名も無き、国一番の侍   作:ファルメール

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第11話 侍対柱 3

 

「兄上の夢はこの国で一番強い侍になる事ですか? 俺も兄上のようになりたいです。俺は、この国で二番目に強い侍になります」

 

 始まりはその言葉だった。

 

 兄の稽古を見ていた縁壱が、そう言ったのだ。

 

 当時巌勝は天賦の才を不断の努力により磨きを掛けていて、代わる代わる彼との地稽古で体中に青あざを作っていた父の配下の一人が、戯れに袋竹刀を渡して持ち方と構え方を口頭で軽く指導して、さぁ打ち込んでみよと構えた。

 

 次の瞬間、首、胸、腹、足に瞬く間に四連撃。

 

 その配下は声も無く失神した。彼が七歳(現在の五歳)の縁壱に打たれた部位は、骨にこそ異常は無かったものの拳大に腫れ上がった。

 

 巌勝でも初めて剣を握った日には、三連撃を打ち込んで、拳の半分ほどの腫れ上がりを作ってフラフラにさせるのが精一杯だった。武の申し子である兄がその境地に至るまで何ヶ月かの修練が必要だった領域に、弟は既にそこに在ったのだ。彼こそはまさしく武の大天才。その評価に不足など寸毫もあるまい。

 

 巌勝は弟の武才に驚き、また喜んだ。正直な所、父の配下相手では相手にならずこの時期には既に彼との立合いを辞退する者も多く、ある配下などは人目もはばからず大声で泣き出した事もあって、彼は稽古の際に相手に気遣うような本末転倒の状況となっており、故に素晴らしい稽古相手が身近に居たのは、望外の幸せだった。

 

 しかしながら、この一件を機に縁壱は侍になりたいとは言わなくなった。無論、巌勝が稽古に誘っても応じなかった。

 

 縁壱にとって人を打つ感触は、たまらなく不快であったのだ。

 

「剣の話をするよりも俺は、兄上と双六や凧揚げがしたいです」

 

 巌勝は剣の道を究めたかった。天に愛された彼の肉体は、鍛えれば鍛えた分だけそれに応えてくれたからだ。

 

 だが巌勝はそれを聞いた時から縁壱と遊ぶ時間が多くなった。この頃には既に家中の者は母と弟を除いて皆彼を武神・毘沙門天の生まれ変わりだ、虎の子だとおだて上げて持て囃していたので、少し稽古を休んだ程度では何も言われなかった。

 

 こうして二人で過ごせるのは十歳になるまでだ。その時が来れば縁壱は僧になるべく寺に送られる。ならば今しか出来ない二人で遊ぶこの時間を大切にしたいというのは、兄弟双方が持つ思いだった。

 

「申し訳ありません、兄上」

 

 ある日双六をしていた時に、巌勝は急に縁壱に頭を下げられた。

 

 兄はポカンと口を開けて、首を傾げる。

 

「何を…詫びる?」

 

「俺が侍になりたくないから、兄上に侍になる事を押し付けたのではないでしょうか」

 

 弟に兄をも凌ぐ剣士の才能があった話は、既に家中で持ちきりとなっている。故に縁壱をこそこの家の跡取りに…という声も上がり掛けてはいたのだが、縁壱自身はもう自分に侍になる心算は無いときっぱり言い切っていたので、引き続き家を継ぐのは巌勝にという事で話がまとまったという一件があった。

 

 そういう経緯があったので、縁壱には自分が侍にならないと言ったから巌勝に侍になる事を押し付けたような、そんな気がしていたのだ。特に、彼にとっては人を打つだけでも決してやりたくないような不快なものなのに、またしてや戦い、人を斬って命を奪う事など想像もしたくはなかったのだろう。

 

 そんな事を自分の代わりに兄にやらせると思うと、それは心苦しいだろう。

 

 巌勝は弟が打ち明けてくれたその胸中を聞かされて、しばらく考える。

 

「お前は…寺に行き…僧になる道が…向いていたのかも…知れぬな」

 

「は…」

 

「お前が…そうして気に病むのは…優しい慈悲の心があるからだ…それは…僧に向いていよう…だが…侍の道にも…慈悲は…ある」

 

「戦う事が、慈悲ですか?」

 

 巌勝は穏やかに首を振った。

 

「戦いそれ自体は…慈悲ではない…だが…戦わねば…この世には…無道が…はびこる…無道を抑え…光ある…平和な世を目指すのが…慈悲」

 

「平和の為に、兄上は戦うのですか?」

 

 今度の問いに、巌勝は頷いた。

 

