あのドフラミンゴが恐怖と忘却で支配していた歪な国は、正式に僕たちレイヴン海賊団の傘下へと組み込まれ、元の国王であるリク王が再び玉座へと返り咲くことになった。
ドンキホーテ・ファミリーの幹部の中で唯一、戦場で命拾いして生き残った『ベビー5』とかいう全身武器の女は、『私が必要とされているなら!』とかなんとか言ってあっさり寝返り、そのままリク王家に仕えることになったらしい。
なんでも、国王の孫娘であるレベッカとかいうガキの専属護衛になるんだとよ。まあ、勝手にしろって話だ。
ただ、捕らえた連中の尋問とヴィオラの話から判明したが、ドフラミンゴの部下にはまだこの島にいなかった厄介な連中が残っている。
いずれそいつらも引きずり出して仲間に引き入れるか、邪魔なら容赦なく潰すか、きっちり対応する必要があるだろう。
──まあ、今の僕にとって、そんなことはどうでもいい。
そんな問題よりも、今この瞬間に解決しないといけない、遥かに深刻で頭の痛い問題が目の前にあるからだ。
朝、ふかふかのベッドから起きて身支度を整え、泊まっている王宮の部屋から外に出ようとほんの少しだけ部屋の重い扉を開ける。
その僅かな隙間から覗いた廊下では、4人の女が朝からバチバチと静かに、しかし殺気立った火花を散らしていた。
「ふふ、お気になさらないでください。私はただ新人として、心から尊敬するリオ船長のお目覚めのお世話を......と思いましてここにおります」
優雅に艶やかな赤髪を掻き上げながら、余裕たっぷりの微笑みを浮かべている1人目は、バカラだ。
今回の戦争を経て正式に僕の本船に乗ることになった新人で、組織の管理能力や計算に極めて優れている。
いずれはクロコダイルと同じように、肥大化した一部の傘下海賊たちの管理を任せることになるであろう優秀な人材──のはずなんだが、隙あらば僕に色目を使って懐に潜り込もうとしてくる女だ。
「ええい、どいつもこいつも図々しい小娘どもが──!リオから『船員を石にするのは絶対にダメだ』と釘を刺されていなければ、無礼なお主らは既に全員、ただの石ころになって砕けておるわ......!」
美しい額にビキッと青筋を立てながら、今にも『メロメロの実』の能力を発動しそうな勢いで怒りに震えているのは、ご存知ボア・ハンコック。
まあ、僕に対して重度の恋煩いを拗らせているハンコックからすれば、昨日今日入ったばかりの新人のうち2人が、あからさまに僕を男のターゲットとして狙っている素振りを見せているのは、ハラワタが煮えくり返るほど面白くないのだろう。
一応、僕の言いつけを守って石化を我慢しているだけ褒めてやるべきか。
「あらぁん、そんなに怖い顔をしないでちょうだい、蛇姫様♡ 圧倒的に強くて魅力的な男の周りに、たくさんの女が集まるのは自然の摂理として当然じゃなぁい?」
トロンとした目で胸元を強調しながら、甘ったるい話し方でハンコックを煽っているのは、ハニークイーンだ。
そのおっとりしたマイペースな話し方とは裏腹に、こいつは行動が異常に大胆だ。
なにせ、正式に船員として迎え入れると決めた昨日の夜、トロトロの実の能力を使って鍵穴から僕が泊まっているこの寝室に勝手に忍び込み、あろうことか寝ている僕に『夜這い』をかけようとしてきた、頭のネジが何本か外れてる危険な異常者である。
もちろん、即座にヌマで拘束して廊下に放り出してやったが。
「もーっ!みんな邪魔だからどこかあっちへ行ってよ!今日の朝は、リオは私と2人きりでドレスローザの街を観光しながら、美味しい朝ごはんを食べに行く約束なんだから!」
そして最後、3人の大人の女たちの間に割って入り、不満そうに頬をぷくーっと膨らませて必死に抗議しているのが、ウタだ。
──正直に言おう。今の僕にとって、実はこいつが一番ヤバい。
シュガーの能力による『おもちゃの呪い』から解放されて記憶が戻ったあの日以降、ウタの僕に対する執着と甘えっぷりは明らかにリミッターが振り切れている。
ライブの準備をしている時以外は、文字通り片時も離れず、常に僕のすぐ後ろをひよこみたいにトコトコついてくるのだ。
一度完全に世界から忘れ去られるという恐怖を味わった反動なんだろうが、僕のプライベートな時間が完全にゼロになりかけている。
あと、約束なんてしてない。
「小娘!いつリオがそなたと2人きりで朝食に行くと約束したのじゃ!リオの朝食は、わらわが愛情を込めて作った手料理に決まっておろう!」
