コロガルサイクル 作:テンプレ戦士
『魔無し』から、『変な
「ご注文は?」
「焼き魚定食サラダ付きで」
で、その後のことだ、が。
何がどうなったのかというと……
「注文承りました! 魚定食サラダひとつー!」
なにも、起きませんでした。
変な輪っかを出せるスキルは、今もそのまま放置。
山も谷もありゃしない、そう都合のよい話は無い、ってことか。
「つまんねぇー」を脳内で反響させて、食器の皿を片付けていると、玄関口の戸が開いて新しいお客さんが入って来るのが見えた。
そしてすぐに接客モードへ。
浮かない顔なんて見せちゃいけないからね。
──…………
──……
「はいお待ちー! ザックザク大判コロッケですっ」
「おう、これよこれ」
「こっちもビールまだかいー!?」
「ちょっと待ってねー」
私の住む街、カーディフの真ん中よりにある"キティラ食堂"。
それが物心ついた頃からずっと、私の暮らす家。
そして職場。
魔無しだなんだと言われようと、今こうして真っ当に働くことができている。
戦う人や特別な仕事に就くのでなければ、魔力の有無が決定的な差になることはない。
どうあれ、今日も私の周りは平和です。
平和な世界で生きられるんだから満足しておけって感じ。
「……」
──『なになに、私なにかしちゃったの? もしかしてすごすぎて規格外な属性きちゃった?』
──『与えられたスキルは……転輪法』
「はぁ……」
期待し過ぎた気は、している。
使いみちの分からない輪っかを出せるようになった後と前とで私、何か状況が変わったか?
──いいえ、何も……。
冒険者やらになりたいと思ってたわけでもないし、人生設計がこれで狂ったとかそういうことはない。
多分。
狂うっていうのは、元からしっかりとそれが無ければ、っていう思いが固まっていたりこうあるべき、があるものや人の話だろうし。
であるなら、私には今のところ関係ない話。
魔無しが魔法を使えないという状況が何一つ変わっていないんだから、おかしくなるような、狂うようなものはどこにも無い。
寧ろ諦めがついてせいせいするってもの。
(はぁ……)
「はぁ……」
なんか疲れたよ。
何もかも始まる前から疲れちゃった感じがする。
はぁ辛い……仕事しよう。
「……」
カチャカチャ
「(私ってこれでいいのか?)」
思うだけならいくらでも。
それより先は……特に無い。
「…………」
カチャカチャ
「……」
サッ サッ サッ
ザー
ガタッ
──『与えられたスキルは……転輪法』
「はぁ……」
能力おろしの日……"何か"大きなものの近付く気配を、感じていたと思う。
自分を取り巻く……運命? みたいなものが、どでかく変わっちゃうような。
……本当に、何か変わりそうな気がしていた。
変わらんかったけど。
「アンティ、そろそろ上がりな、後はこっちでやっとくから」
「はーい片付けだけしてから先に……あ」
「ねぇ、おばさん、後で時間ある?」
「あん?」
何となく、能力おろしでのことを他人に話すことにした。
離れた町にある教会から帰って来てから、周りには秘密にしていた、軽く傷心中だったし。
ようやく魔法が使えるようになるかもしれない、と思ったら、全くおかしな能力をもらってしまったとか……まるで自慢にもならない、あんまり吹聴したいとも思えないことだったし。
ただ、よくよく考えれば……
同じ屋根の下で暮らしている人くらいには、言っておいた方がいいと、そう思って。
「はーん、なんか思い詰めてたと思ったら」
「気付いてたの?」
「少しはね」
「外れを引いちまったから落ち込んでたとはね」
「まぁ、うん」
おばさんは素っ気なく受け答えする。
きわめて興味が無さそうなのが見て取れたので、ちょっとひどい人だと改めて思った。
「魔力なんざ……あたしなんて、指の先がちょっと熱くなる程度の火属性しかないし、街の奴らもそんなもんだろ、気にするようなことか?」
「でもちゃんと属性あるんだよ……それに比べて私はさあ」
「食堂の店員にそんなもの必要かい? 冒険者なんかになるってんなら別だが」
「それはそうだけど……そうじゃないていうか」
この老け顔の女が──書類上私の保護者ってことになってるおばさん。
名前は『ジッター・クルルン』。
遠縁の親戚? ただの親戚? だったか、っていうものなんだって。よく知らんけど。
私の本当のお母さんの妹だったか、姉だったか……たしか妹だったはず。
色々複雑な話があった気がしたけど、まぁ忘れた。
自分事ながら、実の家族のことなのにテキトー過ぎる、私。
でも、今よりずっと繊細だった昔の私には、複雑でドロドロした社会のお話はちょっと、受け止められなかったし、受け流す事を選んだ……なんてこともあったかな。
どうでもいいから忘れよう、面白くない。
面白くない。
「どうせダメで元々くらいのものがダメだっただけ、気にするこたないさね」
「……」
……好きか嫌いかで言えば、私はこのおばさんが嫌いだった。
多分初対面の頃から好きじゃなかったと思う。
街のその辺歩いてる人たちの爪の垢でも煎じて吞めばいい……と本気で言いかけた時は、ちょっと自分の中の過激派な心に怯えてしまった記憶がある。
とりあえずこういう大人にはなりたくないランキングがあったら筆頭候補だった。
「しかし奇妙なスキルだねぇ、たかが輪っかを生み出すだけの? 何の役に立つんだいそれ」
「私に聞かれても……」
「しかもなんだい、勝手に腕に引っ付こうとするって……まるで呪いのアイテムみたいさね」
「……」
──
────────
──────────────
ブンッ