「無論…侍は大名の家来だが…私は…大名の家来である前に…仏様の家来でありたいと…思う…理不尽に命を奪われる人の無い…そんな世の為にこそ…私の才を使いたい…たとえ私が駄目でも…その意思を継ぐ者を導くような…そんな侍で在りたいと…そう思っている」

 

「仏様の家来…」

 

「慈悲は同じ…故にお前が…侍にならず…寺に行って僧になっても…あるいは…うたと夫婦になり…添い遂げても…生きて営む限り…道を究めたその先に行き着く所は…誰もが皆…全て…同じであろう」

 

 だから侍にならない事を気に病む必要は、無い。

 

 兄の言葉を受けて胸中の重しがすっと取り除かれていくようで、縁壱はもう一度深々と頭を下げた。

 

「兄上…」

 

「難しい話は…これまで…母上が…一日でも長く…命の灯火を…燃やしていただけるよう…仏様に…祈りに行くぞ」

 

「はい、兄上」

 

 兄弟二人は双六を片付けると、仏間へと向かった。

 

 彼等の母が息を引き取るのは、この日の深夜の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 鳩尾への一撃で夜柱・時透有一郎を昏倒させた鬼の侍は、ぐるりとアオイと無一郎へと向き直った。先ほど下弦の弐を斬ったすぐ後には、二人の柱に邪魔されて出来なかったアオイへのトドメを、今度こそ刺すつもりだろうか。

 

「貴様あっ!!」

 

 時透無一郎は白刀を閃かせ、六眼の鬼へと突進した。

 

 鬼が持つ刀と日輪刀がぶつかり合い、両者は鍔迫り合いの体勢となった。

 

 無一郎は微妙に立ち位置を変えて、アオイから口元が見えないようにする。

 

「お侍様」

 

「息災のようだな…兄も」

 

 小声で、言葉を交わす。

 

「柱を倒し…まだ無傷…この状況で…私が帰るのは…いかにも不自然」

 

「どうしますか?」

 

「お前が…猛攻で…何とか夜明けまで時を稼いだ…という事にしよう」

 

「じゃあ…さっきの兄さんとの戦いは」

 

 傍から見ていた無一郎には良く分かった。明らかに国士某は、有一郎が繰り出すものと同じ技を常に打っていた。そして常に技の激突で打ち勝ち、更に隙が生まれた時にも攻めようとはしていなかった。国士某には兄を斬ったり、まして食うつもりなど無いのだ。

 

 仮にそんなつもりがあったのなら、とっくに自分達の家は絶えていただろう。国士某はずっと時透家に付け届けをしていたのだから。

 

 さっきのは実戦での稽古だった。

 

「お前も…全力で…打ち込んでくるがよい…成長を…見てやろう」

 

「はい、お願いします」

 

 無一郎は背後に飛び、霞の呼吸の構えを取る。これは大技ではなく、基本の構えだ。彼は先ほどの兄の戦い振りを見て、活かしていた。

 

 フウウウウウ…

 

 独特の呼吸音。そこから繰り出される技は、

 

「霞の呼吸 壱ノ型 垂天遠霞」

 

 両手を使った渾身の突き技。

 

 国士某はほんの僅かだけ体を動かして避けた。

 

 驚きはしない。無一郎もこれは陽動。虚実の虚。つまりフェイント。

 

 虚実の実は次の攻撃だ。

 

「霞の呼吸 弐ノ型 八重霞」

 

 体幹を大きく捻り、瞬時に繰り出される連続攻撃。

 

 手加減など何も無く、止められなければ間違いなく斬るつもりの攻撃だったが、国士某は突っ立ったままで全ての攻撃に反応してビクともせずに全ての攻撃を防ぎきってしまった。

 

 無一郎はこれにも驚きはしない。まだ想定内。

 

 更に次の攻撃に繋げる。

 

「霞の呼吸 参ノ型…」

 

 ここで、国士某が動いた。技に割り込むようにして斬り込んでくる。

 

「!!」

 

 咄嗟に無一郎は攻撃を中断して防御。両者は再び鍔迫り合いの姿勢になる。

 

「反応は良い…技の精度も上々…だがまだ…練りが甘い…一つ一つの技と技…その繋ぎ目に隙がある」

 

「はい!!」

 

「む」

 

 咄嗟に、国士某は思い切り頭を逸らして後方に跳躍する。

 

 先ほどまで彼の頭部があったその空間を、一瞬の真空さえ作るような鋭い突きが貫いていた。

 

「! 胡蝶さん」

 

