名も無き、国一番の侍   作:ファルメール

25 / 33
第25話 侍、姿を現す

 

「畜生、一体どうなってやがるんだ…」

 

 この山の主である鬼から、血鬼術の一部と共に叔父の弟の息子の従兄弟という役割を与えられたその鬼は、一寸の距離の移動に数分も掛けるほどの用心深さで山中を進んでいた。

 

 彼はこの山に来るまでは、今よりもずっと劣った力しか持たない凡百の鬼でしかなかった。

 

 だがある時、自分の縄張りの近くで鬼が次々と目に見えないカマイタチのような攻撃、あるいは現象によって頸を落とされて殺されていくという事件が起こる。

 

 このままでは次は自分の番だ。

 

 彼はそう思って、縄張りの近い鬼達がそうするように那田蜘蛛山へと逃げ込んだのだ。ここは十二鬼月の縄張りであり鬼は基本的に群れないが、例外的に多くの鬼が集まっていて、しかも頼ってきた相手には力を授けてくれるという噂もあったからだ。

 

 他に頼るものも無く、彼は山に入った。

 

 しかしそこで待っていたのは更に異様な状況だった。

 

 確かにこの山を支配していた十二鬼月・下弦の伍は自分に力を授けてくれた。

 

 だがその代償としてまず自分の顔を捨てて、彼に似た容姿となる事を強いられた。それだけではなく「役」を与えられてそのように生きる事を強いられたのである。その役とは彼の家族のことであった。ある者は父、ある者は母、またある者は兄という役目を与えられてその役目を課せられた。

 

 選択肢などは無かった。拒めば彼の血鬼術で切り刻まれるか、縛り上げられて夜明けまで放置されて太陽に炙られる。危険から逃げ込んだ先は蟻地獄のような場所だった。とは言え以前より格段に強くなったのは確かであったし、ここには大勢の鬼が集まっているし更に十二鬼月まで居る。慣れてしまえば結構居心地が良いかも知れない。

 

 そんな風に考え始めていた頃に、それが恐ろしい心得違いであったと思い知らされた。

 

 あのカマイタチが、この山にもやって来たのだ。

 

 彼と話していた、彼の弟に当たる鬼の頸が、何の前触れも無くすっ飛んだ。

 

 胴体が塵となって崩れていくようだったが、彼はそれを見る事もせずにすっ飛んで逃げ出した。

 

 それとほぼ同時に、山中に悲鳴と怒号が木霊し始めた。あのカマイタチが、今度は鬼が集まっていて獲物を探す手間が省けたとばかりに次々にこの山の鬼を狩っているのだろう。自分と同じか、あるいはそれ以上の力を与えられている筈の鬼達が、何の抵抗も出来ないどころか自分の身に何が起こったのかさえ知覚出来ないままに、次々と頸を落とされて死んでいく。

 

 もう家族ごっこになど付き合ってはいられなかった。

 

 少しでも遠くへ逃げなくては。

 

 そう思って、下山すべく物音一つ立てずに移動していたが、もう少しで麓という所になって彼の進路に人影が見えた。

 

「鬼…いや、人間か」

 

 まだ自分には気が付いていないようだ。

 

 上半身裸で、その体には余計な脂肪などは少しも付いておらず繊維の一本まで鍛え上げられたような筋肉で固められている。両手には刃毀れして刃が不規則な鋸のようになった刀を持っている。

 

 特徴的なのは頭に被っている猪の頭で、これを見たから最初は人間ではなく鬼なのかと錯覚したのだ。

 

 あと少しで下山なのにとんだ邪魔が入ったと思ったが、しかし不幸中の幸いと言うべきか奴はまだ自分には気付いていないようだ。

 

「一息で殺してやる…」

 

 手の中に、この山の主・累という鬼から授けられた血鬼術の糸を作り出す。

 

 背後から一気に襲い掛かり、この糸で括れば人間の首などは砂糖菓子のように切れる。

 

 物音の一つも立てずに彼はその猪頭の少年に背後から近付いて…

 

 突如として、彼の視界はぐるんと回転した。

 

「あ?」

 

 それに変だ。体が動かない。いや、動かないのではなく手も足も、感覚が無い。いきなり神経の接続が切れたようだ。

 

「何、が…」

 

 叔父の弟の息子の従兄弟役の鬼は自分の身に起こった事態。

 

 即ち、日輪刀によって頸を断たれたという事実を少しも認識出来ないままに塵となって消えた。

 

「未熟だな。ここまで背後に鬼を近付けるとは」

 

