いつものように親父の部屋を掃除している時だった。胸元に仕舞い込んでいたビブルカードが、突如として激しく燃えだした。
「──ロクデナシ親父のカードが燃えた?」
それは、親父が死んだという明白な証。あの強欲で聡い親父が、死ぬまで誰かと真っ向から戦うとは思えない。死ぬくらいなら速攻で逃げだすような男だ。
そして、あのクソ親父に勝てる人間なんて、この海に数えるほどしかいない。
(つまり、敵じゃない。身近な『仲間』に刺された可能性が高いな)
もし仲間に殺されたとすれば、親父の莫大な財産の在処を唯一知っている僕が、次の獲物になるはずだ。
(逃げるしかない。今すぐに)
「約束だったよな、クソ親父。あんたが死んだら、全財産は僕のものだって。僕は自由になるって」
こんなに早くその時が来るなんて思ってもいなかった。
感謝するよ、クソ親父。
父親として尊敬できる点は欠片も、微塵も、一切なかったが──おかげでこの『財産』は全部僕のものだ。それだけは感謝してやる。
(あの野郎どもに渡すつもりはねぇ。これは、僕が僕として生きるために使うんだ)
親父を殺すのに加担した連中が、この島にもいるはずだ。
こっそり船で出港したところで、すぐに捕捉される。
追われたら逃げ切る術はない。かといって、この島の連中全員を返り討ちにする力も今の僕にはない。
思考が行き詰まり、視線が部屋の隅に転がった木箱に止まる。
(──樽、か)
ハッ、僕も正気じゃない。こんなクソみたいな、生存率の低いギャンブルを思いつくなんて。
「フヘヘ──僕はキャプテン・ジョンの息子だ。親父以上の海賊になる男だぞ。そんな僕の天命が、こんな掃き溜めで潰えてたまるかよ」
身体を丸め、海の近くに運んだ樽の中へと滑り込む。
「海王類ども、僕をシカトしてくれよ。壊れるなよ、樽。沈んだら泳げねぇ僕は終わりなんだからな」
その時、遠くから怒声が響いてきた。
『おい!ジョンのガキはどこだ!?』
『財宝を独り占めしようとした罰だ、ジョンは死んだ!遺産の在処を吐かせるにはあのガキが必要だ!逃がすな!』
最期は仲間に刺されたのかよ。情けねぇな、クソ親父。
だが、話し声はまだ遠い。
身体をガタガタと震わせる衝撃と共に、僕が入った樽は──暗い海へと落ちていった。
(2度と会わないことを祈るぜ。品格の欠片もないクソッタレで下品なゴミ海賊ども!)
「......なんで」
シャンクスに置いていかれてから、3日が過ぎた。
海辺でどれだけ目を凝らしても、レッド・フォース号の影は見えない。
「なんで」
どうして私を置いていったの。どうしてエレジアの皆を殺したの。どうして1人にしたの!
溢れる涙が止まらない。
会いたい、寂しい、戻ってきて。
その時、波間に漂う小さな影が目に留まった。
「......樽?」
海辺に打ち上げられた、1つの古びた樽。
もしかしたら、シャンクスたちが残してくれたメッセージか何かなのか。
淡い期待を抱いて近づいた、その時。
ガタガタッ
「ひゃっ!?」
樽が不気味に揺れだした。ゴードンを呼びに行くべきか迷う間もなく、蓋が内側から勢いよく吹き飛ぶ。
バッコーーーン!!!
