遊戯王GX ~晴れのち豪雨~   作:大海

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いよぁ~おぉ。

続きは書かないって、以前書いていたかね。スマン。ありゃ嘘だった。
ちょこっとアニメ見てて事情が変わりましたゆえ、後悔しない内に書いとくことにしました。
なお、今回もオリカが出ますゆえ、一話と同じく、苦手な人はご注意をば。
つ~ことで、晴れのち豪雨の二話目、いってみよー。

行ってらっしゃい。



第二話 晴れ渡る空は夜さえ照らす

 異様と言えば、それは、異様な光景に見えた。

 一言に異様と言っても、異様の種類は、程度に分けて二つしかない。

 いわく、とても受け入れ難い異様さ。そして、わざわざ異様と言うほどでもない、異様ではあっても、簡単に受け入れられる異様さの二つだ。

 前者であれば、それはすべからく、この世から排除されようとするものだが、後者であるなら、誰もが違和感を抱きながらも、それを受け入れようとする。

 受け入れようとしない者も時にはいるが、その時は、その者こそが異様と見なされ、心無い者という扱いを受ける。大半の人間は、そんな異様を受け入れ、自身が寛大であると、それが当然であると、自らの心を騙し、安心と、信頼を得ようとする。

 いつの時代においても、普通と呼ぶべきもの達と、異様と見なされるもの達が、複雑に絡み合い、共存することで、社会というものは形成されている。

 

 

 そして、この空間での異様は、典型的な後者であり、同時に誰もが、自らを騙すどころか、喜んで受け入れる、そんな異様達だった。

 

「……で、あるからしまして、選ばれし決闘者としての誇りと自覚を……」

 

 決闘アカデミア高等部。その学校の校長が前に立ち、話をする。

 それを聞いているのは、彼の前に並ぶ、新入生の生徒達。

 学校の入学式であれば、ありふれた光景の一つでしかないものの、生徒である彼らもある意味、世間一般の観点から見れば、異様の部類に入るかもしれない。

 男子生徒の全員が、赤色、黄色、青色と、個人個人が、別々の色の制服を着飾っていた。

 もちろん、わざわざ三色に分けることには意味がある。

 普通の学校では、学年以外に、生徒間の階級など無いに等しいが、この学校に限っては、成績と、決闘の強さによって、生徒間に明確な階級が生まれる。

 そして、その階級を視覚的に表す役割があるのが、この、三色に分けられた制服だった。

 上から順に、『オベリスクブルー』、『ラーイエロー』、『オシリスレッド』。

 階級が一つ違えば、その扱いは天と地ほどの差が生まれ、彼らにとって、制服の色とは一つのステータスであり、同時に、明確な格差の烙印となっていた。

 そんな男子生徒とは違い、女子生徒達に関しては、男子に比べての明確な人数の違いからか、もしくは道徳観によるそれか。

 それは分からないが、いずれにせよ、オベリスクブルーに統一され、全員が、青と白の、嫌に露出度の高い制服を着ていた。

 異様が存在するのは、その、女子達の集団の中だった。

 

「……」

 

 クラスごと、男女ごとに別れている以上、青い制服を着た女子の集団にいるのは、制服を着た女子であるのが当然のはずだ。

 そんな、青色の女子の集団の中に、一人、黄色の、男子が混ざっていた。

 見上げるほどの長身から、さらりとなびく赤色の髪をなびかせて、そんな髪の下から、切れ長の目を向けている。

 綺麗な顔には違いない。しかし、十人に尋ねれば、十人が男子だと答える。そんな顔をした、新入生の少年だった。

 性別を間違えられたわけでもなく、女子の中に一人、男子が混ざる。本来ならそんな、『小鳥遊 照』の存在は、許されざる異様の光景だろう。

 だが、この空間に限り、その異様は、誰もが受け入れていた。

 

「……」

 

 異様は彼だけでなく、彼の前にも存在していた。

 服装は、他の女子が着ている、露出の多い、窮屈そうな制服とは違う。受験の時と同じく、ゆったりとしていて、顔と、首と、手という、最低限の露出しかない青色のワンピース姿。

