カレンブーケドールに幼馴染を奪われるお話(旧題:憎たらしき黄金の花束へ) 作:星組
「信じられないわ……こんなのもう……終わりじゃない……」
私は自分の部屋でソファーにうつ伏せに寝転び、クッションを涙で濡らしていた。
この世はお前を追い詰めるためにある。なんて言われても過言ではない仕打ち。即ち……。
「アイツ、新人トレーナーなのよ? 実績もクソもないのよ? 何でスカウト受けるのよ。バカなの? カレンブーケドールぅ……!」
つまりはそういうことである。
何か彼、初スカウトをあっさり成功させてしまい、今や新人の駆け出しトレーナーとして元気良く、新社会人生活をスタートさせてしまったのである。
「顔? 顔なの!? 確かにイケメンよ? けど……それにしたって、自分の大切な人生をいきなり預けちゃえる訳? 頭お花畑なの? あっ、ブーケだから花束だったわぁ〜」
「……他者の。それも友人の幸福を祝えぬ間は、自分に幸福が訪れることもないぞ。妹よ」
「兄さんにしては、ちょっと頭良さげな言い草ね? 誰の受け売り?」
「ネット。ゴール・D・シップだっけ?」
「胡散臭すぎて何も言えないわぁ……」
ライブイベントの前乗りで私の部屋に転がり込んできた兄との会話を打ち切り、私はスマートフォンを弄る。
眺めるのは、ウマ娘のメイクデビュー情報。カレンブーケドールの情報は、今日もない。
勿論私の方から彼に聞くなんてことは出来ないし、彼も教えないだろう。だからこうしてURAの掲示板やら、カレンブーケドール。そして彼のウマスタグラムやウマッターを追って……。
「……待て。ちょっと待て妹よ。それネットストーカーでは?」
「へ?」
私が思わず素っ頓狂な声をあげると、兄は可哀想なものでも見るような顔を向けてきた。
別におかしいことはしていない。大学生のこの身ではトレセン学園にはイベントでもなければ入れない。なので情報が出るのをこうして待っているだけだ。そこに偶然私が現れる。なんてイベントは起きるかもしれないが……別に問題はないだろう。
「大アリだバカ妹が。お前まさか突撃してたりしないだろうな?」
「……私は彼には顔パスよ? 幼馴染だもん」
「その免罪符はもう通用しない言っただろぉ! せめてアポを! 取れぇ!」
「……まぁ、残念ながら二人とも投稿する内容が大抵トレセン学園内か、どこかへ行ってきたって過去形の投稿だから、今のところ捕捉出来てないんだけど」
「流石のネットリテラシー。歌って踊れるアスリートとそのトレーナーはやっぱ違うな」
「………むぅ。あと兄さん、これ見てくれる?」
自分のスマホを取り出し、LANEのトーク画面を出す。相手は……彼だ。
アレから私は変わった。
やっべぇ強敵出現の予感に心を入れ替えて、彼に積極的にお誘いをかけるようにしていたのだ。……だが。
四月
『やっほ。週末の夜、飲み行かない?』
『誘ってくれてありがとう。ただ、次の日、早朝からブーケのトレーニングがあるんだ。酒入れて寝坊は笑えないから……スマンな』
『ふぐぅ……』
五月
『ゴールデンウィーク、遊ばない?』
『すまねぇ、やることが山積みなんだ』
『トレーナーは大変だねぇ? 疲れない?』
『寧ろ無限に時間が足りないくらいだ。ブーケの為って思えばやりがいもあるし、苦にもならないけどね』
『へ、へぇ〜……』
六月
『じめじめとした季節、いかがお過ごしでしょうか?』
『なんだその切り出し(笑)元気だよ』
『雨ならトレーニングないでしょ? 飲みましょう』
『いや、あるよ。普通に室内トレーニングとか。プールとか』
『通報した』
『何でだよ!』
『担当ウマ娘の水着姿にムラムラしてるので』
『したら担当降ろされるだろ!』
『いいじゃん別に。……本音は?』
『よくないんだわ。それに、泳いでる時のブーケは何ていうかな。綺麗でカッコいいが先に来るんだよ。そもそも怪我しないよう見守るから、そんな感情は入らん』
『ケッ! ソウデスカー』
七月
『もう我慢ならん! 遊べぇ! 第二週日曜日! もう決定!』
『あっ、スマン。そこ先約ある。ブーケと出かけるんだ』
『貴様……さてはわざとか?』