「っはー!死ぬかと思った!」
「ギャーーーーーッ!!ゴードンッ!お化けが出たーーー!!」
中から這い出してきたのは、自分と同年代くらいの男の子だった。
「うるせぇうるせぇ。少しは生還の余韻に浸らせろよ。ってか、誰だお前?ここはどこだ?」
樽に入っていた男の子を、荒れ果てた宮殿に佇むゴードンのもとへ連れて行った。彼の名前は『レイヴン・リオ』というらしい。
「何もない島ではあるが、ゆっくりしていくといい」
(同年代が近くにいれば、ウタも寂しさを紛らわすことができるかもしれない)
そんなゴードンの胸中など知らず、リオは彼を一瞥するとすぐに本題に入った。
「ご厚意に感謝します、国王ゴードン。もし可能であれば、この国にある船を買い取らせていただきたいのですが、いかがでしょうか」
「すまないが、この国に船は1隻もない。君の希望を叶えるのは難しい」
瞬間、リオの顔から作られた愛想が消えた。
「......船が、ない?であれば、造船所か船を持っている方を紹介していただけないでしょうか?」
ゴードンが悲痛な面持ちで、あの日エレジアが『奇跡の時代』の終焉を迎えた経緯と、海賊によって全てが奪い尽くされた現状を説明していく。
最初は神妙な顔で話を聞いていたリオだけど、話が進むにつれて、少しずつその表情が冷徹に引き攣っていくのがわかった。
リオは説明を聞き終えると、ゴードンと私を交互に見比べた。
「クソが。愛想良くして損した──ってことは、今この瓦礫の山に残っているのは、名ばかりの国王と、赤髪の船に捨て......置いていかれたガキが1人ってことか?」
「......ああ、その通りだ」
ゴードンは静かに答えた。
(生きてるだけで儲けもんと思うべきか。まさか、船が1つもねぇ国に流れ着くなんて考えもしなかった。僕はさっさと新世界から偉大なる航路に移動してぇのに)
「それでも、ゴードンは国王なんだよ!名ばかりなんかじゃない!それに、シャンクスは絶対に迎えに来るもん!」
さっきまでの猫を被ったような丁寧さはどこへやら、うってかわって態度が悪くなったリオ。
ゴードンを見下し、シャンクスまで馬鹿にするような物言いに、私は思わず声を荒げて口を挟んだ。
「いや、それは......まあ、どうだろうな。来るといいな」
リオは興味なさげに、そしてどこか歯切れ悪そうに肩をすくめた。
「絶対来るもん!」
「わかった、わかったから近寄るな。これだからガキは苦手なんだ。距離感ってもんを知らねぇ」
カッチーン!
私は頭の先まで血が上り、顔を真っ赤にして怒った。
「あんた何歳なの!私は8歳だけど、あんた何歳なの!」
「うるせぇー、ガキは慎みと品格ってもんを知らねぇ。僕も8歳だ、文句あんのか」
「じゃあ、そっちだってガキでしょ!ガキ!ガキ!ガキ!」
「人のことガキガキ言ってんじゃねぇよ。ぶっ潰してやろうか、クソガキ」
凄むように睨みつけてきたって怖くないもんね!私は両手を腰に当て、胸を張って対抗した。
「なら、勝負!勝負でどっちの方が大人か決めよう!」
「僕を見ろ。お前と違って品格があるだろ?僕の方が大人だ、勝負するまでもなくな」
「ふーん、負けるのが怖いんだ」
私が挑発するようにニヤリと笑うと、眉をピクリと動かしてリオが好戦的に口を開いた。
「上等だ、泣かせてやるよクソガキ。勝負は先に殴った方が勝ちでいいよな?」
「女の子に勝負の内容も決めさせてくれないの?男の子なのにかっこ悪ーい」
「──ふぅ。よしわかった、ならテメェが負けたら僕のことを『リオお兄様』と呼んで敬え。どの道、この国からすぐに出港できねぇし、暇つぶしだ」
「いいよ!私が勝ったら絶対服従だからね!勝負は──身長対決!」
リオがピタッと動作を停止させた。ふふん、シャンクスに毎日ミルクを飲まされてた分、私の方が身長高いもんね。
「それは、あれだ。勝負じゃねぇだろ」
リオが慌てたように抗議してくる。でも関係ないもんね。
「勝負だよ!身長の高い方が勝ちって勝負!」
「ズルだ」
「ずるくないもーん。はい、負け惜しみ〜」
(赤髪たちがいなくなってから、1度も見たことのないウタの楽しそうな笑顔が眩しい。やはり、同年代がいると楽しそうだ)
「......わかった。100歩譲ってお前の勝ちにしてやる。だが、僕はお前が勝った時の条件を呑んでないから絶対服従はしない。残念だったなぁ?」
「──なら、次はチキンの早食い勝負!」
「あんのか?この国にチキン?」
あ、そうだった......
