崩壊世界でダンジョン攻略withゾンビ 作:かゆうま
俺がコールドスリープから覚めた後に初めて出会った人間は、残念ながらまともではなかった。
生気のない灰色の肌に血走った瞳。口元からは涎を垂らし、うぅーと唸っている。一言で言うとゾンビ。
襲われはしないが、仲良くなれる気もしない。
俺はゾンビをそっと躱し、壁にかけてあった服と靴を拝借して目覚めた部屋から出る。
「……螺旋階段」
なんとなく思い出してきた。俺は地下室で眠っていたのだ。
地上を目指して鉄製のステップを踏みしめると、カンカンカンと音が響く。騒がしくするとさっきのゾンビが追いかけてくるのでは? と心配になるが、どうやら大丈夫らしい。気配はない。
階段を登り終え、錆びついた鉄の扉を押して外に出ると、空は意外な程に真っ青だった。
記憶が確かなら、ここは上野駅近くの繁華街だ。俺はその一角にある雑居ビルの地下で長い眠りについていた筈。
今が西暦何年かは分からない。ただ、俺の知る21世紀とそれほど街中の様子は変わっていなかった。塗装が剥がれて赤錆た看板が目立つぐらいだ。
「さて、俺の方は大丈夫だろうか?」
何年寝たのか分からない。自分の顔を確認したい。俺はガラス張りのビルを探して歩き始めた。
程なく、カラオケ屋のガラス張りのフロントが俺の姿を映し出した。
三間健一、17歳。髪型まで記憶の通り。肌は萎れていないし色もまともだ。今の日本に高校があるかは知らないが、眠る前は高校二年生だった。
さて、声は出るのだろうか? 湿気を含んだ空気を肺いっぱいに吸い込む。
「すみません! 誰かいますかぁぁー!!」
ビルの合間に声が響き、鳩が飛び立った。あの鳩はまともなのだろうか? それともゾンビ化している? 気になってしまうが、確かめようのない疑問だ。胸に仕舞って耳を澄ます。
何処からともなく物音がする。いや、あらゆる方向からだ。
道路の真ん中に立って周囲を見渡していると、最初に出会ったのと同じように灰色の肌をしたゾンビがその辺のビルからゾロゾロと出てきた。
男のゾンビに女のゾンビ。子供や赤ん坊もいる。中には下半身がなく腕だけで這うものや、頭に棒の刺さった奴まで……。実にバラエティー豊か。
彼、彼女達は俺の方をチラリ見ると、興味無さそうに元々いた場所に戻っていく。「なんだ、人騒がせな奴だ」と言うように……。
これは俺のゾンビ観だが、彼等は人を襲うべきだし、襲われて噛まれでもしたら感染してゾンビになるべきだ。
しかし──、彼等は全くそのような素振りを見せない。俺を見てもつまらなそうにするだけだ。
別に襲われたいわけではないが、何か寂しいものを感じる。一人ぐらい俺に飛びかかってくるような奴がいてもいいのではないか? そんなことを考えながら飲食店が並ぶ商店街を行く。
「オデ……ン。オ……デン」
……うん? 人の声。これは人間か? それとも喋るゾンビ?
くぐもった男の声がする方へ歩いていくと、そこは立ち飲み屋だった。看板に大きく『おでんの村田』と書かれてある。
カウンターの向こうには灰色の肌をしたスキンヘッドのゾンビがいて、何やら忙しそうにしている。
他のゾンビとは違った様子に興味を引かれ、近寄ってカウンターの向こうを覗くと、彼は何かを皿によそっていた。
「た、たまご……。ウィンナー……」
おでんの村田は動物の目玉をたまご、臓物をウィンナーに見立ててママゴトのようなことをしていた。まだ人間だった頃の記憶があるのだろうか?
「い、いらっ……。いらっしゃい」
「大根はありますか?」
「だ、大根……」
村田は鍋の中を一緒懸命に掻き回す。そしてスキンヘッドをポリポリとかいた。
「……ない。大根ない。とってくる……」
カウンターから出てきた村田はナタのようなモノを持って歩いていく。こんなところに畑なんてない。一体、何処へ行くつもりだ?
