

 エルダは少し照れてから、そっとフォークを手に取った。

 

 四人はそれぞれ一口ずつデザートを味わう。

 甘さが疲れた体の隅々に行き渡り、緊張がほどけていく。

 ルーシャは嬉しそうに、鍋の残り香を胸にしまい込みながらうなずいた。

 

---

 

 食卓は和やかだった。

 話題は自然と改めて今日の恐怖と高額クエストの重みへと戻るが、言葉の端に笑いが混じる。

 

 「本当に、エルダがいなければ無事ではなかったな」とリカルドが改めて言うと、三人は一斉に頷いた。

 マールの目には微かな涙が光り、ゴードンは不器用にグラスを掲げる。

 

 「リーダーの命は俺たちの宝物だ」とゴードンが言うと、皆が笑い、輪が緩やかに温かくなる。

 

 エルダは微笑み、言葉少なに頭を下げた。

 その仕草だけで、感謝が伝わった。

 

---

 

 食事の終わり、ルーシャが残り物を片付けに来たとき、ふと厨房の戸が少し開いた。

 「夜遅くまでごくろうさま。本当に無事でよかったな」

 彼女の声は柔らかく、家族のような安心感が漂う。

 

 皆が礼を言い、笑いがまだ続く中で、それぞれ自分の部屋へ戻る準備を始めた。

 

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 各々の部屋で、短い静寂が訪れる。

 リカルドは鎧の裂け目に触れ、手のひらで確かめるように撫でた。

 マールは祈りの紐にそっと触れて、今夜の出来事を繰り返し心の中で唱える。

 ゴードンは無造作に剣をラックに戻し、ふと窓の外を見やった。

 

 そして、エルダ――仮面をつけたまま、窓辺に立った。

 

 灯りは室内の向こうで静かに揺れ、外の月は薄い雲をまといながら街を照らしている。

 彼女はゆっくりと仮面の紐に触れ、ためらいながら、それを外した。

 

 素顔が月光に浮かぶ。目元は冷静だが、口の端にはわずかな柔らかさがあった。

 そのまま窓の縁に腰掛け、小さな鼻歌を口ずさむ。歌は覚え書きのように短く、しかもどこか子供の頃の匂いを含んでいた。

 

 「……ふふ」と小さく笑うと、彼女は仮面を膝に戻し、指先でその縁をなぞった。

 夜風がカーテンを揺らし、彼女の髪をそっと撫でる。

 その姿は、戦いの影と静かな決意が混ざり合った一枚の絵のようだった。

 

---

 

 階下では、誰かが笑い声を上げ、片付けの音がやがて消えていく。

 ルーシャが窓から見上げて、目線があったエルダは小さく会釈する。エルダはすぐに視線を戻し、また一人で窓の外を見つめる。

 





 孤独を抱えた者が一晩だけ、密やかな温もりに触れた夜。
 彼女は鼻歌を続けながら、ゆっくりと目を閉じた。
 窓の外の月は、やがて雲に隠れて、彼女の小さな歌声だけが夜に残った。
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