月の郵便屋さん   作:槙 秀人

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月の声

 冬の終わり、雪が解け始めた夜。

 

 町の片隅にある小さなアパートの一室で、一人の女性が静かに座っていた。

 

 彼女は遥(はるか)。

 仕事も人間関係もうまくいかず、心はすっかり疲れていた。

 窓の外には月が浮かび、部屋の中に淡い光を落としている。

 彼女は、何もする気になれず、ただぼんやりと空を見上げていた。

 

「私は…誰にも必要とされていない気がする」

 そんな思いが、胸の奥に沈んでいた。

 

 

 その夜、月見は一通の手紙を手にしていた。

 封筒は青みがかった灰色で、文字は静かに揺れるような筆跡だった。

 

 差出人:涼(りょう)

 宛先:遥さんへ

 

 月見は差出人の名を見て、少しだけ目を伏せた。

 涼は、数年前に命を絶った青年だった。

 彼もまた、深い孤独と痛みを抱えていた。

 けれど、涼は最後の瞬間に、誰かに言葉を残したいと思った。

 それは、自分と同じように沈んでいる誰か

 それが遥だった。

 

 しかし、彼は迷った。

 自分が直接言葉を届けることで、遥を「こちら側」に引き寄せてしまうかもしれない。

 

 だから、彼は月見に託した。

 

 

 手紙にはこう書かれていた。

 

 ~ 遥さんへ

 

 あなたのことは、直接は知りません。

 でも、あなたの沈黙の中に、かつての自分を見ました。

 僕は、痛みの中で言葉を失いました。

 誰にも届かないと思っていた。

 でも、今ならわかるんです。

 言葉は、届かなくても、誰かの心に残ることがある。

 

 あなたが今、どんなに苦しくても、

 その痛みは、誰かにとって「あなたの優しさ」になるかもしれない。

 

 僕は、もうこの世界にはいません。

 でも、あなたにはまだ、歩ける道があります。

 

 どうか、月を見てください。

 そこに、僕の祈りがあります。

 

 あなたが、少しでも笑える日が来るように。

 

 涼より ~

 

 

 月見はその手紙を鞄にしまい、遥の住む町へと向かう。

 

 夜の風が静かに吹き、街灯がぽつぽつと道を照らしている。

 彼は誰にも見られず、ただ風だけが彼の足音を知っていた。

 

 遥の部屋のポストに、月見はそっと手紙を差し込む。

 その瞬間、雲がすっと消え、月がひときわ明るく輝いた。

 

 翌朝、遥はポストの中に見慣れない封筒を見つけた。

 差出人の名に見覚えはなかったが、なぜか胸がざわついた。

 

 手紙を開き、読み進めるうちに、涙が頬を伝った。

 

 誰かが、自分の痛みを見てくれていた。

 

 誰かが、自分のために祈ってくれていた。

 

 その夜、遥は久しぶりに月を見上げた。

 月は、まるで微笑んでいるように、優しく輝いていた。

 

 

 月見は遠くからその姿を見守っていた。

 

 彼の仕事はまた一つ、終わった。

 

 だが、鞄にはまだ、誰かの心に届かなかった言葉が残っている。

 

 今夜もまた、月の光に乗せて、彼は静かに歩き出す。

 

 

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