 そんな、他の女子とは違う服装をした、色白で、胸や背中まで伸ばした黒髪の少女、『小鳥遊 時雨』は、そこに、佇んではいない。

 照が握る、車椅子に座り、校長の話に耳を傾けていた。

 女子達の中に、一人だけ混ざった男子生徒と、生徒全員の中で、一人だけ私服の車椅子の少女。

 本来なら、そんな二人は異様の対象として、好奇と、嫌悪の一つも向けられそうなものだろうに、二人とも、好奇を向けられこそすれ、嫌悪の視線は、全く無い。

 むしろ、誰もがそんな二人のことを、快く、中には、下心を顔に出しながら、受け入れていた。

 

 

 校長の話が終了し、ここで解散となる。

 生徒全員が、各々の行動を取り始める。

 それは当然、美男美女の双子の姉弟も同じこと。

 

「……これからどうしたい?」

 

 車椅子に座る姉に対して、弟は、小さな声で、囁くように、優しく問いかける。

 時雨は照に対し、同じように優しい声で答えた。

 

「……やっぱり、一度、女子寮の部屋で、荷物を整理して……その後は、アカデミアの中を、周ってみたいかな……」

「分かった……」

 

 二人とも、二人にしか聞こえないほどの小さな声での会話だった。

 周囲にいる生徒のほとんどは、二人がどんな会話をしたか、聞き取ることはできなかったろう。

 それでも、周囲に立つ生徒達は、そんな、綺麗で、柔和な表情をお互いに見せながら会話する二人の姿は、癒しとなり、いつまでも見惚れていた。

 

 

「ごめんなさいね」

 

 二人が女子寮を訪れた時、最初に掛けられた言葉がそれだった。

 

「規則でね。ご家族でも男子生徒は女子寮には入れられないのよ」

 

 オベリスクブルー女子の担任教師であり、保険医でもある女性教諭『鮎川(あゆかわ)』である。

 入学式の会場となっていた、中央決闘フィールドからここまで、時雨の乗る車椅子を押して歩いてきた照に対し、申し訳なさそうに言った。

 

「……まあ、そうでしょうね……」

 

 当然と言えば、当然の決まりだろう。

 学生寮に限らず、宿泊施設、トイレ、更衣室等、多くの施設の利用を性別で分けることは、長年続く当たり前の道徳観だ。それによって、必然的に異性の立ち入りは禁じられる。

 妙な下心など皆無な照だが、たとえ、時雨という女子生徒の肉親であろうとも、例外というわけにはいくまい。

 

「彼女は私がお部屋まで送っていくわ」

 

 鮎川は、そう笑顔を見せながら提案をした。

 

「……良いんですか?」

 

 車椅子を握った状態で、照はそう聞き返す。

 鮎川と同じように、申し訳ない気持ちを感じながらの質問だったが、鮎川は、快いという笑顔を浮かべていた。

 

「もちろんよ。そのくらいはお安いご用だわ」

「……では……」

 

 鮎川の笑顔に対して、照が、最後に頼もうと思ったが……

 

「……いえ、やっぱり、先に校内を回ります」

 

 時雨が、急にそう提案し、鮎川も、照も、疑問を表情に表した。

 

「荷物の整理をしなくていいのか?」

「整理なら夜でもできるから……それに、女子寮の場所は分かったから、今度は照の、イエロー寮を見たい……」

「……分かった」

 

 そうやり取りをした後で、二人は同時に鮎川に一礼し、照はきびすを返した。

 鮎川も、反射的に笑顔を向けて、去っていく双子の背中を見つめた。

 

(仲が良いご姉弟ね……)

 

 

 カタ、カタ、カタ、カタ……

 

 車椅子を押しながら、照は、振り返りながら思う。

 ――それにしても……

 

「それにしても、学生寮にしては、立派な建物よね……」

 

 時雨が、照の思いを代弁した。

 もっともそれは、正確ではない。

 

「立派、というか……豪奢(ごうしゃ)すぎないか?」

 

 屋根の各所が鋭利に突き出た、白と青のコントラスト。

 目の前の巨大な湖にその姿を反射させながら、雄大に佇むその姿は、どう見ても、学生寮には見えない。

 控えめに表現をすれば、バカな金持ちが、趣味全開で建てた洋館。

 大げさに表現するなら、童話のシンデレラに登場するような、中世ヨーロッパ式の王宮、といったところだろうか……

 