「ハンコックのご飯なんて、どうせまたよく分からない黒焦げ料理でしょ!そんなのリオが食べるわけないじゃん!ってか、まだ作ってないんでしょ!」
「なっ......!無礼者め!」
「あらぁん、お2人がそうやって喧嘩している間に、私が液状化してドアの隙間からリオ様のベッドへ先にお邪魔しちゃおうかしらぁ♡」
「待ちなさい、ハニークイーン。抜け駆けは感心しません。リオ様のお目覚めのコーヒーをお淹れするのは、私の役目ですわ」
「だから、誰も入っちゃダメなんだってばー!!」
扉の向こうで、4人の美女と美少女による押し合いへし合いの小競り合いがヒートアップしていく。
それぞれが覇気や悪魔の実の能力者なせいで、廊下の空気が物理的にビリビリと震えてやがる。王宮の衛兵たちも怖すぎて近づけねぇだろうな、これ。
僕は開けた扉の隙間を、音を立てないようにそっと、静かに閉めた。
「............」
なんで僕の船は、女はどいつもこいつも恋愛感情を抱いてるんだ。ああ、ウタは違う。誰かに僕をとられるのが寂しいんだろ。
ミホークとクロコダイルの野郎は、こういう時だけ『船長のプライベートの問題には干渉しねぇ』とか抜かして助けてくれねぇし。
「──はぁ。窓から出るか」
正面の扉から出れば、誰を選んでも選ばなくてもめんどくさい修羅場になるのは目に見えている。
僕はため息を1つ吐くと、部屋のバルコニーへと向かい、朝の爽やかな風が吹くドレスローザの街並みを見下ろした。
──が、そのバルコニーに、すでに先客が2人、ちょこんと座って僕のことを待っていた。
「あ!リオ様、やっと起きたでありんすね!」
「お、おはようございます、リオさん......姉貴がどうしてもここで待つって聞かなくて......」
ハナフダのガキども──うるティとページワンだ。お前ら、どうやってここに来た。まさか、外壁をよじ登ったのか?
「......お前ら、朝から何してやがる」
「決まってるでありんす!わっちたちに、早く強い『悪魔の実』をくれる約束でありんしょ!?」
「いや、僕はそんな約束は一言もしてねぇよ」
前門の虎、後門の狼。いや、前門の美女4人、後門の盗賊姉弟か。
僕の平穏な朝の時間は、どうやらこの新世界にはどこにも存在しないらしい。痛むこめかみを押さえながら、とりあえず言葉を発する。
「お前らが覇気を身につけたらくれてやる。だから、今後は僕の泊まっているこの部屋に忍び込もうとするな」
僕の言葉に2人はぶんぶんと首を縦に振り、部屋の扉から外へと出た。当然ながら、外で待っている4人に何故僕の部屋から出てきたか問い詰められている。可哀想に。
この後、僕が逃げる前に4人が部屋になだれ込んで来たせいで騒がしい朝食を取ることになった。
「──あぁん♡ リオ様、お口が開いてますわよ。はい、あーんしてくださぁい♡」
なんて物騒な空気の朝食だろうか。
右隣にピタリと椅子を寄せて座っているのは、ハニークイーンだ。
こいつはさっきから食事をする気なんてさらさらないらしく、自分の豊満な胸を僕の右腕にむぎゅっと惜しげもなく押し付けながら、フォークに刺したソーセージを僕の口元へと運んでくる。
僕が色仕掛けに屈するタイプだったなら、かなり危うかっただろう。まあ、別に美人を相手にするのは嫌いじゃない。
「ちょっと!ハニークイーン、さっきからリオにくっつきすぎ!少しは離れなよ!」
「あらぁん、ウタさんったらヤキモチかしらぁ?でもダメよぉ、私はリオ様のこういうクールでつれないお顔を近くで見るのが、たまらなく大好きなのぉ♡」
「めんどくさいから離れろ」
僕がフォークでハニークイーンの額を軽く小突いて引き剥がすと、嬉しそうに頬を染めて身をくねらせる。
ダメだこいつ。
すると今度は、左隣に控えていたバカラが、極めて自然な流れるような所作で僕のティーカップに香りの良いコーヒーを注ぎ足した。
「まったく、ハニークイーンの品のない振る舞いには困ったものですね。リオ様、お口直しにこちらの淹れたてのコーヒーをどうぞ。お砂糖とミルクは、リオ様の普段のお好みに合わせて完璧に調整してありますわ」
「ああ、ありがとう」
僕が素直に礼を言ってカップを受け取ると、バカラは勝利を確信したような妖艶な笑みを浮かべ、僕の耳元にそっと唇を寄せて囁いた。
「お食事が終わりましたら、今後の傘下組織の編成と資金運用について、少しお耳に入れたいお話がございます。もちろん、他の邪魔が入らない場所で......2人きりで、じっくりと」
