名も無き、国一番の侍   作:ファルメール

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第12話 対峙する侍

 

 その日、継国巌勝は鬼の始祖・鬼舞辻 無惨と対峙していた。

 

 場所は、打ち続く合戦によって朽ち果てた廃城の天守閣。

 

 ここに鬼が潜んでいる可能性ありという隠からの報告を受けて月柱・継国巌勝が調査に赴き、そして鬼殺隊の不倶戴天の仇敵・鬼の首魁である鬼舞辻 無惨と遭遇、戦闘に突入したのだ。

 

 両者の対決の趨勢はその姿や様子がそのまま物語っているようだった。

 

 無惨は、頬に一筋刻まれた掠り傷以外は全くの無傷。一方で巌勝は外傷こそ少ないものの、全身に葉脈のような線が浮き上がってきており、傷口の部分には異様な浮腫が発生し、発汗の度合いや息の乱れ方も尋常ではなかった。

 

 勝ち誇ったように、無惨が嗤う。

 

「私は攻撃に自分の血を混ぜる。鬼にはしない、大量の血だ。猛毒と同じで細胞を破壊して死に至らしめる」

 

 巌勝の体を蝕んでいるのはまさにそれだった。

 

「更に今し方…」

 

 トンと、自らの首筋を叩く無惨。

 

「お前が体験した通り、私は頸の弱点を克服している」

 

 すっと、鬼の始祖の指が巌勝が手にした日輪刀を差した。

 

「先ほど、掠り傷一つで私の攻撃をかいくぐり、頸を斬った動きは見事だったが…?」

 

 そこで、無惨は少しだけ違和感を覚えて言葉を途切れさせた。

 

 巌勝が今、握っている刀の刀身の色は、赫い。

 

『…? あの刀、あんな色だったか? 先ほど見えた時は、紫色の刀身だった気がするが…?』

 

 見間違いだったのだろうか?

 

 だがいずれにせよ、自分の頸を通ったこの鬼狩りの剣は斬られた端から再生する肉体によって、まるで体を通り抜けたようで切断する事は不可能だった。そしてその後に繰り出された連続攻撃も、殆どが今や傷も残さず再生されている。

 

 一カ所だけ再生が遅れていた顔の傷も、今し方治癒した。

 

 肉体の状態は万全、不安要素は何も無い。

 

 本当に気のせいだったのか、そうでなくても無視しても問題無い些事であろう。

 

 気を取り直して、話を続ける。

 

「掠り傷が、既に致命的だったな。その痣のせいか即死はしないようだが…恐らく死に至るまで、長くて十数分という所か。そして夜明けまで、まだ数時間はある。この意味が分かるか?」

 

 無惨の言いたい事は一つ。

 

「詰み…という事だな」

 

「理解が早い」

 

 巌勝が状況を正しく把握している事を受けて、鬼の始祖はますます機嫌を良くした。

 

「ではもう一度、助かる機会をやろう。先ほども言ったが…お前は鬼になれ。お前は技を極めたい。私は呼吸とやらを使える剣士を鬼にしてみたい。これは双方にとって、利のある話なのだ」

 

 交渉の形を取っているが、これは実質的な脅迫だった。受けなければこのまま毒に侵されて死ぬのだから。

 

「どうだ? お前は選ぶ事が出来るのだ、他の剣士とは違う」

 

 愚弄しているのか、それともこれでも無惨なりには譲歩しているのか。

 

 いずれにせよ、これを受けて巌勝の返答は一つだった。

 

「…参るぞ」

 

 大上段に、刀を振りかぶる。

 

「愚かな事だ」

 

 嘲笑するように無惨が鼻を鳴らすのと、巌勝が動くのは同時だった。

 

 思い切り屋根瓦を蹴り、跳躍して鬼の始祖に斬り掛かる。

 

 これを見て無惨は呆れたように首を振った。

 

「馬鹿が、追い詰められて焦ったな。空中では体勢を変えられず攻撃が避けられんのに気が付かんのか」

 

 溜息交じりに、巨大な刃と鞭の合いの子のように変形・硬質化させた腕を横薙ぎに振るう。

 

 無惨が言ったように、翼も持たずまして人間であり血鬼術のような異能も使えない巌勝にはこれをかわす術は無く、振るった無惨の腕は紙屑のように人体を引き千切り、上半身と下半身が引き千切られて泣き別れになる。

 

 二つになった体は屋根に落ちてごろごろと転がって、どちらも縁から飛び出して落ちていった。

 

 無惨はそれを見送って、しかし見えなくなるともう興味を無くしたように頭を振る。

 

