僕がキャプテン・ジョンの宝だ   作:Mr.♟️

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魚人島 完

 

僕たちは無事に魚人島へと辿り着いた。道中は、ウタが深海を泳ぐバカみたいにカラフルな熱帯魚や、今まで見たこともない巨大な海王類に目を輝かせ、船中を縦横無尽に駆け回っていた。

 

まあ、その気持ちもわからなくはない。僕たち悪魔の実の能力者にとって、海の中を生身で覗き見る機会なんて一生ないからな。グランドラインの前半で新たに造ってもらう予定の僕たちの船には、高性能な潜水機能でもつけてもらうとするか。

 

「え?リオ、ついてきてくれないの?」

 

「僕にもここでやることがあるからな。まあでも、30分もあれば終わる。すぐに合流するさ。ビブルカードもあるし、少しくらい別行動しても問題ないだろ?」

 

お前はいつ如何なる時も、僕が背後に控えているとでも思っているのか。ああ、こいつのことだから本気で思っていそうだな。

 

「ふーん。なら、私がリオの用事に付き合ってあげる!そしたら、その後に一緒に私の新しい服を見に行こうよ!」

 

「ダメだな。今回の用事は僕1人じゃねぇとできない」

 

お前に知られたら意味がねぇだろ。どっかの誰かさんが『お揃いのアクセサリーが欲しい』なんて抜かすから、せっかくなら魚人島の最高級真珠をあしらってやれば、特別感もひとしおだろ?

 

今教えたら渡す時のインパクトが薄くなるから、口が裂けても言わねぇけどな。

 

「──あ、まさか!噂の人魚カフェに1人で行くつもりでしょ!」

 

「行かねぇよ。仮に行くとしても、お前に逐一報告するようなことじゃない」

 

おい、なんだそのジトッとした目は。変な疑いの視線を僕に向けてくるな。はっ倒すぞ。

 

「なら、私に言えない場所って一体どこなの?」

 

「あとで教えてやる」

 

なんて真っ直ぐで純粋な瞳を僕に向けてきやがるんだ。お前は1人で行動したら死ぬ病にでもかかっているのか?たまには少しぐらい単独行動してみろ。

 

「でも、」

「あとで絶対に合流する。どこに行ったかも、何をしていたかも全部教えてやる。だから、30分くらい1人でこの海底の楽園を楽しんでこい」

 

ウタは不服そうに唇を尖らせていたが、僕が絶対に引かないと悟ったのか、渋々といった様子で引き下がった。もっとも、その引き際まで『ちぇーっ!』と不満げに文句を垂れていたから、全然大人しくなどはなかったが。

 

「10分だけ待ってあげる!10分過ぎても合流しなかったら、リオがなんかやましいことをしている最中に盛大にお邪魔しに行くからね!」

 


 

クソが。僕はもう少し──いや、もっと優雅に、品格を持って品定めをするつもりだったんだ。

 

それがどうだ。あのしつこいバカのせいで、この僕が魚人島の入り組んだサンゴの石畳を全力で走り回る羽目になっている。

 

あいつの『10分』という宣告は、海軍のバスターコールよりよっぽど質が悪い。そもそも、僕は30分と言ったはずなんだがな。

 

「──この店にある最高級の『真珠』、全部買い取らせてもらおうか」

 

店主が呆気にとられるのも構わず、僕はヌマの奥底から眩い金塊を引き抜き、カウンターにドンと叩きつける。

 

よし、これで目星をつけていた土産屋と宝飾店はすべて回った。どの真珠を使い、どう加工するかは後で僕がじっくり決めればいい。

 

ウタと別れてからの経過時間は7分。残り3分あれば、ビブルカードの指し示す方向へ合流するのは造作もないはずなんだが──

 

「な──なんだ、この人混みは」

 

視界を埋め尽くすのは、色とりどりの美しい人魚たちと、屈強な魚人たちの巨大な壁。まるで島中の住人が1つの広場に凝縮されたかのような、むせ返るほどの物理的な熱気が渦巻いている。

 

パレードか何かか?予想外の障害が僕の行く手を阻んでやがる。なんて日だ、クソが。

 

「──聞いたか!オトヒメ王妃様が、あの天竜人から直接署名をもぎ取ったんだぞ!」

「歴史が変わる瞬間だ!私たちはついに、本物の太陽の下へ行けるんだ!」

 

(世界貴族、あの天竜人が署名だと?)

