名も無き、国一番の侍   作:ファルメール

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第08話 侍飯

 

「よろしいのですか、兄上? 父上にも話さずに外へ出るなど」

 

「構わぬ…最近のこの家は…まるで牢獄のようで…息が詰まる…野駆けの一つでもせねば…病気になるわ」

 

 

 継国巌勝は武家の長男に生まれた者の常として、物心付く頃には強い侍になる事を志すようになった。彼はどうせならこの国で一番強い侍になりたいと思っていたし、絶対になれると信じていた。

 

 彼は双子で、弟の名は縁壱といった。

 

 彼等が生まれた時代、双子は跡目争いの原因となる為に不吉とされ、特に彼等双子には生まれつき顔に不気味な痣があった事もあり、父親は弟の方を殺すと言った。それを聞いた母が普段の大人しく人形のような彼女からは想像も出来ぬほど、烈火の如く怒り狂い手が付けられなくなった為に、縁壱は殺されずに十歳になれば寺に行かせて出家させる手筈になった。

 

 二人の兄弟は着るものも部屋も教育も食べ物も、何もかも差を付けられて育てられた。

 

 縁壱が赤子の頃からにこりともせず言葉も発さなかったのはそのせいではないか、せめてこの家では母の他に自分くらいは味方になってやらねばと、奴に構うなと父に殴られても巌勝は弟が押し込められた三畳の物置に通うのを止めなかった。

 

 6才までは木刀を使った素振りなど武術に親しむ所から始めて、そして7才(現代で言う5才)になった頃から本格的に武術の修行が始まる。

 

 父の配下の中でも屈強の者が袋竹刀を構えて、さあどこからでも来られよと身構える。

 

 巌勝は手の中の竹刀の握り心地を確かめると、一呼吸して駆け出す。肺の動き、骨の向き、筋肉の収縮や血の流れから打ち込んでくる瞬間、攻撃の起こり、意識が希薄な部分を見極め、そこを狙っての連続攻撃。

 

 一撃目は、頭。間髪入れず腹、とどめは足払い。

 

 瞬きする程の間に、父の配下は三発の斬撃を叩き込まれ、前後不覚になった。

 

 後から聞いた話だが七歳の子供に打たれた彼の頭、腹、足は骨にこそ異常は無かったものの、拳の半分くらいの大きさに腫れ上がったそうだ。

 

 その日からだ。

 

 自分を取り巻く者達の目が、二人を除いてこれまでとは全く違うものになったのは。

 

 母と弟以外の全ての人間が、それまで鬼のように厳しかった父でさえも猫撫で声で気色が悪いほど親切になり、毎日毎日美食を献上してきた。

 

 巌勝は部屋に充満する脂の匂いに食欲も失せそうだったが、残しては犠牲になった動物植物の命に申し訳ないと思ったので、窓を開けて換気しつつ全て平らげた。

 

 誰も彼もが自分の事を、虎児だ龍だとおだて上げる。

 

 漏れ聞いた話では、父は自分とどこか高貴な家の娘との縁談を考えているとか。

 

 配下の中には是非自分の娘を側室にもらってくださいと、どうしてここに居るのかすら分かっていないような子供を、場合によっては這う事も出来ない赤子を母親が抱いて連れてきて引き合わせに来る者が後を絶たなかった。

 

 凶兆だと陰口を叩かれていた痣ですら、その日からは才能の証・英雄の相だと褒めちぎられるようになった。

 

 気味が悪かった。

 

 このままでは自分は将来はこの国で一番強い侍どころか、顔にはおしろい、口にはお歯黒を塗り、今日は茶会、明日は連歌と遊興三昧、夜となれば大奥に入り浸るような立派なバカ殿様になる未来が予知出来るようで気が滅入り、とにかく少し外の空気を吸いたかった。

 

 だから野駆けに、縁壱を誘った。

 

 この時、初めて縁壱が言葉を発したのには驚かなかった。

 

 表に出ないだけで確かに自分の言葉が伝わっているし、喜びも悲しみもちゃんと感じているのが分かっていた。

 

 そうして塀を簡単によじ登り、家の外に出た双子。

 

 今まで見た事も無いほどに広がる世界、美しい夜空の下を力一杯、思う存分駆け回った。

 

 巌勝も縁壱も、形こそ違うが日頃の生活の憂さを、思い切り体を動かす事で晴らしたかったのかも知れなかった。

 

「ふうっ」

 

「お疲れですか兄上。少し休まれますか?」

 

「なに…少し…息が上がっただけよ」

 

 縁壱は一昼夜走り続けても疲れて足が止まる事はなかった。一方巌勝は、少しだけ疲れて軽く息が乱れていた。

 

「だが…少し小腹が…空いたな…弁当を…食べるか」

 

 巌勝が家を出る時に背負っていた風呂敷を広げると、中にはおにぎりの入った包みと水が入った竹筒が二人分あった。彼がこっそり厨に忍び込んで作っていたものだ。

 

 さて一休みしよう、どこか良さそうな場所はないかと二人が探し歩いていると、いつしかこぢんまりとした水田のある場所に出て、そこに誰かが一人ぽつんと立っているのを見付けた。

 

 何をしているのだろう?