 鬼の残滓である塵を払って現れたのは、悪鬼滅殺の銘が刻まれた青い刀を手にして半々羽織を身に着けた青年だった。

 

 水柱・冨岡義勇。

 

 彼が一太刀で、鬼の頸を斬ったのだ。

 

「危険は無かっただろ、鬼が俺を襲うよりも早くお前がその鬼の頸を斬っていた」

 

 振り向きもせず、驚いた様子も無く伊之助は返した。義勇は少しだけ目を見開いて、穏やかな驚きを浮かべた。

 

『こいつは鬼は勿論、俺の接近にも気付いていたのか』

 

 虚勢でないのは分かる。それによく観察すると全集中の呼吸・常中も自然に出来ているのが見て取れた。若いようだが実は相当な腕利きの隊士なのかも知れない。義勇は伊之助への評価を上方修正した。

 

 一方、伊之助の対応はこれはただ単に彼が山育ちで礼儀知らずというものではない。今は振り向く事が出来ない状況なのだ。

 

「動くな!」

 

「? どういう…」

 

「動くなって言ってんだろ!!」

 

 伊之助に強く言われて、義勇は足を止めた。

 

「何か変だぞ…」

 

「何も見えないが…」

 

 しかし言われた義勇が注意深く周囲を観察してみると、確かにどこがどうとは言語化出来ないが…何かどこかがおかしい。

 

 どこにでもある山中の景色に、微妙な違和感が紛れているような…

 

「何か妙だな…何か、が」

 

 自然と、伊之助と義勇は背中合わせに立ってお互いの死角を補い合う姿勢を取った。これは危険な状況だと二人とも言葉を必要とせず、理解したのだ。

 

「しょうがねぇ、俺が見付ける」

 

 二刀を地面に突き立てた伊之助は両手を広げ、少しでも空気が肌に触れる面積を多くするように構える。

 

 獣の呼吸・漆ノ型 空間識覚

 

 優れた触覚を持つ伊之助が、我流の呼吸法によりそれを更に高め、しかもその我流呼吸法は炭治郎との鍛錬によってより高い領域へと昇華している。それは集中する事によってほんの僅かな空気の揺らぎをも捉え、物体の像を描き出してその位置と形を伊之助へと教える。

 

「見付けたぞ!! そこじゃあ!!」

 

 獣の呼吸・思い付きの投げ裂き

 

 地面から二刀を抜き、勢いのままに投げ付ける。

 

 縦回転しながら二振りの日輪刀は飛び…そして十メートルほど飛んだ所で、空中でピタリと静止した。

 

「「!!」」

 

 止まった?

 

「いや…止められたんだ」

 

 ぞるっと、空間から融け出すようにして人の形が姿を現した。

 

「気配は…消していた筈であったが…良い感覚を…持っている」

 

 現れたのは紫色の着物を纏った侍姿の六つの眼を持った鬼、国士某であった。伊之助の投げた日輪刀は、国士某の握り拳の人差し指と中指、中指と薬指に挟まれて掴まれていた。

 

「六つ目の侍の鬼…胡蝶や有一郎が言っていた」

 

「こ…こいつは…!!」

 

 我知らず、伊之助は後退っていた。

 

 この鬼からは、今まで相対してきた鬼からは感じた覇気も闘気も憎しみも殺気も感じない。一見すると弱そうに思える。

 

 しかしそれなのに、一瞬にして全身が粟立って鳥肌が立った。体感温度が二十度も下がったようだった。実際には寒くもないのに鳥肌が立つ。伊之助の中の野生が「逃げろ」と最大級の声の大きさで叫んでいる。

 

「刀は…返しておく」

 

 国士某が手を振って、日輪刀を投げて渡した。伊之助は一瞬も鬼侍から目線を切らずに、熟練の曲芸師のように二刀を掴み取って構えた。

 

 義勇は伊之助のような野性は持っていなかったが、しかし以前に国士某と遭遇した柱から情報を共有していたので国士某を恐るべき敵と認識しており、微塵の油断も無く水の呼吸の構えを取る。

 

 伊之助としては野生の本能の忠告に従ってすっ飛んで逃げ出したい所だが、この鬼はとんでもない野郎だとも同時に認識している。

 

 そんなのに背を向けて逃げ出すのはそれこそ自殺行為だ。

 

 一当てして逃げるにせよ、出来るかどうかは別にして倒すにせよ、いずれにせよ戦いは避けられない。

 