「──うりゃ!!」
グッ
「どりゃ!!」
スカッ
『……振っても何も出ないか』
『腕輪にでもしろって? こんな感じ……あ?』
『あれ? あれ? なんか』グッグッ
ギギギギギギ
『いででででやめっ、消えろ!!』
ビキビキギギギ
ヒュッ
『痛ったいなぁもう、なんなのこれぇ──ー!!!』
────────
────
──
「いっそ腕に張り付いたままアクセサリーにでもしちまえばいいんじゃないかねぇ」
「あんな怖いの付けたくないよ」
念じたら消えるし、張り付いても問題ないかもしれないが、何となく怖いものというイメージがついてしまうと、使おうという気が起きなかった。
臆病過ぎる? いや……肌に食い込もうとする輪っかに恐怖を覚えない者だけが私を非難せよって感じ。
「そうかねぇ……こんな時姉さんならもっと上手くアドバイスできただろうに」
「──あん?」
「いや、ね、もしも、と思ってさ」
「んなわけないじゃん」
「え?」
「今ここにいない人の話なんてしてないっての……」
「…………」
「アンティ?」
「あい……もう寝る、おやすみ」
「あ、おい待ちなって」
「……やれやれ、また怒らせたか」
「至らんね、まったく……」
──────────
────────
──
ドッカドッカ
「はぁああああああ」
ドッカドッカ
ドサッ
「はー」
── ─ ── ─ ─ ─ ─ ─ ─
─ ── ─ ─ ─ ─ ─
─ ─ ── ─ ─
─ ─
一日に何時間も働いていると、自分の内側から、頭の中に"お題"が投げつけられる時が、ある。
何かしたいことがあるんじゃないか、というあいまいな言葉だけが、ずらーと並べ立てられたような、意味の無い言葉。
そうしないといけない、と思わなくても、そうなる時が私にはある。
そして、いざその転がったものを拾い上げても──そこには何も書かれちゃいない。
白紙の用紙、みたいな。
調味料を使っていない料理よりも、味が無いような。
殺風景な壁と床の部屋に、更に何も置かれていないような。
私に何も教えてくれないし、それは何も言わない。
あるものはあるが、何かに発展しない。
ただ、ぼうっとしてたら我に返って最後には終わる。
そういうものが頭の中にイメージされると、どうしてか、私は『お前はどうしたい』と投げかけられているような錯覚を覚えた。
気にしなければいいといえば、それまでだけど、私には気になって仕方なかった。
そのことが……それがなんだかとても、苦しい。
私が知りたいのに、私が困っているのに、それなのに私に聞くのかよと。
どうでもいいとして、捨ててしまえればどれだけ楽か。
だけど、ここから私がどこかへ投げ返したら、いよいよものごとは行方不明になってしまうんじゃないか。
そうしてしまったら、それを誰が受け取ってやれるんだろうかって。
ただ、それが、胸糞悪かったから、できなかった。
ベッドに寝転がりながら、考える。
思うのは一つ、
「(つまんないなぁ)」
きっとこれが私の悪癖ってやつなんだろ。
そして悪癖は切り離そうにも切り離せないから、厄介。
なんてこったこれが絶望、救いは無いのかよ。
「いや大袈裟か……はぁ」
こんなことで絶望してどうすんの、馬鹿みたい。
「何でこんなに悲しいんだろうなー」
口に出してみた。
けど、答えは返ってこない。
いつものことだ。
私の中にいつだってあるものの中に、一つ、悲しみがあった。
何がなんだかわけが分からないことに、どうしてか、いつもいつも、心は深い悲しみの中にある。
それも、涙が出るような、『えんえん』ってなるようなものじゃなくて。
しゃくりかえすような『ひっく、ひっく』でもない。
『ずーん……、ずーん……、ず────ーん……』って感じ。
重く深く息苦しい土の中……圧し潰されて、ただ遠くから揺らされて見向きもされない、そんな感じ。
由来が分からない悲しみはずっと前からあった。
おばさんがあんまり尊敬できない人だと思った、よりも前。
食堂に来る人達が、時々おばさんに怖い目線を向けていると知った、よりも前
お父さんやお母さんと会話した記憶がまるでないことを自覚した、よりも前。
いつから? もしかしたら生まれた時からかもしれない。
赤ちゃんの頃の記憶なんてないし、知らんけど。
悲しみがあることは私にとって良くない、だけど切り捨ててしまおうと思うほど、思い切りも良くない。
放置していい限りは、放置しておくのが無難、となってしまっている自分がいる。
これが、私の心を捻じ曲げてひねくれものに仕立て上げたとしたら、私は今よりずっと嫌な人間になっていただろうに、そうなっていないのは、きっと幸運なこと、と私は内心で思っている。
私の悲しみに、私は自分が何か意味があるんじゃないかと思っているけど、今のところ私一人もどうにかできない程度のもので。
感情の高ぶりであるとか、想いの力というのは、絵本の物語の中にあるものほど強くない。
私が今出せる最大の結論は、そんなものだった。
ただ、思う。
私は今こうして冷めた感情のまま生きていられるけれども。
いつか、悲しみに耐えられなくなったら、どうなるんだろう、と。
いや、それならまだいいかもしれない。
もし、悲しみのこともどうでもよくなってしまったら、後には何が残るんだろう、と。
それは成長なのか、それとも、葛藤すら辞めたということなのか。
感情は他にもある? 怒り、例えばさっきのやりとり。
あの感情は本当に適切だったのか、私が勝手に感じただけの……
「はぁ……もういい、寝る」
なんだか、恐ろしくなって、仕事の疲れで押し切るように、目を閉じて眠った。