名も無き、国一番の侍   作:ファルメール

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第23話 戦国時代の侍稽古

 

 戦国時代。

 

 口をゆすいだ煉獄某が日屋敷の広場へと戻ると、幾人かの隊士が見守るそこでは未だ木刀を打ち合わせる音が鳴り響いていた。

 

 音の発生源は、唯二人の人間。

 

 継国縁壱と継国巌勝。当代そして歴代の鬼殺隊・柱の中でも最強と謳われる双子の兄弟剣士であり、特に弟の縁壱は呼吸術を鬼殺隊に伝え、鬼狩りの剣術を飛躍的に発展させた中興の祖とも言える人物であった。彼が使う日の呼吸を源流として、炎の呼吸や水の呼吸などいくつもの派生の剣術が生まれた。

 

 現在は、柱達やその継子、それに甲・乙といった上級剣士が集まっての高度な鍛錬が行なわれていた。

 

 稽古の内容は至って単純。

 

 とにかく縁壱と巌勝に斬り掛かっていくという打ち込み稽古。全員で襲い掛かり、誰か一人が二人のいずれかに切っ先の一分でも掠らせる事が出来たのならばそれで全員の稽古は終了。

 

 ただし、単純と簡単は全く違う。今まで柱も含め、この稽古を完遂出来た隊士は一人として居ない。

 

 この稽古の中には様々な稽古の要素が複合されている。

 

 まず、長時間戦い続ける為の基礎体力の強化、不意を突いて攻撃を当てる為の緩急の動きの習得、体力を消耗した状態で動き続けて体から無駄な力が抜ける事による肉体の柔軟性の獲得、同じく消耗した状態では自然と動きから無駄が省かれるのでそれを利用した型の矯正、敢えて縁壱や巌勝が作ってくれる隙に打ち込む為の太刀筋の正確さの習得、複数人が連携して攻撃する為の集団戦法の習得などなど。

 

 巌勝は全ての攻撃を全力にて打ち込む事、もし途中で止めたり力を抜いたりしたのなら骨の一本は折るなどと脅してくるが、縁壱としては好きな時に休憩を取って良いと言ってくれる。

 

 この二人の姿勢の違いが却って良い塩梅となって、隊士達は逆に奮起して肉体の悲鳴を無視していつ終わるとも知れない稽古に全力で打ち込み続ける。あるいはこの精神力の強化こそ、副産物でありながらこの稽古の最大の成果かも知れない。

 

 このように多くの要素が一度に鍛えられる実戦的な鍛錬ではあるが、その分負担は大きい。

 

 大体の隊士は音を上げて降参するか、反吐を吐いて失神する。

 

 中には失神しようと意識が無いままで戦い続け、更にそこから心臓が止まっても自力で胸を叩いて蘇生してそのまま稽古を続ける者も居たが…まあそれは例外であろう。

 

 そうして柱を含む他の隊士が全員白旗を揚げた後で、縁壱と巌勝の実戦稽古となったのである。

 

 日の呼吸と月の呼吸の激突。

 

 大技が何でもない一振りのように打ち出され続ける。

 

 一秒の間に幾度も木刀がぶつかり合い、何かが爆発したかのような異様な音が、長い一つの音のように聞こえ続ける。

 

 空間の大気が爆ぜ続けて、びりびりとした感覚が観衆の肌を叩き続ける。

 

 それほどまで力強い一撃を何百と打ち合いながら、二人が持つ木刀は軋み一つも鳴らしはしない。

 

 縁壱と巌勝は手は手、足は足、眼は眼、全ての感覚は完全に眼前の相手へと集中していて互いに対手しか見えていないであろうが、しかし二人のどちらにも一分の隙も無く、周囲への警戒も怠っていない。

 

 仮に両者が激突している間隙を縫って攻撃を仕掛けるような愚か者が居たとしたら、その対価は二人同時のその者への迎撃で支払われるであろう。

 

 柱や継子・上級剣士達はなまじ相当な使い手であるからこそ、両者の間合いがさながら死そのものであることを悟っていた。

 

「ふ、二人の稽古が始まってからどれくらい経っているんだ?」

 

 いつもの揚々としたものとはかけ離れた弱々しい声で、煉獄某は尋ねる。

 

「はっきりとは測っていないが…二刻半から三刻(5~6時間)という所だと思う」

 

 気の遠くなるような数字を聞かされて、煉獄某は一瞬目の前が暗くなったように錯覚した。

 

 普通の人間が全力の動きを続けられるのは精々十秒、どんなに長くても一分を超える事は無い。

 

