カレンブーケドールに幼馴染を奪われるお話(旧題:憎たらしき黄金の花束へ) 作:星組
来ちゃった♡
は、やるつもりはない。当然である。
予想通りカレンブーケドールは桜花賞は出走不可能らしいが、恐らく次の目標としてオークスを定めることだろう。となると、直近で何らかのレースには出るはず。
そんな大事な時期に突撃などもっての外だ。
というか、今はトレセン学園内でイベントもやってないので、部外者な私が入ろうものなら、即警備員室行きである。
故に冷静になった私は、若気の至りと自分を戒めて、大学最後の春休みしつつ、4月からの新生活の準備に入ることにした。
まずは近場のお洒落なカフェにでも行こう。某メジロの如く貴顕の使命を果たすノリで紅茶とケーキをキメて……。
「申し訳ありません、トレーナーさん。トレーニング……お休みにして貰っちゃって」
「構わないよ。気分転換だって大事だからね」
側転。ロンダート。バック転で、私は跳び込み選手もかくやに近くの茂みへ音もなく潜り込んだ。オリンピックなら間違いなく金メダルものな動きだったことだろう。
……端から見たらただの奇行だがそれはいい。片方の声に聞き覚えがありすぎた。
「でもいいのか? せっかくオフにしたのに俺とお出かけなんて」
「……オフだからこそ、トレーナーさんとお話したかったんです」
ダイゴとカレンブーケドールが連れ立って歩いていた。これを絶許とするほど私の心は狭くはない。ウマ娘とその担当トレーナーなのだから。ちょっと会話がグレーゾーンに片足突っ込んでいたか気もするが……今は追及しないでおいてやろう。私が考えることはただ一つ。
「(やっべぇ間が悪すぎたぁ……!)」
衝動的に動いて後悔したそばから現れるんじゃない! どんな確率だよ! キセキやん! ミラクルやん! プールぶち込んだろか。
ごめん頼むから気づかないで。こんな面倒くさい女ムーブするつもりはなかったんや。ほんの出来心で……。
「トレーナーさんは、桜花賞がダメでも、まだオークスがあると、おっしゃってくださりましたよね」
「うん」
「……私が、ティアラ路線で戦える力を持っている、とも」
「そう確信してるよ」
「ありがとうございます。……ごめんなさい、こんな確認するようなことを。トレーナーさんの目や、手腕を疑っている訳ではないのです。ただ……ずっと、言えなかったことがあって……」
そんな焦った私の内心を吹き飛ばす雰囲気が形成されている件。
オイ待て。何だ? 何を言うつもりだカレンブーケドール! まさか私が出来なかったこくはく……を?
テンパる私。だが、そんなのお構い無しにカレンブーケドールは目を伏せながら、妙に湿った目線をダイゴに向けていた。
「気づいて、いらっしゃいますよね? トレーナーさん。私の……」
おいバカやめろ! いや、いいのか? 流石に出会って1年ちょっとならダイゴの奴も断る筈……断る? 断るよね!? ヤバい! ペロリのアホをよく見てたせいでちょっと怖い! 人類皆ロリコンって話もあるし!
割り込む? これ割り込むべき!? てか私の気持ち気づいてるでしょ? なんて上級者テク(私目線)を中等部の小娘が使うんじゃないっ! ちょっと未亡人っぽい色気まで出してくるな! クソッ! これだからウマ娘って奴はぁあ……!
「ウマ娘としての……致命的な欠陥を」
……ん?
※
いつものカフェに行こうか。
カレンブーケドールの告白にダイゴは優しくそう返した。
いつものカフェ。
……いつものカフェ。
い・つ・も・の! カフェ。
この瞬間、私の絶許メーターは真っ赤っか。今なら虹色の輝きが放てること間違いない。
さぁ、ウチと殺ろうやぁ……! は冗談としても、コイツらが頻繁にカフェデートしていることは発覚してしまった。
おのれ……私だってダイゴと放課後にお茶してみたかったのに……! マジで高校時代はもっとアタックすべきだったと猛省する。幼馴染なのに意外と知らないことが多すぎ問題。そして、これは私の勘ではあるが、カレンブーケドール。こういうタイプの女は……。
「ブーケは、いつもみたいにミルクティーでいいかい?」
「はい。ありがとうございます。トレーナーさんは、ウインナーコーヒーですか?」
「置いてないカフェもたまにあるんだよね。ここはあるから安心だ」
「フフッ……何だかその二つが並ぶと、トレーナーさんと来てるんだなぁって実感しちゃいます♪」
相手の好みを把握して、こういう時に無意識マウントもとい私が彼のパートナーなのよ。アピールを天然でやってくるタイプである。……はい、案の定でしたね(諦め)
やっべ、キレそう。自分、キレていいッスか?
