勇者ヒンメルの死まで数千年
とある辺境の村が壊滅してから数十年
?月?日
あの魔物を倒すにあたってまず考えるべき事は、無論魔法についてだ。
魔法とは意思によって自然法則を曲げる力であり、エネルギーや物質を生み出し制御できる。エネルギー質量保存の法則に縛られない。
しかしそれらに反して私の魔術式は理論に収まって発動していた。魔法はイメージの世界、この法則はそこまで適応されるらしい。科学や数学が式の集まりだとすれば魔法はキャンパスとでも表そうか。式が絵筆で書ける以上、科学よりよほど自由度が高い。
まぁそこらの細かい定義は正直今やる事でもない。生き物の意思によって姿を変える最も不安定で最も使いやすい力、それだけ分かっていれば十分だろう。
さて、本題だ。魔法を武器として運用する以上、当然の話としてその対処法が必要になる。その方法としては“魔法による相殺”や“封魔鉱”、“魔法の優先度を上回る物理”が主に考えられる。
1•“魔法による相殺”
当然の話、魔法は互いに干渉する。魔法の対処法として最もポピュラーだな。
2•“封魔絋”
魔法を無力化する鉱石。残念ながら現物は無いので情報が全く無い。書物にチラチラ記述がある程度だな。まとまって存在する上非常に硬く、採取に魔法が使えないため産出量が非常に少ないのだろう。
3•“魔法の優先度を上回る物理”
これはまぁ……文字通りである。身一つで魔法を上回ればいい。アホか。成れてたまるかそんなもの。
3つ目は除くとして、私の主な魔法への対処法は決まった。“魔法による相殺”と“封魔絋”。加えてそもそも“魔法を発動させない”という面を考えていけば良い。
まずはシュラハトに封魔絋を採取させに行こう。探し物得意そうだしな、未来見えるから。
おら、行ってこい。四肢吹っ飛んでないなら
?月?日
よし、行った。
一年はかからずに帰ってくるとかなんとか。
?月?日
シュラハトがいない。つまり魔法の研究は一旦ストップである。聖典読むぞー。
?月?日
聖典の内容としては天地創造や神の教え、簡単な歴史などが書かれていた。まぁよくある感じだな。
他の資料によれば元はエルフの民族宗教らしいが明確に確立した時期は分からん。いやマジでどのタイミングで確立したんだ?
エルフは強い。寿命が長く魔法に適性があるおかげだ。ある程度個として完成された生命。情動の薄さも相まってか諍いが起きず、さほど群れる必要もない。最大でもこの村と同じ数十人程度の規模が精々だったはずだ。そんな場所で王権を裏付け、民衆の行動を縛るための宗教など必要ない。
女神教なんぞエルフにはいらない。エルフに神を夢想し祈る必要なんてない。それでもエルフは女神を信仰する。なぜ?
最も簡単な解釈は女神が実在するからなのだろうが……どうにも奇妙だ。女神も興味をそそられるが、もっと詳細な情報を得てからだな。
?月?日
にがい!まずい! えぐみがある!2度と飲むかこんな酒!!
保存方法が悪かったのかもう飲めん。勿体無いが消毒液にする。悪酔いする点以外はいいお酒だったのだが。
?月?日
今日はシュラハト制作のコンパウンドボウを持って動物を狩りに行った。
シュラハトが村に来てから食料の減りが早くなってな。本人がいないから追加もないし。いや、別にシュラハトが健啖家な訳ではないのだ。……どちらかといえば私がよく食べるようになったせいというかなんというか。
エルフは1週間程度なら食べなくても平気だしあまり食わなくても十分成長できるんだよ。毎日朝食を持ってくるな。「今日の朝食はまだだろう、食え」じゃない。私は要介護者のババアか。実年齢はともかくとして見た目は10代だぞ。もっと放任しておいてくれ。
まぁ、捨てるのは勿体無いから食うが……毎度毎度美味いのが腹立つ。食材も調味料も種類が豊富な訳ではないのだが。おかげで腹がよく空くようになったぞクソが。
だいぶ前にどこで調理技術を学んだのか聞いたのだが「未来で学んだ」と言われたぞ。つくづく便利だなあの魔法。使い道それで良いのか?
あ、結果書いてないな。鹿二頭。鳥四羽。捌いて燻製にしておく。
?月?日
やべ、ゴーレムの設定勝手にいじったら何故か爆発した。
早く帰ってきてくれシュラハト。
?月?日
聖典を読み終わった。長い。
にしてもエルフの記憶力は卓越しているな。一度読んだ部分はおおよそ完全に記憶し、読み直す必要がなくなった。数十年前の出来事を鮮明に思い出せる時点で人間より余程優れているのはわかっていたが。
記憶を伝達する魔法でもあれば便利になるだろうか。そうなると人間とエルフの記憶力のギャップで事故が起きそうだが。
容量以上の記憶を脳に詰め込まれるとどうなるのかね?気にはなるが非人道的すぎる。検証はやめておこう。
?月?日
シュラハトが帰ってきた。ボロボロである。とりあえず風呂に突っ込んだ。フード脱いだら正統派のイケメンだなこいつ。なんだあの趣味悪い服。
まぁなんとも様々な事があったらしい。面白かった。
植物が種子を飛ばして脳に寄生しようとしてきたり、魔法が使えない状態でクソ強いドラゴンに追っかけられたらしい。爆笑しながら聞いていたら殴られた。避けたが。残念だったな!!暴力はゼーリエで慣れてるんだよ!!