 

あの自尊心と性欲と強欲と傲慢の塊のような連中が?

 

フンッ、虫が良すぎて信じられねぇな。まあいい、この魚人島の狂喜乱舞っぷりを見る限り、それがこの国にとってどれほどの悲願だったのかは理解できた。

 

(だがな、今はそんな悲願だの歴史的瞬間だのに付き合っている暇はねぇんだよ)

 

僕は苛立たしげに舌打ちを漏らし、胸元からウタのビブルカードを取り出す。小さな紙片は、この熱狂の渦のど真ん中──パレードの最前線近くを執拗に指し示していた。

 

(──おいおい、マジかよ。まあ、それもそうか。あの好奇心の塊が、こんな楽しそうな騒ぎを見逃すはずがねぇか)

 

人混みの隙間を縫い、足元にヌマを滑らせるように高速で移動する。10分を1秒でも過ぎてみろ。ウタがどれだけ根に持って拗ねるか、容易に想像できて吐き気がする。

 

「──見つけた。ったく、もう少し探しやすい場所にいろよ。気遣いって言葉を辞書で引いておけ」

 

歓喜に沸くパレードの最前列。目をキラキラと輝かせ、壇上を眺めているウタの小さな背中をようやく捉えた。

 

人をかき分け、前へ──ようやくその華奢な肩に手をかけようとした、まさにその瞬間。

 

──乾いた破裂音が、パレードの喧騒を無惨に切り裂いた。

 

パァンッ!!

 

直後、僕の網膜が捉えていた鮮やかな色彩が、急速に色褪せて消える。

 

さっきまでそこにいたはずの、紅白の髪をしたガキ──ウタの姿が、視界から忽然と消え失せた。

 

「──は?」

 

一瞬の凍りつくような静寂。そして、誰かが地面に倒れる鈍い音と共に、広場中に耳をつんざく悲鳴が上がった。

 


 

「......殺す」

 

その冷え切った思考と同時に、僕の見聞色は今までにないくらい極限まで研ぎ澄まされた。

 

民衆の混乱に紛れた狙撃手。銃口から立ち昇るわずかな硝煙、逃走を図ろうとする事細かな筋肉の動き、その全てが手に取るようにわかる。

 

「なに、やってんだ......お前は」

 

わかる。さっきの銃声は間違いなく壇上の王妃を狙ったものだったはずだ。それなのに、どうして石畳の上に転がってお前が血を流してんだ。

 

(......楽に死ねると思うなよ)

 

地面に広げた黒いヌマが意思を持つ大蛇のようにうねり、少し離れた場所で人混みに紛れて逃げようと動いていた1人の魚人を音もなく飲み込んだ。

 

同時に、僕は倒れ込んだウタの元へと駆け寄る。

 

「あっ、リオ!来るの遅いよ!もう10分なんてとっくに過ぎてるんだから!」

 

「......バカか。守るならせめて武装色で防げ。僕が手取り足取り教えた意味がねぇだろ」

 

わかる。この底抜けのバカは、放たれた凶弾の殺気に誰よりも早く気がついて、咄嗟に王妃を庇って飛び出したんだ。

 

ウタの白い肩口に、鮮やかな赤い染みが広がっている。傷は浅い。弾丸はほんの少し掠めた程度だったんだろう。いや、それでも。

 

「えへへ、いきなりだったから、そんなこと考える余裕なんてなかったんだもん!」

 