因みに今私がいるのは、都合よくあった植え込みで、丁度死角になる席。そこに陣取って二人の会話に聞き耳を立てている真っ最中だった。
ネットストーカーがとうとうホンモノになってしまったって? やかましい。あんな気になる言葉を聞かされたら追わざるを得ないだろうが。
そうこうしてるうちに飲み物と、ついでに軽食も二人の元に届けられる。若きトレーナーとウマ娘のコンビはしばらくそれに舌鼓をうってから、やがて真剣な表情で見つめ合った。
「君には欠陥がある。そういう話だったかな」
「……はい。私を見たベテランのトレーナーさんはほとんどが気づいていました。気づかなかった方は……逆に私には目を向けませんでした」
「……」
「トレーナーさんが気づけない筈はありません。他ならぬ、あのクロノさんがパートナーとして欲した貴方なら。私の……ゴール間際やその間近での競り合いで……どうしても脚が鈍るこの悪癖に」
何かサラッとクロノジェネシスからそんな熱い想いを受けてたなんて事実も発覚しつつ、それすら吹き飛ばす新情報に私は思わず目を見開いた。
ゴール前や、競り合いで脚が鈍る? それは……。
「(……ダメ。そんなの、アスリートとして致命的すぎる……!)」
寧ろそんな状況でよく今まで掲示板を外さなかったものだ。……いや、逆に考えよう。ゴール前まではダイゴが惚れた通りに無敵なのだとしたら……?
それは……ウマ娘のアスリートらの中に度々現れるいわゆる善戦はするが勝ちきれない娘の完成を意味する。
「昔……小学生だった頃、同じクラブのウマ娘達に差をつけて勝った時があったんです。その時、沢山の子が泣いているのを見て……」
「脚が上手く進まなくなった?」
「はい。勝ちたくない訳ではないのです。走るのだって、勿論好きです。ですが……皆それぞれ、譲れないものの為に走っています。それが挫かれてしまったら? その原因が……確固たる何かがない私だったら?」
こんな考えを持ち込む時点で、一緒にレースに出る相手に失礼だとも分かってはいるんです。そう言ってうつむきながら、カレンブーケドールは表情を曇らせる。
「どうにかしたくても、その方法がわからないんです。私を勝たせようと頑張ってくださってるトレーナーさんにも不誠実だと分かっていても、言い出せませんでした……」
「どうして?」
「……それは。それをもし、話してしまったら……! いいえ、考えてみたら、貴方の為を思えば私ではなく………っ、クロノ、さんの……」
「ブーケ、それは違うよ。俺が惚れたのはクロノじゃない。君なんだから」
「――っ!」
…………………………うぼぁ。
吐きそう。何か頭の中でジュッて音した。胸いたい。もぅマヂ無理。彼氏じゃないケドちょぉ大好きなのに。身が焦げ、燻ってぃる。
なんかもうカレンブーケドールの反応からして今コイツの脳も別の方向性で焼かれてそう。
お前何なんだよダイゴ。年頃な女の子の男性観破壊してんじゃねぇぞ。
ほらぁ、近くに偶然いた芦毛で私服のウマ娘も聞こえてたのか、すっごく複雑そうかつ哀しげに耳を絞っ、て…………クロノジェネシスやんお前。
「…………ううっ」
「…………え、えぇ〜」
彼女の悲痛な呻きに呼応するように、思わず声が出てしまう。向こうは当然私と面識がないから、私が今出した何とも言えない反応には気づいていない。
取り敢えず……何でいるんだ。クロノジェネシス。
いや、偶然なんだろうけどさ。……こんなことある?
この場で脳破壊された女が更に増えてない?
あっ、こやつもウインナーコーヒー飲んでる。ミラーリング? いや、何となくだが、私と同じ恋愛ベタそうに見えるから、無意識な行動とみた。可愛いね。でもご愁傷さま。
「それにブーケ。何も悲観しなくていいんだよ。色んな理由で走る理由があるウマ娘がいるように、様々な事情で力を発揮出来ないウマ娘だっている。逆をいえばそれを乗り越える前提なら、寧ろ大きな伸びしろだと言えないだろうか?」
「伸び、しろ……」
「簡単じゃないのはわかる。だからこそ……君はG1戦線に行くべきだと思う。そこにいる子達はヤワじゃないから……君がいつか、何の憂いもなく全力を出せると安心できる時が、きっと来ると思う」
今から俺、トレーナーとして最低なことを言うよ。
そうダイゴは宣言して、優しくカレンブーケドールの両手を己の手で包みこんだ。
「誰かの夢を壊すのは怖い?」
「……はい」
「でも、勝ちたい気持ちも確かにある」
「……はい。矛盾してるのは分かっています。でも……」
「なら、そのままで構わない。一朝一夕で解決する問題じゃないなら、タフなレースに挑みながら時間をかけよう。ただ……次のレースだけは……一度だけ。そうだね。俺の個人的な夢の為に走って欲しい」
「……え?」
何を言い出すんだコイツは? というか、時間をかけよう? G1戦線で?