「中もやっぱり、広いのかな……」

「……外面のイメージ通りでないことを祈るがな……」

「え? どうして?」

 

 疑問を聞き返してきた姉に対して、弟は、冷静に答えた。

 

「……イメージ通りなら、中は階段だらけってことだろう」

「ああ……」

 

 言われてみればと、時雨は納得の声を出した。

 確かにあのような、中世頃からの歴史を感じさせる城の中に、エレベーターや、エスカレーターがあることは想像に難い。

 すなわち、玄関から入った後の、一階以外の場所への移動手段は、階段しか無い。

 それはつまり、車椅子に乗るような人間には、優しくない建物、ということに他ならない。

 だが、そんな懸念を言葉にした照に対して、時雨はあくまで、優しい声を掛けた。

 

「大丈夫。私の部屋は、一階にするようにって、お願いしてくれてるんでしょう?」

「……ああ」

「それに、あれだけ大きな建物なんだもの。怪我人が出た時に備えて、エレベーターくらいは設置してるわよ」

「……だと、いいがな……」

 

 アカデミアを入学する際、事前に入学案内のパンフレットには目を通してある。もちろん、女子寮に関しては特に注視しておいた。

 だが、少なくとも、『エレベーター』という単語は、全く目にしなかった。

 それが、照にとっては懸念事項の一つとなっていた。

 

「……」

 

 だが、中に入れない以上、確かめようはない。あの時、鮎川に聞いておくべきだったと、今になって照は後悔していた。

 だが、その鮎川が、あれだけ余裕そうに話していたのだ。案外、姉の言う通りなのかもしれない。姉が納得するなら、それ以上は言うまい。

 いつもと同じように、無言のままそう内心で結論付け、それ以上は喋らず、イエロー寮を目指した。

 

 空を見上げれば、快晴の空が暖かく地表を照らし、足下や周囲には、一面の緑が広がっている。

 この決闘アカデミアは、年間を通して転校の崩れることの無い、南海の孤島の上に建立されていた。

 都会の余計なものを取り除き、自然に囲まれ、それでいて、施設は最新の超一流。

 少々日差しが強いことさえ我慢すれば、病人にとっても理想的と言って良い環境だろう。

 そんな環境の中を歩いていき、たどり着いたイエロー寮は、一言で言えば、普通よりは立派な宿泊施設だった。

 部屋は、各生徒につき一人部屋を一つ。

 世間一般の学生寮が、二人か三人部屋だということを考えれば、学生寮としては十分に贅沢と言えるだろう。

 もっとも、照にとっては、住まいなどに大した興味はない。学生である以上、校則やら規則があるなら従うし、その上で、今までと何ら変わらない。

 むしろ、今気になっているのは施設ではなく、施設の周辺のことだった。

 

『……』

 

 多くの視線が、二人に集まっていた。

 その視線の先にあるのが、車椅子に乗った、蒼白の少女であることは、疑いようが無い。

 更に言えば、これとは真逆の性質の視線を、ついさっき女子寮で、弟が受けていたことを、時雨は知っていた。

 別段、自身の容姿のことなど、特に気にしたことの無い二人だが、だからこそ互いに、姉と、弟の容姿が、他と比べても抜きん出ていることを知っていた。

 赤い髪を揺らしながら佇む、一目でその強さが窺い知れる、逞しい長身。優しくも強い眼差しを備えた、整った顔立ち。

 女はもちろん、時には男の目すら釘付けにするほど、弟の姿は際立っていた。

 車椅子に乗っていて、肌は蒼白で、それなりに伸ばした黒髪は所々が跳ねていて、決して綺麗な髪ではない。

 だが、それらのマイナスを帳消しにしてしまうほどに、大きな瞳、小さな鼻、艶やかな唇と、完璧なパーツが集まった顔立ちと、優しい母性に溢れた雰囲気。

 姉が車椅子で進む度、そして、ふらつきながらも前へと歩こうと努力する度、道行く人々全員を振り向かせ、そして、釘付けにさせる。

 そんな二人が共にいて、共に歩いていれば、大抵の人間は、その二人に惹かれ、目を向けずにはいられない。

 そしてそれは、このアカデミアでも、同様の現象と化していた。

 

