名も無き、国一番の侍   作:ファルメール

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第20話 侍、次の戦場へ

 

 道中で通りすがった女性に泣きついていた同期の隊士・我妻善逸と一緒に鎹鴉に案内された先へ進んだ炭治郎は、森の中の一軒家に辿り着いた。

 

 大きくて佇まいも立派だが、微妙に手入れがされておらずまさに幽霊屋敷という様相だった。人食い鬼の住処としてはおあつらえ向きの建物であろうか。外で震えていた子供達の話からすると、彼等の兄の他にも何人もの人がこの屋敷の中に連れ込まれているらしい。

 

 事実、話を聞いていた矢先に屋敷の中からいきなり血塗れの人が飛び出してきた。

 

 彼はすぐに事切れてしまったが…

 

 このままでは遅かれ早かれ、屋敷の中の人間は全員が同じ運命を辿るだろう。

 

 一刻も早く屋敷の中の鬼を倒し、連れ込まれた人達を救出せねばならない。

 

 炭治郎は善逸と共に、屋敷へと突入した。

 

 屋敷の中は、何かの血鬼術であろうか、鼓の音が響くのに合わせて間取りや立ち位置が変わり続けてすぐに善逸とはぐれてしまった。

 

「くそっ…一体どうなってるんだ」

 

 ぼやきながらも屋敷の中を練り歩く炭治郎。

 

 警戒しながら、部屋を一つ一つ開けていく。

 

 どの部屋にも、鬼も人も居なかったが…

 

 三番目に入った部屋は少し様子が違っていた。

 

 畳の上に座机が置かれていて、机の上には何冊かの本や万年筆が置かれている。

 

 他の部屋は誰も使っていないのか埃っぽかったが、この部屋だけは手入れが行き届いている。屋敷の主の鬼か、それとも連れ込まれて逃げている人間かは分からないが、つい最近も誰かがここを使っているのだろうか。

 

 何か手掛かりがあるかも知れないと、炭治郎は部屋の中を調べていく。

 

 ざっと見渡した限り役に立ちそうな物は見当たらないが…今度は抽斗を開けてみた。

 

「うん…?」

 

 そこに入っていたのは、文章が書かれた原稿用紙だった。

 

 丁寧に揃えられていて、何十枚かごとに束ねられている。

 

「…これは、小説か?」

 

 この屋敷の主は、物書きだったのだろうか?

 

 日輪刀を床に刺すと、炭治郎はその原稿用紙に目を通してみた。

 

「どれどれ? これは…伝奇小説か」

 

 話の内容は、掻い摘まんで説明するとこうだ。

 

 戦国時代に、平和な小国があった。

 

 乱世に似合わぬ信心深く善良な殿様に治められていたその国だったが、ある日、妖魔の力を利用して各国を侵略する大国の侵略を受けて国は滅亡。殿様は討ち死にして、美しく優しい姫様はその大国の悪大名の側室の一人にされるべく、連れ去られてしまう。

 

 一人残った、いずれ姫様の結婚相手となる筈だった若侍は、当然姫を救おうと決意する。

 

 しかしながら相手は人ならざる妖魔の力を使っているので当然生身では勝負にならない。

 

 そこで若侍は国の四方を守るとされる伝説の霊獣を復活させ、彼等の力を借りて姫の救出と殿様の仇討ちをする為の旅に出る。

 

「なるほど…四匹の獣が力を合わせることで、悪の城を守る結界が突破出来るんだな。そして妖魔達はそれぞれ四霊獣達が引き受けてくれて、若侍はいよいよ悪大名と対決だ!!」

 

 そこまで読んだ所で、頁が切れた。

 

「くそっ、良い所でおしまいか。次の頁はどれだ?」

 

「これだ」

 

「ありがとう」

 

 悪大名は流石に強く、若侍は苦戦するが…刀が折れて絶体絶命の所で姫が、伝家の宝刀を投げ渡してくれて逆転を果たす!!

 

「お、おい…い、今俺に頁を渡したのは誰だい?」

 

 それにこの濃い血の臭いは…!!

 

 日輪刀を引き抜き、振り返って身構える炭治郎。

 

 そこには、一匹の鬼が正座していた。

 

「ここに居るぞ」

 

「ど…どうも」

 

 小説を読みふけっていて気付くのが遅れるとは、何という不覚。

 

 しかし意外、その鬼は正座した姿勢のまま動かず、炭治郎を襲ってくる気配が無い。

 

 罠か?

