「──3日で船を完成させてくれるんだとよ。幸運だったな」
なんでも、師匠のトムが死んでから大きな仕事も出来てなかったが、今回の仕事に船大工の誇りをかけて全力を注ぐだと。こっちは『陽樹イブ』を提供してんだ。僕の宝物庫にも予備がない素材をな。
「....そうか。それで、俺たちはいつまでそれを無視してやりゃあいいんだ」
「そうだよ!なんで海賊女帝がリオにずっとくっついてるの!」
「ウタ様が仰る通り、距離が近すぎるのではないですか...」
「知らん。少なくとも、3日後には消える」
僕の姿が見えなくなったあと、動悸が激しくなって倒れそうになった。そう言われて船まで見に行ってみれば──ピンピンしてやがる。そして、僕がいなくなったら同じことが起きる。僕の
つまり、ハンコックの今の状態は精神的なものであり、その対象が僕。そして直近の出来事とハンコックの態度を考えると──重度な恋煩い。
そして質が悪いことに、その事実に九蛇海賊団の船員は疎か、本人さえ気づいていないこと。九蛇海賊団の教育はどうなってやがるんだ。
「なんじゃ、この小娘共は。控えおろう!」
「なにこの態度のでかい──おばさん!」
「おばっ....!?」
「ウタ様、それはその....少し言い過ぎでは?」
「──んな事はどうでもいい。要は、そいつが俺たちにとって敵になることはねぇのかって話だ。同盟は結んだのか?」
クロコダイルが僕とハンコックに問いかけてくる。
ああ、確かに。九蛇海賊団の連中がこの状態のハンコックを置いていくなってうるせぇから、とりあえず連れてきたんだった。細かい話はまだ何もしてねぇ。疲れてんのかな、僕。
「誰に口を聞いておるのじゃ。身の程を弁えよ」
「──おい、こいつ殺していいよな?」
クロコダイルが青筋を浮かべる。偉いな、前までなら何も言わずに手を出していたのに、ちゃんと許可を取るなんて成長してるじゃないか。まあ、いいかダメかで答えるなら、ダメに決まってるが。
だが、クロコダイルの懸念ももっともだ。多少見た目がいいからといって、今日初めて会っただけの人間だ。同情しすぎたかもしれないな。
「ハンコック。お前は僕たちと同盟を結ぶつもりはあるのか?」
「──はぅっ。また名前を.....」
「......お前の
んなわけねぇだろ。
「ハッ、リオってばそんなことを!?」
「クロコダイル。お前がバカみたいなことを言うから、バカが反応しただろ」
「バカじゃないんだけど!!」
身体の前で腕をクロスさせんのムカつくからやめろ。ぶっ飛ばすぞ。
「話を戻すが、海賊女帝。お前は僕たちと同盟を結ぶつもりはあるのか?」
「──はい。そなたが求めるなら、わらわは同盟を結びます」
「ねぇ、リオ!ぜっっっっったいこのおばさん性格悪いから同盟やめた方がいいよ!」
「性格の善し悪しは問題じゃねぇよ。それに、多少性格が悪くても顔で何とかなるもんだ。僕みたいにな」
あと、お前のわがままが可愛いで済まされてるのは顔がいいからなのもあるからな。まあ、仮にお前の容姿が醜かろうと、対応は変えねぇけど。
「ハンコックは裏切らない。同盟相手としてはこれ以上ない最高の話だろ」
裏切るような奴を仲間や同盟相手にはできない。僕はクソ親父と同じ轍を踏むつもりはない。
その点、ハンコックが僕を裏切ることはないと断言出来る。元奴隷であったと僕に知られていることと、その証を僕が消してやったこと。
そしてなにより──重度の恋煩いにかかっていること。
1番最後の理由はそのうち熱が冷めるかもしれないが、それでも信用するには充分だろ。