混乱する私をよそに、ダイゴは真剣な表情でカレンブーケドールに声をかける。もはやあのテーブルは、二人だけの世界と化していた。
「どうしても、君と取りたいと夢みていたレースがある」
「私と? もしかして、オークスや、秋華賞でしょうか? それとも、他の?」
「違う。それよりもずっと個人的な……子どもじみた理由だけど……スイートピーステークスが欲しい。それが、今の俺の夢だ」
「……あ」
カレンブーケドールの目が驚愕に見開かれた。てか、待て。スイートピーステークス? 少なくとも重賞にその名はなかったから……多分グレード的にはオープン戦だろうか? そんなのが、夢に? 何故?
「トレーナーさん、まさか……」
「うん。覚えてるかい? 研修時代に、君と仲良くなるきっかけになって。そして初めて一緒に咲かせた花だよ」
「はい。……はい。忘れる筈がありません。大切な――思い出ですから」
「ありがとう。俺にとってもだ。だからこそ、運命じみてると思わないか? その名を冠するレースに勝てたら……俺はこれからも君と走り続ける権利を得られる」
初めて写真ごしにカレンブーケドールの姿を見た日を思い出す。そうだ、あの中でダイゴとカレンブーケドールは、二人とも鉢植えに同じ花を……確かにそれはスイートピーで……。
え、まさかそんなこじつけで? いやいやいや!
「新人一年目のトレーナーが担当を持てることがまず稀なんだ。その上で、こうして未勝利戦を生き残り、クラシックの最前線に手が届きかけている。既に奇跡で、夢みたいな話だけど……君が勝てば、その夢はまだ続く」
成る程。確かに酷い話だ。他人の夢を壊すのが怖いと迷うウマ娘に、容赦なく俺の夢の為に他の娘の夢を壊せと嘯いているのだから。
しかもここさえ勝てれば、後はゆっくりしようときた。
つまりダイゴは……一生に一度のクラシック級のティアラ路線を、あろうことかリハビリのように使おうと提案しているようなものなのだ。トレーナーとしては、とんでもない問題発言。いや、寧ろ……。
「狂ってるわ……」
いっそ畏怖すら覚えて、小さな声でそう呟いてしまう。
だが、同時にこれは……一度G1戦線に乗り出せたなら、カレンブーケドールはずっとそこで生き残れると信じてもいるのだろう。
「トレーナーさんの、為に?」
「そう。ずっと俺の為に勝ち続けてなんて図々しいことは言わないし、言えない。ただ、次だけは……次のスイートピーステークスだけは――君と勝ちたい。君に勝って欲しい。俺が魅了された、あの走りを……」
仮に制限を解除したカレンブーケドールの実力が本当だとして。これを……取って欲しいレースをG1に置き換えることだって出来た筈だ。クラシックを棒に振ってでも、賞金を地道に稼げば、いずれ何らかのG1レースには届いただろう。
それに勝てばダイゴは晴れてG1トレーナー。そうなれたかもしれないのに……彼は優勝レイや盾、トロフィーなどよりも……一輪の花を欲したのだ。
「花弁が舞うような……あの夢みたいに綺麗な君の走りを――また見たいんだ」
※
4月28日。晴れ。芝1800メートル。良バ場。
……マジで勝ちやがった。言い方は物凄く悪いが、今まで舐めプもといセルフデバフを背負って走ってたのは本当だったらしい。
ただ、この掟破りなドーピングは今回限りだろう。遠目に見たカレンブーケドールは結構消耗が激しそうに見えた。
ウマ娘は肉体だけでなく、精神面も重要だと聞く。無理をさせていた自覚はあったのか、ダイゴも勝利を喜びつつ どこか複雑そうでもあった。
ついでにそんな二人を当たり前のようにそばにいたクロノジェネシスが羨ましげに眺めていたのは別のお話だ。何か拳握りしめてたが、きっと気の所為だな。ヨシッ!
……いやヨシッ! じゃないんだわ。この後マジでどうなるのか。てか、完全に話しかけるタイミング失ったままレース場に来てる私に気づいてくれてもよくない!?
何かこう、舐めプしててもG1勝てたり……そんなG1ウマ娘いないやろって? ……せやね。
いや困るんだが!? マジでこのままだと一生食事行けないじゃん!
どうしてくれんだよカレンブーケドールぅ!
因みにこれだけ叫びながらも私は心のどこかで楽観視していたのだろう。
ダイゴはなんやかんやでやる奴だし、カレンブーケドールもまぁ、実力はあるみたいだし?(認めたくないけど)
だから何らかの重賞は勝てるだろう……と。
実際には今年のティアラ路線が戦国と呼ばれる程の実力者揃いであることも。そもそも前後の世代もみんな化け物まみれであることを知るのは……もう少し先のお話。
それはダイゴとカレンブーケドールの……長い長い戦いの始まりも意味していた。
まぁ一番それで被害を被っていたのは、私の恋路なんだけども。