「......ない」
私は一瞬で肩を落とした。リオは呆れたようにため息をついて私を見ている。
(──これだからガキは苦手なんだ。ったくよ、名ばかりの国王に警戒心のない捨てられたガキ。この程度の無能たちになら、能力を知られても問題ねぇだろ)
リオは不敵に口の端を吊り上げた。
「チキンくらい僕が用意してやる」
次の瞬間、リオの右手が泥?沼?のような暗い色に変わった。
その手はドロドロと形を変え、手のひらの中央から、湯気が立っている出来たての山盛りのチキンが次々と湧き出てきたのだ。
焦げた皮と肉の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。見るからに絶対に美味しいやつだ!
「すごい!美味しそう!!もしかして、悪魔の実......?」
「ああ。【ヌマヌマの実】の能力だ。僕のヌマに取り込まれたモノは劣化せずにそのまま保管できる。生きてる生物なら引きずり込んで窒息死させたりもな」
リオは悪魔の実の能力を自慢げに話してくれた。そんな便利な能力もあるんだ。
(僕の身体に取り込まれているのは酒に食料と武器。そして──ゆうに島を覆い尽くすほどの膨大な財宝。僕の身体は、このヌマは生きた金庫だ。そうさ、キャプテン・ジョンの全財宝は僕の身体の中にある。他の奴らが奪うことも見つけることもできねぇ)
エレジアに漂着してから1ヶ月が経過した。
まあ、今までの下品な連中に囲まれた殺伐とした生活に比べれば悪くはねぇ。こうして穏やかに過ごせるのは、存外気分がいいもんだ。
「リオー、何してるの?」
「小舟を作るために木を切ってた。あとは少し加工して組み立てるだけだ。3日もあれば終わんだろ」
「......そんなことよりさ、遊ぼうよ!勝負しよっ、勝負!」
「なんの勝負すんだよ。ってか、僕忙しいからゴードンに遊んでもらえ」
武装色と見聞色の基礎を教えてやったんだから、どうしても暇ってんならトレーニングでもしてろ。
「やだ!リオと遊びたいの、今すぐに!」
このガキ──ウタがこんなワガママを言う理由はわかってる。
僕にこの島から出て行ってほしくないからだ。僕が出て行ったら、またウタとゴードンの2人ぼっちになる。
ウタはそれが嫌なんだ。寂しいんだ。だから僕の作業の邪魔をして、出港できないようにしているのが見え透いている。
「仕方ねぇな。明日は作業させてくれよ?」
そのくせ、僕の船に乗るかと誘えばウタは断った。
ゴードンにも断られた。2人ともこの国をこのまま亡国にしておくのが嫌らしい。もっとも、ウタの場合はそれだけが理由じゃねぇだろうけど。
「気が向いたらねー」
「釣り対決なんてどうだ?どの道、晩飯のために魚を釣りたいと思ってたし」
僕のヌマに入っている食料には限りがあるから、基本的にはエレジアの海や森で食料を調達して毎日の食事を賄っている。
まあ、限りがあるとは言っても、そう簡単に尽きる量ではねぇけど。
「今日もね、私が勝ったんだ。リオ、釣りするの下手くそでさ〜」
「おいおい、勝ったのは僕だろ。ボケてんのか?釣った数が同じでも、僕の魚の方がウタよりも大きかったはずだ」
「私の方が先に釣ったから、リオの負け。負け惜しみ〜」
その手をワキワキさせるのやめねぇ?煽り性能が高くて腹が立つんだが。いや、もうすっかり慣れたもんではあるが。
「ウタもリオも楽しく過ごしているなら良かった」
(って、違ぇよ。和やかな食事中に悪いけどよ、そろそろ話しておかねぇと)