「愚かな奴だ…それにしても、呼吸を使う剣士とやらがどれほどのものかと思っていたが、この程度だったとは…これなら、わざわざ鬼に誘うまでもなかったか」

 

 

 

 

 

 

 

 鬼である国士某は稀に鬼殺の剣士と遭遇する事がある。

 

 彼は自身と、協力者である珠世の共通目的である鬼舞辻無惨打倒の為、研究に必要な無惨の血を色濃く持つ鬼、即ち十二鬼月の下弦を狩ろうと行動するが、同じ目的で任務遂行中の鬼殺隊と鉢合わせる場合があるのだ。

 

 そうした時、剣士達の反応は概ね決まっている。

 

 まず一番多いのが攻撃してくること。これに対しての対応は簡単だ。日輪刀を破壊する、もしくは当て身で意識を失わせる等してその場を去る事。時々、光るものを持った相手に対しては、先日の時透兄弟達のように稽古を付けたりもする。

 

 次に多いのは鎹鴉に応援を呼んでくるよう指示して、自分は時間稼ぎに徹するパターン。この場合も国士某は剣士を気絶させて、応援が来る前にその場を離脱してしまう。

 

 概ねこの二つだけだ。

 

 だからこの日に、とある廃村で遭遇した隊士の反応は斬新であり、国士某を驚かせた。

 

「雷の呼吸 弐ノ型 稲魂!!」

 

 出会った瞬間、鬼と見て襲い掛かってきた。

 

 ここまではいつも通りの反応なので、国士某の反応もいつも通りだった。

 

 瞬時に掌中に血肉で生成された刀・虚哭神去を出現させ、峰で手首をはたいてあまりにも簡単に日輪刀を取り落とさせた。

 

 手の中からすり抜けるように得物を落とされて、呆気に取られる剣士。後はこの一瞬の隙に、峰打ちを当てて意識を奪って終わりになるだろうと国士某は思った。

 

 しかし、そうはならなかった。

 

 その剣士は即座に、這いつくばって地面に額をこすりつけて土下座したのだ。

 

 完全な降伏、命乞いの姿勢である。

 

「こっちから仕掛けておいて、虫が良いのは分かってる。だが、頼む…お願いだ…後生だから、俺を見逃してくれっ」

 

「…………」

 

 この醜態を見せられて、国士某は怒るよりも呆れてしまった。

 

 何百年も生きているが、こんな隊士は初めて見た。

 

 彼をして、はっと状況を正確に把握するには数秒ばかりの間を必要とした。

 

「…情けない」

 

 無造作に近付いてその剣士の髪を掴んで無理矢理立たせると、続いて喉を鷲掴みにして体を宙に持ち上げつつ廃屋の壁に叩き付けた。

 

「ぐええっ」

 

 剣士は何とか逃れようとするが、日輪刀は地面に転がったままで、足は地面に着かないので踏ん張りが利かず、鬼狩り最大の武器である呼吸をしようにも喉を押さえられて十分な酸素を体内に取り込めない。この鬼の侍は、鬼殺隊の技を知っている。そんな事を脳裏で漠然と思った。

 

「貴様も…鬼殺の剣士の…その端くれであろう…望んでその道に入ったのだ…たとえ敵わぬ敵でも…立ち向かう事で…この先戦う者の…少しでも助けになるかも知れぬ…逃げるのも良かろう…命があれば…再び立ち向かう機会もあろう…だが今…貴様がした事は…私への降伏…生殺与奪の権を自ら譲り渡した…その行動からは…どんな小さな芽も…出はしない…最大の愚行だ」

 

「ぐぐっ」

 

 剣士は首を絞められながら、内心毒づいた。

 

 勝手な事を言うな。

 

 俺だって自分と相手の力量の違いぐらい分かる。

 

 たった一合で、この鬼は強者だと理解した。自分との力量差は天と地、いやそれ以上。戦って勝てる訳も無く、逃げた所で絶対に追い付かれる。ならば命乞いして見逃してもらえる可能性に賭けるしかないじゃねぇか。

 

 圧倒的強者に跪くのは恥じゃない。生きてさえいればなんとかなる。狼から逃げる事を、恥に思う兎がどこの世界に居る? 死ぬ迄は負けじゃない。生きてさえいれば、いつか勝てる。勝ってみせる。そう信じて今まで進んできたんだ。

 

「お…鬼に言われたか…ねぇな」

 

 もう詰みと見て、最後に一言悪態を吐く。

 

「…」

 

 少しだけ、首を絞める手の力が緩んだ。

 