「間に合って良かったです。無一郎さん。加勢しますよ」

 

 無一郎と並んで立つのは、蝶の模様の羽織を着てお揃いの蝶の髪飾りをした、小柄な女性剣士だった。他にも女性剣士が二人、彼女に続くようにして現れた。

 

 国士某の目を引いたのは、女性剣士の手にした日輪刀だ。時透兄弟が持つ物と同じく「悪鬼滅殺」の銘が刻まれている。つまりこの女も柱。しかし刀の形状は異形だった。刃が付いているのは鍔元と切っ先だけで、それ以外の部分は刃引きどころか刀身の大部分が取り除かれて細くなっている。とても斬れる刀ではない、と言うより斬る為には作られていない、その機能が最初から排除されている。

 

 頸を斬れる刀ではない。先ほどの攻撃も突き技だった。しかしこの女は柱だ。

 

 ならばどうやって鬼を殺すのか…?

 

「…毒使いか」

 

「!!」

 

 蟲柱・胡蝶しのぶが、顔を引き攣らせる。

 

 すぐそこに有一郎が倒れているから、眼前の鬼は柱をも倒す相当な強敵であると認識はしていたが…更に警戒度を引き上げる。

 

 まだ自分の攻撃を一度も受けていないのに、恐らくは武器の形状からだろう、一瞬の内にこちらの攻撃手段を推理して正しく見抜いた。恐るべき敵だと理解する。

 

「二人は後ろに回り込んで。私と無一郎さんは正面から行きます。一気に畳みかけましょう」

 

「「はい、師範」」

 

 二人の継子は左右に分かれて、視線は外さずにじりじりと国士某の背後を取るべく動く。

 

 国士某は六つの眼がもたらす広い視野によって両者の動きを把握しようと努めていたが…それを妨害するように、しのぶが仕掛けた。

 

「蟲の呼吸 蜻蛉ノ舞 複眼六角」

 

 距離を詰めての六連続突き。

 

 並の鬼なら一つの突きだけでも仕留めるには十分。それが六つ。十二鬼月であろうとまともに受けては無事では済まないだろう。

 

 国士某は迫ってくる六つの突きを前に、しかし全く取り乱さない。

 

「偽物ばかり…本物は…これか」

 

 鼻先で、刃が止まる。

 

 しのぶが突き出した日輪刀は、国士某に刀身を握られて静止させられていた。

 

「!! 見切られた…!!」

 

 大量の毒を一気に注入する大技はフェイント、本命はそれに隠された一刺しだった。

 

 蟲の呼吸 蜂牙ノ舞 真靡き

 

 しかしそれをこの鬼は、初見で見切って、止めた。

 

「全ての攻撃には…必殺の意思を乗せる事だ…高められた殺気は…相対する敵には必ず伝わる…見せ技とて…そうする事で…敵はその全てに反応し…全て防がねばならなくなる」

 

「くっ…」

 

 咄嗟に剣を引こうとするが、国士某の力は強く押しても引いても一寸も動かない。

 

「花の呼吸 肆ノ型 紅花衣」

 

「花の呼吸 陸ノ型 渦桃」

 

 この時背後に回っていた継子の剣士が、国士某の頸を狙って斬り掛かった。

 

 国士某は体を半身にすると、二人の攻撃を同時に剣で止めた。

 

「お前達は…逆に殺気が強すぎるな…背後からの不意打ちは…殺気を消し…静かに行うべきだ」

 

「「!!」」

 

「霞の呼吸 肆ノ型 移流斬り」

 

 いつの間にか国士某の足下に滑り込んできた無一郎が、切り上げる一撃を放つ。

 

 国士某は咄嗟にしのぶの刀を手放して、これを避ける。

 

 自由になったしのぶは一度刀を納刀すると、鞘に仕込まれた絡繰りによって強力な毒を装填する。

 

「無一郎さん、ありがとうございます」

 

「いえ。それよりこの鬼は強い。全員で息を合わせて行きましょう」

 

「ええ。四対一が卑怯だなんて言ってられる相手では、とてもありませんね」

 

「一対四…遠慮は無用…参れ」

 

 前後の敵に対応すべく、国士某は体を斜に構える。

 

 左手にも、自らの血肉によって形成した刀を握り二刀流で、切っ先を正面の無一郎・しのぶと、背後の継子二人にそれぞれ牽制するように向ける。

 

 何の合図も無く、しかし完璧にタイミングを合わせて四人の剣士は走り出した。ここは柱と継子、鬼殺隊の中でも上位の実力を持った隊士達だからこそ為せる見事な連携だと言える。

