月の郵便屋さん   作:槙 秀人

2 / 18
月夜の手紙

 秋の風が静かに吹き抜ける夜。

 

 拓海は母の遺影の前に静かに座っていた。

 部屋の灯りを落とし、窓から差し込む月の光だけが、彼の顔をそっと照らしていた。

 

 

 母が亡くなってから、もう三年が経つ。

 病室で最後に交わした言葉は、「ごめんね」だった。

 それは母の言葉でもあり、拓海の心の中にもずっと残っている言葉だった。

 

 彼は、ずっと言えなかった言葉を、今夜こそ伝えようと決めていた。

 机の引き出しから、古びた便箋を取り出す。

 ペンを握る手は少し震えていたが、彼はゆっくりと書き始めた。

 

 

 ~ 母さん、聞こえてるかな。

 

 あのとき、僕は何も言えなかった。

 病室で、あなたが苦しそうにしているのを見て、ただ手を握ることしかできなかった。

 

 『ありがとう』も、『大好き』も、言えなかった。

 それがずっと、胸の奥に引っかかってたんだ。

 

 でもね、

 

 今日、手紙を書く事にしたよ。

 言葉にするのは怖かったけど、書いてみたら、少しだけ心が軽くなった気がする。

 

 母さんが好きだった黄色いガーベラ、店に並べたらすぐに売れたよ。

 きっと、母さんの笑顔みたいに、誰かの心を明るくしたんだと思う。

 

 僕は、母さんの息子でよかった。

 母さんがくれた優しさを、少しずつでも誰かに渡していけたらいいな。

 

 ありがとう。

 

 そして、またいつか・・・

 

 夢の中でもいいから、会いに来てね。 ~

 

 

 

 手紙を書き終えた拓海は、それをそっと封筒に入れ、机の上に置いた。

 そのままベッドに横になり、静かに目を閉じる。

 

 その夜、月はひときわ明るく輝いていた。

 

 

 そして。。。

 

 窓から差し込む光の中に、静かに一人の郵便屋が現れる。

 

 白い帽子に銀色の制服。

 肩には、届かなかった手紙が詰まった皮の鞄。

 

 彼の名は、月見。

 

 拓海の机に置かれた封筒に目を留めると、月見はそっとそれを手に取った。

 差出人の名前も、宛先も書かれていない。

 けれど、手紙の中には、確かに『伝えたい想い』が宿っていた。

 

 月見は目を細め、静かに頷く。

 

「これは、届けるべき手紙だね」

 彼はその手紙を鞄にしまい、夜の町へと歩き出す。

 誰にも見られず、風だけが彼の足音を知っていた。

 

 

 

 その夜、拓海は夢を見た。

 

 夢の中で、母が微笑みながら立っていた。

 彼女の手には、彼が書いたはずの手紙を持っている。

 

「手紙、読んだよ。ありがとう」

 母はそう言って、拓海の頭を優しく撫でた。

 

 目が覚めたとき、拓海は涙を流していた。

 けれど、それは悲しみではなく、安堵の涙だった。

 

 机の上に置いたはずの封筒が消えているのに気づき、拓海は納得したようにうなずいた。

 

 彼は窓を開け、夜空を見上げた。

 月はまるで微笑んでいるように、優しく輝いていた。

 

 

 

 

 その月の光の中に、月見は静かに立っていた。

 

 彼の仕事が一つ終わった。

 

 だが、鞄にはまだ、誰かの心に届かなかった言葉が残っている。

 

 今夜もまた、月の光に乗せて、

 

 

 彼は静かに歩き出す。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。