なにをヘラヘラと呑気に笑ってやがる。

 

怪我が軽かろうが、命に別状がなかろうが──そんなことは一切関係ねぇ。

 

この魚人島の、どこの馬の骨とも知れねぇゴミが、僕の大切な仲間に傷を負わせた。僕の仲間を傷つけるってことは──この僕に、正面から喧嘩を売ったってことだ。

 

「──笑うな。腹が立つ」

 

僕は乱暴に自分の上着を脱ぎ、血の滲む彼女の肩をすっぽりと包み込むように羽織らせた。

僕の仲間だ。代わりなど世界中どこを探しても存在しない、僕の初めての親友を──それを汚し、傷つけた報いだ。

 

「──テメェの薄汚いツラ、ここで全員に拝ませてもらおうか」

 

僕は足元のヌマをドロリと大きく広げ、捕獲しておいた狙撃手を、白日の下へと容赦なく吐き出した。

 

「あなたは──ホーディ、ですか?」

 

僕がヌマから吐き出したのは、屈強な体躯をした1人の魚人だった。それも、魚人島の誇りある兵士が纏う制服に身を包んだネプチューン軍の兵士だ。

 

ショックを受けた王妃が、地面に這いつくばって咳き込む『ホーディ』と呼ばれた男に歩み寄る。ホーディが憎々しげに何かを叫ぼうと醜く口を歪めたが──その言葉が音として形を成すことはなかった。

 

ガンッッ!!

 

重く鈍い衝撃音が広場に響き渡り、ホーディの顔面が石畳に深くめり込む。僕の右足が、その醜悪なツラを情け容赦なく上から蹴り飛ばしたからだ。

 

苦しいだろうよ?僕のヌマに閉じ込められている間は、光も空気もない絶望的な窒息状態だったんだ。ようやく外に出られたと思ったら、次は圧倒的な暴力だ。

 

「ぅっ、ガハッ......!」

 

「なっ、何をするのですか!やめてください!」

 

悲鳴のような王妃の制止など完全に黙殺し、僕は逃走の余地を与えぬよう足元のヌマを絡みつかせて、吹き飛んだホーディを僕の足元へと力ずくで引き戻す。

 

「白ひげのジジイのナワバリだし、今日はあんたらにとってめでたい日みてぇだからな。余計な騒ぎを起こすつもりはこれっぽっちもなかったんだが」

 

僕はホーディの後頭部を、みしりと頭蓋骨が軋む音が出るほどの力で冷酷に踏みつけた。足元から苦悶の呻きが漏れるが、それが僕の力を緩める理由にはなり得ない。むしろ、踏みしめる足にはさらなるどす黒い憎悪がこもる。

 

「──お断りします!たとえホーディが今回の暴挙を、私の暗殺を試みたのだとしても、彼を裁く権利は魚人島の法と私たちにあります。お願いです、その足を下ろしてください!」

 

「あ?あんたらの面子を立てて、犯人を捕まえた事実を隠さずにここで暴いてやったんだ。あんたの命を救ったのはウタで、犯人を即座に特定し、取り押さえたのはこの僕だ。それなのに、ただ指をくわえて突っ立っていただけのテメェらに、黙ってこの獲物を渡せってのか?」

 

この甘ちゃんが、魚人島の王妃だと?

 

笑わせるな。理想ばかりの平和を説く裏で、自分のすぐ足元に潜む毒蛇1匹すら処理できていなかった無能な女が、よくもそんな綺麗事をホザきやがる。

 

「......ええ。私はあなたのお仲間に命を救われました。そのことには心から感謝しています!ですが、ここは魚人島です!いかなる重罪人であろうと、法を無視した私的な制裁、そのような無体な扱いは、ここでは決して許されません!」

 

「僕たちは海賊だぞ。そっちの綺麗な理屈なんて端から通用しねぇよ。僕はただ、僕の大切な仲間を傷つけた『対価』を、こいつの身柄でキッチリ清算したいだけだ。他の無関係な連中に手を出すつもりもなけりゃ、命を救った礼に不当な金を要求しているわけでもねぇ。これ以上ないほどフェアな取引だろうが?」

