「後継を…どうするつもりだ?」
継国巌勝は弟にそう尋ねた事がある。
「我等に…匹敵する実力者が…居ない…呼吸術の継承が…絶望的だ…極めた技が…途絶えてしまうぞ」
縁壱に続き巌勝が加わり、二人が中心となって鬼殺隊の剣士に呼吸や剣の技を指導するようになった。
だが巌勝も含めて誰一人として縁壱と同じようには出来ない。故に縁壱はそれぞれの者が得意である事、出来る事に合せて呼吸法を変えて指導していた。巌勝は弟の最初の教え子であり、彼の自惚れで無ければ最も優秀な生徒であったろう。
すぐに巌勝も教える側になり、炎・水・雷・風・岩など多くの派生の呼吸が出来上がった。
巌勝が編み出したのは月の呼吸と名付けた技だった。
才覚では縁壱に劣ろうが、巌勝は弟が平穏に暮らしていた十年ほどの期間も修行に明け暮れ武術の道では一日の長があった。故に日柱・月柱は鬼殺隊史上最強の兄弟剣士として並び立ち、猛烈な勢いで鬼を狩っていった。
やがて彼等の他にも痣を発現させ、才能を開花させる者が現れて鬼狩りの戦力は飛躍的に高まっていく。
あるいはこの代で、数百年続いた鬼との戦いに終止符を打つ事が出来るかも。
言葉にする者は居らずともそんな風に予感されていたその頃だった。
痣者がばたばたと死に始めた。
痣は寿命と引き替えに、只人が幾十年も使って消費する力を数年の間に使えるだけに過ぎず、全盛期はすぐに、死によって終わる。
鬼狩りとなった時点で、痣に関わらず明日の命も知れぬ身。まして武士の生まれである巌勝は死は恐れないが…
しかし折角編み出して極めた技が潰えてしまうのは口惜しくはあった。
だが縁壱は笑ってこう返した。
「兄上、私達はそれほど大層なものではない。長い長い、人の歴史のほんの一欠片。私達の才能を凌ぐ者が今この瞬間にも産声を上げている。彼等がまた同じ場所まで辿り着くだろう。何の心配も要らぬ。私達はいつでも安心して人生の幕を引けば良い」
「…」
「浮き立つような気持ちになりませぬか、兄上。いつか、これから生まれてくる子供達が、私達を超えて、更なる高みへと、登り詰めてゆくんだ」
そう語る弟は、本当に楽しそうだった。
「そうかも…知れぬな」
「第一、兄上には優秀な継子が居る。彼女が立派に兄上の後を継ぎ、次の月柱となるでしょう。技の継承はどの程度進んでいるのですか?」
聞き返されて、巌勝は少し考えるように天を仰いだ。
「良い剣士だが…まだ子供だ…体も心も…出来上がっては…おらぬ」
「いずれ彼女が自ら学ぶでしょう」
「私は…お前ほどは…楽観的には…なれぬ…だがあの子は…確かに長ずれば…柱にも届こう」
すっと、巌勝は自分の顔の痣を撫でた。少しだけ、今までずっと誇りにしてきたこの痣が恨めしい。
「残念だが…あの子はお前の言う…我等の才能を凌ぐ者では…ないな…天稟を持たぬ者が…無理な鍛錬は…体を…壊す」
どこか自嘲するように、溜息を吐く。
「せめてあの子が…一人前になるまでは…この命が…保てばよいのだが」
*
「ゴホッ…ゴホッ」
それから数年後のこと。
かつてとても短い間だけ、夜柱と呼ばれたその女性は病床にあった。
最近は思うように体が動かず、寒くなると喀血する事も多い。自分の命が長くない事は、彼女自身が一番良く分かっていた。
まだ肉体が完成していない時期に技を極めようと無理な修行を続けた為に、体は見る影も無く壊れてしまい、病も患い、めっきり弱った。
布団の上に敷かれていた、三日月の模様が入った羽織を握り締める。
「師範…申し訳ありません…私は、不出来な弟子でした」