「ゴードンさんよ、僕がこの国から出港するのは1年ほど遅らせることにした」
その言葉にゴードンは深く安堵したような表情を浮かべ、ウタも一瞬パッと顔を輝かせたが、すぐに不満そうな顔に変わった。
テメェこら、どんだけ僕をこの国から出したくねぇんだ。僕は亡国で腐るつもりはねぇぞ。
「ふーん、1年なんだ」
「君がこの国にいてくれる分には問題ない。とても喜ばしく思うよ」
だろうな、あんたは善人だから。ウタだけでなく僕のことまで気にかけてくれているのは充分伝わってる。
クソが、僕はこのバカみてぇな善人どもに少しだけ毒されちまったらしい。
「なぁ、ゴードンさんよ。この滅びた国にいつまで固執するつもりだ。あんたもウタも、この亡国に生涯縛られるつもりなのか?」
っと、喋らせねぇよ。ウタに口を挟まれると、最後まで話を聞かずに飛び出していきかねねぇからな。
お前は一旦黙って話を聞いてろ。
「僕がエレジアを復興させてやる」
ゴードンは言葉を失った。だろうな。8歳のガキにこんなことをいきなり言われてんだ、その反応は理解できる。
「城も国民たちの住まいも、国民そのものも僕が連れてきてやるよ。お前たちが夢見ている、かつての『音楽の国エレジア』を復興させる」
「......その気持ちは嬉しく思う。だが、それは夢物語だよ」
「ガキの戯言じゃねぇぞ。僕にはそれができる力がある。財力がある。計画がある」
奴隷商人の船を襲えば住民は揃う。故郷に帰りてぇヤツらは自力で帰らせて、帰る場所がねぇ人間をエレジアに連れてくればいい。
建物?んなもん、金を積めばどうとでもなる。この2人は僕のヌマにどれだけの財宝があるかを知らねぇから、無理だと思うのも当然だ。
ああ、だが見返りはもらうぜ?僕は海賊だからな。
「もし出来たら──ウタを僕にくれ」
その言葉にゴードンは驚きで見開いた目を動かせず、ここまでなんとか口を挟むことなく話を聞いていたウタは、驚愕に顔が凍りついている。
「ウタ、お前が赤髪たちに置いていかれたのは変えようのない事実だ。それを変えることは出来ねぇ。でも、少なくとも僕は、1度懐に入れた仲間を見捨てたりはしない。1年後、お前の答えを聞かせてくれ」
僕も丸くなっちまった。情が移っちまった。ウタにもゴードンにも──こいつらが夢見てるかつてのエレジアにも。
価値のねぇ国に価値を生み出す。そうさ、これは善行なんかじゃねぇ。
(僕がそうしたいと思った。これは僕のエゴだ。僕のための行動だ)
「僕に不可能はない。僕がやると言ったらやる。できると言ったらできる──もう感傷に浸ったり、ボケてる暇はなくなるから覚悟しとけよ、ゴードン」
レイヴン・リオ
血筋→キャプテン・ジョンの息子
悪魔の実→ヌマヌマの実の能力
武器→刀・銃(沼の中には他にも色々な武器が入っている)
概要
父親(キャプテン・ジョン)の生きた金庫。
沼の容量はまさに底なしであり、幼い頃からジョンによって厳しく指導された。父親から金庫として扱われることを受け入れ、その対価としてジョンが死んだ時に全財産を譲り受けて自由になる約束をしていた。
道具のような金庫扱いではあったが、ジョンなりに全く愛情がないわけでもなかったとか......?
母親はリオの出産時に死亡、チユチユの実の前任者。
迫り来る四皇は?
-
お見合い催促ビッグマム海賊団幹部
-
寂しがり屋カイドウ
-
自称親父白ひげ
-
娘を救いに来た赤髪海賊団