名も無き、国一番の侍   作:ファルメール

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無限列車編
第38話 無限列車侍稽古 その1


 

 ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン…

 

 一定の調子で響く車輪の音に合わせて、窓の外の夜景が流れていく。

 

 炭治郎達が乗り込んだ無限列車には、既に先行していた炎柱・煉獄杏寿郎と彼の継子である甘露寺蜜璃が入っている筈である。事前に知らされていた指定席の番号を探そうとしたが…どうやら、その必要も無さそうであった。

 

「うまい!! うまい!!」

 

「美味しい!! 美味しい!!」

 

「うまい!! うまい!!」

 

「これも美味しい!!」

 

 二人の前には、空になった弁当箱が堆く積み上げられている。

 

「……」

 

 炭治郎は一瞬だけ、本当にこの人達が任務でここに来ているのか疑問に思った。

 

 だが次の瞬間には、そんな失礼な考えを頭から追い出して姿勢を正した。

 

「炎柱・煉獄杏寿郎さん、甘露寺蜜璃さん。日柱を拝命しました竈門炭治郎です。本日より……」

 

「うむ!! 知っている!!」

 

 言い終わる前に、杏寿郎の大声が客車に響いた。周囲の乗客が何人か驚いて振り向いたが、当人は全く気にしていない。一方で不快に思った様子は無い。気持ちの良い、快活な声だった。

 

「柱合会議では随分と慌ただしかったからな!! 改めてよろしく頼む、竈門少年!!」

 

「は、はい!! こちらこそよろしくお願いします!!」

 

「それと、そんなに畏まる必要はないぞ!!」

 

「え?」

 

「今や君も俺と同じ柱だ!! 先達後進の違いはあれど、共に鬼殺隊を支える立場には変わりない!! 遠慮せず肩を並べてくれ!!」

 

「そ、そう言われても……」

 

 炭治郎は困った。

 

 少し前まで自分は一隊士・最下級の癸だったのである。それが気付けば甲となり、更に日柱にまでなった。本人の中では、未だ柱とは遥か上に居る雲上人達であって、自らがその一人だという実感がまるで無い。

 

「竈門君、煉獄さんはこういう人だから、あまり気にしなくていいと思うわ」

 

 蜜璃がニコニコと笑いながら助け舟を出した。

 

「私は柱じゃないし、煉獄さんの継子だから竈門君の方が立場は上なんだけど……でも普通に話してくれた方が嬉しいな」

 

「いや、甘露寺さんは俺よりずっと先輩ですから!!」

 

「まあっ、真面目なのね!!」

 

 蜜璃は何故か頬を染めた。

 

「それより、冨岡さんも一緒なんですね」

 

「ああ」

 

 反対側の席に座っていた義勇が短く答えた。

 

「俺は炭治郎と禰豆子の監督役だ」

 

「そうか!! それでは実質四人の柱級戦力が集まったようなもの!! 心強いな!!」

 

「俺は柱じゃねぇぞ」

 

「俺もだよ!! 柱が三人と柱間近の継子を動員する任務とか、絶対ヤバいでしょ。死ぬ、死ぬわ俺。今度こそ死ぬ…今からでも降りるよ俺、列車を止めてくれ!!」

 

 伊之助と善逸が同時に抗議する。

 

「でも善逸も伊之助も強くなったじゃないか」

 

「そういう問題じゃないの!! 俺は命が惜しいの!!」

 

「俺は柱より強くなるから問題ねぇ!!」

 

「お前は少し命を惜しめ!!」

 

 賑やかなやり取りを乗せて、無限列車は夜の闇を切り裂くように走り続ける。

 

 炭治郎は窓の外へ視線を向けた。

 

 聞いていた被害は既に四十人を超えている。数人の隊士が送り込まれていたが、全員が消息を絶った。故に柱の投入をお館様が決定されたと聞いている。

 

 鬼は群れない。だが那田蜘蛛山では、その原則が覆されたばかりだ。何事にも例外はあるし、鬼舞辻無惨が何か別の手を打っている可能性もある。

 

『油断しちゃ駄目だ』

 

 そう思っていた矢先の事だった。

 

「ひっ……」

 

 小さな悲鳴が聞こえた。

 

「何だ?」

 

「どうした?」

 

 一人の乗客が、客車の後方を指差して震えている。

 

 一行が釣られてそちらを向き、指の先を視線で追って…そして次々に息を呑んだ。

 

「うわっ」

 

「キャアアッ」

 

 通路の中央。

 

 そこに、いつから居たのか。あるいは出現したのか。

 

 二メートルを優に超える巨体を持った鬼が立っていた。

 

 頭は天井に届きそうなほど高く、肩幅は通路を塞ぐほど広い。肌は青黒く、腕は人間の胴ほども太い。肩や頭に無数の角が生えていて、人間の顔が二つ重なったような異形の頭部を持っていた。

 