 

なぜ、そんな単純明快な話すら理解できない。湧き上がる怒りに任せて踏みつける力が、無意識に強まっていく。ホーディの顔面の下、硬い石畳にじわりと蜘蛛の巣状の亀裂が走り始めた。いっそこのまま、不快な頭の中身ごと踏み潰してやろうか。

 

「──なあ。僕だって、白ひげのナワバリでこれ以上派手に暴れたくはねぇんだ。僕のこの寛大な気持ち、いい加減に汲んでくれねぇか?」

 


 

「あっ、リオ!来るの遅いよ!もう10分なんてとっくに過ぎてるんだから!」

 

あれ、リオ、いつもとなんか雰囲気が違う?もしかして、私が勝手に待ち時間を30分から10分に短くしたのを怒ってるのかな?

 

「......バカか。守るならせめて武装色で防げ。僕が手取り足取り教えた意味がねぇだろ」

 

「えへへ、いきなりだったから、そんなこと考える余裕なんてなかったんだもん!」

 

そうなんだよね。乾いた音が聞こえて、見聞色で弾丸の軌道も見えたから、ヤバい!と思って咄嗟に王妃様を突き飛ばして守ったんだけど、他のことはなんにも考えられなかった。

 

誤魔化すようにいつもみたいに笑いながら話すと、リオの纏う空気がピンッと氷のように張り詰めたのが、私にもはっきりとわかった。

 

「──笑うな。腹が立つ」

 

まるでガラスの壊れ物を扱うような優しい手つきで私の傷口を確認してから、リオは自分の着ていた上着を脱いで私の肩にかけた。

 

残っていたリオの体温と、微かに香る彼の落ち着く匂いに包まれた瞬間、私の胸の奥がじんわりとした甘い熱に満たされていく。

 

直後、リオがヌマの中から引きずり出した魚人──ホーディとかいう兵士を容赦なく蹴り飛ばす音が広場に響く。

 

ガンッッ!!

 

重く鈍い衝撃音と共に、石畳に無惨に叩きつけられる魚人。

 

普通なら、怖くて目を逸らすべき光景なのかもしれない。ここに来る以前の私なら、きっと悲鳴を上げて目を逸らし、すぐにリオを止めていたはずだ。それこそ、目の前でオトヒメ王妃様が必死に叫んでいるように。

 

だって、これはあまりにも残酷な光景だから。リオという圧倒的な強者が、抵抗できないホーディという弱者を一方的に蹂躙しているのだから。

 

(──でも、ああ......どうしよう)

 

私のために、リオがこんなにも怒っている。かすり傷程度の、ほんのちょっとしたケガなのに。それなのに、今にもこの魚人島ごと深い海の底へ沈めてしまいそうなほどの激しい憎悪を、リオは私1人のために燃やしてくれている。

 

シャンクスに何も言われず置いていかれたあの日から、私はずっと、心の奥底で『誰かに必要とされること』に飢えていたんだと思う。

 

『誰かにとっての1番の特別』になりたかった。2度と絶対に捨てられることのない『唯一無二の存在』に。

 

目の前で繰り広げられている一方的で冷酷な暴力を見て、私の心は恐怖どころか、どうしようもないほどの歓喜に震えている。

 

(止めなきゃ。リオが本当にこの魚人を踏み殺してしまう前に。私が......止めないと)

 

頭のどこか冷めた場所で、そんな正しい理性が響く。でも、私の唇は恍惚とした微笑みの形に固まったまま動かない。あれ、私、いつから笑っていたんだろう。

 

「僕たちは海賊だぞ。そっちの綺麗な理屈なんて端から通用しねぇよ。僕はただ、僕の大切な仲間を傷つけた『対価』を、こいつの身柄でキッチリ清算したいだけだ」

 