興味を持った俺は村田の後をつけていった。
#
上野動物園の近く。村田は不忍池の畔に立つ弁天堂に向かって歩いているようだった。
途中、何体ものゾンビとすれ違ったが村田のように喋る個体はおらず、うぅーと唸ってばかりだった。どうやら、村田は特殊なゾンビのようだ。
村田はズカズカと弁天堂に上がり込み、扉を開け放つ。
「穴?」
俺の声に反応した村田が振り返る。
「おっ、お客さん……。少々お待ち、ください。大根」
ちゃんと俺のことを覚えているらしい。大根のことも。しかし、ここに大根があるのか? そもそも、弁天堂の床に空いた大穴はなんだ?
俺の疑問をよそに、村田は穴に飛び降りる。慌てて覗き込むとそんなに深くない。さて、どうする? コールドスリープに入る前の俺なら躊躇っていた筈だ。しかし、俺の心は若干おかしくなってしまったらしい。
全く恐怖を感じない。あるのは好奇心だけだ。
「よしっ!」
俺は村田の後を追って穴に飛び降りた。
#
穴の中はほんのりと明るい。硬い岩で出来た壁全体が薄らぼんやりと光っている。
「これ、弁天堂の地下じゃないよね? どうなってるの?」
「だ、大根……。だい、こん」
村田は大根探しに必死だ。こちらの疑問には答えず、どんどん進んでいく。
穴は延々と横に伸びていて、終わりが見えない。直径も徐々に大きくなっている。
──ドスッ! ドスッ! と重たそうな足音が前方から聞こえてきた。
村田が立ち止まり、ナタを構える。なんだ? 何かくるのか? 大根?
「ブモォォォ!!」
現れたのは太った体に豚の顔を持ったモンスターだった。体長は二メートル近くありそうだ。棍棒のようなもので村田に殴りかかる。
「ふん」
ガチン! と棍棒とナタがぶつかり、激しい音がする。村田はそのまま棍棒を流し、豚のモンスターは体勢を崩した。村田は意外な身軽さでモンスターに向き直り、頭から体当たりを──。
──ドンッ! と吹っ飛ばされた豚顔は壁に後頭部をぶつけてふらついた。そこにナタが襲い掛かる。
「ブヒィィィィ!!」
穴のなかに響く豚顔の悲鳴、そして飛び散る血飛沫。村田の手は止まらず、何度もナタが振るわれる。やがて、モンスターは身じろぎすらしなくなった……。
「いそがないと……。大根だぁ……」
村田は地面に倒れたモンスターの膝下にナタを叩きつけ、体から切り離す。
「お、お客さん。大根……」
「ありがとう。村田」
村田が一瞬、驚いたような顔をした。血走った瞳の奥に微かに光ったのは知性なのか……? 名前を呼ばれたことを反応したように見えた。
──バフン! と突然、モンスターの体から煙が上がる。そして……体が消えた。何も残りはしない。村田が急いだのはこのせいか……。
そして突然脳内に声が響く。
『クエスト【ゾンビと一緒にダンジョンでオークを倒す!】をクリアしました!! 報酬として経験値1000獲得!!』
なんだ? このゲームじみた設定は。俺がコールドスリープしている間に、この世はどうなってしまったんだ?
「す、ステータス。オプン」
村田が突然、ボソリと呟いた。ゾンビがステータスオープン? そんな、馬鹿な!?