「........むう。リオのバカ」
「.....はい。リオ様はバカです」
「クロコダイルがアイスとお菓子を買ってきてやるから機嫌を直せ」
「あ?行くわけねぇだろ。殺されてぇのか?」
「──フッ、今回の船長も女好きか」
「おいやめろ、ミホーク。僕のイメージをぶち壊そうとしてるんじゃねぇぞ」
それと、お前の過去話とか重たそうだからもっとタイミングを考えて話してくれ。少なくとも絶対に今じゃない。
「──悪くねぇ気分だな。水の上をスイスイ移動できるのは」
ヤガラブル。力もあるし、水上だけでなく陸の上も移動できるらしい。乗り物として一匹買うのもありか? いや、ウォーターセブン以外の気候や環境に対応できなかったら意味がないな。いらないか。
「───さいっこーーーーーーだよ、リオ!」
「当たり前だ!貸し屋で一番速いやつを借りたんだからな!」
んで、僕の後ろで腰にしがみついているのがウタだ。ハンコックは今頃、海軍にクレームを入れに行っているはずだ。確たる証拠もなく数日も船を包囲した挙げ句、それが間違いだったと判明したんだ。どう落とし前をつけるのかってな。
水路を爆走するなんて、普段はなかなかできない経験だ。サイズ的にヤガラブルに乗れないしらほしには悪いが、正直これはかなり楽しい。
「急カーブだ!舌を噛むな──いや、それよりも振り落とされるなよ!」
「全然平気! もっとスピードあげようよ!」
興奮気味のウタが僕の背中を叩いてスピードを上げるよう急かしてくるが、ヤガラブルの速度はこれ以上上がらない。
あ? なんだよ、これが限界かよ。
「ウタ、いっそ一曲歌ったらどうだ?お前の歌声を、この水の都の連中にも聞かせてやれよ」
「──うんっ!」
ウタが弾むような声を上げ、ヤガラブルの上下に揺れるリズムに合わせるように、澄んだ歌声を響かせ始めた。
水路の壁に音が反射し、ウォーターセブンの街中に極上のメロディが広がっていく。
運河沿いを歩く市民や、同じくヤガラブルに乗ってすれ違う観光客たちが、次々と目を丸くしてこちらを振り返る。
「なんだ、この綺麗な歌声は!?」
「見ろ、あの赤と白の髪──手配書の『破滅の歌姫』じゃないか!?『不遜王』までいる!!?」
周囲にざわめきが広がるが、誰一人として怯えて逃げ出そうとはしない。むしろ、足を止めてその歌声に聞き惚れている。当たり前だ。ウタの歌には、聞く者をその場に釘付けにする圧倒的な引力がある。
「フッ、いいぞ。もっと響かせろ。お前が世界一の歌姫だってことを、この街の隅々まで刻み込んでやれ」
僕はヤガラブルの手綱を握り直しながら、口元に笑みを浮かべた。
風を切る爽快感と、背中から伝わるウタの体温、そして水の都を包み込む最高の歌声。
「ねえ、リオ!みんな笑ってるよ!手を振ってくれてる!」
ウタが僕の背中越しに、嬉しそうな声を上げる。
「当たり前だ。僕の船の音楽家の歌だぞ。魅了されないバカがいるわけねェだろ」
「えへへっ。ねえ、リオも一緒に歌う?」
「バーカ。僕は聞いてるだけでいいんだよ」
特等席でお前の歌を聞けるだけでいいんだよ。
しばらく水路を暴走し、あらかた満足した僕たちは、ヤガラブルに乗ったままのんびりと普通の観光に切り替えた。
「あっ、ねぇねぇリオ!あっちのお店のたい焼き美味しいんだよ!」
「観光してただけあって詳しいな。オススメの味は?」
「そうでしょ!オススメはね、わたあめ味だよ!」
......ウタ。お前なぁ。バカなのか?
