名も無き、国一番の侍   作:ファルメール

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第24話 侍がもたらしたもの 二つの漆ノ型

 

 死ぬ迄は負けじゃない。

 

 生きてさえいれば、勝ってみせる。

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ、この山には何体鬼が居るんだ…」

 

 茂みを掻き分けながら、村田隊士は毒を吐いた。

 

 炭治郎と伊之助を先頭に那田蜘蛛山に突入した彼等だったが、その後数体の鬼と遭遇して乱戦となり、仲間は散り散りになってしまった。その後もばったり鬼と出くわして何とか倒したが、いい加減彼の体力も限界が近い。

 

 炭治郎という日の呼吸の使い手でしかも十二鬼月を倒した甲階級の隊士が応援に来てくれた事で士気は持ち直したが、やはり彼等も人間である以上体力には限界がある。むしろ士気の向上や興奮状態によって麻痺させていた疲労というものはじわじわ出てくるのではなく、その緊張の糸が切れた時にどっと襲い掛かってくるものだ。

 

「なんとか仲間と合流を…」

 

 そう思って山中を進み、開けた場所に出た。

 

 そこには、二つの人影があった。

 

 一つは鬼だ。この山の鬼に共通する特徴である、白い体や髪、蜘蛛のような体毛を持っている。

 

 もう一つは人間だった。鬼殺隊の隊服を着ているから仲間だと分かる。あれは炭治郎達の前に応援に来て、山の中に入っていった禿頭の隊士だ。

 

 本来なら村田は合流を喜ぶ所だったが、そうはならなかった。

 

 その隊士は鬼を前に平身低頭・土下座していたのだ。

 

 額を地面に擦り付け、両手は地面に付き、刀は鞘に納めた状態で眼前に置いてそれはもう見事であると感心したくなる程に、まさに敗北の最高峰、至高にして究極の敗北という有様で完全な降伏の姿勢である。

 

 あそこまで土下座の姿勢が綺麗だと、本来なら仮にも鬼殺隊の隊士が鬼に降伏するなどと怒りが込み上げてくる筈なのに、村田隊士は感心してしまったほどだった。

 

「へへへ、こんな情けない鬼狩りは初めて見たぜ。ありがたく喰わせてもらうか…」

 

 土下座されている鬼の方まで最初は驚いていたようだったが、目の前で戦闘態勢を解除した鬼殺の剣士を見てこれは絶好の獲物だと判断したようだ。ゆっくりと近付いていく。奴はまだ村田には気付いていない。

 

「危な…」

 

 鬼に降伏するような恥知らずとは言え、それでも鬼殺隊の仲間だ。

 

 みすみす喰い殺されるのを見ておれるかと、村田隊士は助けに行こうとする。

 

 その時だった。

 

 シィィィィ…

 

 耳に、音が聞こえる。

 

 鬼殺の剣士が使う呼吸の、独特の音だ。

 

 だが水の剣士のものとは違う。

 

「これは…」

 

 そう、村田が思った瞬間、土下座していた隊士の体が、いきなり直上・空へ飛んだ。

 

 ドーン、グオン!!

 

「なっ!?」

 

「げっ!!」

 

 村田も鬼も、同時に同じような反応をした。

 

「なっ!? 土下座したままの姿勢! 膝だけであんな跳躍を!」

 

 驚くのも当然である。立っている鬼の頭の高さまで、土下座した姿勢を少しも動かさずにその隊士は跳んでいたのだ。

 

 しかもいつの間にか、彼の手には地面に置かれていた日輪刀が握られている。

 

 雷の呼吸 漆ノ型・地雷神

 

 そしていつの間にか、抜刀が終わっていた。

 

 柱には遠く及ばないが、それでも八年間も鬼殺の剣士として前線で戦い続けてきた村田の目をして一体いつの間にその隊士が刀を抜いたのか、剣閃はおろか腕の動きが全く見えなかった。

 