『ごめんて。本当に時間に余裕ないんだ』
『担当ウマ娘とデートする時間はあるのにかぁ!?』
『いや、それも結構頑張って時間ひねり出してるし、そこはブーケに使ってあげたいんだよ』
『なら第三週!』
『………あー』
『……構わぬ、申してみよ』
『……ブーケとその同期……クロノジェネシスってウマ娘の子と、レース研究に……』
『んもぉおお! なんだよぉ!』
八月
『お盆は帰ってくるわよね?』
『………あはは』
『流石に泣くわよ? ……おばさんが』
『母さんには前もって言ってあるよ。合宿があるからさ。ブーケはデビュー前だから参加しないけど、一応トレーナー一同は極力トレセン学園か、即駆けつけられる場所にいるんだ』
『ブラック過ぎない?』
『あと、ブーケもそろそろメイクデビューが近いからな。やること、やれることは沢山ある』
『……お熱いことで』
……おわかりいただけただろうか。
「アイツぅ! カレンブーケドールで日が昇って、カレンブーケドールで日が暮れてやがるぅ! 口を開けばブーケブーケブーケってぇ! 式場かお前はぁ!」
「担当トレーナーの鑑だな。寧ろ邪魔してやるな妹よ」
「私の恋路の邪魔はされてもいいって言うのぉ!?」
「……諦めが肝心って言葉もあるぞ?」
「うるさいうるさいうるさーい! 大切って言ってもさぁ。一日くらい……ん? ああああああああっ!」
「うぉっ!? ど、どうした妹?」
入って来たのはスマホの通知音。彼とカレンブーケドールが何らかの更新があった時に届くよう設定してあるものだ。
やっぱりストーカー? いいえ。限りなくアンチよりのファンなので。一番タチが悪い? やかましいわ。
通知内容は写真と呟き。彼とカレンブーケドールがほぼ同時に行っていた。
二人とも同じフラワーアレジメントを撮影した写真。そして……。
『担当のメイクデビュー日程が決まったので、願掛けも兼ねて一緒に作りました。グラジオラスが個人的に綺麗に咲いてくれて嬉しい。もう一つは贈り物。こちらは机に飾ります。ありがとう!』
『メイクデビューの日程が決まりました。写真は記念にトレーナーさんと一緒に作ったものと、私が個人で作ったものです。これからも頑張ります』
「匂わせだコレぇええ!! コイツら匂わせ投稿してるぅ!」
「いや、ただ仲がいいだけだろ。グラジオラスは花言葉が勝利や努力。ブーケちゃんがダイゴに贈ったのはピンクのガーベラかぁ。花言葉は……なるほど、感謝に思いやり。おっ、崇高な恋ってのも……」
「ほな匂わせやんけぇええ!」
私もさり気なく調べたら、グラジオラスは密会や用心って意味もあるらしい。
……えっ、何か怪しくない? こいつら密かにうまぴょいしてないよね? というか、そんなことより……。
「メイクデビュー!? メイクデビュー日程決まったって……10月ぅ? もう一ヶ月もないじゃない!」
「あ、なんだ。そこは気にしてるのか? まさか現地入りとか……ん? 妹?」
こうしちゃいられないと、私は部屋のクローゼットに走り、密かに用意していた引き延ばしたカレンブーケドールの写真を持ってくる。
壁に貼り。適当なミニテーブルにアネモネの花を植えた鉢植えを置けば、簡易な祭壇の完成だ。
デビュー前のウマ娘だから、グッズなんてなく、宣材写真くらいしか手に入らなかったが故のやっつけクオリティである。
後は……
「うぉおお! 負けろぉ! カレンブーケドールぅ! ダイゴから離れろぉ! グッズも出せぇ! ここに全部飾って更に呪ってやるぅ!」
「いや、グッズ出るってことは勝ち上がってるって意味だし、何なら全部買うってそれただのファン……なんだけど、やってることは最低すぎるなぁ!? そうなったら、ダイゴは悲しむだろ絶対!」
「ぐぅ……じ、じゃあ、勝てぇ!カレンブーケドールぅ! 勝ってダイゴよりいいトレーナーのとこ行けやぁ! もっといい待遇受けろぉ!」
「酷いツンデレがいやがる……」
自分でもだんだん何を言っているのか分からなくなってきた。
別にダイゴに不幸になって欲しいわけじゃないから尚更に難しい。やっぱりズルくない? カレンブーケドール! この私の全力とか行場のないジェラシーとか誰が受け止めるの?