 

「霞の呼吸 伍ノ型 霞雲の海」

 

「蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れ」

 

「「花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬」」

 

 だがそこから起こった事は、その上級剣士達をして驚愕せしめるものだった。

 

 国士某は四人からの攻撃を全て防ぎきった。

 

 それだけなら驚きはしない。既に四人とも、それぐらいはやってのけて不思議でない相手なのは、とっくに十分過ぎるほど理解している。

 

 技を防がれたのにも少しも怯まず四人とも攻撃を続けるが、なんと国士某が顔を向けているのは無一郎としのぶに対してだけ。後方の継子二人にはちらりとも視線を向けずに、しかし刀を握る腕だけがまるで別の生き物であるかのように動いて、正確に攻撃を止め続けているのだ。

 

「な…見てないのに…どうして?」

 

 まさか顔の六つ以外に、文字通り後ろに眼が付いていてそれが隠されているとでも言うのだろうか。

 

「違う…これはまさか」

 

 しのぶの中で、国士某への最大級を示していた警戒度の針が振り切れた。

 

 昔、聞いた事がある。中国拳法の達人は、視認しなくても攻撃を捌き・受けた瞬間の手応えと流れから次にどんな攻撃が来るのかを直感的に予測して対応する事が出来るのだと。拳法と剣術の違いこそあれど、眼前のこの鬼の侍はまさにその境地に至っているというのだろうか。

 

「連携は…眼で見るのではなく…流れで…動け…まだ集団戦の…鍛錬は足りぬようだな」

 

「くっ…!!」

 

「落ち着いて!! 攻撃を続けて。必ず隙は出来ます」

 

「は、はい」

 

「うむ…動揺はあったものの…すぐに立て直した…良き教育を受けた証拠…柱の女は…良い師範のようだ」

 

 時には四人同時攻撃。

 

 あるいは三人が仕掛けている間に、ほんの数秒という僅かな間だけ一人が休憩して体力を回復させるのをローテーションのように繰り返し、国士某を片時も休ませない連続攻撃を続けるが、全ての攻撃に国士某は対応して完全に防ぎ、捌ききってしまう。

 

 いくら次に攻撃が来ると分かっていても手は二本しかないのだから二人の攻撃を止めたら残る二人には対応出来ない筈なのに、それにも反応して対応・防御していく。恐らくいくらタイミングを合わせても人間である以上は必ず生じる、ほんの刹那のズレを完璧に見切り、タイミングの早い方から順番に迎撃しているからこそ出来るのだ。

 

 一度でも間違えたら、誰かの剣が頸を落とすか毒を打ち込んでいただろう。

 

 それをお約束ならいざ知らず、千変万化する実戦の中で一度も間違えずに正解だけを選び取り続けるという、恐るべき練度。

 

 今まで出会ったどんな鬼も遙かに超えているのを、雄弁に教えてくれる。

 

「うむ…見事…良い鍛錬になった」

 

 しかしそんな強敵も鬼である以上は、陽光には抗えないのだろう。捨て台詞を吐くと夜明けと共に逃げていった。

 

 周囲一帯が朝の光に包まれ、鬼が手出し出来ない状況が確保されたのを確認すると、無一郎は尻餅をついた。

 

「な…なんとか…凌ぎ切りましたね」

 

「はぁ…はぁ…こっちが…四人だったのが…幸いでしたね…一人でも居なかったら…とっくに全員が…」

 

 しのぶもがっくりと膝を落とし、息を切らしていた。隊服も羽織も汗を吸ってずっしりと重くなっている。全力の攻撃を繰り出し続けた為だろう、肺が酸素を取り込もうとして急激に動き、胸に針で刺したような痛みが走る。

 

 命拾いした、と言うよりは見逃してもらったと言うのが正確な戦いだった。

 

「師範、夜柱様は意識を失っているだけです」

 

「こっちの隊士も、ショックを受けてはいるようですが無事です」

 

 有一郎とアオイを介抱している継子からの報告を受けて、漸く少し呼吸を整えたしのぶが立ち上がった。

 

「とにかく…お館様に報告が必要ですね…あの鬼は瞳に数字が刻まれていなかった。十二鬼月以外にも、あのような鬼が居るのを、鬼殺隊全体に周知しなくては」

 

「そうですね…僕も、お館様には今回の事を報告しなくちゃ」

 

 無一郎も刀を鞘に納めながら、そう言った。

 

 特に彼は、唯一全ての事情を知っている身だ。それを鬼殺隊の長に報告する義務があり、責任の重さを噛み締めていた。

 

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