 はっきりしている事は、既にその隊士が攻撃を完了したという事だった。

 

 切断された鬼の頸が地面に落ちて、立ったままの体と共に塵となって崩れ、消えていく。

 

 そうなってから、ふわりとその禿頭の剣士は着地した。

 

『土下座の姿勢で鬼を油断させて、間合いに入ってきた瞬間、膝だけで頭の高さまで跳躍すれば急所の頸は目の前…そこに、間髪入れず居合いの剣を叩き込んだ…!! 雷の呼吸は基礎六つの呼吸の中でも特に足の力が命だと聞いた事があるから、出来てもおかしくないのかも知れないが…!!』

 

 鬼殺隊で使われる以外の剣術でも、居合道には暇乞といって正座して頭を下げた姿勢から抜き打ちにする技があるから、今の隊士が見せたのはその変形・発展型かも知れない。それにしても跳躍する、頸の高さに飛ぶ、抜刀して攻撃という三つの動作は長い一動作のように滑らかで、奇策や即興ではなく幾度も修練した技であるのが良く分かった。

 

「そ、それにしてもあんなのは初めて見た…!!」

 

 村田が圧倒されている間に、その隊士は次の鬼を探して山の中へ入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「チクショオオオオオ!! どうなってんだこの山は!! 人面蜘蛛なんですけど!! 夢であれ夢であれ夢であれよお願い!! 夢であってくれたのなら俺頑張るから!! 起きた時禰豆子ちゃんの膝枕だったりしたらもうすっごい頑張る!! 炭治郎の稽古にだって文句言いません!! だから悪夢から覚めてくれぇーっ!!」

 

 遅れて山中に入った善逸の前に現れたのはなんと人面蜘蛛だった。

 

 脱兎の如く逃げるとはまさにこの事かという勢いで逃げ出した善逸だったが、しばらく走って広場に出るとまたしても異様な光景に出くわした。

 

 張り巡らされた蜘蛛の糸によって小屋が空中に固定されていて、その蜘蛛の糸には更に別の糸が括り付けられて、その糸に縛られた人間が牛肉のように吊し上げられていた。彼等は動いているからまだ生きてはいるようだが…髪が抜けていたり、手足が異形に変わりつつあるようだった。

 

「何あれ何あれ、人間が蜘蛛にされてんの!? そして臭ぇ、すげぇ刺激臭だ。鼻が利く炭治郎なら死んでるわこれ!!」

 

 吐き捨ててこんな所にいられるかと踵を返そうとした所で、空中に固定された家の戸が音も無くすうっと開いた。

 

 鬼が出るか蛇が出るか。いや鬼が出てくるのだろうし、いずれにせよロクでもなくておっかないものしか出てこないのだろう。

 

 …という、善逸の悪い予感は裏切られなかった。

 

 家の中から、尻から糸を垂らして人面蜘蛛の親玉のような鬼が姿を現したのだ。

 

「へぐっ、デカ!! デカイわ!! デカすぎんだよ!! 俺、お前みたいな奴とは口利かないからな!!」

 

 逃げ出そうとするが、親玉は慌てなかった。

 

「くふっ、逃げても無駄だぜ。お前はもう負けてる」

 

「話し掛けんなよ!! 嫌いなんだよお前みたいな奴!!」

 

「手を見てみな。くふふ」

 

「あ!?」

 

 善逸が左手を見ると…手が腫れ上がっていた。

 

「毒だよ。お前、ここに来るまでに蜘蛛に噛まれたろ? お前も蜘蛛になる毒だ。くふっ、くふふふふっ。四半刻後には俺の奴隷となって地を這うんだ…」

 

「ギャアアアアア!! ギャーーーーッ!!」

 

 汚い高音の悲鳴を挙げながら、善逸は走り回る。

 

「逃げても…」

 

「無駄ねハイハイハイハイ!! 分かってるけど話し掛けんなよ、それが嫌なんだよお前さ、友達・恋人居ないだろ、嫌われるよ!!」

 