 

 炭治郎はそうも思ったが、明らかに敵意の匂いも殺意の匂いも何も感じられない。気付くのが遅れた理由もそれだった。いくら小説を読むのに夢中になっていたからと言って、敵意や悪意を持った鬼が近付いてきたのならずっと前に気付いていた筈。

 

 それが無かったという事は、この鬼は自分を傷付ける意思を持たなかったという事だ。

 

「その話は、どうであった?」

 

 鬼が、尋ねてくる。

 

「これは、君が書いたのか?」

 

 鬼は頷いた。

 

「感想を…聞かせてはくれぬか?」

 

「そうだなぁ…趣味で書く分には問題無いと思うけど、ちょっと読みづらかった。そもそもこの時代、大名のお姫様って言ったら政略結婚に出されるのが普通じゃないか? それをしなくて良くて、主人公と恋愛が出来ている事の理由付けが必要だと思う。それと四匹の霊獣の扱いも偏りすぎていると思う。鳳凰は燃え尽きても蘇って大活躍するし、亀は妖魔のどんな攻撃も跳ね返して主人公や姫を守るのに、龍と麒麟は妖魔の軍勢を相手に戦ってましたの一行の説明だけで終わっているし、一匹ずつ封印を解いていくのを四回も繰り返すと流石に読者も飽きてくると思うから、四匹揃うのがもっと早くなるように工夫が必要だと思った。そもそも姫様が主人公のどんな所に惚れているのかを説明するのも必要だと思ったな。最後の場面も囚われてる姫がいきなり伝家の宝刀を持っているのは不自然じゃないか? 主人公が城に攻めてきたどさくさに紛れて取りに行くとか、そういう説明があっただけでも随分違ったんじゃないかな。発想は良いし面白いとは思うけど、荒削りだな。もっと推敲を重ねる必要があったんじゃないか?」

 

「そうか…面白いとは思う、か」

 

 鬼は、幾度も頷く。

 

「お前のように…姿勢を正して小生の作品を読み、真摯に批評してくれた者は…初めてだ。もっと早くにお前に会えていたのなら…小生にも別の道があったであろうな」

 

「そうだな…俺も残念だよ。君の作品をもっと読んでみたかった」

 

 だが時の針を巻いて戻す術は無い。

 

 炭治郎は、日輪刀を鬼の頸に当てた。

 

「俺は鬼狩りだ。君が大勢の人を喰ったことは許せないし、見逃すことも出来ない」

 

「そうだろうな。不思議だ、いつも感じていた焦燥感は消えた…」

 

 鬼は瞳を閉じる。

 

「斬ってくれ」

 

 この状況で、炭治郎が繰り出す技は決まっていた。

 

 水の呼吸 伍ノ型 干天の慈雨

 

 鬼が頸を差し出してきた時のみに使われる、苦痛を与えない慈悲の斬撃。

 

 頭が床に落ちて、胴体共々崩れていく。

 

「君が罪を洗い流して次に生まれ変わってくる事が出来たなら…その時は沢山の人を楽しませられる小説家になれるのを…祈ってる」

 

「ありが…とう…」

 

 それが最後だった。

 

 鬼の体は跡形も無く、塵となって消えた。

 

 血の臭いは消えていき、炭治郎の嗅覚には最後に、感謝の匂いが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 那田蜘蛛山。

 

 ここは下弦の伍の鬼である累が縄張りとしている場所である。

 

 そこにこの日、彼等の主である鬼舞辻無惨が訪れた。

 

 今までも時折様子を見に来てくれる事はあったが、それは定期的なものであり、前回の来訪は一週間前であり次の訪問は早くても一月先になると思っていたので累は少し驚いたが、兎にも角にも無惨様に失礼があってはならないと家族を勢揃いさせて出迎えた。

 

「鬼が多く狩られている。その鬼狩りはいずれこの山にもやって来るかも知れぬ」

 

 その話は、累は自分の「母」から聞かされた事があったのを思い出した。

 

「お前には私の血を多く分けてやろう」

 

 すっと、無惨が手を差し出してくる。

 

 その手に合わせるように、累は両手を差し出して手皿を作った。

 

 無惨の指から血が滴って、累の両手に満ちていく。

 

「その力を使って、身を守るがいい」

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ…来るなら来やがれ。返り討ちにしてやるぜ」

 

 その鬼は、まんじりともせずに壁を背にして警戒態勢を崩さなかった。

 

 どうしてこうなったのか。

 

 夜こそは自分達鬼の時間。人間共は餌に過ぎず、逃げ惑う他は無かった筈なのに。

 

 なのに、最近はまるで逆だ。

 

 昼間はねぐらに引き籠もり、夜もビクビクと怯えながら人間を探さなくてはならなくなっていた。

 

 今、鬼達の間には一つの噂が流れている。

 

 この辺りの鬼が、次々と殺されていると。

 

 鬼狩りかと思っていたが、違うらしい。

 

 何の前触れも無く、いきなり鬼の頸が飛んで死ぬ。

 

