Exhaust Anthem   作:ストーム11

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Part2 - 同乗者

 

 REACH Syncのマルチディスプレイの隙間で、燃料系の針が赤域に踊っていた。

 

 仕事の帰り道、アタシはカゲロウを労わるように走らせていた。今日の荷は無事に届けた。依頼主は何も聞かず、アタシも何も語らない。それで十分だった。

 

 先輩たちが言っていた。カゲロウの頃のバイクには、燃料計が無い車種もあったらしい。だから、常に残量を頭に入れて走っていたそうだ。廃墟となったガソリンスタンドが視界を過る。

 

 フューエルコックは既にリザーブ位置。ガレージまではなんとかなる。

 

 遠く鳴り響く電子音に意識を向け、律儀に信号を守っていると、背後から足音が近づいてきた。

 

 振り返ると、ハードケースを背負った少女がいる。アタシと同じくらいか。色褪せたジャケット、汚れたスニーカー。だが身のこなしに感じる、妙な上品さ。

 

「乗せてくれ」

 

 そう言いながら、既に足をステップにかけている。

 

「断る」

 

 振り落とそうとする間もなく、彼女は狭いタンデムシートに跨っていた。軽やかな動作。初めてではないらしい。

 

「追われてる」

 

 電子音が近づく。規則的で冷たい警告音。滅多なことがない限り、スメラギ・ガードがここへ来るはずがない。彼女が目的だろう。

 

 そうでなくとも、今から隠れるには遅すぎる。連れて逃げるしか無くなった。

 

 ゆっくりとカゲロウを前に出す。思わぬ荷を積む羽目になった。

 

 左のハンドルに追加されたスイッチを叩き、待機状態だったREACHを立ち上げる。アンダーカウルのセンサーが起動、スイングアームのレーダーが、スメラギの青バイ──高速機動警備中隊を捉えた。厄介な相手を連れてきたものだ。

 

 アタシはスロットルを開いた。どうやって撒いたものか。直線速度では、このカゲロウでも敵う相手ではない。

 

「あの店の連中がオレたちを売るはずがない」

 

 少女が、背中越しに呟いた。風に混じって聞こえる声は確信を帯びていたが、トーンが一瞬落ちた。

 

「今までは上手くやれてたんだ」

 

 アタシの腰に回した腕がこわばる。

 

「何やっちゃったの」

「第七十一条違反。路上演奏等の禁止ってやつだ」

 

 環境調和基準を無視した排気音を響かせながら、クラッチを繋いだ。

 

「第七十四条違反も追加ね、同乗者も同罪よ、アレ」

「縋った藁がガソリン車なんてな」

「悪かったわね」

 

 アタシは脇道に逸れた。路地というシケインで、ガードの追跡を振り切るためだ。ホログラフィックスで表示される普段より詳細な地図データが、複雑に入り組んだ抜け道を鮮やかに描き出している。

 

 ──REACH(路面環境分析及び認知処理(Road Environment Analysis & Cognitive Handling))システム。今のご時世、AIによる姿勢アシストと並んで一般的とも言える、情報支援装備の一種。カゲロウに載せているREACH Syncの解析性能は、ガードのそれにも負けていないだろう。

 

 アタシを追走する青バイ部隊、スメラギ・SX-48Pインターセプターが迫る。高トルクモーターの静寂な加速。だが、アタシのほうが疾い。狭い路地、アクセルターンで切り返す。カゲロウの爆発的トルクが、スメラギ・ブルーを振り切っていく。

 

「奴ら、外縁の境界で撤退するはずよ!」

「なんで分かるんだ!」

「仕事に必要で……ね!」

 

 REACHが示す最適逃走ルートに従って、アタシは路地の奥へ進んだ。曲がり角のたびにバンク角が深くなる。少女の体重移動は、最初はぎこちなかった。だが数回のコーナーを過ぎる頃には、アタシの動きに合わせて自然に重心を内側に傾けている。