ハニークイーンみたいに露骨にベタベタ触ってくるのではなく、『有能な秘書』としての立場を築き上げ、自然な距離感で僕の隣をキープし、着実に好感度を稼ごうとするバカラの巧妙な手口。
実際、かなり優秀だ。クロコダイルが褒めるくらいだからな。
「──そこの赤髪の小娘。そして隣のふしだらな女よ。さっきから黙って見ておれば、お主ら、わらわの目の前でリオに馴れ馴れしく触れおって......!いい加減にせぬか!!」
ガシャンッ!とテーブルの食器が跳ねるほどの勢いで、ハンコックが立ち上がらんばかりの勢いで2人を睨みつけた。
「リオの隣に座り、身の回りのお世話をするのは、将来リオの伴侶となるこのわらわの特権じゃ!昨日今日船に乗ったばかりの新入りが、図々しくもリオの腕に胸を押し付けたり、耳元で囁いたりするなど万死に値する!」
「あら、伴侶だなんて、ずいぶんと気の早いお話ですこと。リオ様はまだ誰のものにもなっておられませんわよ?ねえ、ハニークイーン」
「そうよぉ♡ 早い者勝ちなら、今日の夜こそ私がトロトロになってリオ様のお布団の中に溶け込んじゃうものぉ♡」
なにこいつら、結託してんのかよ。怖すぎんだろ。ってか、もう1人新人いただろ。そいつとは組まねぇのかよ。
「なっ、なんたる破廉恥な......!リオ、聞いたか!?やはりこのふしだらな女どもは、今すぐ石にして海に沈めるべきじゃ!」
「それよりハンコック、スープも美味いから飲んでみろよ。お前にも味わって欲しいんだ」
「──はぅっ!!り、リオが......わらわと幸せを共有しようとっ......!これぞまさに夫婦の朝の食卓......!」
チョロい。あまりにもチョロすぎるぞ、元・王下七武海。無茶苦茶理論すぎて突っ込む気と起きねぇ。
「──むぅぅぅっ!みんなして私のこと無視して、勝手に盛り上がらないでよ!!」
ドスンッ!と僕の膝の上に、回り込んできたウタが勢いよく飛び乗ってきた。
そのまま僕の首に両腕をギュッと回し、ハニークイーンとバカラ、そしてハンコックの全員を威嚇するようにジト目で睨みつける。
「いい!?リオの一番は、昔からずっと私って決まってるの!お風呂だって毎日一緒に入ってるし、リオが私のために6000億ベリー使ったのも、ドフラミンゴをぶっ飛ばしてくれたのも、全部私が一番大切だからなんだからね!」
「なっ......!小娘、またその過去の話を持ち出しおって!それに、その歳でまだ男と風呂に入っておるなど、ただの子供扱いの証拠ではないか!わらわとて、リオと一緒に湯浴みしたことがあるわっ!」
「ち、違うもん!子供扱いじゃないもん!ねえリオ、違うよね!?」
膝の上で必死に僕の胸倉を揺さぶってくるウタと、スープ皿を持ったまま再び青筋を立てるハンコック。
そして、その隙にまた僕の右腕にむぎゅっと抱きついてくるハニークイーンと、涼しい顔で次のパンを僕の皿に取り分けるバカラ。
「あー、お前ら静かにしろ」
僕は膝の上のウタの頭を乱暴にガシガシと撫で回しながら、ため息混じりに全員を睨みつけた。
「これ以上うるさくするやつは、部屋から追い出すぞ」
僕の脅しに、ウタとハンコックが『むぅ......』と口を尖らせて大人しくなり、バカラは優雅に微笑んで一歩引き、ハニークイーンも空気を読んだ。
「ようやく静かになっ」
『大変です大変です!!!』
──静かになったところだったのに。慌てた様子で王城の兵士が入ってきた。
『──四皇の海賊船が!!こちらに迫ってます!!!』
......四皇?心当たりがありすぎて分からねぇ。白ひげのおっさんが来たのか?それとも、ドフラミンゴの仇討ちでカイドウ?もしくは、お見合いの催促にビッグマム海賊団の幹部でも来たか?
迫り来る四皇は?
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お見合い催促ビッグマム海賊団幹部
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寂しがり屋カイドウ
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自称親父白ひげ
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娘を救いに来た赤髪海賊団