「そうだその通りだ…私は見ての通り…鬼に墜ち…生き恥を晒し続ける身…偉そうな事は言えぬ」

 

 手を放す。解放されたその剣士は、ゲホゲホと咳き込んだ。

 

 国士某は落ちていた日輪刀を拾い上げると、剣士のすぐ傍の地面に一本の線を引いた。

 

 その後で刀を地面に突き立てる。そうした後で彼自身は、剣士からおよそ10メートルばかりの距離を取った。

 

「では…望み通り…生き延びる機会をやろう」

 

「え…え?」

 

「次の一撃…お前が使える…最大の技を繰り出してこい…そしてその技を…私は避けぬ…つまり…私がその技を防げなかったなら…お前は…生き残れる」

 

「そ、そんなバカな!! それじゃさっきと何も変わらねぇじゃねぇか!! 結局お前を倒さないと俺は生き残れない!!」

 

「先ほど…お前は私に頭を垂れ…命乞いをした…つまり…私に何をされても…文句を言わぬ…そういう意思表示だ…私はあそこから…すぐお前の首を落とす事も出来た…だがそれをせず…生き延びる機会を与えている…これはお前自身が…望んだものだ」

 

「ぐっ…」

 

「嫌なら…止めても良い…だが…その線より後ろに…一歩でも下がったら…その時には…お前の首と胴は泣き別れだ」

 

「う…ぐぐ…」

 

 数十兆の、全身の細胞が悲鳴を挙げるような恐怖。

 

 脅しではない、引いたら殺られる。

 

 逃げる事は出来ない。背後は下がる事の出来ない崖っぷち、数百メートルの絶壁よりも尚高い断崖と同義。退いた先にあるのは、百パーセント絶対の死。ならば前進して生を掴むのみ。それが、どんなに低い確率であろうとも。

 

 だがどうすれば良い?

 

 自分が使える技は全て、一撃の威力には欠ける多段攻撃や、大技に繋げる為の牽制技。

 

 しかし眼前のこの鬼は、とてもそんな小手先の技が通用する相手ではない。そもそも実力が違いすぎるのだ。まともにやって勝てる可能性は絶無。ならば最強の大技を、いきなりぶちかますしかない。

 

 大技は、ある。

 

 しかしながら自分はその技を使えない。習ってはいるが、今まで成功した事が無い。当然ながら実戦使用経験など皆無。

 

 だが他の技では万に一つの勝ち目も無い。

 

 ならば万に一つであろうと、その技に懸けるしかない。完全なぶっつけ本番ではない、少なくとも型は知っているのだ。今この場で、使えるようになるしかない。

 

 殺らなきゃ、殺られちまう。

 

「すう…はあ…」

 

 深呼吸を一度すると、突き立てられていた日輪刀を引き抜き、背負っていた鞘を外すと納刀する。

 

 居合い腰に構え、体は前傾姿勢、右足を大きく踏み出すように前に出す。

 

 後ろに下がったり、横に跳んだりは絶対にしない。前進すると、誓いを立てたような構えだ。

 

「…ようやく…腹を括ったか」

 

 国士某が、迎え入れるように両手を大きく広げる。

 

 シィィィィィ…

 

 夜の静寂に、独特の呼吸音が木霊していく。

 

 足に意識を集中、筋繊維の一本一本、血管の一つ一つにまで取り込んだ酸素を行き渡らせる。

 

 最高の力で地面を蹴り、雷光の速さで突進。十の距離は刹那の内に零に。

 

 そこから間髪入れず、神速での居合い一閃。狙いは、頸。

 

 雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃

 

『できた!!』

 

 今まで、どんなお約束や修行の中でもこうは行かなかった。

 

 何万回も繰り返したどの練習よりも滑らかに、体が動いた。

 

 高められた集中力によって極限まで引き延ばされた時間の中で、抜き放った刃が鬼へとゆっくりと進んでいく。

 

 鬼は動かない。両手を左右に大きく広げた姿勢のままだ。

 

 ゆっくり、ゆっくりと何の障害も無く刀は進んでいき…頸まで一寸の距離にまで達する。未だ、鬼の両手は広げられたまま。

 

『勝った!! 奴は反応すら出来ていない!! このまま俺の刀が奴の頸を飛ばす!! 終わったぁっ!!』

 

 そう思った時だった。

 

 何の前触れも無く刀の動きが止まる。

 

『えっ…?』

 

 何が起こったのか、理解出来ない。

 

 どうして、いきなり自分の刀が止まるのか。

 

 視線を彷徨わせると…刀の切っ先を、鬼の指二本が摘まんでいるのが見えた。

 