 最初は彼も単なる噂だと思っていた。

 

 だが違っていた。

 

 数日前のことだった。

 

 自分の縄張りで、この日は人間が見付からなかったので隣の縄張りへと足を伸ばしたのだ。そこで彼は、遠目だったが確かに見た。

 

 別の鬼が人間を追い詰めて、今にも食い殺そうとしている所だった。追い詰められている人間は年端も行かぬ少女で、周囲には鬼狩りの気配も無い。一秒後には、柔らかい首筋に噛み付いてコリコリと弾力のある血管を食い破り、暖かい血の雨を浴びることになるだろうと思っていた。

 

 しかしそうはならなかった。

 

 何が起こったのか分からなかった。

 

 いきなり、少女に襲い掛かろうとしていた鬼の頸がすっ飛んだのだ。

 

 頸を飛ばされた鬼自身も、自分の身に何が起こったのか分からないようだった。周囲には鬼狩りも別の鬼も、誰の姿も見えないのに、刀で斬られたように頸が切断されたのだ。

 

 ただ一つ確かなのは、鬼狩りにやられた時のように鬼の体が崩れて消えていく事だった。

 

 ヤバイ。

 

 何かは分からないし具体的に説明も出来ないが、とてつもなくヤバイ。ここにこのまま留まっているのは自殺行為だ。

 

 本能が全力で「逃げろ」と叫んでいる。その声に従って彼は自分のねぐらへと脱兎の如く逃げ帰った。

 

 それからはあのカマイタチのような何かが、いつ襲ってくるのかと怯えながら夜を歩く羽目になった。

 

 移動する時は、必ず壁を背後にして死角を作らずに歩き、ネズミの声にも飛び上がるようになった。

 

「畜生、どうしてこんな事に。一体俺が何をしたって言うんだ」

 

 毒突きながら角を曲がると、別の鬼と鉢合わせした。

 

 どちらも驚いて後ろに飛び退く。

 

「こ、来いっ!!」

 

 身構えるが、その鬼は両手を挙げて交戦の意思が無いのを表明した。

 

「止せよ、お前とやり合う気は無い」

 

「…じゃあどうして、俺の縄張りに入ってきたんだ?」

 

 警戒を解かずに、その鬼は尋ねた。

 

「俺は那田蜘蛛山に行く所だったんだ」

 

「…那田蜘蛛山?」

 

「あぁ、最近…ここいらの鬼が次々に狩られてるのは知ってるか?」

 

「おう。それなら俺も、実際に鬼の頸が何の前触れも無く落ちるのを見たぜ」

 

「何がどうなってるかは分からねぇが、あれには俺だけではとても敵わない。だが那田蜘蛛山に行けば、そこに居る十二鬼月様から力を分けてもらえるらしいんだ。そうでなくても十二鬼月様の下に付けば安心だろう。だからそこへ行こうとしていたんだ」

 

 この話は初めて聞いた。

 

 そもそも、鬼は自分だけが良ければ良いという者が殆どだ。自分だけが人を喰って強くなり、更に人を、鬼狩りさえも喰って、あの御方に認められて十二鬼月に名を連ねるようになるのを目標とする。

 

 なのに、自分の力を他の鬼に分け与える、つまり自ら弱くなる事をするような鬼が居るなんて?

 

 にわかには信じがたいが…しかし今のままでは自分もいつ、あの謎の攻撃に襲われて殺されるか分からない。

 

 ならば噂であろうと、乗るしかないかも知れない。

 

「そういう訳だ。俺はもう行くぜ」

 

「待て」

 

「うん?」

 

「俺も行くぜ。その…那田蜘蛛山に」

 

 

 

 

 

 

 

 鬼の頸が落ちて、消滅していくのを国士某は見届けた。

 

 今斬った鬼は、下弦の鬼ですらないザコだった。

 

 彼は珠世達と出会ってからは、愈史郎の目くらましの血鬼術と自分の剣技との組み合わせによって、その姿を誰にも見られずに次々に鬼を屠り去ってきていた。

 

 最近は浅草を拠点として鬼狩りを進めていた。この一帯の鬼はあらかた狩り尽くしたと思われるが…

 

 しかし最近、国士某は僅かな違和感を覚えていた。

 

「何か妙だな…こいつらは…どこかへと…向かおうとしている…?」

 

 どの鬼も、ただ縄張りの中を動き回っているのとは明らかに違う。

 

 一つの方向へと、意識して向かおうとする作為を感じるのだ。

 

「ふむ」

 

 懐から取り出した地図を広げる。

 

 鬼達が向かおうとした先には、何があるのか?

 

 指が、地図をなぞっていく。その先にあるのは…

 

「那田蜘蛛山…か」

 

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