 こんな巨体が乗り込んできたなら、誰かが気付かない筈がない。

 

「その巨躯を!! 隠していたのは血鬼術か!!」

 

 杏寿郎が立ち上がる。

 

「気配も探りづらかった。しかし!! 罪無き人に牙を剥こうものならば!! この煉獄の赫き炎刀が!! お前を骨まで焼き尽くす!!」

 

 鞘から姿を見せるのは、まさしく炎の如き赤色の刀身を持った日輪刀。

 

 蜜璃も同時に刀へ手を掛けた。

 

 義勇、炭治郎、善逸、伊之助も続く。

 

「乗客を下がらせろ」

 

「はい!! 車掌さん、危険だから下がっていてください。他の皆さんも出来るだけ運転席側に!!」

 

「オラ急げ!! 怪我したくなかったら早くしろ!!」

 

 炭治郎が鬼と乗客の間に立つ。伊之助も乗客の反応の遅さや、無理も無いがこの状況を把握出来ない混乱がそれに拍車を掛けている事に苛立ちは見せつつも、誘導を行なった。だが…

 

「……待て」

 

 最初に違和感に気付いたのは、義勇であった。

 

「え?」

 

「何だ半々羽織、怖じ気付いたのか?」

 

「違う」

 

 義勇の目は鬼から離れない。

 

「様子がおかしい」

 

 その言葉で、炭治郎も気付いた。

 

 鬼は動かない。

 

 確かにこちらには柱が複数居る。一匹の鬼を討伐するには過剰とも言える戦力である。しかしながらそれを見て怯えているという様子でもない。

 

 逃げようとも、襲い掛かろうとも、血鬼術を使おうともしない。

 

 それどころか。

 

『呼吸……してない?』

 

 炭治郎の鼻にも、鬼特有の濃い血の臭いは届いている。

 

 だがその臭いには、今まさに生きて動いている者にある熱が無い。

 

「な、何だよ……気持ち悪いな……」

 

 善逸が顔を引き攣らせた。

 

「お、お前行けよ伊之助」

 

「何で俺なんだ!! お前が行け!」

 

「俺は怖いんだよ!!」

 

「俺だって何か気持ち悪ぃんだよ!!」

 

「じゃあ二人で行こう!!」

 

「嫌だ!!」

 

 口論の末、結局善逸が恐る恐る前へ出た。

 

 刀は抜かない。

 

 いつでも逃げられるよう腰を引きながら、鞘の先を伸ばす。

 

「お、おーい……鬼さん? もしもし?」

 

 返事は無い。そしてやはり彫像のように、ぴくりとも動かない。

 

 軽く目線の前で、手を振ってみる。依然、反応は無し。

 

 善逸は更に腕を伸ばし、鞘の先で鬼の腹をちょんと突いた。

 

 その瞬間だった。

 

「ひいいっ!!」

 

 巨体が、ぐらりと傾いた。

 

 善逸は悲鳴を上げて数歩飛び退く。

 

 鬼の体はそのまま床に倒れ…

 

 ゴトリ

 

 頭だけが、胴体から外れて転がった。

 

「……え?」

 

 誰かが、間の抜けた声を出した。

 

 頸が落ちた。

 

 だがまだ、誰も鬼の頸を斬ってはいない、どころか刀を振っても抜ききってもいない。それなのに頸が斬れた。

 

「違う。既に斬られていたんだ」

 

 義勇の分析が正鵠を得ていた。

 

 頭は頸を断たれているにも関わらず今の今まで、胴体の上に何事も無かったかのように乗せられていた。

 

 見れば断面は、恐ろしく滑らかだった。骨も筋肉の構造も、血管の配置さえ見て取れる。出血すら一滴も無かった。

 

 鬼の肉体が、灰のように崩れ始める。この反応は鬼殺隊なら誰もが知るもの。

 

「日輪刀で……斬られている」

 

 杏寿郎の表情が変わった。

 

「いつ?」

 

 蜜璃が周囲を見回した。

 

「私達が気付く前?」

 

「いや……」

 

 義勇が床に残った僅かな痕跡を睨みながら呟いた。

 

「それだけじゃない」

 

 もし普通に頸を斬れば、頭は刃の勢いに押されて飛ぶ。

 

 あるいは少なくとも、斬られた瞬間に重力に従って落ちる。

 

 だがこの鬼は違った。

 

 斬撃によって頸を完全に切断されながら、その頭部は元の位置から殆どズレず、胴体の上に残された。鬼自身すら、自分が斬られた事を理解する暇が無かったのかも知れない。何が起こったのか理解出来なかったどころか、自分が死んだ事にさえ気付かなかったのかも。

 

 つまり必要なのは、単純な速さだけではない。

 

 刃を通過させた際に対象へ余計な力を一切伝えず、それでいて骨肉を完全に断つ技量。

 

 そして何より。

 