 しかも摘まんでいるのは刃ではなく、峰の側。刀が、手首の内側にある。

 

『バカな…!! そんなバカな!!』

 

 刀が通る軌道を読んで、そこに手を置いて止めたんじゃない。

 

 この鬼は、刃が頸まで一寸の距離に近付いた所から動きを開始。腕だけが刀を追い掛けて追い付き、指二本で摘まんでその動きを止めたのだ。

 

 雷の呼吸の、基本にして奥義である最速の一太刀。しかも切っ先は先端でありその中でも一番速く動く。だが国士某の手はそれに何十倍する速さと機械以上の正確さで動いて、裏側から刀を摘まんだ。そこから間髪入れず、もう一方の手に握った刀を、振る。

 

 狙いは、がら空きになった剣士の腹。

 

 思い切り前方への加速が付いているから、後ろは勿論左右への軌道修正も不可。直進するしか軌道が取れない。それは無防備のまま、攻撃に突っ込む動きだ。

 

『あ…終わった』

 

 親を亡くして、家も失い、泥水を啜っている自分が見えた。

 

 寺の金を盗んで、追い出される自分が見えた。

 

 鬼に襲われて、その鬼を寺に案内して藤の香を消す自分が見えた。

 

 ぐずって、泣いてばかりの弟弟子が見えた。

 

 努力を褒めてくれる師匠が見えた。

 

 いつも優しかった先生が見えた。

 

 振られた刀の刃が、剣士の腹に食い込んで、その威力で彼は数メートルも吹っ飛んで廃屋の壁に叩き付けられた。

 

「ぐえっ…はあっ…はあっ…はっ!!」

 

 思わず、ぺたぺたと腹回りを触る。

 

 ある。

 

「つ、ついてる」

 

 腰から下が無くなったと思った。

 

 下半身は未だ、自分の上体にくっついている。

 

 助かったと安堵するよりも早く、

 

「な、なんで? なんで俺の腰は切れてない?」

 

 そう思った。

 

 今の一閃が、鬼殺隊の隊服ごと自分の胴を真っ二つに出来ない威力だとは、絶対に思えない。峰打ちならまだ分かるが、引き延ばされた時間の中で彼は確かに、刃の方が腹にぶつかるのを見た。

 

 当惑した態度から察したのか、この疑問には鬼が答えてくれた。

 

「私は剣を極め…刀がどうすれば良く斬れるのか…それを知り尽くしている…故に…どうすれば斬れなくなるのか…それも…知り尽くしている」

 

 なんでもない事のように国士某は言うと、自分が作った剣は血肉に戻してもう一方の手に摘ままれている日輪刀に六つの視線をやる。

 

「やれば…出来るものだな」

 

 剣士の近くまでやってくると、その切っ先を彼の鼻先へと突き付けた。

 

「今…お前は一度死んだ…死んだ者が…何を恐れるものが…あろう」

 

 そう言うと刀を引いて、もう一度刀身に目をやる。

 

「美しい黄色…良い…雷の刀だ…柱にも劣らぬ…修行は必要だが…素質はあるようだ」

 

 国士某は吹き飛ばされた時に落とした鞘を拾うとそこに刀を納め、そして剣士に差し出した。

 

 剣士は刀を拝領する武士のような、まるで恭しささえ感じさせる動作でそれを受け取った。

 

 これを見届けると、国士某はすっと立ち上がって剣士に背後を見せ、立ち去ろうとする。

 

 鬼侍が十歩ばかり離れ、剣士はとにかく助かったとほっと息を吐いた。

 

「あぁ…そうだ」

 

 国士某が振り返って、剣士は全身を戦慄かせる。

 

「名前を…まだ聞いていなかったな」

 

「獪岳…俺は、獪岳だ」

 

 国士某は軽く頷く。

 

「では獪岳…励む…事だ」

 

 その言葉を最後に、今度こそ国士某はこの場から去った。

 

 残らされた剣士・獪岳は四半刻ほども刀を受け取った姿勢のままでぼんやりとしていたが、やがて夜が白み始めたのに気が付いて漸くはっと正気に戻った。

 

 今のは夢だったのだろうか?

 

 そうも思ったから、体中に走る筋肉痛や打撲の痛み、それに破壊された廃屋や鬼侍が地面に引いた一本の線が、自分が見たもの体験した全てが現実だったのを教えていた。

 

「…行くか」

 

 獪岳は日輪刀を背負おうとして、一度動きを止める。

 

「…」

 

 彼は刀を腰に差すと、歩き始めた。

 

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