「やあ。君達か」

 

 そんな双子に対して、掛けられる声があった。

 照はそちらへ顔を向けながら、車椅子の向きを変える。

 視線の先にいたのは、照と同じく、黄色の制服を着た少年だった。

 照ほどではないが、十分に長身の部類に入る。

 後ろへ流した黒髪を短く切り揃え、一目で真面目と分かる佇まいから、強い意思を宿した、迷いの無い目を、二人へ真っ直ぐ向けている。

 そんな容姿を備えて、堂々とした自信に満ちたその存在感は、他の生徒達とは明らかに一線を画している。

 双子は同時に、そう感じた。

 ……だがなぜか、こうも感じた。

 隠れんぼをして遊んでいると、一人だけ見つからず、そのまま忘れ去られるような……

 

「受験番号、2番と3番だな。名前は確か、小鳥遊照と、時雨さん、だったな」

 

 突然受験番号で呼んできた男子生徒に対し、時雨は、笑い掛けながら応える。

 

「ええ。始めまして」

 

 あまり大きいとは言えないが、それでもはっきりと聞き取れる、優しい口調の声。

 そんな優しい声を聞いているだけで、少年は気を良くしたように、笑顔を増した。

 

「あなたは?」

 

 そう聞き返され、少年は急いで、自身の名前を名乗る。

 

「俺は『三沢(みさわ) 大地(だいち)』。受験番号1番だ」

「まあ……あなたが1番の人でしたか」

 

 受験番号と共に、名前を名乗られたことで、時雨もまた気を良くした。

 

「ああ。君達の決闘は見せてもらったよ。見事だった」

「そうですか。とても見苦しい決闘になってしまって、お恥ずかしい限りです……」

「そんなことはない。強力だが扱いの難しいカードをあれだけ巧みに使いこなすなんて、並みの腕ではまずできない。君の実力は本物だ」

 

 謙遜する時雨に対し、三沢は素直に褒める。

 時雨もまた、それを素直に嬉しいと感じつつ、三沢に好感を覚える。

 二人とも、この短時間で気が合い、笑顔を見せ合いながら、打ち解け、会話を楽しむまでになっていた。

 三沢自身、双子の、姉との会話は楽しく、本人の性格も、とても優しく、心を許せる良い人だと分かった。

 そんな、いつまでも会話を楽しみたいと思える時雨と話しながら、だからこそ、一つ疑問を感じた。

 話しをしながら、チラリ、と、意識を、彼女の後ろへと向けてみる。

 

「……」

 

 時雨との会話が始まった時点から、弟――照は目を閉じ、無言を貫いていた。

 実際、話しをしているのは姉なのだから、その邪魔をしないよう、気を遣っているのかもしれない。

 だが、最初の方にも、今も、言葉を挟んでも良さそうな場面はいくつもあった。それなのに、決して会話に加わろうとはせず、ただ、車椅子を握って佇んでいる。

 まるで、自分はここにはいない、そう主張しているように。

 確かにそこにいるのに、気に掛ける必要など無いというように。

 それはまるで、今現在楽しく会話している、時雨という少女の、影のように感じられた。

 

「……では、今後とも、よろしくお願いしますね。三沢さん」

「ああ。こちらこそだ。時雨」

 

 彼女の名を、呼び捨てで呼ぶ。会話の中で、自分のことは、呼び捨てで気安く呼んでくれて構わない。そう断りを得ていた。

 

「それじゃあ、私達はこれで……」

「あ、ああ。また明日、授業の時に会おう」

 

 そこで照は、車椅子の向きを変えた。

 時雨とは一言の言葉も無いまま、去るタイミングを見極めて、歩き始める。

 双子だけに、息が合っている。そう、三沢は関心していた。

 

「小鳥遊時雨……そして、小鳥遊照、か……」

 

 ……

 …………

 ………………

 

 カタ、カタ、カタ、カタ……

 