「……」

 

 ぴくぴくと、親玉の表情筋が動いた。

 

「チクショオオ!! 俺だって精一杯頑張ってるのに!! なのに最期は髪ズル抜けで蜘蛛の化け物になるなんて、嘘でしょ!? 嘘すぎじゃない!? オエッ」

 

『何なんだこいつは…』

 

 親玉から見ても、少し今の善逸は引くようであったらしい。

 

 と、善逸が咄嗟に頭にやった時に、がらりという感覚と共に軽いものが指に掛かった。

 

 黄色くて細いもの、彼の、髪だった。

 

『もう…この段階で抜けるの…?』

 

 最早これまで。俺はこのまま人面蜘蛛の化け物になるのか。

 

 そう考えた時、善逸の中であらゆる感情が落ち着いていき、先程までの取り乱していた状態から一転。慌てず騒がず、自分でも不思議なくらいにあらゆる感情が平坦なものになって、それまでは涙でぐちゃぐちゃだった視界が開いて良く見えるようになった。

 

「嘗めるなよ」

 

 目が据わって、親玉を睨み付ける。

 

「俺はな、これでもいっぺん死んでんだよ。死んだ人間に、もうこの世で怖いものがあるとでも思ってんのか? どうせ化け物になるなら俺はその前に腹を切って死ぬ、更にその前にお前の頸を斬って、死出の旅の道連れにしてやんよ」

 

 腹を括ったのか、それとも開き直ったのか。

 

 どちらにしても泣き叫んでいた先程とは別人になったかのような威圧感を、今の善逸は放っている。

 

 ぐっと腰溜めに構えて、日輪刀の柄に手を掛ける。

 

 親玉は警戒を強くした。

 

 前傾し、重心を思い切り前方へと落とした善逸の構えは後方へ飛んだり、横へかわしたりは決してしないと誓っているような構えだ。前方への突進以外は全て排除している。だからこそ、そういう技が一番怖い。

 

 次の攻撃が前方への突進だと教えてしまっているのに、それで必ず倒してみせるという構えなのだ。

 

 善逸が地面を蹴り、突進する。

 

「飛びかかれ!!」

 

 親玉が、指示を出すのが僅かに早かった。

 

 一斉に周囲の人面蜘蛛達が動き、その口から舌が変形したのであろう触手が飛び出す。触手は、的確に動いて親玉と善逸を繋ぐ直線コース塞いでしまう。いくらスピードがあっても進路が開けなければ、攻撃は不可能だった。

 

 かに、思われた。

 

 雷の呼吸 弐ノ型 稲魂

 

 瞬時に繰り出された五連撃が、触手を全て切断してしまった。

 

 善逸のものではない。彼の刀はまだ鞘から抜き放たれてはいない。

 

『誰だ!?』

 

 親玉がそう考えたその時、もう善逸は眼前にまで迫っていた。

 

「速っ…!!」

 

 雷の呼吸 漆ノ型・火雷神

 

 速度と威力を極限まで高めた一太刀。

 

 次の攻撃に備えて刀を納刀する事もしない、相手を斬るか、自分が殺られるかのいずれかしかない突進からの渾身の一撃。

 

 斬られたと思ったその時には、人面蜘蛛の親玉は威力によって頸が遙か彼方にすっ飛んで、そのまま塵となって消えていった。

 

「へぇ、今のがお前の漆ノ型か。相変わらず壱ノ型以外は使えねぇみたいだが…中々見事なもんじゃねぇか」

 

「あっ!!」

 

 着地した善逸は後ろから掛けられた声に振り返って…するとそれまでの決意が決まっていた顔つきから、みるみるさっきまで泣き叫んで逃げ回っていた時の情けない表情へと戻っていった。

 

「あ、兄貴ー!!」

 