「へぇ、変わり種が人気なんだな。じゃあ、1番美味しいのはウタに食べさせてやりたいから、ウタはわたあめ味な。僕はダブルクリームにしておく」
お前が嘘つく時の癖なんて分かりきってんだよ。おおかた、自分が食べて不味かった味を僕にも食わせようとしてんだろ。バレバレだぞ。
「え.....いや、でも、私もリオに1番美味しいのを....ね?」
「なんか怪しいな。おすすめっていうの、嘘なんじゃねぇの?じゃなかったら、こんなに拒むはずがないよな?」
こういっておけばウタは引くにひけなくなる。たまに素直に引く時があるが、今日はどっちだろうな。
「──まさか!嘘じゃないよ!ふんっ、なら私がわたあめ味食べるよ!」
「そうか。おっさん、『わたあめ味たい焼き』と『ダブルクリームたい焼き』1つずつ頼む」
店員がそれぞれを僕とウタに渡す。なぁ、ウタ。そんなにチラチラ僕の方を見てどうした。美味しいんだろ、それ?
「あー、あー、本当に私が食べちゃうけど、いいのかな? 本当の本当に食べるけど、後悔しない?」
「.....はぁ、仕方ねぇな。半分こにしてやるよ」
どんだけ不味いんだ、そのたい焼き。よくそんなものを僕に食べさせようとしたな。
「え、うん!ありがとう──じゃなくて、そんなに食べたいなら半分分けてあげるっ!」
お互いのたい焼きを半分に割って交換する。不味いのを先にするべきか、後にするべきか。
「わたあめ味から先に食べようっ......!」
「なんでそんな涙目になってんだ。なあ、これ食っても大丈夫なんだよな?」
食った後ならわかる。臭いがきついならわかる。目の前で焼きたてのたい焼きを前にして涙目はおかしいだろ。
「そうだっ!お互いに食べさせよう!そしたら、少しはマシになるかも!」
「おい、隠し通すなら最後まで隠し通せ。まずいんだろ、これ」
「いっくよーーー!1...2....3!」
互いの口にたい焼きを突っ込む。なんの儀式だ、これ。あ?別にそんなに不味く──────まっっっっず!ふざけんなよ、おい!
「なんだこれ、後味最悪すぎだろ.....」
最初はたい焼きのカリッカリ感と生地本体の美味さが際立つ。だが、その後に襲ってくるのは、溶けた砂糖舐めさせられているような暴力的な甘さ。噛むごとに増殖する人工的な甘ったるさ。
いつまでも口の中に甘さがへばりつく上に、たい焼き自体の食感と絶望的に合わねぇ。
「────まっっっずい!!!」
「お前が食わせたんだろうが!」
「だって、鷹の目もクロコダイルも不味いのが分かるからって食べてくれなかったんだよ!」
「だからって僕を巻き込むんじゃねぇよ!」
「あ、美味しい。ねぇ、リオのやつもちょうだい」
お前、人と話してる時に食うなよ。せめて会話が終わってからにしろ。あげるわけねぇだろ。
「バカか?お前が今食ったのは、僕がわけたダブルクリームの半分だろ。僕が持っている半分を渡したら、僕が口直しできねぇだろうが」
「ケチ」
「寛大にも程があんだろ」
僕だけ巻き込まれてムカつくから、船にいる3人と九蛇海賊団分も買っていくか。美味しいの半分と、不味いの半分でロシアンルーレットでもさせてみよう。
「おっさん、追加だ。ダブルクリーム5個と、わたあめ味を10個個頼む。見た目で絶対に分からないように混ぜて箱に入れてくれ」
「ま、毎度ありィ......」
「あ、わたあめ味3個追加してくれ。それは別の箱で頼む」
同じ船の仲間なら、辛いことも共有しないといけねぇよな?なぁ、お前ら。僕もウタにやられたんだから、お前らも諦めろ。
「あいよ.....!」
店主の引き攣った笑顔に見送られながら、僕たちはズッシリと重い紙箱を抱えてヤガラブルを走らせた。
昔、俺は小さな海賊船のしがない戦闘員だった。当時の俺たちには、海を震わせるような名声も、恐れられるような悪名もなかった。