「クソぉ! 水族館とかオシャレなカフェの写真を時間差かつ二人で行ってる感じの投稿しやがってぇ! 私一緒に行ったことないぞぉ!」
「家族ぐるみでは行ったことあるだろ」
「二人っきりがいいっ! てかダイゴのスマホに私だけの写真もないしぃ!」
「送ればいいだろ」
「それやったら負けだもん! てか、断言できる! アイツ多分保存はしない。絶対に!」
「……あ~。確かに」
正月時点でカレンブーケドールの写真が彼のスマホに何枚かあったばかりか、走っている動画(彼は指導用と言い張っていた)まで入っていた。
ブルマに体操着姿のカレンブーケドールは憎たらしい程に可愛らしく。駆ける姿は凛々しくも美しかった。
もうこの時点で色々負けているのだ。
「てか、スゲェ騒いでるけど、そんなに危機感抱くほどか? 相手は中等部だろ?」
「…………甘いわ兄上。メロンパフェより甘いですわ」
相手は中等部? 三年過ごせば高等部だろが。それだけ長い時を共に走ってきたら……。どうなるかなんて分からない。ましてや、相手は容姿端麗で、ヒトミミもとい人間より力持ちなウマ娘である。
「兄者。これを観ろ」
「呼び方統一しろや妹。……ん? ライブ映像か? めにしゅ……何か凄い曲名だな」
「比較的最近出た曲らしいわ。メインボーカルの娘見て」
スマホを手渡す。
サトノダイヤモンドというウマ娘が、それはそれはバインボイン……もとい躍動感あるダンスを披露しながらも、脳が蕩けそうなくらいに甘い声で可愛らしい歌詞を歌っていた。
それだけで兄の鼻の下はだらしなく伸びている。
「お、おお……」
「……感想は?」
「デッ……いや、可愛いな。ヤバいな」
「彼女にしたい? こんな娘に好き好きって迫られたら?」
「スマン、秒で陥落しそうだ。ウマ娘は詳しくないが、背格好からして、童顔な大学生ってとこか? ドリームトロフィーリーグの……」
「その娘、中等部」
「……………なんやて?」
兄は通報の余地があるかもとして、ついでに後ろで三姉妹で踊るヴィルシーナ、シュヴァルグラン、ヴィブロスらも中等部であることを教える。
特にヴィルシーナに釘付けになっていた兄は、それを聞いて宇宙を知った猫みたいな顔をしていたことを付け加えておく。
これで、中等部であることが何の安心材料にもならないことは理解してもらえたことだろう。とにかく……。
「まだよ……まだ負けてないわ……」
これ以上絆を深められる前に、私も勝負を……全身全霊で王手をかけに行くつもりで行かねば勝てないのである。
その為にも、どうにかして接触する機会が必要。その為にメイクデビュー日程が出るのを待っていたのだ。
「勝ったなら、昔からの知り合い風な顔でおめでとうを。負けたなら次は頑張れ的なお姉さんかつダイゴの理解者的なスタンスで近づいて……兄さん?」
反応がないので、横を見る。
「おお……!」
兄は、勝手に人のスマホでヒシアケボノのライブ映像を食い入るように見つめていた。
取り敢えず、ドロップキックをかましてやった。おっぱい星人もとい悪は滅びたのである。
※
――トーコの日記より抜粋。
10月8日 曇り。
芝1600m 良バ場。
カレンブーケドールのメイクデビューはアタマ差で2着だった。
意気揚々と話しかけようと思ったけど、悔しげなダイゴを見たら。悲しげに目を伏せるブーケドールを見たら、とてもじゃないが、そこに近づくことなど出来なかった。
……あと、やっぱり私は、ウマ娘が苦手だ。
2着でも。負けてもライブでバックダンサーとして愛想を振りまかなきゃいけないなんて、私には絶対に無理だし、理解できない。
多分わからないからこそ、怖いのだ。
次は未勝利戦というやつに挑むらしい。……祭壇にグラジオラスくらいは飾ってやろうと思う。呪いのお詫びというやつだ。
……てかさっさと勝て。ダイゴを飲みに誘えんだろが。