 

 声を掛けて振り返ったのは、黒曜石のような瞳をした少女だった。

 

 彼女の名前は、うたといった。

 

 

 

 

 

 

 

 炭治郎は焦っていた。

 

 彼は狭霧山にて、鬼殺の剣士となるべく鱗滝翁の下で修行に励むようになった。

 

 毎日罠の仕掛けられた山を下り、刀を振り、受け身の訓練を積み、呼吸法と型を習う。

 

 死ぬのではないかと幾度も思う。

 

 それでも必ず剣士と成り、妹を人間に戻す。その一念でどうにかこうにか食らい付いていった。

 

 禰豆子はずっと眠り通しだ。医者は身体に異常は無いと言っていたが、眠り続けるのは明らかに異常であり朝起きたら文字通り眠るように息を引き取ってしまっているのではないかと、そう思わない日は無い。

 

 そんな不安・怯えを無心で鍛錬に打ち込む事で忘れようとして、より集中して修行する日が続く。

 

 気が付けばそんな日々が一年も過ぎた頃、唐突に言い渡される。

 

「もう教える事は無い」

 

「え」

 

 あまりにも突然で、間抜けに聞き返していた。

 

「後はお前次第だ。お前が、儂の教えた事を自分の血肉として昇華出来ているかどうかだ」

 

 そうして案内された先にあったのは、注連縄が巻かれていて何かのご神体なのではないかと錯覚するような威厳さえあるような、炭治郎の身長よりも高く、横幅に至っては彼の三倍もあろうかという巨岩。

 

 この岩を斬れたなら最終選別に行く事を許可すると言われ、そこからは何も教えてもらえなくなった。

 

 炭治郎は鱗滝翁に教わった事を毎日繰り返す。息止め・柔軟・呼吸法・素振り…

 

 しかしながら、三ヶ月経っても岩は斬れない。そもそも岩は刀で斬るものなのか?

 

 諦めるつもりなど毛ほども無いが、それはそれとしてこうも目に見えた進歩が無いのでは気力が萎えてくる。

 

 進歩や成果があればこそ、人間は学ぶ意欲を持てるのだ。

 

 その日、午前の鍛錬を終えた炭治郎は、それまでは必死だったので分からなかったが、すぐ近くに食べ物の匂いがあるのに気付いた。

 

「ん?」

 

 匂いを辿ると…木の陰に包みが置かれているのが分かった。

 

 くんくんと鼻を利かせると、前に何度か嗅いだ臭いが鼻腔に入ってきた。

 

「これ…国士某さんの匂いだ」

 

 脳裏に浮かぶのは、あの六つの眼を持った鬼の侍の姿だった。

 

 包みを開けると…中には、塩気を利かせた大きなおにぎりが3つ。具には酸っぱい梅干しが使われているのが分かる。

 

 自然と、涙がこみ上げてきた。

 

「見守っていてくれてたんだ…」

 

 泣きながら、夢中でおにぎりを頬張る。

 

 別に手が込んでいる訳でもない、特別良い材料を使っている訳でもないただのおにぎりがこんなに美味く感じたのは、あるいは生まれて初めてかも知れなかった。

 

 こんなささやかな物が、どれほど自分の心身に活力をくれるのか。

 

 本来ならば神仏に感謝する所を、炭治郎は鬼に感謝していた。

 

 どうにかそれを伝えたくて炭治郎は礼の言葉や自分や妹の近況報告、そして鍛錬の進み具合などを詳細に記した手紙を書き、それをおにぎりが入っていたのと同じ包みに入れて、置かれていたのと同じ場所に、風で飛ばされないよう石を重しにして設置しておく。

 

 数日が過ぎた頃、その包みは無くなっていた。

 

 やっぱり、見てくれていた。手紙も、受け取ってくれていた。

 

 この事実だけで、気力が湧いてくる実感があった。

 

 もうこれは自分一人の修行ではなくなった。

 

 禰豆子の為だけでもない、一年間もここまで鍛えてくれた鱗滝さんの為にも、見守ってくれている国士某さんの為にも、一刻も早く強くならなくては。

 

 そう気合いを入れ直し、再び鍛錬に打ち込む。

 

 そんなある日、気が付けばまた同じ場所に、今度は炭治郎がそうしたように石を重しにして包みが置かれていた。

 

 広げると、中身は手紙だった。国士某からの返事である。

 

 炭治郎自身や禰豆子の事には触れられていない。そこには鍛錬の内容についての助言が記されていた。

 

『技や型以前に、体力を身に付けろ。一昼夜走り続けても疲れて足が止まる事が無いようになれ、とは言わない。だが少しだけ息切れして短時間だけ足が止まる程度まで鍛えなくては話にならん』

 

「そうか。まずは体力を付けろって事か」

 

 もう一度、最初から修行をやり直そう。

 

 決意も新たに炭治郎は地獄の走り込みを敢行。

 

 一昼夜が過ぎる頃には体力の限界を迎えてぶっ倒れ、雨が降らなければ死ぬ所だった。

 

 ふと、病で亡くなった父の顔が見えた。

 

 こっちに来るな、戻れと言われたようだった。

 

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