リオが冷たく放つ言葉の1つ1つが、私の胸の鼓動を激しく、甘く跳ねさせる。

 

リオが私のために、傷ついた私以上に怒ってくれることで、私の存在そのものが強く肯定されていく気がする。私の命に、リオが世界で1番高い価値をつけてくれているように感じる。

 

オトヒメ王妃様が必死に叫んでいる魚人島の法律も、道徳的な正論も、今の私には遠くで鳴っている心地よい雑音のようにしか響かない。

 

私のためにリオが怒ってくれている。ただそれだけで、心の隙間が全て満たされる。強く必要とされている。リオにとって、誰にも代えられない特別な存在になっている。今までに感じたことがないほどの濃密な幸福感が、自分の身体の中でどろりと甘く溶け出している。

 

ホーディの頭を踏みつけるリオの足に、さらに容赦ない力がこもる。ミシミシと音を立てて、石畳に不吉な亀裂が走った。

 

その冷徹な破壊の音さえ、今の私には2人を祝う祝福の鐘の音のように美しく響いた。

 

(嬉しい。ねぇ、リオ。もっと怒って。もっと私のために、その綺麗な感情を燃やし尽くして)

 

自分でも気づかないうちに、私の指先は羽織ったリオの上着を強く、強く握りしめていた。

 

その動きで肩の傷口が少しだけズキリと痛むけれど、今はその痛みさえたまらなく愛おしい。

 

だって、この傷がなかったら、私はこんなにも剥き出しで激しいリオの感情を独り占めすることはできなかったのだから。

 

「これ以上ないほどフェアな取引だろうが?」

 

足元で虫けらのように喘ぐ魚人を冷徹に見下ろし、淡々と、けれど地を這うような凄まじい怒りを込めて言い放つリオ。

 

その美しくも恐ろしい横顔を見つめながら、私は確信していた。

 

あの日、レッド・フォース号が水平線の彼方に消えていった底なしの絶望。

 

胸を引き裂くようなあの孤独な日々さえ、今のこの至上の幸福を味わうための『前奏曲(プレリュード)』に過ぎなかったのだと。

 

ゴードンと2人で過ごした、静かで物悲しく、けれど少しだけ温かかったエレジアの日々が『間奏曲(インタールード)』。

 

リオが樽の中から私の前に現れ、灰色だった日常を鮮やかに塗り替えていったあの日々が『終曲(フィナーレ)』。

 

そして今、リオと2人で広い海へと漕ぎ出したこの果てしない冒険が、私にとっての新しい......真っ白な──『序曲(オーバーチュア)』の始まり。

 

これまでの人生で、今この瞬間が1番幸せ。

 

誰かにこんなにも強く、激しく、狂おしいほどに想われ、大切にされ、守られている。

 

「──なあ。僕だって、白ひげのナワバリでこれ以上派手に暴れたくはねぇんだ。僕のこの寛大な気持ち、いい加減に汲んでくれねぇか?」

 

リオの足の下で、ついに石畳が悲鳴を上げて砕け散る。

 

くぐもったホーディの呻き声、王妃様の悲鳴、周囲の魚人たちの息を呑む音。

 

リオは本気だ。本気で、このままこの男の頭を踏み潰そうとしている。ダメ。それ以上はダメだよ、リオ。

 

そんな卑怯な魚人の命に、私の大切なリオがこれ以上手を汚す価値なんて、これっぽっちもないんだから。

 

でも......

