「私はちゃんと終わりを告げたでしょ。なのに勝手に探しておいて苦労したアピールされても困るんだけど。被害者面はやめてくれない?」
せっかく大人しくなった男に容赦なく言い放つ灰咲さん。
そんな煽るようなことを言わなくても……と思うが、きっと言わずにはいられなかったんだろうな。
それに灰咲さんの立場なら、嫌味の一つや二つくらい言っても
もしかしたら、つい口から漏れてしまっただけかもしれない。
別に煽ろうとしたわけではなく、脊髄反射で本音が漏れてしまっただけかもしれない。
「な――!? 被害者面だと――!? 俺がどれだけ心配したと思ってんだよ!」
「頼んでないし、そもそも私の心配なんてしてないでしょ。心配してると思ってる自分に酔ってるだけだよね? 都合のいい奴隷がいなくなった自分の心配をしてるだけだよね?」
灰咲さんは再びヒートアップし出した男の導火線に、さらに油を注ぐ。
鬱積した感情を吐き出すように刺々しい言葉が次々と飛び出す。
元カレと相対したら怖くて萎縮してしまうかもしれないと言っていたのが信じられないほど、堂々としている。
「……そんなふうに思ってたのか? 俺のこと……」
男はショックを受けたのか、たじろいでしまう。
唖然として二の句が継げずにいる。
「とにかく、もう関わらないで。私の中ではとっくに終わったことだから」
「……なにがあったんだ? なにがいけなかったんだ?」
なんとか言葉を絞り出す男だったが、その姿に灰咲さんは深々と溜息を吐いて肩を竦めた。
「話にならない。そんなこともわからないで、なにしに来たんだか」
「言ってくれないとわかるわけないだろ……」
「だから――」
問答を続けようとした灰咲さんはなにを思ったのか、「いや、もういいや」と口にして強引に話を切り上げた。
横目で彼女の表情を見ると、諦念のようなものが滲み出ていた。
察するに、男は灰咲さんが一方的に別れを告げて姿を消した理由がわかっていないのだろう。
それに灰咲さんも気づき、呆れ果ててしまった、というところだろう。
だからこれ以上、問答を続けても無駄と判断して話を切り上げたって感じかな。
そもそも灰咲さんにしてみれば関わりたくない相手だろうし。
「もう帰って。今度こそ本当に、さようなら」
まったく感情の乗っていない声で突き放した灰咲さんは踵を返そうとするが――
「――いや、だから待てって! 俺は認めてないって言ってんだろ!!」
声を荒げた男が、間に立つ俺を押し退けて灰咲さんの手を取ろうとする。
しかし、そうは問屋が卸さない。
「――お客様、落ち着いてください」
そんな簡単に通させはしない。
灰咲さんを守るために俺はここにいるのだから――。
「部外者が邪魔しないでくれ!」
慌てる男は俺の肩を掴んで退けようとする。
だが、男には申し訳ないが、俺はビクともしなかった。
インドア人間の俺でも自分より小柄の男に押し退けられるほどヤワじゃない。
一応、俺の身長は一八四センチある。
特別大柄というわけではないが、一般的な日本人男性としてはデカいほうだろう。
対して、眼前にいる迷惑男の身長は目測で一七〇中盤くらいだ。
約十センチの身長差があるのだから、身体を鍛えていたり、スポーツをしていたりする男でもない限りは、力負けするわけにはいかない。
高校までバスケ部に所属していたから、筋力や体幹は人並み以上にしっかりしているつもりだ。だから尚のこと負けられない。
「――お客様、当店で買い物をしないのであれば、お引き取りください。これ以上はさすがに看過できません」
いい加減、迷惑極まりないので帰ってほしい。
店にとっても灰咲さんにとっても邪魔でしかない。
「俺は彼女の恋人だぞ! ただの同僚でしかない君が出しゃばらないでくれ!!」
「元、ですよね?」
「なに!?」
「ですから、元恋人、ですよね?」
「違う――!!」
未だに彼氏のつもりでいる憐れな男に現実を突きつける。
「君になにがわかる! 俺と彼女の関係についてなにがわかるって言うんだ!!」
一向に現実を受け入れられない男は今日一番の大声を上げた。
耳を
「邪魔だ! どけ!!」
男は尚も俺の押し退けようとするが、絶対に通させはしない。
「
灰咲さんの名を呼びながら俺の肩越しに手を伸ばすも、残念ながら届かない。届かせはしない。
「クソ――! 邪魔だ――」
思い通りにいかずに業を煮やした男が、遂に拳を振り上げた!
だが残念。
暴力で状況を打開しようと思ったのだろうが、そう簡単に殴られてはやらない。
俺は慌てることなく冷静に男の拳を右手で受け止めた。
この程度で怯むほど、ヤワじゃない。