 いくら呼吸によって肉体を強化し、過酷な鍛錬を経てきた柱であっても長時間戦い続ける事は奇跡に近い行いだ。まして実戦に於ける疲労や消耗は、素振りや巻き藁相手の訓練とは比較にならないほどに早い。

 

 その実戦に極めて近い形式での稽古を既に二人は一日の四分の一ほどもの時間続けているのに、両者共に動きの精彩も力強さも技の精度も、些かも衰えない。それどころかむしろ時間を経るに従い強くなり続けているようですらある。

 

「鍛錬の最中に不謹慎ですが、兄上」

 

「む…何か…? 縁壱」

 

「こうして兄上と剣を交えるのを、私はどこか…楽しいと感じています」

 

「それは…自然な感情で…あろう…私もお前との稽古は…心が躍る」

 

「そう、なのですか?」

 

「うむ…鍛錬を通じ…それが自分の力となる感覚は…快い…それは…自然なものだ」

 

 語らいながらも二人の剣は刹那の間も止まらずに、息は少しも乱れない。

 

「綺麗な、剣だな」

 

「あぁ」

 

 誰かがそう呟いた。

 

 縁壱と巌勝、いずれも最強の剣士であり彼等の剣は実戦的な力強さの中にも洗練された美しさがあるが、こうして二人が剣を打ち合わせている姿を見ると、一人での素振りや型稽古とは全く別次元の、完璧に調和した美しさがあるように思えた。

 

 古来より、剣舞には必ず相手が居ると聞く。

 

 空の棚を見れば、そこに何かが入っているのを思い浮かべるように。

 

 紙が机に置かれているのを見れば、そこには筆があるべきだと思うように。

 

 二人が剣を交える事で、完全なものとして完成しているように見えた。

 

 本当に、二人が舞踊を演じているかのようだった。

 

 めまぐるしく攻防が入れ替わり、防御がそのまま次の攻撃に繋がるように淀み無く技と技の連携が繋がっていく。

 

 そして今のままでも二人の動きに非の打ち所は無いが、究極と言って差し支えない領域に鍛え上げられた両者がぶつかり合う事で、更に先へ、更に高みへとお互いを磨き合っていく。

 

 煉獄某は段々といたたまれなくなってきた。

 

 同じ人間、同じ柱であるのに、ここまで違うものか。

 

 縁壱からも巌勝からも、彼は今まで一本も取れた事が無い。

 

 日の呼吸から派生した多くの剣技の中で、月の呼吸だけは巌勝が自ら編み出したものだが、他の派生の呼吸は煉獄某が使う炎の呼吸も含めて継国兄弟の指導と協力の元で開発されたもの。そして古来より、武術はその技を会得する過程でその技の攻略法をも同時に修行し、研究していく。

 

 故に縁壱も巌勝も、他の剣士が使う技は全て破り方をも含めて知っているので、こちらから仕掛けた技は全て返される。

 

 守勢に徹しても、簡単に防御を崩されてしまう。

 

 全力で何時間も動き続けても汗一つ掻かないどころか息も乱さない、尽きる事の無い体力。

 

 どこに付け入る隙があると言うのか。一体どうすれば勝てるのか、どんな風に鍛錬を重ねれば彼等のようになれると言うのか。

 

 いや、継国兄弟は例外と考える事も出来る。彼等のようになれないのはやむを得ないとしよう。

 

 だが巌勝の継子は、鍛錬の最中に心臓が止まっても無意識の中で体を動かし、自分の胸を叩いて心臓を再度拍動させて、誰の手も借りずに自分を蘇生させた。数え十五にもならないであろうしかも女子がだ。

 

 それにひきかえ、自分は何なのだろうか?

 

 自分がやってきたのは、積み重ねてきた鍛錬は、あれは一体何だったのだ?

 

『剣を置くか…?』

 

 一瞬、そんな思いが頭をよぎった。

 

 すぐに一体自分は今、何を考えていたんだと頭を振って馬鹿な考えを追い払った。

 

 結局、縁壱と巌勝の立合い稽古はこのまま丸一日続き、それが終わった後に彼等は休息もそこそこに任務へと出立した。

 

 煉獄某はこの時の事を、書物に書き残している。

 

 

 

 

 

 

 

 現代、鬼殺隊本部・産屋敷邸。

 

 当代鬼殺隊当主・産屋敷耀哉は、ここまで全速力で飛行してきて全ての力を使い果たした鎹鴉の体を優しく撫でてやる。

 

「よく頑張って戻ったね。山一つに相当な数の鬼が集まっているようだ」

 