乗組員は、船長、料理人、そして俺のたった3人。
船長は昔馴染みの悪友であり、現在俺が背負っているこの大剣『夜』の元の持ち主だった。
ある日、俺たちはどこぞの貴族から逃げ出してきたという一人の奴隷と偶然出会った。その悲惨な境遇に同情し、俺たちは男を料理人として船に乗せることにした。
思えば、それが全ての過ちの始まりだった。当時の俺たちはあまりにも若く、愚かだった。信頼に足る人間か否かを見極めることもせず、ただ己の『善意』という傲慢な感情だけで他人の人生を背負い込んだのだから。
やがて俺と船長が名を上げ始め、数千万ベリーの懸賞金が懸かった頃──その元奴隷は俺たちを裏切った。
己の保身と引き換えに、俺たちを海軍に売ったのだ。
降りしきる雨の中、海兵の陰に隠れて震えていたあの男の顔を、俺は今でも鮮明に覚えている。
『私は奴隷としてこいつらに使われていたんです!お願いです!どうか海軍で保護してください!』
力及ばず地に膝をつく俺と、死力を尽くして立ち上がる余力さえ失った船長を指さして、男はそう叫んだ。
許せなかった。俺たちを裏切ったあの男が。
そいつの醜悪な本性を見抜けなかった己の未熟さが。
何も考えていなかった自分自身の浅はかさが。
視界に映る全てが憎かった。
だが、何よりも許せなかったのは──船長を見捨てて逃げ延びた、己自身だった。
満身創痍のあいつが最後の力を振り絞り、俺のための退路を血塗れになって切り開いたから、俺は生き残ってしまった。
その時、血反吐を吐くあいつから託されたのが、この『夜』だった。当時のこの大剣は、まだ黒刀ではなかった。
俺は、あいつの命に代えて拾ったこの命に恥じぬよう、ただひたすらに力を求めた。二度と他人は信じないと心に誓い、たった一人で己の剣技の深淵と向き合い続けた。
力をつけ、俺が真っ先に刃を向けたのは海軍だった。唯一無二の親友を奪った海兵どもを狩り続ければ、いつかあの裏切り者の男に辿り着き、この手で殺せると思ったからだ。
──俺は復讐を果たした。
だが、その血塗られた道の果てにあったのは、絶望的なまでの虚無だった。
『──つまらん』
裏切り者を斬り捨てても、心は微塵も晴れなかった。それでも俺は剣を振るい続けた。友に恥じぬよう、そして幾多の強者たちの血を吸い、『黒刀』へと至ったこの『夜』に恥じぬように。
一人の面白い男に出会った。
不完全な酔剣を扱いながらも底知れぬ強さを持ち、何より──仲間思いな男に。1番最初に刀をまじえた際に、それが見ているだけで伝わってきた。
何度も刃を交えた。
船員に女しか乗せていないことには大いに首を傾げたが、リオの在り方にあいつを思い出した。
俺の力が足りずに死んだあいつは、クールぶっている癖に粗暴で、女好きで、そして誰よりも仲間のために命を張れる不器用な男。リオにあいつの存在を重ねてしまった。
だが、同じ船に乗り、数日でわかった。リオは、あいつじゃない。あいつの代わりじゃない。
表面的な部分が似ていたとしても、全く別の人間であり、別の存在だということに今更ながら気付かされたのだ。
──あいつとは違う。それに気づいたはずなのに....不思議なことにこの船はひどく居心地がいい。
二度と他人は信じないと誓ったはずのこの俺が、もう一度だけ、人を信じてみたいと思わされた。
だから俺は、もう一度だけ己の心に従うことにする。
いつかあの世で、酒でも酌み交わしながらあいつに聞かせてやろう。
──俺が見つけた、新しく、ひどく騒がしい『仲間』たちの話を。
「──ああ、今日はワインが特に美味い」
お茶請けにもらったたい焼きを食べるか。
それにしても、久しぶりに昔のことを思い出した。俺も歳をとったものだ。
ウタ
今が原作の7~8年くらい前の時系列。