 三沢と別れた後、双子は、アカデミア内の様々な場所を周っていった。

 授業を受ける教室。教室を行き来するための廊下。体育館。購買。

 広い学校の中の、どこにどんなものがあるのか。迷わないよう、早いうちから記憶に刻んでおく。同時に、車椅子での移動を考えて、事前に通るべきルートを頭に叩き込む。

 新しい場所に来た以上、最初に行うべき作業を、順当にこなしていく。

 そして、最後に辿り着いたのは……

 

「これって確か……『オベリスクの巨神兵』……?」

 

 目の前の扉に彫刻されている、巨大な刻印を見上げながら、時雨が呟いた。

 かつて、三幻神と呼ばれた、伝説の三枚のモンスターカード。

 そのうちの一体である、青色の神のカード。

 今やこの世に現存こそしていないらしいが、決闘者なら知らぬ者の無い伝説の神。

 それを見上げながら、時雨は、嬉しそうに息を吐いていた。

 

「……入ってみるか?」

 

 呆然とそれを見上げるばかりの姉に対し、照が呼び掛ける。そこで、時雨は我に返り、急いで頷いた。

 

 

「なんだよぉ、別に良いじゃん、減るもんじゃ無し……」

「お前ら、あの偉大なオベリスクのシンボルが見えないのか……」

 

 中へ入ると、そこには既に、先客がいた。

 赤色の制服を着た、二人の男子生徒。その二人に、青色の制服を着た、二人の男子生徒が絡んでいる。

 少し離れた距離から、双子はその会話を聞いていた。

 

「……アホらしい……」

 

 青色の二人の言い掛かりに、つい、照はそう呟いていた。

 青色の生徒にいわく、この決闘フィールドは、偉大なるエリート『オベリスクブルー』の生徒専用の決闘フィールドであるという。そのため、それ以外の寮、まして、落ちこぼれの集まりである『オシリスレッド』の生徒が使っていい場所ではないのだという。

 公共施設に、ある程度の制限を設ける。それ自体はよくあることだ。だがそれが、エリート、落ちこぼれと、信憑性と具体性の欠く基準であるのはいかがなものかと感じた。

 むしろ、照の目には、そんな規則の是非以前に、青色の二人が、ただ赤色の二人に威張り散らしたいだけ。そんなふうに感じられて、つい呆れて、声に出してしまった。

 

「……」

 

 時雨は何も言わないが、二人の態度と言葉に、照同様不快になっていると分かった。

 決闘できる場所としては、広さも施設も申し分ない。

 だが、ああいう勘違いをした連中が群がっているのなら、まず使用したいとも思わない。

 二人ともそう感じて、そこから出ようとした。

 

「……む? そこにいるのは誰だ?」

 

 と、出ようとしたところで、声を掛けられる。

 照は無視をすることも考えたが、時雨は、振り返るように促した。なので、振り返り、決闘フィールドの上を見た。

 そこにはいつの間にやら、青色の男子が一人、増えていた。

 

「……あ! あれは……」

「受験番号、2番と3番……」

 

 最初に、赤色の二人に絡んでいた二人が、双子のことをそう呼んだ。

 すると、そのうちの片割れが、双子に……否、時雨に向かって、走ってきた。

 

「初めまして! ブルー寮の慕谷(したいたに)です!」

「は……初めまして。小鳥遊、時雨です……」

 

 いきなり顔を近づけられ、迫られて、さすがの時雨も、動揺を隠しきれずにいる。

 それでも、どうにか笑顔を浮かばせて、名前を名乗った。

 

「実技試験の決闘見ました! 凄かったですね。あんなにフラフラになりながらも最後まで諦めない姿勢、感動しました」

「はぁ……ありがとう、ございます……」

 

 一応、褒められたことに礼を言う。

 純粋に、決闘に感動してくれているのかもしれない。

 ただ、時雨に対する下心かもしれない。

 或いは、その両方か。

 真意のほどを測り兼ねながら、やたら馴れ馴れしくしてくる少年に対して、時雨は、笑い掛けることしかできなかった。

 

「よかったら、これから俺と決闘しませんか?」

「決闘、ですか……?」

「はい。ここは、オベリスクブルーのエリートなら、いつでも使用できますからね」

「……」

 

 オベリスクブルー。エリート。そんな言葉をやたら強調する少年に対し、時雨は、何も言えなかった。

 断るべきか、受けるべきか……いや、それ以前の問題も。

 そんな、様々な考えを時雨が思案している時。

 

