名も無き、国一番の侍   作:ファルメール

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第13話 侍の考察

 

「…以上となります。お館様」

 

 産屋敷邸にて、無一郎は産屋敷耀哉へと今回の任務の詳細を報告していた。

 

 今回の任務で遭遇した鬼は十二鬼月・下弦の弐であり、先行した隊士は神崎アオイ一人を除いて殉職。アオイもあわやトドメを刺される寸前で、六つの眼を持つ侍の鬼・国士某が現れて下弦の弐を瞬殺したこと。

 

 そしてそこにちょうど有一郎・無一郎が到着してまず最初に有一郎が、その後は続いて無一郎と更に増援にやってきたしのぶ及び彼女の継子二人と交戦。夜明けまで斬り結んだ後で、その鬼が逃げていったこと。

 

 鬼・国士某は明らかに彼等を傷付けるつもりは無かったこと。

 

「そうか…良く分かったよ。ありがとう無一郎」

 

「お館様、教えてください。お館様はあのお侍様の事を以前からご存じだったのですか?」

 

「何故…そう思うんだい?」

 

「人を襲わずに、むしろ同じ鬼を狩り、更には僕達鬼狩りの剣士に稽古を付けたりもする。しかも十二鬼月ではなく、尚且つそれ以上の力を持つ…そんな鬼が存在すると初めてお知りになったのなら、もう少し驚いても良いんじゃないかと思いました」

 

 確かに耀哉は初めて無一郎と出会った時に、それを聞いても落ち着いた様子だった。そして子供の言う事だと無碍にもしなかった。

 

 鬼との戦いで勝ち続けるには、純粋に剣技に長けていたり体力が優れているだけでは不十分だ。

 

 長く生きて大勢の人を食らい、力を付けた鬼の中には血鬼術によって想像も付かないような攻撃を仕掛けてきたり、または特定の条件を満たして術を破らない限りいくら斬ってもびくともしないような防御力を持つ個体も居る。

 

 そして鬼狩りと鬼の勝負は文字通りの真剣勝負であり、殺すか殺されるか、一回限りのもの。たとえ実力的には9勝1敗ほどに勝っていても、その1敗が最初に来て命を落とす無情な例もある。

 

 その攻撃をかいくぐり防御を破って頸を斬る為には体力や剣の実力以上に、ほんの僅かな違和感を見極める観察力と限られた情報から敵の能力の特性・正体を見極める洞察力が大切になってくる。

 

 若いが、剣を握って二月で柱になる時透兄弟は肉体的な素質だけでなく、そうした観察力や洞察力をも天性のものとして持っていた。

 

「…良く見ている。流石だね、無一郎」

 

 耀哉は、隠すのは諦めたように微笑した。

 

「確かに、私は六つの眼、侍のような姿…そうした鬼が存在する事は知っていた」

 

「!」

 

「より正確には聞かされていたと言うべきだけどね…ここ数百年の間…稀に、その姿を持つ鬼と子供達が遭遇したという報告が上がっていて、それは産屋敷の一族に口伝で伝わっていたんだよ。私の代になって子供達からその鬼を見たという報告を聞いたのは無一郎、君からのものが最初だ」

 

「新入りとは言え、柱である僕も知りませんでした。他の柱の人達は知っているんですか?」

 

 耀哉は穏やかに首を振る。

 

「知らせていない理由は幾つかある…まず、私を始めとした産屋敷一族は、その鬼は鬼舞辻無惨打倒の為の大いなるきっかけになるだろうと考えていたんだ」

 

「それは…僕もそう思います」

 

 少なくともあのお侍の鬼・国士某が、鬼殺隊に仇なす存在でないのは明らかだ。もしそうなら昔自分を助けたり、柱となった今の自分に稽古を付けてくれたりはしないだろう。そんな事をする意味は何も無い。

 

 仮に何かの罠だとしても、あの鬼は柱を立て続けに三人、二人掛かりで継子も含めれば四人と同時に戦って、掠り傷一つも負わないどころか負わせないように気遣いながら戦う程の余力を持っていた。それほどの力量差があるのだから、罠など必要無いだろう。

 