 鬼が一カ所に多く集まるなど、滅多に無い事だ。しかも集まった鬼達は烏合の衆ではなく、一体一体がそれなりの強さを持ち先行した隊は半壊状態らしい。

 

「応援として第一陣には乙階級の子供を一人送ったが彼は満身創痍らしいので…第二陣には下弦の弐を倒した甲階級の子を含む3名を行かせてある。今は彼等が何とか頑張って戦線を維持してくれているようけど…もしかしたらその山には十二鬼月が居るかも知れない」

 

 確実に対処する為には、最高戦力である柱を以てせねばならない。

 

「義勇、しのぶ」

 

「「御意」」

 

 すぐ後ろに控えていた二人の隊士が、殆ど打てば響く早さで答えた。

 

「人も鬼もみんな仲良くすれば良いのに。冨岡さんもそう思いません?」

 

「無理な話だ、鬼が人を喰らう限りは」

 

 微笑しながらそう言うしのぶとは対照的に、仮面のような仏頂面で義勇は即答した。

 

「ねぇ、冨岡さん。ねぇ、そう思いません? ねぇ、ねぇ。仲良くすればねぇ。いいのに、ねぇ」

 

「…」

 

 つんつんと腕をつつきながらそう言うしのぶであるが、義勇が何の反応も見せないのですぐに諦めたようだった。

 

「それにしても既に十二鬼月を倒した隊士が現場に入っているんですね。煉獄さんが初めてこの本部に来られた時の不死川さんじゃありませんが、今も柱が足りません。最後の一席を埋めるのは煉獄さんの継子である甘露寺さんで決まりかと思っていましたが…あるいはその人になるかも知れませんね?」

 

「そのような事は全て、お館様がお決めになる事だ」

 

 話題を切り替えようとしたが、一言であっさりと切られてしまった。とは言えそれが正論であるのはしのぶも認める所である。

 

「確かに」

 

 しのぶは笑みを崩さず、小さく息を吐いた。

 

「いずれにせよ鬼舞辻無惨の勢いは衰えるどころか強まるばかり…強い剣士は一人でも多く頑張って、沢山の人を助けてほしいですからね。若い芽を守るのもまた…柱の役目でしょう。ねぇ、冨岡さん」

 

「その心掛けには、恐れ入る」

 

「……」

 

 貼り付いたような笑みを崩さないしのぶの額に、青筋が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「俺、嫌われてんのかな」

 

 那田蜘蛛山の麓で、道に座り込んで置いてけぼりを喰らった善逸はそう呟いた。

 

 普通置いていくか? 仲間を道端に。

 

「説得しない? 仲間なら」

 

 善逸は任務が怖いのも逃げ出したいのも本当だが、しかし矛盾しているようではあるが本当に任務を放棄して逃げ出したい訳ではない。むしろ行かねばならないと思っている。ただ、任務に向かう事が出来るきっかけが欲しいのだ。

 

「二人で説得してくれたらさ。行くからね俺だって」

 

 もし説得してくれたのなら、善逸は本当にそうしていただろう。

 

 それなのに二人とも、先任の隊士達と一緒にスタコラサッサと怖い山の中へ。

 

 我儘な話かも知れないが、置き去りにされた自分の気持ちはどうすれば良いのか。

 

 チュンチュンという声を聞いて、善逸は彼の連絡役である雀・うこぎに視線をやった。何故か彼の連絡役だけ鴉ではなく雀で、その為に人語も話せない。無論、善逸にも鳥語の心得などは無い。

 

「いいよなお前は気楽で…何にも分かんないよな。人間の事なんて」

 

 しかしうこぎの方には人語の心得があったようだ。

 

 怒ったのか手の甲の肉を軽くついばまれて、善逸は悲鳴を挙げて立ち上がった。

 

「お前っ、可愛くないよそういうとこ!! もうホント全然可愛くない!! 鬼の禰豆子ちゃんがあんなに可愛いのに雀のお前がそんなに凶暴じゃ…」

 

 そう口に出した所で、はっと思い出した。

 

 禰豆子はどうしたのか?

 

 答えは単純明快、炭治郎の背中の箱に入っているから、必然炭治郎が山の中に入れば禰豆子も一緒に山の中へ。

 

「あー!! あいつ、禰豆子ちゃん持っていった!! なんで俺の大切な禰豆子ちゃん持ってってんだぁーっ!! トンデモねぇ炭治郎だ!! 危ないトコ連れてくな女の子を!! バカ馬鹿莫迦!! 禰豆子ちゃあん!!」

 

 きっかけはあった。

 

 使う呼吸の技と同じく、電光の如く善逸は山の中へと駆け入った。

 

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