中空を見つめる村田。何かを読んでいるようで、仕切りに頷いている。
「何かあったのか? 村田」
「レベル、あがた」
そう言って少しだけ満足そうにする。
「レベル? そんなものがあるのか? 村田は今、レベルいくつなんだ?」
「に、23」
……レベル23。それが高いのか低いのかは分からない。先程の戦いっぷりを見ている限り、なかなかのものに思えたが……。
俺が考え込んでいると、村田はオークの膝下を持ちダンジョンの入り口へと歩いて行く。オークの膝下を大根という体で調理するのだろう。
あまりの出来事の連続に少しぼんやりしていると、ダンジョンの奥から物音がした。またモンスターが出てくる? 一人では戦える気がしない。
俺は慌てて村田に続いて、ダンジョンの入り口に戻り、何とか穴をよじ登った。
#
村田はオークの膝下を持って自分の店へと戻っていく。その道中で何体ものゾンビが村田に襲い掛かってきたが、そこはレベル23だ。何なく撃退していた。
弁天堂への往路ではゾンビに襲われることはなかった。しかし復路では襲われた。その違いは……? 思い当たるのは村田が左手に持つもの。まだ血が滴るオークの膝下だ。
ゾンビはオークの肉を狙っている? ゾンビにとってはモンスターが食糧ってことなのか? そう考えると、『おでんの村田』で出されるおでんは全てモンスターの体なのかもしれない……。
村田は大根──オークの膝下──のおでんを作り始める。驚いたことに、『おでんの村田』にはガスが通っているし、よく見ると電気もついている。水道だって健在で、俺は村田からもらったお冷を飲んでいる。
この状況が意味するもの……。それはこの人間のゾンビ化が局所的な事象だということだ。範囲は分からないが、少なくとも上野駅周辺に対してライフラインを提供出来るぐらいには日本は保たれていることになる。
日本は完全に壊れているわけではない。俺は誰かに助けを求めることが出来るかもしれない。ゾンビではない誰かに。
「まぁ、今はいいか」
だってそうだろ? 目が覚めたら、辺りはゾンビだらけでおまけにダンジョンまである。クエストなんてふざけたシステムまで実装されていて、俺は経験値を1000手に入れたんだ。
「そうだ。ステータスオープン」
俺は遂にその単語を口にした。少し恥ずかしくて躊躇っていたが、ここには村田しかいない。何を聞かれたっていいだろう。
少し間があってから目の前の空間に文字が浮かんだ。まるでゲームのウィンドウのようだ。そこには──。
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名前 :三間健一
レベル:1
スキル:なし
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弱い。弱すぎる。ステータスの表記がシンプルな分、弱さがダイレクトに伝わってくる。村田のレベル23が憎い。
何とかクエストをこなして経験値を稼がないといけない。レベルを上げてどうするの? なんて疑問は棚上げだ。レベルがあったら上げたくなるのが、生き物。それは本能に刻まれた習性。
「だ、大根。できらぁ!」
急に村田が大声を上げた。どうやら大根のおでんが出来たらしい。カウンターから差し出された皿と箸を受け取ると、なるほど形は輪切にされた大根に多少似ている。かなり細工はしているのだろうけど、大根だと強く言われればこちらとしては飲み込まざるを得ない。
「意外といい匂い」
村田のおでん……。よい出汁の香がする。思わず腹が鳴った。
カウンターの向こうから期待に満ちた視線を感じる。
「わかったよ! 食べればいいんだろ?」
俺は覚悟を決めてオーク大根に箸をいれ、一口サイズに整形した。そして箸で摘んで口へ──。
「うまい! いや、なんで? うまいんだけど!!」
俺の感想を聞いて満足したのか、止まっていた村田が動きだした。そして脳内に響くあの声。
『クエスト【ゾンビの手料理を食べる】をクリアしました!! 報酬として経験値2000獲得!!』
このクエストシステム、ダンジョンの外でも機能するようだ。
村田もなんらかのクエストをクリアしたようで、ステータスオープンをしてレベルを確認している。残念ながら上がっていなかったようだが……。俺も村田を真似てステータスオープンを唱える。
「よし! レベル2だ!」
何が変わったのかは分からないがレベルが上がったのは素直に嬉しい。とても良い気分だ。
調子にのった俺はその後、たまごとウィンナーも注文した。たまごの方はゼラチン質で濃厚。ウィンナーはちょっと臭みがきつかったが気合いで乗り切った。残念ながらクエスト達成はなかったが……。
「じゃぁ、村田。ありがとう」
俺が立ち去ろうとすると、村田は慌てる。
「おっ、お客さん。おだ、おだ。お代……」
えっ、お金払うの? ゾンビお金いる? いや、確かに無銭飲食は良くない。俺は祈るような気持ちでズボンのポケットを漁る。そして奇跡的に硬貨を探し当てた。
「ご馳走様」
俺はカウンターに五百円をパチリと置いて、踵を返す。おでんの匂いに釣られたのか、ふらふらと三体のゾンビが寄ってきていた。
このゾンビ達、お金払えるのかな? 払えないと村田のナタの餌食になるかもしれない。
そんな事を考えながら、俺は『おでんの村田』を後にして上野の商店街の探索を開始した。