もう少し自分が早く生まれていたのなら。
あるいは自分に今少し秀でた剣の才覚や、もしくは恵まれた体格があったのなら。
そう思い、悔いぬ日は無い。
「私はあなたに命を救われた恩に報いる事は…出来ませんでした」
自分が彼と並び立てるほど強かったなら、彼を鬼になどさせなかったかも知れない。
そして鬼にされてしまった彼が、せめてこの先に人食いの罪を重ねないようにその頸を斬って終わりにする事も、自分には出来なかった。
「ですが師範…あなたの技は…夜の呼吸と名を変えて、伝わり続けます…いつか…いつか、この技を継ぐ者が、あなたを斬って終わらせるでしょう。もし…あなたに少しでも人の心が残っているのなら…どうか…どうかせめてその時まで、殺める人を一人でも少なくしてください…罪が少しでも軽く…地獄に墜ちても、あなたが許されるのに必要な時が…少しでも短くなるように」
現代
鬼殺隊の最高幹部である柱には、それぞれに広々とした屋敷が与えられる。
二人で一人の柱である時透兄弟の住居は夜霞屋敷と呼ばれていた。
「兄さん、兄さん?」
兄の姿を探して屋敷を歩く無一郎。
有一郎は、果たして予想通りの場所に居た。屋敷に併設された道場だ。
無一郎は兄に声を掛けようとして、思い留まった。
木刀を傍らに置き、瞑想するようにして正座している兄が怖ろしく集中しているのが、距離を置いていても伝わってくる。有一郎の周りだけ、空気がシンと落ち着いているようにも思える。
有一郎は思い返していた。先日、あの自分の仇、六つ眼の侍鬼に喫した敗北の記憶を。
自分が繰り出した全ての攻撃を、全く同じ技で打ち返されて、しかも悉く打ち負けた。
完敗と言って差し支えない内容だったが、得るものはあった。
有一郎は、自分の仇から片時も目を離してはいなかった。その動きをつぶさに観察して、取りこぼさずに目に焼き付けていた。
多くを覚えていられない今の彼でも、あの動きは忘れていない。
自分よりも、自分の育手よりも遙かに高められた領域の技を、眼前で目の当たりにした。
自分の動きとの違いを一つ一つ分析する。
重心の位置、刀の握り、体重移動の滑らかさ、力の入れ具合、力の抜け具合
その一つ一つを、まずは思考の中で自分の肉体に同期させて動きのイメージを作る。
そして、実行。
夜の呼吸 壱ノ型 朔月・宵の宮
「!!」
思わず、技を繰り出した有一郎自身が驚いた。
あの鬼の動きを取り入れて動きを修正した技は、これまで彼がどんな絶好調の時に繰り出したものをも凌ぐ、速さと鋭さを伴って繰り出された。同じ技でありながら全くの別物とさえ思えるほどに。
「やれる…やれるぞ」
強くなっている。
この感覚を忘れないよう、同じ動作を幾度も有一郎は繰り返す。
次に会った時こそ、この技であの鬼の頸を落とす為に。
その兄の姿を見て、またしても無一郎は声を掛ける時を逸したと思った。今はもう、何を言っても聞こえないだろう。それほどの集中力で鍛錬に打ち込んでいるのだ。
『いずれ兄さんに…真実を話す時も来る…今からその時、何を言うか考えておかなくちゃ…そうですよね…お侍様』
*
同時刻・浅草。
適当な理由を付けて家族として暮らしている人間と別れた無惨は、路地裏にて絡んできた酔っ払い達を一人残らず殺すと、指を鳴らす。
すると最初からそこに居たのか、あるいは突如として出現したのか。
彼の傍らに傅くようにして、二匹の鬼が姿を見せた。
「「何なりとお申し付けを」」
「耳に花札のような飾りを付けた鬼狩りの頸を持ってこい。いいな」