「……」

 

 ヌーッと、照がいつの間にやら移動し、時雨と、『慕谷』の間に立った。

 

「……」

「あ、えっと……弟、さん、か……」

 

 自身よりも遥かに長身の、照の顔を見上げながら、その声は、引きつっていた。

 一目で自分より強いと分かる相手を前にすれば、体は嫌でも恐怖心を懐く。それは、彼らにとっては下の立場である、イエロー寮の生徒であろうとも同じこと。

 まして、そんな長身に見下ろされながら、鋭利な視線を向けられれば、慕谷でなくとも、誰もが委縮してしまうのは間違いない。

 そんな、照を前に、慕谷は、一歩、時雨から下がった。

 

「……」

 

 照は、何も言わない。ただ、その細く、鋭く、力強く、威圧的な目に、自分よりも背の低い少年を映しているだけ。

 ただそれだけが、慕谷には恐怖だった。

 終いには、拳骨でも飛んでくるのか……

 遂にはそんな心配が頭をよぎった。

 

「……やるならテーブル決闘だ」

「……へ?」

 

 拳骨は、飛んでこない。代わりに飛んできたのはそんな、低く、小さく、なのにはっきりと聞き取れる、要求の言葉だった。

 

「……入学試験を見ていたなら、姉の体の弱さは分かるだろう?」

「え? あ、はい、そりゃあ、まあ……」

 

 あまりの迫力から、自然と敬語になってしまっていた。

 

「仮想立体映像での決闘は、姉の体への負担が大きい。決闘するなとは言わないが、特別な決闘でないなら、仮想立体映像を使わないテーブル決闘にしてくれ」

「あぁ……それは、もちろん……」

 

 少なくとも、決闘に対しては好意的らしい。そのことと、身の危険は無いという安堵から、胸を撫で下ろしていた。

 

「やれやれ……まともにカードもプレイできないくせに、病人が決闘なんてするなってんだよな……」

 

「……」

 

 決闘フィールドの上から聞こえた声に、照が顔を向ける。

 最初に二人いたブルーのうちの、片割れだった。

 照の視線に気付いたらしく、一瞬動揺を見せたものの、すぐにまた、高慢な態度を示す。

 

「仮想立体映像による壮大な演出と、実感できる痛みこそが決闘の醍醐味だ。それを、体に負担が掛かるから、地味なテーブル決闘にしてくれだ? 栄えある決闘アカデミアまではるばるやって来ておいて、決闘嘗めてんのかっての」

 

 いかにも双子に、特に、時雨に聞こえるよう、気遣いなど皆無な、むしろ、嫌みと憎らしさを全開にした声量で、言い放った。

 

「おい、取巻(とりまき)、言い過ぎだぞ!」

 

 時雨に迫っていた、慕谷が、少年の言葉をそう批判した。たとえ同じブルー寮の仲間と言えども、彼の言葉には黙っていられなくなったらしい。

 だが、『取巻』と呼ばれた少年は、高慢な態度も、見下す目も、変えはしない。

 

「お前こそ、いくら顔が綺麗だからって、惑わされてんじゃねえよ。所詮、たかが受験番号2番と3番じゃねえか。俺達ブルー寮のエリートに敵うもんかよ」

 

 徐々に、その声に邪心を交え、どこまでも暗い侮辱を表に出していく。

 

「そりゃあ決闘の見た目は派手だったがな、あんな使い辛いデメリットだらけのモンスターしか使わずに、使う度にいちいちバカでかい悲鳴上げてよ。弟がいないと移動もできないで、決闘するのが辛いっていうなら、無理に決闘なんてしてないで、家で大人しく寝てろってんだ。弟にも、そんなもん見せられるこっちにも迷惑だってんだよ。ねえ、万丈目(まんじょうめ)さん」

「……」

 

 『万丈目』と呼ばれた、ブルーの黒髪の少年は、取巻に対して、冷たい目を向けていた。

 

「万丈目さん? どうしました?」

「……呆れた奴だ」

 

 発した声は、目の前の取巻のことを、見下げ果て、軽蔑している、そんな、冷たい声だった。

 