 義勇はもっと簡単だった。自分にその資格が無いとは思っているが、しかし仮初めのものとは言え水柱の位を預かっている以上は、鬼を前にして逃げるなどという選択肢は無い。元より鬼殺の剣士となったその日から、明日の命も無いと覚悟した身である。

 

 二人の鬼狩りが戦闘態勢に入ったのを見て取って、国士某も応戦する姿勢を見せた。

 

 軽く振った手には、瞬時に彼の血肉によって刀が形成されて握られる。国士某の構えは、ただ自然体に刀を持っているだけのような無形の位。握りも柔らかく、握っていると言うよりもただ刀を支えているだけのようだ。

 

「では…参れ」

 

 鬼侍は一見して隙だらけのようでいて、その実一分の隙も無い。

 

『とんでもねぇバケモンだぜこいつは…』

 

「お前は自由に戦え。俺が合わせる」

 

 並び立った義勇にそう言われ、僅かに伊之助は首肯する。

 

 と、同時に国士某へと突進した。

 

 獣の呼吸・弐ノ牙 切り裂き

 

 その勢いのままに繰り出される渾身の一撃。

 

 国士某は何の動きも見せず、

 

『殺った!!』

 

 伊之助はそう思った。

 

 しかし刃先が体に触れるかどうかというその一瞬で、国士某はぬるりと動いた。まるで攻撃をすり抜けるかのような最小限の動きで身をかわして、無防備な伊之助の背後へと回り込んで刀を振りかぶった。

 

『殺ってねぇ!! 殺られる!!』

 

 その刹那、伊之助は走馬燈を見た気がした。前に、炭治郎との鍛錬の最中に見たのと同じ女性の顔が浮かんだ。

 

 水の呼吸・肆ノ型 打ち潮

 

 しかし振り下ろされた刃は伊之助の体を真っ二つにする事はなく、割り込んだ青い刃によって阻まれた。

 

 義勇の攻撃だ。

 

 初めて顔を合わせる伊之助、初めて目にする我流の呼吸の技。にも関わらずその性質を見極め、技を出した瞬間に生じる一瞬の隙を的確に自分の攻撃で埋めてみせた。

 

「水の呼吸は…千変万化…美事也」

 

 国士某は素直に賞賛した。

 

 しかしながら義勇にそれを喜んでいる暇は無い。

 

 ホオオオオオオ…

 

 全集中の呼吸特有の、独特の呼吸音が耳に入る。

 

 彼はこの呼吸音には覚えがあった。

 

 月の呼吸・壱ノ型 朔月・宵の宮

 

「夜の呼吸!!」

 

 驚きはしない。

 

 しのぶや有一郎からの報告にこれもあった。鬼侍は夜の呼吸を使う。

 

 そして稽古にて有一郎とも義勇は幾度か手合わせした事があり、太刀筋も知っている。

 

 居合いのように振り抜かれる横薙ぎの一閃。これに対抗するのは同じ横への太刀。

 

 水の呼吸・壱ノ型 水面斬り

 

 甲高い音を立てて血肉の刃と青い刃がぶつかり合い、一瞬空間に火が出たようだった。

 

「やりおる」

 

 月の呼吸…

 

 国士某が次の技を繰り出そうとする前に、義勇が動いた。

 

 水の呼吸・漆ノ型 雫波紋突き

 

 最速の技によって攻撃の発生を潰しに掛かる。

 

 国士某は先程の伊之助の時と同じく危なげなくかわしたが、攻撃動作は中止せねばならなかった。

 

「うむ…技から技への…繋ぎも早い…とても良く…練られている」

 

 しかもそれだけではない。

 

 獣の呼吸・壱ノ牙 穿ち抜き

 

 既に態勢を立て直した伊之助が、後方から突進してきていた。義勇とて鬼への攻撃として突き技は有効とは言い難いのは百も承知。漆ノ型は伊之助の攻撃に繋げる為の牽制・布石であったのだ。

 

 しかしながらこれも、国士某はまるで闘牛士のような流麗ささえ感じさせる動きでかわしてしまう。

 

 だが伊之助のこの攻撃さえも(本人にはその心算は無かったが)次の攻撃への伏線・布石であった。

 

「否…これは…伏線でもなんでもなかったものを…咄嗟の機転で伏線へと…変えたのか」

 

 国士某が攻撃を回避する為に生じた一瞬の間に、既に義勇は次の行動を起こしていた。

 

 必殺の一撃を繰り出す為に、思い切り体をねじる。そうして体が戻ろうとする勢いを利用して、次の一閃が放たれる。

 

 水の呼吸・陸ノ型 ねじれ渦

 