 

(──ああ、なんて素敵なの)

 

もう、充分。私がどれだけ深く愛されているか、リオがその残酷なまでの行動で完璧に証明してくれた。

 

私がお願いして求めたからじゃない。リオが自分の意思で、私のために、私を傷つけたこの世界に鋭い牙を剥いてくれている。

 

私はゆっくりと立ち上がり、殺気を放つリオの背中にそっと手を添えた。彼の少し華奢で、けれど誰よりも頼もしい背中を、後ろから優しく包み込むように抱きしめる。

 

服越しに伝わってくる、焼け付くような怒りの熱。それを全身で愛おしく感じながら、私は彼の耳元で、甘く──静かに囁いた。

 

「──リオ」

 

たったその一言で、リオの肩がわずかにビクリと跳ねた。

 

「リオ、もういいよ......ありがとう。リオが私のために、そんなに本気で怒ってくれただけで、私はもう──今ここで死んでもいいくらい嬉しいよ」

 

私は抱きしめていた腕を解き、リオの正面へと回り込んで、怒りに染まったその瞳を下から真っ直ぐに見つめた。

 

(──なんて、綺麗な瞳なんだろう)

 

怒りに狂う未来の海賊王を、この広い世界で唯一、言葉1つで止めることができる私だけの特権。

 

その優越感を心の底から噛み締めるように、私は今できる最高の笑顔で微笑んだ。

 

「だから、もうやめよう?──ほら、約束してた私の新しい服も、まだ選んでもらってないよ。ねぇ、一緒に見に行こう?」

 

私の明るい声が届いた瞬間、リオの足先から、そして全身を棘のように覆っていた刺すような殺気が、まるで春の雪のように嘘みたいに霧散していくのがわかった。

 

リオは、私のわがままならなんでも聞いてくれる。私のお願いなら、たとえ世界を敵に回してでも叶えてくれる。心の底からそう思わせてくれる。

 

ああ、これが『人を好きになる』ということなんだろうか。

 

昔一緒に遊んだルフィにも、お父さんみたいだったシャンクスにも、大好きだった誰に対しても感じたことのない、胸の奥がチリチリと燃え焦げるようなこの甘美な感覚。

 

──私のこの感情は、きっと『愛』なんだ。

 

誰かを100%、もうどこにも逃げ場がないほどに好きになると、人はこんなにも残酷で、そしてこんなにも美しい気持ちになれるんだ。

 

「......チッ、興が削がれた。オトヒメ王妃、僕たちにあなたの記念すべきパレードを邪魔するつもりはありませんでした。このゴミ──ホーディの身柄は、歴史的偉業を成し遂げた王妃に敬意を表してそちらに譲ることにします」

 

リオは呆然とする王妃から視線を外すと、まだ足元の瓦礫の中で血を吐いて喘いでいるホーディを冷たく見下ろした。

 

広場を包んでいた殺気は消えても、その瞳の奥に宿る温度は絶対零度のままだ。

 

「おい、ホーディ。お前が1番尊敬する海賊は誰だ。3秒以内に答えろ。これ以上、ここで無様に苦しみたくなければな」

 

「あ、あがっ......!アーロ、ン......さ......ん」

 

「アーロン、か。そうか、素直に答えてくれてありがとうよ」

 

リオの口角が、まるで物語の中の悪魔のように深く、不敵につり上がった。

 

「──なら、いつか必ずそのお前の憧れに、この世で最も苦しい窒息の地獄を、僕のヌマの中でじっくりと味わわせてやる。安心しろ、簡単には殺しはしない──僕の底なしのヌマの中で、永遠に『生きたまま保管』してやるからな。窒息死寸前で引き上げ、また沈めるのを何度も何度も繰り返せば......あいつの精神は何回目で壊れるだろうなァ?」

 


 

私たちは結局1週間ほど魚人島に滞在し、そして今は深海から浮上して、次の目的地であるシャボンディ諸島へと向かっているところだ。パレードであんな大事件があったから島の人たちに疎まれるかもしれないと思っていたけど、全然そんなことはなかった。

 

「ねぇ、リオ。──じゃなかった、『真珠王』さん?」

 

「はっ倒すぞ、クソガキ」

 

そう、あの事件の直前、リオが島中の宝飾店を回って最高級の真珠を全て買い占めてくれていたおかげで、リオがあれだけブチ切れたのは『最愛の恋人を傷つけられたから』だと魚人島の人たちは勝手に結論づけたのだ。なんといっても、魚人島の真珠を全て買い占めるくらい溺愛している恋人が目の前で傷つけられたんだから、あれだけ怒り狂うのも無理はない......らしい。まあ、私たちはまだ恋人じゃないけどね!まだ!