「でも鬼を狩るのが鬼殺隊の使命…そして私の子供達の多くは、鬼に家族や恋人など大切な人を奪われた者ばかりだ…彼等の納得を得るには、そんな気がするというだけでは足りないだろう。何かしらの具体的な材料がなくてはならない。そもそも私達はその鬼…国士某の事を何も知らないのだから」

 

「それは、はい」

 

 協力態勢を取るにせよ、あるいは互いに利用し合うにせよ、その為には相手を知る事が大前提だ。

 

 どこの誰とも分からない、どういう原理で行動するかも分からない存在を基幹に組み込んで作戦を立てるなど、国士某が仮に人間であったとしても現場の隊士はまず心情的にも承服しかねるであろうし、戦略的には危険極まりない暴挙である。

 

「伊黒さんや不死川さんは、特に反対するでしょうね…」

 

「そうだろうね…恐らくその鬼・国士某は始まりの剣士の一人…だがこの数百年の間、彼が何を考え、どこでどんな風に行動していたのか? 正確な情報は何も残っていない。私は私の父から、父は祖父から聞いた僅かな言い伝えだけが全てなんだ」

 

「お侍様を、探して接触しようとはしなかったんですか?」

 

「それも何度か試みられたようだけど、残念ながら断念せねばならなかった」

 

 まず誰にそんな任務を与えるのかという問題がある。

 

 先ほど耀哉が口にしたように鬼殺隊の隊士は殆どが鬼の被害に遭った復讐者。彼等にとって鬼は等しく一匹残らず地獄に叩き落とす対象でしかない。それなのに鬼と平和的に接触しろと言われて、いくら当主の命令であろうと「はい」と答える隊士がどれほど居るだろうか?

 

 仮に命令は受けたとしても、果たして鬼を前に冷静でいられるか?

 

 そしてこれは今代で分かった事だが国士某の実力は、有一郎・無一郎・しのぶを軽々あしらった事から、どんなに少なく見積もっても軽く柱三人分はある。あるいは柱全員が束になっても歯が立たないかもしれない。もし、そんな相手を徒に刺激して敵意を煽り、鬼舞辻無惨率いる鬼達とは別に敵に回して二正面作戦を強いられたなら鬼殺隊はとっくの昔に滅びていたかも知れず、これは怪我の功名と言えるだろう。

 

 それに鬼殺隊は慢性的に人手不足でもある。

 

 総数数百名、しかし時透兄弟のような例外を除いては最低限一人前と言える実力を身に付けるまで、育手の元で訓練を積んで少なくとも一年は掛かり、更にその中から最終選別によって篩に掛けられて正式に隊士となれるのは、一度の受験者が20人以上居たとしても3名から多くて5人、合格率は精々二割前後。そうしてやっと入隊した隊士も恐ろしい早さで殺されていく。

 

 よって実質的に鬼殺隊を支えているのは柱達なのだが、その柱も殉職・負傷もしくは加齢による引退などで半年に一度の柱合会議では、誰かしらの顔ぶれが変わっているか空席が生じているのが珍しくない。

 

 まとめると若手は次々に失われていき中堅層が中々育たない、だから柱が百人力も千人力も働かねばならないのだが、柱は負担が大きくて磨り減るように失われていく。

 

 何百年もそんなギリギリの状態で、産屋敷一族の辣腕や虫の知らせによる無根拠の危機回避能力、柱以下隊士全員の命懸けの献身、命を助けられた恩返しに無償で尽くしてくれる藤の花の家紋の家の協力などもあって辛うじて組織を回しているというのが、鬼殺隊の偽らざる実情である。

 

 客観的に見れば、こんな組織はとうの昔に破綻していてもおかしくない、むしろ崩壊して当たり前だ。実際にこれまでの歴史の中で幾度も壊滅寸前にまで陥っている。それでも、奇跡的な人間性の連鎖・魂によって千年の昔から現在にまで繋がっている。

 

 しかしずっとそのような綱渡りの状況だから、とても他に手を回すような余裕は無かった。

 

「彼がこの数百年の間、鬼を狩り続けている…それだけは分かっているけど…では無一郎は彼が全く何の方針も立てず、ただ漫然と鬼狩りをしていると思うかい?」

 

 無一郎は首を横に振った。

 

「いえ、それは…お侍様はお侍様なりに、何らかの方法で鬼舞辻無惨打倒を狙ってると考えるのが自然でしょう」

 