「貴様、実技試験の決闘を見て、何も感じなかったというのか?」

「はあ? だから、カード出して、ダメージ喰らう度にいちいち悲鳴上げて、ウザったいったらないって……」

「もういい。不愉快だ……」

 

 それ以上は、話すだけ無駄だと、態度で示していた。

 彼から目を逸らし、双子の方へ顔を向ける。

 

「すまない。うちのバカが失礼なことを言った」

 

 そう、取巻が理解不能でいるのを無視しながら、謝罪した。

 

「いえ、気にしないで下さい。慣れていますから」

「……」

 

 三沢との会話の時と同じように、時雨が微笑みながら言い、照は、目を閉じて無言でいる。

 そして、そんな時雨の、慣れている、という言葉に、その場にいる人間の胸には、不快感が影を差した。

 

「……」

「……っ」

 

 万丈目もまた、そんな不快感を募らせながら、ただ一人、そんな不快とは無縁でいる男を睨み付ける。

 だが、取巻はそんな睨みに怯みを見せながらも、なぜ自分がそんな目を向けられるのか、理解できずにいた。

 

「……まあいい。それよりもそこのレッド、いつまでそこにいる気だ? さっさと出ていけと……」

 

「なにをしているの?」

 

 万丈目が、二人のレッド寮生に声を上げた、ちょうどその時。

 涼やかな、しかし、豪快な力強さを感じさせる、女性の声。

 その声に、その場にいた全員が振り返った。

 そこに立っているのは、女子ブルー寮の白の制服を着た、金色の長い髪を揺らす美少女だった。

 

「て、天上院(てんじょういん)君……いやなに、思い上がった世間知らずのレッド寮達に、身の程を教えてやろうと……」

 

 少女に対し、万丈目は、そう言い訳がましく説明をする。そんな万丈目に対して、『天上院』と呼ばれた少女は、呆れ口調を漏らしながら事実を吐き捨てる。

 

「もうすぐ、各寮で新入生の歓迎会が始まる時間よ。すぐに帰った方が良いんじゃない?」

 

 彼女のその言葉で、ブルーは三人とも、心外ながらも決闘フィールドを出ていった。

 ふと、そんな三人のうちの一人、取巻が、歩きながら後ろを振り返った。

 

「……」

 

「……!」

 

 万丈目が声を出してから今まで、目を閉じていたはずの、照の、細い両目が、しっかりと開かれていた。

 その鋭い目から放たれる視線は、取巻に対して、ピタリと合わさっている。

 ただそれだけで、今にも取巻を射殺してしまえそうなほどの鋭さが、その視線には宿っていた。

 そんな目を見たことで、取巻は思わず視線を逸らし、正面を見る。

 最初、その目に対して感じたのは、照という少年に対する純粋な恐怖だった。

 だがすぐに、恐怖から、屈辱へと変わった。

 ブルー寮のエリートである自分が、なぜ高校入学組でしかないイエローの生徒に、あんな目で睨まれなければならないのか。

 エリートでもなんでもない、ただのイエローの分際で……

 おまけに、それ以前に、毎日取り巻いて、持ち上げてやっている万丈目や、同じく太鼓持ちの役を担っている慕谷にまで、冷たい目を向けられた。

 自分はただ、事実を指摘しただけなのに……

 あの双子に対する屈辱と、諸々の気に入らない出来事への怒りを噛み締めながら、二人に続き、ブルー寮へと歩いていった。

 

 

「彼らには関わらない方がいいわよ。ろくでもない連中なんだから」

 

 三人のブルーが去ったのを見届け、彼女は、レッドの二人と、照と時雨の四人に話し掛けていた。

 『遊城(ゆうき) 十代(じゅうだい)』。『丸藤(まるふじ) (しょう)』。二人のレッドはそれぞれそう名乗った。

 『天上院 明日香(あすか)』とは、簡単ではあるが会話を弾ませていた。

 そんな三人の様子に、照は引き際を悟り、時雨の耳元に口を寄せる。

 

「……女子寮まで送る」

「え? あ、うん……」

 

 囁き掛け、時雨の了承も得る。そこで、車椅子の向きを変え、決闘フィールドを出ようとした。

 

「ちょっと待って」

 