 

(......まあ、いずれは絶対にそうなるけどさ)

 

「サメちゃーん、見て見て、リオがまた照れて怒ってるよー。怖いねー」

 

私は甲板に作られた水槽の縁に身を乗り出し、水中で元気に跳ねる可愛らしいサメに話しかける。

 

今回の魚人島滞在で手に入ったのは、可愛い新しい服や真珠だけじゃない。なぜかリオにすっかり懐いて船までついてきた、この愛嬌のあるサメちゃんもだ。

 

リオは最初『どうせ飼うなら船を引く屈強な海王類にしろ』なんて毒づいていたくせに、いざ乗せるとなったら自室の一部をせっせと巨大な水槽に改造していた。本当に素直じゃないんだから。

 

「──んなことより、おい。一応これ、渡しておくぞ」

 

ふいに目の前に差し出されたリオの右手に、私は思わず息を呑んだ。そこから垂れ下がっていたのは、綺麗な──言葉が出ないほどとっても綺麗なネックレスだった。魚人島の輝く大粒の真珠に加え、一体何種類の希少な宝石が使われているのか見当もつかないほど煌びやかで、けれど下品さが一切ない繊細なデザインだった。

 

「......えっ?なんで??こんなすごいの、本当に私が貰っちゃっていいの??」

 

「あ?お前が前に自分で言ったんだろ。『お揃いのアクセサリーが欲しい』って。まあ、海賊団の仲間内で同じ装飾品を身につけるのは結束の証として悪くねぇし、今後もし仲間が増えた時用にもいくつか余分に作った。いいから大人しく受け取れ」

 

「う、うん......!」

 

あ、そうだった。リオはあの時、私のこのわがままを叶えるために、慣れない魚人島の街を必死に走り回って真珠を集めてくれていたんだ。

 

震える手で受け取ったそのネックレスを、私は早速自分の首に身につけた。ひんやりとした金属と宝石が、すぐに私の体温で温まっていく。

 

「......あの、どうかな?似合ってる、かな?」

 

恐る恐る首元のネックレスに触れながら尋ねると、リオは一瞬だけハッとしたように目を見開き、すぐにプイッと明後日の方向へ視線を逸らした。

 

「さあな。世の中には『馬子にも衣装』って便利な言葉があるらしいぞ」

 

「あー!またすぐそうやってひどいこと言った!」

 

「別にそこまで酷くねぇだろ」

 

「ふふん、だ。リオはまだお子ちゃまだから、私が可愛すぎて素直に褒められないんだよね。いいよいいよ、私にはリオの気持ちが全部分かってるから!」

 

「やっぱりはっ倒すぞ、このク──」

「あ......あの......っ」

 

「あ?なんだよ。人が喋ってる途中で言葉を遮るんじゃねぇ。これだからガキは──」

 

「......え?ちょっと待ってリオ、今の可愛い声、だれ?」

 

私とリオはピタリと動きを止めて顔を見合わせ、か細い声のした場所──水槽の中でゆらゆらと揺れるサメちゃんの大きな口元へと同時に視線を向けた。

 

「──!」

 

「......おい、サメの口から、」

「お、おっきな人魚が出てきたぁぁぁ!!?」

 

ぼわんっ!と煙が弾けるようにサメの口から現れたのは、人間の大人と比べても倍以上はありそうな、巨大で、そしてお人形さんみたいにすっっごく可憐な人魚の少女だった。

 

ちょっと待って、そんなおっきな身体で、今までどうやってそのサメちゃんの小さな口の中に収まっていたの!?