 

 二人乗りには技術がいる。後ろの人間がバランスを崩せば、ライダーがどれだけ上手くても転倒は免れない。特に急激なコーナリングでは、同乗者の重心移動がマシンの安定に直結する。

 

 アタシがブレーキングで車体を立てると、彼女も背筋を伸ばして荷重を後ろに移す。コーナーへの進入で車体を倒し込むと、迷いなく内側へ体を預けてくる。

 

 素人ではない。教わったのか、センスが良いのか。次第に、軽口を叩く余裕が出てきた。

 

「慣れてるわね」

「いつも即興演奏だからな、リズムに乗れなきゃ……」

 

 路面の段差でリアサスが跳ねた衝撃に呻く。舌を噛んでいなければいいが。

 

 左に曲がって二つ目の廃墟、崩れた壁を潜り抜ける。一台、根性の入った青バイがようやくミラーから消えた。あの重量級を、よく乗りこなすものだ。

 

 路地を抜け、廃ビル群が立ち並ぶ一角に入る。ここは外縁区でも特に荒廃した地域だった。街頭のカメラは軒並み壊れ、レンズが割れたまま宙を向いている。公共の集音マイクなんて代物、この辺りには最初から設置されていない。

 

 統治コストと監視効果を天秤にかけた結果、見捨てられた場所。スメラギ・インダストリーにとって、ここに住む人間は既に統計の対象外だった。

 

 廃ビルの影に滑り込み、エンジンを切った。アタシは辺りの様子を探る。壊れた看板が風に揺れる音。どこからか響く重低音は、この街が重工業で成り立っていた頃の名残か。電子音は遠ざかり、やがて聞こえなくなった。REACHのディスプレイが小さく明滅し、Trackingから通常表示に戻って停止する。

 

「助かった」

 

 降りた彼女は、ハードケースを背中から下げ、アタシを見つめた。

 

「キョウ」

 

 名前だけを告げる。それ以上は言わない。視線が一瞬外れた。

 

「オマエは?」

「運び屋」

 

 ヘルメットを脱いで髪をかき上げる。メットをミラーに預け、タバコを咥えて火を灯す。身体を預けた車体が揺れ、チャプチャプと心許ない音がした。

 

 キョウがハードケースを胸に抱き、顔を上げた。

 

「運び屋なら、オレを運んでくれ。ガソリン代くらいは出せる……多分」

 

 矯正施設送りなのに、金があるわけがない。それに、どこへ行くつもりなのか。

 

 キョウと名乗った少女の顔を見る。視線が一瞬外れ、また戻った。

 

 アタシは先輩たちの記憶を思い出していた。アテも無く飛び出した小娘をガレージへ迎え入れてくれた、愛すべきバイク野郎たち。

 

 ガードの電子音はもう聞こえない。甲高い演奏の余韻冷めやらぬサイレンサーから、甘く優しい匂いが香る。

 

「来なよ」

 

 先輩たちが言っていた。

 

「狭いけれど、屋根はある」

 

 キョウの視線が再びこちらを捉える。

 

「いい響きだな、誰の歌だ?」

「アタシの先輩」

「詩人だな、そいつ」

 

 短くなったタバコを揉み消す。

 

「マコト、金月麻琴。走り屋よ」

 

 レバーを蹴り込み、エンジンをかけ直した。

 

「ほら、乗って」

 

 キョウは一瞬ためらった。ハードケースを背負い直し、それからタンデムシートに跨る。慎重な動作だったが、やがて腰を落ち着けた。

 

「さっきので第百十三条違反も追加ね」

「捕まったら、仲良く権利剥奪ってわけだ……オマエ、一人で走ってるのか」

「今は一人」

「寂しいもんだな」

「でも、今夜は一人じゃない」

 

 カゲロウが再び動き出す。燃料は心許ないが、ガス欠になったら一緒に押そう。アタシはスロットルを握り直した。

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