 この場にまず柱が三人、更に柱に近い剣士が複数居ながら、その誰一人として斬られた瞬間を認識出来ず、斬った者の影さえ見る事は出来なかった。

 

「そんな……」

 

 炭治郎の背筋を、ぞくりと何かが走った。

 

 知っている。

 

「お、おい…」

 

 ぞわりと、伊之助の全身に鳥肌が立った。

 

 こういう事が出来る剣士を。

 

「まさか…」

 

 義勇が目を細める。

 

 その時だった。

 

 ガラリ。

 

 客車の後方、連結部へ続く扉が静かに開いた。

 

 車輪の音に紛れそうな小さな音であったが、剣士達は一斉にそちらへ視線を上げた。

 

 扉の向こうから現れたのは、幾人かの予想を裏切らぬ姿であった。

 

 紫の着物を纏い、同じ色の日輪刀を手にした六眼の鬼侍。

 

「!!」

 

 炭治郎は思わず『国士某さん』と出掛かった言葉を呑み込んだ。

 

「で…出やがったな。六つ目野郎」

 

「うわあああああああ!! 出たあああああ!!」

 

 炭治郎・伊之助・善逸、それぞれ全く違う反応を見せる。

 

 義勇は無言のまま、最大警戒した構えを取った。つい先日の那田蜘蛛山での記憶を、全身数十兆個の細胞一つ一つが鮮明に思い出した。

 

「……しばらく振り……であるな……冨岡殿……猪頭の少年……」

 

「俺の名前が覚えられてねぇ!!」

 

「覚えられなくて良いよ!! こんな人に覚えられたら地獄の始まりだよ!!」

 

「うるせぇ紋逸!!」

 

 国士某はそのまま客車へ足を踏み入れた。鬼侍の右手には日輪刀。そして左手には竹刀袋が握られていた。

 

 善逸、それに杏寿郎と蜜璃は初対面である。二人とも日輪刀から手を離してはいない。

 

「報告にあった姿と同じだ!! 胡蝶や冨岡が戦った鬼だな!!」

 

 杏寿郎が炎刀を抜き放ち、真正面から国士某に相対した。国士某は、少しだけ眼前の剣士の姿を見て遠い目になったようである。

 

「どうした!! 俺の顔に何か付いているか!?」

 

「いや…血という…ものは…存外仕事を…するものだと…そう…思った…だけだ…」

 

「? 良く分からんが…貴様が今の鬼を斬ったのか!!」

 

「如何にも……」

 

「ならば何故、我々の前に姿を現した!!」

 

「邪魔者は……消した……」

 

 国士某の六つの眼が、ゆっくりと一行を見渡した。

 

 炭治郎、義勇、杏寿郎、蜜璃、善逸、伊之助。

 

 その視線が一人を通過するごとに、何故か炭治郎は嫌な予感が強くなっていく。義勇や伊之助も同じだった。後世にあっては既視感(デジャビュ)と呼ばれる事になる感覚が近いかも知れない。あるいはパターン学習であろうか。

 

「…素晴らしい…」

 

 鬼侍は、感嘆の声を漏らした。

 

「良き…実に良き…剣士達也…日々の稽古を…怠っておらぬ…証拠だ…む?」

 

 国士某の視線が、蜜璃で止まる。

 

「ほおぉ」

 

「な、何?」

 

「…私も…長く生きては…いるが…これほどまでに…密度の高い肉体は…一人を除き…見た事が…無い…天稟とは…この事か…父や母に…感謝すると…よい…女性特有の柔らかさに…屈強の力を兼ね備え…まこと…見事な肉体也…こういうものは…生まれ付きであり…いくら鍛えても…その域には…到達出来ぬ…」

 

「え? えーと…あ、ありがとう」

 

 柱目前の継子で甲隊士の蜜璃にも国士某の情報は共有されている。

 

 恐ろしい剣技を操る鬼の侍だと聞かされていて、目の前にした時には遂にこの日が来たと覚悟を決めたものだが…

 

 開口一番に自分はおろか両親の事まで褒められて、少し毒気を抜かれてしまった。

 

「…今宵は…ゆるりと…剣で…語り合おうぞ…」

 

「……え?」

 

 善逸の顔から血の気が引いた。

 

 義勇が一歩後退した。

 

 伊之助は二刀を握り直し、まさしく獣のように低く構えた。

 

「ちょ、ちょっと待って!! ここ列車ですよ…だぞ? 乗客も沢山居るし…」

 

「無論…承知して…おる…故に…お前達は…乗客を…私から…守り抜いて…みせよ…」

 

 国士某は、右手の日輪刀を鞘に納めた。

 

 そうして左手の竹刀袋の紐を解く。

 

 するりと顔を出したのは、使い込まれた木刀であった。

 

「邪魔は…入らぬ…夜は…長い…」

 

「いやああああああああああ!!!!」

 

 汚い悲鳴が無限列車中に響き渡った。

 

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