 その時、再び天上院明日香の声が響く。照は、歩き出そうとした足を止め、振り返った。

 

「これから女子寮へ行くの?」

「……」

 

 明日香を見ながら、答えは返さず、コクり、と、一度だけ頷く。

 

「もし迷惑でないなら、私が送りましょうか?」

「……」

 

 照は、答えなかった。そんな照を見ながら、明日香は続ける。

 

「あなたも、歓迎会には遅刻しない方がいいと思うし。行き先は同じ女子寮だし、私が送っていくわ」

「……」

「ダメ、かしら……」

 

 明日香のことを、ジッと見つめたまま、一言の声も発することなく、表情も、無の状態から変わらない。

 そんな照の様子に、さしもの気の強い少女も、どうすべきか分からなくなってしまっていた。

 そんな、明日香と照の沈黙の中で、

 

「よろしいのですか?」

 

 と、静かで、優しげな声が響いた。

 その声に対して、明日香は顔を向けると、時雨が顔を明日香に向けて、その表情を綻ばせているのが見えた。

 

「……え、ええ、迷惑でなければ」

 

 無表情を保ちながら、そんな無表情と共に宿す、無言という威圧の声。

 それとは真逆に、柔和で、母性に溢れた時雨の笑顔。

 それは、明日香の心に安堵を芽生えさせ、同時に、後ろに佇む翔と共に、赤面させた。

 

「……」

「照」

 

 そんな二人のやり取りを、なおも無言で眺めていただけの照に対し、時雨が語り掛ける。

 

「明日香さんのお言葉に甘えましょう。あなたも、遅刻しないよう寮へ向かった方がいいわ」

「……」

 

 そんな時雨の言葉を聞いた後で、照は、車椅子を押し、明日香の前まで移動させた。

 

「……申し訳ない。よろしく頼む」

 

 相変わらずの細い目を向けながら、声を掛ける。だが、その目からは、直前まで感じていた威圧は消えていた。

 細めた瞳の奥に光る、懇願と、祈りの籠もった、純粋な真心。

 そんな眼差しに、明日香がまたも赤面している間に、照はひざを着き、時雨と目線を合わせていた。

 

「……なにかあったら、すぐに連絡しろ」

「うん……ありがとう」

 

 相変わらず二人とも、声は小さい。

 それでも、お互いへの確かな信頼と、愛情を感じさせる。

 会話の声は聞こえなくとも、見つめ合う二人の姿を見ているだけで、三人には、それが伝わった。

 

 

「本当に申し訳ありません。重たくはありませんか?」

「まさか。重いどころか、すごく軽いわ」

 

 男子三人と別れ、決闘フィールドを出た後、明日香は言った通りに、時雨の車椅子を押して歩いていた。

 時雨は、見て分かるほどの優しさから、早速明日香に、謝罪の言葉を掛けていた。

 それに対して、明日香は苦労の否定を返しながらも、優しさに対する嬉しさを感じる。

 その嬉しさが、明日香に、自分が時雨という少女を好きになっているということを自覚させた。

 

「……」

「……え? 急に、どうかした?」

「……いえ、なにも」

 

 歩いている最中、突然、自身の胸に手を当てた時雨に対し、明日香が、心配そうに声を掛ける。時雨はそれに対し、何も無いと、返事をする。

 実際、時雨の体にも体調にも、何事も異常はない。

 時雨はただ、痛感しているだけだった。

 弟以外で、わざわざ車椅子を押してくれた親切心への、感動と感謝。

 そして、そんな明日香を、車椅子から見上げつつ、自身の胸に手を当てることで思い知る、どうしようもない敗北感。

 それを、痛感しているだけだった。

 

(まな板、じゃ、ないもん。お煎餅、いや……どら焼き、そう、どら焼きくらいはある。あるって言ったら、ある……)

 

 いつもの物静かな表情のその裏で、時折、頭頂部の髪を掠めるメロンの感触を感じつつ、メロンやらどら焼きやらの雑念を、必死に明日香への感謝の念に変えようと、努力していた。

 

 

 

 




お疲れ~。

一話でまとめるつもりが、あんまり長いんで分割せざるを得ませんでしたわ……
決闘は次話です。宜しけりゃどうぞ。

ではでは。
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