「そうだね。それは私もそう思う。だからそれが何なのか? 彼の話を子供達に伝えるには、少なくともそこははっきりさせてからでなくてはならないと思っていたんだ」

 

 納得の行く理由である。組織の長として、断片的かつ不確定な情報をいたずらに幹部に出して無用の混乱を招くのは避けたい所だろう。

 

 そしてもう一つ、無一郎は自分達の長に質さねばならない事があった。

 

「お館様…」

 

「うん?」

 

「仮にお侍様と鬼殺隊の協力態勢が成立したとして、それで無惨を倒す事が出来た…としましょう。でもそうなったらその後で、お侍様が鬼舞辻無惨に代わる、鬼殺隊の新たなる脅威になるのではないでしょうか」

 

 鬼は人を食らう。ならば国士某も、何百年も生きているなら人を食らっているのではないか? 仮に庭に入ってきた虎を倒せたとしても、その為に獅子を招き入れてしまったら、そこに意味はあるのだろうか。

 

 無一郎としても、恩人が人食いとは考えたくない事ではあるのだが…避けて通れない命題でもあった。

 

 勿論、耀哉としても棚上げしていて良い問題ではない。

 

「無一郎…これは勘で、何も根拠は無いのだがね…」

 

 最初にそう前置きする。

 

「その点は、心配しなくて良い気がするんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 浅草・珠世邸。

 

 書斎では、膨大な書類に囲まれて珠世と国士某が相対していた。

 

「国士某さん、今回も下弦の血の採取、ありがとうございました」

 

「礼には…及ばぬ…それより…他の研究について…だが」

 

「はい、まずは痣についてですね」

 

 珠世は抽斗から分厚い資料を取り出すと、国士某に差し出した。表紙には「痣者の寿命と身体能力向上・その相関についての考察」と記されている。受け取った国士某が目を通しきるのを待って、珠世が内容をかいつまんで説明する。

 

「あなたの血の成分や拍動・体温など様々な情報を収集し、また表や裏に関わらず海外のものも含めて色んな論文に目を通しましたが、その中で興味深いものがありまして…重要なのは生きている時間・体力配分の関係ではないかと思うのです」

 

「時間と…体力か…確かに痣者の強さは…寿命の前借り…例外を除いて…25の歳を迎える前に命を終えるが」

 

「その点なのですが国士某さん、人間の寿命はどれくらいですか?」

 

「…個人差もあるが…60から70くらいか…稀に長命な者は…80…あるいは100迄生きる者も…居るな」

 

 珠世は頷いた。

 

「ではネズミや犬の寿命はどれくらいでしょうか?」

 

「質問の意味が分からないが…ネズミは…2年ほど…犬は…十数年といった…ところか」

 

 再び、珠世は頷く。

 

「それくらいですね。でも人間もネズミも犬も、生きている時間は同じなのではないかという研究があるんですよ」

 

「…よく分からぬな…言葉遊びか?」

 

「つまり、それらの動物は一生の中で心臓が動き、呼吸する回数はほぼ全て同じだと言われています。言い換えるなら、どの動物も生まれてから死ぬまでの一生という道の長さは同じ長さ、その道をどれくらいの速さで進んでいるかという事です」

 

「心拍…呼吸…成る程確かに…いずれも鬼狩りの剣士に…深く関わってくる要素だ」

 

「確か…痣が発現する兆候としては、体温が急激に高くなり、心拍数が劇的に早くなるというものがあるのですよね」

 

 国士某は頷いた。

 

「心臓が急激に拍動する事で必然的に体を流れる血流の流れも早くなり…筋肉にも膨大な酸素が送り込まれて強い力を発揮するようになり、またそれに伴って細胞が代謝を早める事で、体に侵入してきた毒物に対する分解も早くなり抵抗力が高くなるとすれば…」

 

「成る程その仮説なら確かに…途中から痣を発現させた者が…強い力を発揮する事も…寿命を早く迎える事も…また生まれながら痣を持ち…その力を使える状態が…言わばその者にとって『平常』であるのならば…人間本来の寿命まで生きられる事にも…全て…説明が付く」

 

 納得したように国士某は頷いて、しばらく考えていると何かに気付いたように掌を打った。

 

