名も無き、国一番の侍   作:ファルメール

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第10話 侍対柱 2

 

 鬼殺隊に伝わる基礎6つの呼吸の内、夜の呼吸は炎と水の呼吸と並んで歴史が古い。彼等は煉獄家がそうであるように、代々世襲で産屋敷家に仕え続けてきた。

 

 その開祖である初代暮森は女性剣士であったと伝えられている。

 

 夜の呼吸の9つの技は、正統後継者の証である紫色の生地に三日月模様の羽織と共に代々受け継がれてきた。

 

 開祖は、この技を身に付ける為の過酷な修行によって体を壊し、夜の呼吸を使う鬼狩りの使命は二代目から始まった。

 

 彼女は後継に選んだ剣士に、伝えた。

 

「これからはあなたが夜の呼吸の継承者です。この技を後世に伝えて…どうか、どうか、あの鬼の剣士を…斬ってください。あの人が重ねる人食いの罪が、一つでも少ない内に…あの人は地獄に墜ちるでしょう…でも許されるまでの時間が、少しでも短く済むように」

 

 何代か後の夜柱は引退する際に、自分の継子に伝えた。

 

「これからはお前が夜柱だ。夜の呼吸を使う剣士は、鬼の剣士と出会った時には、これを斬るのが役目となる」

 

 そして現在、夜の呼吸の継承者には時透有一郎が選ばれた。

 

 有一郎に継承者の証である羽織を渡す時に、当代の暮森はこう伝えている。

 

「お前のような子供に、夜の呼吸を継がせなければならないのを申し訳なく思うよ」

 

「え…どういうことです?」

 

「夜の呼吸の剣士は、鬼の剣士を斬る使命がある。それはつまり、鬼殺隊から鬼に寝返った者が出た時にその粛清をするのが夜の呼吸の継承者の役目なのだ。裏切者とは言え、元は同じ鬼殺の剣士を斬らねばならないのは…辛いことだろう」

 

「じゃあ…俺には向いてるかな。どうせすぐ忘れるから」

 

 こうして有一郎は夜の呼吸を継ぎ、頭角を現して隊士となってから二月で柱に選ばれた。時を同じくして無一郎も霞の呼吸を修め、同じく柱に昇格する。彼等兄弟は特例で、二人で一つの柱として任命された。

 

「有一郎、無一郎。君達はこの世でたった二人だけの兄弟だ。どうか二人力を合せて、鬼から人の命を守っておくれ」

 

 昇格の際に産屋敷耀哉から掛けられたその言葉に、無一郎は平伏する。

 

「はい、お館様。僕、これまで以上に頑張ります!!」

 

 有一郎は普段とあまり変わらなかった。

 

「はい、お館様…もう行って良いですか? 鍛錬がしたいので」

 

「に…兄さん」

 

 一応の敬意はあるものの、ぶっきらぼうな兄の態度に慌てる無一郎だったがそんな弟などどこ吹く風で、有一郎は立ち去ろうとする。

 

 耀哉は別段その態度に気を悪くした風でもなかった。只一言、その背中に語り掛ける。

 

「有一郎。これだけは覚えておいで。杓子定規に物を考えてはいけないよ。確固たる自分を取り戻した時、君は必ずもっと強くなれる」

 

 別段反論もしなかったが、この言葉には有一郎はそこまで論理立てた思考はしていなかったものの、内心否定的だった。

 

 確固たる自分?

 

 そんな曖昧なものあった所で、強くなる訳ないじゃないか。

 

 強さとは絶対的な力。

 

 強くなる為には鍛錬して、実戦を経て、経験を積むしかない。

 

 だから寝る間も惜しんで鍛錬し、少しでも強い鬼と遭遇しやすい危険な任務に志願し続けた。柱になったのはその帰結でしかない。

 

 強くならなくちゃ。

 

 一日も、一刻も早く。

 

 強くなって、両親の仇の鬼を、あの六つ眼の鬼を必ず斬る。

 

 ただ斬るだけじゃ飽き足らない。

 

 頸を落とすのは一番最後だ。

 

 奴を足の爪先から一寸単位で切り刻んで嬲り殺しにして、地獄の痛みの中で殺す夢を幾度見たろうか。

 

 その夢が現実になる日が、こんなに早く来るなんて。有一郎はこの日ばかりは、柄にも無く神仏に感謝した。

 

 夜の呼吸 弐ノ型 珠華ノ遊月

 

*

 

 有一郎が挨拶代わりに頸を狙った斬撃を、国士某は危なげなく防いだ。

 

 紫色の日輪刀に刻まれた「悪鬼滅殺」の文字を見て。六つの眼が少しだけ大きくなった。これは穏やかな驚きがそうさせた動きだった。見れば、たった今彼が斬った下弦の弐に追い詰められていた女性隊士に駆け寄った無一郎の白刀にも、同じ文字が銘打たれていた。

 

「その年で柱とは…天稟は…素晴らしい」

 

 彼は日輪刀を、腰の鞘に戻した。これはあくまで鬼を斬る為の刀。人間に向けられるものではない。

 

 だがその動作を挑発と受け取ったのか、有一郎が突進してきた。

 

 夜の呼吸 玖ノ型 降り月・連綿

 

 当たった!!

 

 有一郎はそう確信した。

 

 この間合い、タイミング。どれを取っても我ながら申し分の無い一撃だった。

 

 しかし、手応えが無い、柄を握る手に何も伝わってこない。自分の振った刀は、空を斬っただけだった。

 

 外れた、いや、かわされたのだ。

 

 こちらの動きを見切って、最小限の動きで刃を避けた?

