月の郵便屋さん   作:槙 秀人

6 / 18
月の再会

 春の夜。

 桜の蕾がふくらみ始めた頃、月は静かに町を照らしていた。

 

 丘の上の古びた郵便局に、月見が現れる。

 

 銀色の制服に白い帽子。

 肩には、まだ届けられていない手紙が詰まった皮の鞄。

 

 その夜、彼が手にしていたのは、二通の手紙。

 封筒はどちらも柔らかなクリーム色で、

 文字は丁寧に、けれど少し震えていた。

 

 一通目の差出人は「千景(ちかげ)」、宛先は「真帆(まほ)」。

 二通目の差出人は「真帆」、宛先は「千景」。

 

 月見はその偶然に、静かに目を細めた。

 どちらの手紙も、謝罪の言葉が綴られていた。

 

 

 ~ 真帆へ

 

 元気ですか?

 ずっと、年賀状だけのやり取りになってしまって、ごめんなさい。

 喧嘩をしたわけでもないのに、なんとなく距離ができてしまったね。

 

 私、ずっと気になっていたことがあるの。

 

 あの時、あなたが相談してくれたのに、

 私はちゃんと向き合えなかった。

 忙しいふりをして、深く聞こうとしなかった。

 それが、あなたを遠ざけた原因じゃないかって、ずっと思ってた。

 でも、怖くて聞けなかった。

 今さらだけど、謝りたくて手紙を書きました。

 でも、これを送る勇気が出せなくて。。。

 結局引き出しにしまったまま。

 

 もし、あなたが今も私のことを少しでも思い出してくれているなら、

 それだけで嬉しいです。

 

 千景より ~

 

 

 

 ~ 千景へ

 

 あなたの年賀状、毎年楽しみにしてたよ。

 でも、返事を書くたびに、少し胸が痛んでた。

 

 私ね、

 あなたが結婚したとき、何も言えなかったことを後悔してる。

 本当は、もっと話したかった。

 

 でも、私も家庭を持って、遠くに引っ越して、

 なんとなく「今さら」って思ってしまった。

 

 あなたが忙しそうにしていた時期、

 私も何か言いたかったけど、遠慮してしまった。

 それが、距離を作ったのかもしれない。

 

 喧嘩したわけじゃないのに、なんとなく疎遠になってしまったね。

 

 謝りたくて、手紙を書いた。

 でも、送れなかった。

 手紙は捨てたはずなのに、心ずっと残ってる。

 

 千景、元気でいてくれたら、それだけでいい。

 

 真帆より ~

 

 

 

 月見は二通の手紙(言葉)を鞄にしまい、

 静かに夜の町を歩き出す。

 

 彼は、風に語りかけるように呟いた。

 

「この言葉は、直接ではなく、心に届けるべきだね」

 

 その夜、千景と真帆はそれぞれ眠りについた。

 月の光が窓辺に差し込み、部屋を淡く照らしていた。

 

 夢の中。

 

 千景は、懐かしい公園のベンチに座っていた。

 そこに、真帆が現れる。

 

 彼女は微笑みながら、手に一通の手紙を持っていた。

 

「読んだよ。ありがとう」

 

 千景も、手紙を差し出す。

 

「私も、読んだよ。ごめんね」

 

 二人は、何も言わずに手を取り合った。

 

 風が優しく吹き、桜の花びらが舞い始める。

 

 

 

 翌朝。

 

 千景は目覚めると、不思議な感覚に包まれていた。

 心が、少し軽くなっていた。

 

 同じ頃、真帆も目を覚まし、窓の外の空を見上げていた。

 

 月はもう沈んでいたが、空には柔らかな光が残っていた。

 

 

 その日、千景は思い切って真帆に電話をかけた。

 十数年ぶりの声。

 最初は少しぎこちなかったが、すぐに笑い声が混じり始めた。

 そして、再会の約束を交わした。

 

 

 数日後。

 

 駅前のカフェで、二人は再会を果たす。

 変わったものも、変わらないものもあった。

 けれど、何よりも嬉しかったのは、

 『また会えた』という事実だった。

 

 

 その夜、月見は丘の上の郵便局に戻っていた。

 

 彼の仕事はまた一つ、終わった。

 

 だが、鞄にはまだ、誰かの心に届かなかった言葉が残っている。

 

 今夜もまた、月の光に乗せて、

 

 彼は静かに歩き出す。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。