「ならば…心拍数や体温の上昇を…抑えられる薬を作って投与すれば…痣者の寿命の問題を…解決出来る?」

 

「まだ仮説の段階ですが、可能性はあると思います」

 

 成る程と幾度も国士某が頷いた所で、珠世は次の話題に移った。

 

「では国士某さん、あなたの血の成分についてなのですが…」

 

「うむ」

 

「今回の健診でも、成分の変化などは見られませんでした」

 

「そうか」

 

「よって、あなたが鬼になってから現在までの数百年、どうして一度も人や獣の肉を食さずに凶暴化せず、理性を保てているのかが分かりません」

 

「…うむ」

 

 鬼は確かに高い再生能力や永遠と言っても過言ではない長い寿命を持つが、その力は無限ではない。

 

 勿論人間とは比べ物にならないが、それでも限界はある。

 

 立て続けに手足を欠損などして再生を幾度も繰り返せば徐々にその速度は遅くなり、血鬼術を乱発すればいずれは打ち止めになる。

 

 人間から鬼になる時にも肉体の変貌・改造の為にかなり体力や栄養を消費するので重度の飢餓状態になり、欲求のままにすぐ近くの新鮮な血肉に食らい付く事例は多く、それで鬼にされた者の家族や親戚縁者が二次的に犠牲になる事は多い。

 

「ですが国士某さん、あなたは私や愈史郎のように体を弄ってもおらず、少量の血液も必要とはせず…それでいて無惨の支配からも外れている…そして最大の血鬼術の乱射を一晩中行なっても、技が出なくなる事はなく…しかも餓死するどころか…生きた時間に比例するように力を高め続けている…それは極めて稀なものです」

 

「その事…なのだが…」

 

「はい」

 

「私も修行がてら…様々な武術や健康法なども…勉強したが…その中で興味深い概念を…見付けた」

 

「聞かせてください」

 

 興味を引かれたようで、少し珠世が体を乗り出した。

 

「武術…特に大陸の気功という概念だが…」

 

「気功なら私も学んだ事があります。投薬や手術ではなく、患者に術者の気を送り込んで体が本来持つ免疫力や治癒力を高めて病を治すというものでしたね?」

 

 首肯する国士某。

 

「大陸では…拳法にもその気の概念はあり…気には二つ…内気と外気が…あるということだ」

 

「内気と外気、ですか?」

 

「内気は…その人間の肉体が持つ…生命力…これを呼吸法や瞑想によって練り上げ…そして他人に送り込んだり…あるいは肉体を強化する為に使えば…当然…疲労し…使い過ぎれば回復の為…休息や補給が…必要となる…これが睡眠や食事に当たるな」

 

「はい、それが鬼ならば人食い、私達は少量の血の摂取です」

 

「一方で外気は…天地に満ちる気と自らの内気を交流させ…それを取り込んだり吐き出したりするもの…という事だ。これを極めた達人は…自分の力は消費しないので…気の技を理論上…半永久的に使えるようになるという」

 

「…それは似ていますね。国士某さんの状態と」

 

「珠世殿も…そう思われるか」

 

「はい、それならあなたが人を食べないで生きていける事、血鬼術の大技を連発しても疲労しない事、生きた年月に比例して力を高め続ける事に全て説明が付きますね。しかし、実際にそんな事がありえるでしょうか?」

 

「不可能…とは…言い切れぬ…鬼とは…人間の形が変貌したもの…鬼に出来る事は…人間にも…出来る…呼吸が人間を…文字通り鬼の如く…強くするように…ならば人間に出来る事は…鬼にも出来るのが道理…自然界の生命の膨大な奔流・循環、その流れの中では…鬼のそれなど…大海の中の水の…その一滴にもなるまい」

 

「成る程…ではその理論を軸に今後も研究を続けていきたいと思います。次に研究中の薬についてですが…」

 

 そう、珠世が言い掛けた時だった。

 

 外からドタドタと騒々しい足音が聞こえてきて、そしてノックも無しに息せき切った愈史郎が部屋に飛び込んできた。

 

「大変です、珠世様、国士某殿!!」

 

「どうしました、愈史郎?」

 

「騒々しい…な?」

 

「俺の目に反応がありました。この浅草に、鬼を連れた鬼狩りが入ってきてます!!」

 

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