 

「なら…」

 

 夜の呼吸 捌ノ型 月流輪尾

 

 今度こそ避けられない。殺った。

 

 その確信は、一刹那後には裏切られた。

 

 まるで蜃気楼を前にしたかのように、国士某はそこに立ったままだった。

 

「力任せでは…私は斬れぬ…いきなりそのような大技ばかりで…間合いも…取れぬのか?」

 

「…!!」

 

 そう言われて、有一郎は激しい怒りはそのままに、頭に上っていた血が急速に引いていく冷たさを感じていた。

 

 憎しみも怒りも消えないが、確かにこの言葉は的を射ている。

 

 後悔させてやる。俺が冷静さを欠いていた時が、唯一にして最大の勝機だったと言うのに。

 

 今の言葉が自分の墓穴を掘った事を思い知らせてやる。

 

 すっと、構えを暮森に弟子入りしたその日に、最初に習ったものへと変える。これは月の呼吸の剣技の、基本の構えだ。

 

「ようやく…地に足が着いたか…ならば…これよりは…こちらも抜かねば…不作法というもの」

 

 すっと掲げられた国士某の手に、彼の血肉によって作られた刀が握られる。

 

「剣を…教えてやろう」

 

 そしてその構えは、まるで鏡映しのように有一郎と同じもの。

 

 ならばそこから繰り出される一撃は。

 

 夜の呼吸 壱ノ型   月の呼吸 壱ノ型

 

「「朔月・宵の宮」」

 

 同じ太刀筋、同じ横薙ぎの一閃。

 

 それがぶつかり合うその一瞬を、無一郎は見た。

 

 二人の刃は、真横から見れば完全に一つの平面の上に重なったように全く同じ軌道を描いていた。国士某がそのように、刀を操ったのだ。

 

 空間に火花が散って、全く同じように振られた刀が激突した。

 

「ぐっ!!」

 

 しかし、弾かれたのは有一郎の方だった。

 

 衝撃によって数メートルも後方へと押し出される。

 

「まだまだ…」

 

 夜の呼吸 弐ノ型   月の呼吸 弐ノ型

 

「「珠華ノ遊月」」

 

 切り上げるような左右と上方への三連続攻撃。

 

 だがこれも、有一郎の剣だけが全て打ち負けて、彼は体勢を崩してしまった。

 

 しかしその隙に、国士某が追撃を加える事はしない。まるで王者のように、そこに佇んだままだ。

 

 夜の呼吸 参ノ型   月の呼吸 参ノ型

 

「「愁月・移ろい」」

 

 左右から繰り出される二撃。

 

 これも有一郎の剣が打ち負けて、まず左に飛ばされた所を、反対側からの攻撃を辛うじて防いで逆方向に飛ばされた。

 

「くっ…こ、こいつ…」

 

 夜の呼吸 肆ノ型   月の呼吸 肆ノ型

 

「「朧月・和ぎ」」

 

 フェイントからの頸を狙った攻撃。

 

 有一郎のものは完全に見切られて、斬撃はかわされ首筋に刃が寸止めされる。

 

「!」

 

 反射的に飛び退り距離を置く。

 

 今の一撃、仕留めようと思えば仕留められた。

 

 嘗められている。

 

 ふざけやがって、バカにしやがって。

 

 ぎりっと、有一郎の口から噛み締められた歯が軋む音がする。

 

 両親を殺されてから今日まで、俺はこいつの顔を一度も忘れた事は無かった。

 

 血反吐を吐くほど鍛え続けて、数え切れないほどの死線を毎日のようにくぐって、強く、強くなったのに。

 

 その強さが、こんな風に遊ばれるなんて、そんな事があって良いはずが無い。

 

 負ける訳が無い。

 

 夜の呼吸 陸ノ型   月の呼吸 陸ノ型

 

「「常世静月・微睡」」

 

 一瞬の内に繰り出される、縦の連撃。

 

 その一撃一撃悉く有一郎の剣が打ち負けて、威力を殺しきれずに背中から地面に倒された。衝撃で一瞬、息が詰まるもののすぐに立ち上がって戦闘態勢を継続する。

 

「軽々しく…大技を打つな…基本の中にこそ…勝機があると…知れ」

 

 絶好の勝機だったと言うのに、この鬼は攻め込んでこない。

 

 やはり嘗められている。

 

 俺が必死で今までやって来た事は、チャンバラごっこだと言うのか。

 

 バカにしやがって、ふざけやがって。

 

 憎い、憎い。

 

 殺してやる。

 

 地獄を見せてやる。

 

「ふーっ、ふーっ!!」

 

 あらゆる負の感情が押し寄せる。

 

 心臓の音がうるさく、血管を通る血流の摩擦音さえ聞こえるようだ。体は、頭はすっきりと涼しいのに燃えるように熱くなっている。

 

「む…」

 

 この時、国士某の視野も有一郎の体の変化を捉えていた。

 

 体温の急激な上昇、それに心臓が急速に鼓動を早め、心拍数・血圧も同じようにどんどんと上がっている。

 

 この兆候を、彼は知っていた。

 

「いかん…な」

 

 そう、呟いた瞬間、鬼侍の姿は消えた。

 

「!?」

 

 次に姿を現した瞬間、その拳が有一郎の鳩尾に打ち込まれ、声も上げられずに視界が暗転。

 

 俯せに倒れ、意識を失った。

 

「まだ…十三…四といった…歳であろう…生き急ぐな」

 

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