 国士某は伊之助の攻撃を避けた動作からまだ体の戻しが完全ではなく、ここから更に回避は出来ない。ならば受けるしかないが、刀で止めようとしても全身の力を込めて放たれるねじれ渦の一撃は、刀をへし折ってその先にある頸を斬る。

 

 そう思われたが、しかし国士某は義勇の刃を摘まんで止めてしまった。

 

「!!」

 

 咄嗟に義勇は刀を押し切ろうとするがビクともしない。ならばと反射的に引こうとしたが、だがそれも不可能だった。実際には単純な身体能力なのだろうがまるで何かの血鬼術で刀が空間に固定されたかのようだ。

 

『折られる!!』

 

 義勇が戦慄する。

 

 刀は縦方向への力には強いが、横っ腹に掛かる力には弱い。ましてやこれほどの指の力があるならば、さしもの柱の刀とてひとたまりもあるまい、小枝のようにヘシ折られてしまうだろう。

 

 一瞬だが青い刃からミシリという軋みが聞こえた気がした。

 

「うおおおらぁ!!」

 

 突っ込んできた伊之助の攻撃によって、国士某は義勇の刀から手を放して距離を取る。それを追い掛けるようにして、伊之助の二刀はそれぞれが別の生き物のようにうねり、絶妙な角度で飛んでくる。

 

「なんと…凶暴な剣か」

 

 国士某の評価に違わず、まるで猛獣がその牙や爪を武器にして襲い掛かるように、伊之助は日輪刀を只の武器ではなく自分の肉体の延長として備わった武器、巨大な爪のように操って、刀という爪を持ったこの世に存在しない猛獣となって襲い掛かる。

 

 その凶暴な剣に合わせるようにして、義勇の水の剣技が繰り出される。

 

 水の呼吸はまさしく定形を持たない水の如く、攻撃にも防御にも自在に転じる。

 

 今は伊之助の凶暴な太刀筋にぴったり合わせるようにして、濁流のように荒れ狂う。

 

 その猛獣と濁流が同時に向かってくるかのような連続攻撃に対して、国士某は一歩も引かずに打ち合い、全ての攻撃を跳ね返す。まるで猛獣が獲物へ噛み付こうとしたそこに檻が出現してその牙は空しく金属の格子を噛むだけに終わり、巨大な堤防によって洪水が完全に受け止められて無害化されるようだ。

 

「二人掛かり…とは言え…まだ…私の技についてくる…久しく忘れていた感覚だ…高揚する…」

 

 感心する国士某だが、伊之助も義勇もそんな言葉が耳に入ってはいなかった。

 

 再生能力・身体能力が高い鬼が、呼吸によって更にそれを高めている。これだけでも恐ろしいものだが、更に神域にまで練り上げられた技がそこに備わっている。

 

 眼前の鬼の侍は、二人が今まで出会った鬼を全てまとめても、尚天秤の一方の皿に乗るには軽すぎると断じるのに刹那の思考も必要とはしない、恐るべき相手だ。

 

 炭治郎がヒノカミ神楽を舞う時、肉体の不要な部分は機能を止める事を学んだように、今の二人は戦う為に余計な感覚を全て遮断していた。無駄な所に意識を向けている暇など無い。指の動き、目線、衣服の僅かな揺れ。国士某のどんな細かな動きにも注意を払わねばならず、ほんの少しでも刀の動きを操り損ねたが最後、それは致命的な隙となる。

 

 国士某はここまでは、自ら仕掛けはしなかったので二人が攻撃を中止するとひとまず仕切り直す間が生まれた。

 

「素晴らしい…戦国の昔…私は水の柱に…剣を教えた…」

 

 六つの眼が義勇に向けられた。

 

「お前達には…指導は不要と見た…これよりは…実戦指南に入ると…しよう…」

 

「「?」」

 

 言葉の意味は掴みかねるが、しかし義勇にも伊之助にも、国士某が纏う雰囲気があからさまに変化したのが感じ取れた。

 

 直感から、一歩間合いを離す。

 

「上手く…避けよ…」

 

 ホオオオオオオ…

 

 月の呼吸・壱ノ型 闇月・宵の宮

 

 太刀筋は先程と同じ横へ薙ぎ払う一閃。

 

 だが今は、斬撃に刃の力場が伴っていた。それらは長さ大きさが不規則に変化し、一定ではなく動く。

 

 その一撃は、空振りに終わった。

 

 しかし、義勇の背に冷たい汗が伝った。

 

『危なかった…後一寸の半分も前に居たら』

 

 彼の隊服の腹の部分が、はらりと切れた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。