いやはや外は危険が多すぎて私が行ったら数日で死にそうだな。シュラハトに行かせて良かった良かった。
そんな話はさておき封魔絋について書いておこう。
まず非常に硬い。剛性が並外れている。シュラハトによれば現存する物質の中では最高硬度らしい。
加えて記述通り一定範囲内の魔法が無効化された。魔道具も使えなくなったな。無効化範囲から出すと問題なく使えたが。
封魔絋は“魔力”自体は封じていない。あくまで“魔法”を封じているだけだ。範囲内の魔力のエントロピーを強制的に増大させ術式を乱す事で魔法の発動のみを阻害している……とかか?仮説の域を出ないが。
だから常に封魔絋を持っていても、魔力の動きを肉体内で完結させれば多少なりとも肉体の防御力は上がるはず。やってみるか。
?月?日
クソが。無理だった。
“魔法はイメージの世界”というのが仇になったな。ただでさえ魔道具を作るにはイメージを完璧に言語化する必要がある。想像の余地のない単純な魔術式ならともかく、魔力そのものの制御を出来るわけがなかった。無理やり成功させようが効果は通常より断然落ちる。
それでもまぁ、使い道はなくもないが使い勝手は非常に悪い。それならもはや持たない方が良い。しかしシュラハトがほぼ無駄なものを取ってくるわけがない………あ、思いついた。砕いてみよう。
?月?日
封魔絋かっったいなぁ!!!水圧プレスですら割れないんだが。というか器具の方が負担に耐え切れず壊れた。想像以上の強度だ。
トン単位の圧縮でもダメ。熱処理も無理。この分だと劈開面も無さそうだが、むう……魔法も間接的にしか作用しないし、どうするかな。
?月?日
剛性が高いならば靱性は低いはず。一気に衝撃を加える方法をやってみるか。
追記
無理だった。傷一つつかなかったんだが、どういう結合してんだこの鉱石。魔力結合とかしてないだろうな。もしそうならお手上げだぞ。
?月?日
今日も今日とて破砕実験。
シュラハトは何も言わない。自分で気づけという事だろうかね。
?月?日
何度考えようが何を試そうがさっぱり効果がない。正直手詰まりだ。
?月?日
いい加減疲れた。面倒だな。力ずくで壊すことにするか。
?月?日
新しい魔道具ができた。
『エネルギーを変換する魔道具』
効果としては単純明快、魔道具の範囲に入ったエネルギーを別のエネルギーに変換するだけだ。熱を音に、光を電気に置き換える。効果が単純だから、魔力消費も少ない。
汎用性の高い便利な魔道具ではあるが、私にこれを作る気は元々なかった。
機能としては問題ないが、おかげで使える人間がシュラハトぐらいしかいない。もしかすればゼーリエは使えるかもしれないが。
腹が立つ。自身の力不足などではない。そんな不完全なものを無理にでも使わなければいけない現状にだ。
あの人モドキの魔物のせいだ。あいつが滅ぼさなければもっとのんびり研究ができた。
創世の女神よ。貴女が人類の味方というなら、なぜ精神性が虫やAIと同等のヤツらに殺人衝動を持たせた。どう考えようと悪影響しか生まないだろうが。アーサークラークとか読んでないのか?そりゃ読んでないよなここ異世界だものな!クソが!!魔力が多いほど好んで狙うってなんだ!!なら同族でも食って滅べ!!クソが!!
あいつが生きていると考えると吐き気がする。シュラハトに仇討ちまでの期間を限りなく短くするよう頼んでおくか。
?月?日
勝った。粉砕してやったぞ
代わりに粉砕した勢いで色々吹っ飛んだし、疲労でシュラハトが寝込んだがな。すまん。まだ資料欲しいから早く起きてくれ。
?月?日
ビンゴ。封魔絋の大きさが一定以下になると、封魔絋の無効化範囲は急激に縮小する。それこそ封魔絋に直接触れないと無効化できないほどに。
都合が良い。封魔絋の粉末で武器の表面でもコーティングするか。他にも使い道がいくつか思いつく。
?月?日
思っていたよりだいぶ短かったな。
見つけた。よし、殺す。
『エネルギーを変換する魔道具』
失敗作こと地球の自転エネルギーを魔力の持つ限り無制限に取り出す動力炉ちゃん。
常に膨大なエネルギーを供給できるものとして“地球が自転する運動エネルギー”を対象に選んだが、理論はともかくイメージが不確実なまま魔道具にした結果、魔道具を使う人に“地球を手中に収める明確なイメージ”が必要になったので失敗作。
効率自体はそこらの魔法より断然良いがヘルズに気に入られることは永遠にないという悲しき魔道具。