 泣き叫びながら、善逸が霹靂一閃の速度で突進して来たのでその声の主、獪岳はかわせなかった。タックルを喰らって地面に押し倒されてしまった。

 

「ぐえっ、お、おいカス!! なにしやがる」

 

「びえええええええ!! なんてこったあ!! 兄貴ー!! せめて兄貴だけは助かって欲しかったよお、俺!! うわああーーん!!」

 

「な、何だぁ!?」

 

「俺も兄貴も居なくなって、じいちゃんが一人になっちまうよーー!! 一人残されるじいちゃんが気の毒でならねぇよ!! じいちゃん、先に逝く俺達を許してくれーーー!! うわあああーーん!!」

 

「は、放せ!! 落ち着け!!」

 

 獪岳は一喝して、やっと善逸を引き離した。彼の隊服の胸の辺りは善逸が垂れ流した涙と鼻水と涎でベトベトになってしまっていた。

 

「テメェ、何か勘違いしてんじゃねぇのか? テメェは兎も角何で俺まで死ぬみたいな言い方なんだ?」

 

「グスッ…だってよ兄貴…髪が!!」

 

 善逸の言う通り、今の獪岳の頭には髪が一本も無く、ツルツルの禿頭になっていた。

 

「あいつの毒にやられて髪が抜けたんだろ!? 後少ししたら兄貴も俺と同じで、人面蜘蛛になっちまうんだ!!」

 

「違うわカス!! この頭は俺が自分で丸めたんだ。心の底からお詫びに行く為にな」

 

「え…じゃあ兄貴、蜘蛛の毒にやられてないの?」

 

「当たり前だ。テメェと俺を一緒にすんじゃねぇ」

 

 そう言われて、善逸は少し落ち着いたようだった。

 

「で、でも兄貴、ここへ来るまでに相当やられたんじゃないの?」

 

「あ? 何でそう思うんだ?」

 

「だってよ兄貴…顔が!!」

 

 今の獪岳の顔面は痣だらけで内出血によって二倍ほどの大きさに腫れ上がっていて、両目の上にも瘤が出来ていて前が見えているのかどうか怪しいほどだった。

 

「違うわカス!! これは禊と言うか、仲直りの握手の代わりと言うか…まぁとにかくそういうアレで、この山の鬼にはやられてねぇよ」

 

「ほ、本当に?」

 

「当たり前だ。テメェと俺を一緒にすんじゃねぇ」

 

「う、うわぁぁぁあん!! 良かった、良かったよぉぉぉぉーーーっ!!」

 

「は、放せ。漆ノ型を使えるようになってちょっと褒めたらすぐこれだ!! 修業時代とちっとも変わってねぇじゃねぇか。朝から晩までビービー泣いて恥ずかしくねぇのかよ、愚図が。少しは変わったと思った俺が間違ってた」

 

「そ、それを言うなら兄貴だって随分変わったみたいだけど…」

 

 善逸は今の兄弟子からは、いつも聞こえていた不満の音が聞こえないのに気付いていた。

 

 弟弟子のその言葉を、獪岳は認めた。

 

「ま、まぁ…俺も任務の中で死ぬような思いをしたからな…そりゃ、人間少しは変わるさ」

 

 それを聞いて、善逸は再び号泣し始めた。

 

「分かる、分かるよぉ、兄貴。聞いてくれよ、俺、修行して一度死んだんだよぉ!! 三途の川を見たんだ、じいちゃんがそっちへ行くな、戻れって俺の首根っこ掴んで連れ戻してくれなかったら、本当に死ぬ所だったんだ!!」

 

「わ、分かったから放せ。ここはまだ敵地なんだぞ、分かってんのかテメェ」

 

 こんな調子で騒いでいる雷の呼吸の使い手二人。

 

「もしもしお二人とも、大丈夫ですか?」

 

「「えっ?」」

 

 掛けられた声の方を向くと…蝶の羽織を着た小柄な女性剣士が、そこに立っていた。

 

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