 

「あ、あの......わ、私......その、しらほしと......申します......っ」

 

「あ、うん......あ?おい、しらほしって......嘘だろ、おい......?」

 

あの常に冷静なリオが、珍しく口を半開きにして呆然と固まっている。サメから人が出てきたら驚くのも無理はないけれど、リオがそこまでびっくりするなんて珍しい。

 

「その、あの......私、パレードの時にオトヒメお母様を助けてくださったウタ様と、悪漢を成敗してくださったリオ様に──ひ、一目惚れしてしまいまして......っ!その、どうしてもお2人と離れたくなくて、メガロのお口に隠れて魚人島からついてきてしまいました......!」

 

「えっ!?一目惚れ!?」

 

人魚の、それもこんなにお姫様みたいに可愛い子が一目惚れして密航してくるなんて!さすが私の自慢のリオだね、私も鼻が高いよ!──って、ちょっと待って。リオに一目惚れ!?それって、まさかの恋のライバル登場ってこと!?

 

「それで、その......もしよろしければ、私も、このお船に乗せていただけませんでしょうか......?お邪魔、でしょうか......?」

 

大きな瞳にポロポロと涙を溜めて上目遣いで懇願するしらほしちゃん。

 

「リオがいいなら私はいいよー!しらほしちゃん、とっても可愛いし!なんだかすごく性格も良さそうだし、お友達になりたい!」

 

私が手を叩いて大賛成すると、リオは頭を抱えるようにこめかみを押さえて──それから、堪えきれないように吹き出した。

 

「──フッ、ハッハハハ!面白ぇ!実に面白ぇじゃねぇか!──僕は基本、自分の足で立つ覚悟のねぇ奴は船に乗せるつもりはなかった。仮に仲間にしても、心から信頼に足ると判断するまでは、このお揃いのアクセサリーを渡す気もなかったんだがな」

 

リオは腹の底から愉快そうに笑いながら、言葉を続ける。

 

「だが、お前のその無茶苦茶な行動力は気に入った、大歓迎だ。リュウグウ王国王女、人魚姫しらほし。──僕たちの海賊船へようこそ」

 

「えっ、リオ、しらほしちゃんのこと知ってたの?」

 

「知ってるも何も、あのオトヒメ王妃の娘、つまり魚人島の第一王女だぞ。しかも、しらほし──お前、城の連中には誰にも言わずにこっそり出てきたな?」

 

「は......はい......っ。だって、言ったら絶対に止められてしまいますから......」

 

魚人島の王族?しかも誰にも言わずに密航?ということは、それってつまり──

 

「──もしかして、今の私たちって」

 

「ああ、そうさ。僕たちは一国の王女である人魚姫をまんまと誘拐した、『あの天竜人でさえやらないことをやってのけた極悪非道の大悪党』ってわけだ」

 

リオはこれまでにないほど楽しそうに、見るからに悪党らしい不敵な笑みを浮かべていた。リオがそんなに楽しそうだと、見ている私まで胸がワクワクしてくる。

 

そうだよね。どうせ私たちはこれから世界中を揺るがす大海賊になるんだから、最初の航海からこのくらい派手でめちゃくちゃな方が、私たちにはお似合いだよ!

 

「よし、決まり!可愛いサメちゃんに、人魚姫のしらほしちゃん。新しい仲間も一気に加わって、私たちの『序曲』は最高に盛り上がってきたね!」

 

「あ、あの、ウタ様......この子はサメちゃんではなくて、メ、メガロって言います......っ」

 

深海の闇を抜けた私たちの船が、コーティングの泡を弾けさせながら、ついに眩い太陽の光が輝く海面へと勢いよく飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──まだシャボンディ諸島へは着かないんかえ?船が遅いえ」

 

 

迫り来る四皇は?

  • お見合い催促ビッグマム海賊団幹部
  • 寂しがり屋カイドウ
  • 自称親父白ひげ
  • 娘を救いに来た赤髪海賊団
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