敏腕ハンドラーである俺は勇者の扱いを心得てる   作:バショウ科バショウ属

2 / 4
フロス要塞防衛戦

 赤に染まった視界。

 肌は焼くように熱いってのに、身体の芯は冷えていく嫌な感覚。

 痛む右腕で脇腹を撫でれば、ぬるりと突き出た硬いモノに触れる。

 何か刺さってやがる。

 せっかくの一張羅が台無しだぜ。

 

「ったく…安く、ねぇんだぞ……」

 

 空気が漏れるみたいな呟きは、炎の弾ける音に掻き消された。

 へし折れた鉄骨に背中を預ければ、自然と空を見上げる形になる。

 観測所の頑強な屋根は吹き飛び、忌々しい()()が拝めた。

 地上世界に空はない。

 

 超高層構造物――世界樹――に支えられた浮島の群れが隠しているからだ。

 

 あの天井世界(テクトゥム)に住む連中は、地上へ汚物と呪いを垂れ流して清浄を唄う。

 どうしようもない。

 地上で採掘された資源がなけりゃスプーンすら作れないくせに。

 鼻で笑うと馴染みの軍服に血が広がっていく。

 

「はっ……くそったれめ」

 

 何が清く正しいだ、笑わせる。

 都合が悪くなったら、勇者も国王も捨てる最低の廃棄世界だ。

 

 頭に血が上ったせいか、赤い視界が揺れる――いや、違う。

 

 奴の足音で大地が震えてやがる。

 一挙手一投足が災害だな。

 

「うわぁぁぁ!」

 

 情けない悲鳴に、やかましい圧壊音。

 肉と髪の焦げる臭いが黒煙と一緒に押し寄せてくる。

 焼け落ちた鉄柱が木端ハンドラーの1人を潰したらしい。

 こんなところで寝てる場合じゃねぇな。

 

「やれやれ……」

 

 この要塞は終わりだ。

 ほとんどの勇者が外征しているせいで防衛線は一瞬で崩壊した。

 世界樹を突き刺した連中の置き土産、古代兵器の襲撃は生身の人間じゃ止められない。

 それが最強のロックウェル型ともなればお手上げ。

 地上の拠点がまた1つ、虫食いだらけの地図から消える――

 

「アーチボルト!!」

 

 瓦礫の山を吹き飛ばして人影が宙に躍り出る。

 この頭に響く女の声は、俺の勇者(マルティナ)だ。

 炎を纏っても焦げつかない純白のバトルドレスが偽りの空で輝いてやがる。

 どうやら生きてたらしい。

 逃げればいいものを。

 

「へっ……生きてたか」

 

 白が降り立つ。

 あれだけ高く舞い上がって、ブーツが痛まねぇくらい軽やかな着地。

 相変わらず勇者ってのは大したもんだ。

 

 兎の耳に蛇の尻尾、狼の頭になった左腕――その姿が人から遠くなるほど力が強まる。

 

 天井世界で空の脅威と戦い、地上に捨てられても汚物に塗れて獲物を狩る。

 ただ望まれたから。

 尊き自己犠牲野郎ども、この世で一等嫌いな連中だ。

 

「ごめんなさいっ」

「あぁ?」

 

 慌ただしく駆け寄ってくるなり、真っ青な顔で謝るマルティナ。

 何に対しての謝罪か分からねぇな。

 俺が怒ってるように見えたか?

 

「熱線を相殺できなか――あ」

 

 半分まで言いかけて、マルティナは氷像みたいに凍りついた。

 紅い目が大きく見開かれる。

 原因は、俺の脇腹から生えてる前衛芸術のせいか。

 引き抜いてやろうかと思ったが、さすがに失血死するな。

 

「え、あ……それ」

 

 マルティナの瞳から光が消えた。

 縦長の瞳孔が揺れて、聖剣の切先まで小刻みに震え出す。

 馬鹿、動揺するな。

 

「あ、血が、え、あぁ…アーチボルトの命が――」

「ただの、致命傷だ。ほっとけ」

 

 道具に心配されるようじゃ敏腕ハンドラーは名乗れねぇ。

 頬の筋肉すら動かすのが億劫だが、ここは不敵に笑ってやる。

 天井世界で王国軍人やってた俺を舐めるなよ。

 

「こんな傷、どうしたら…!」

 

 聖剣が煤けたコンクリート床の上で甲高い音を立てる。

 膝を折ったマルティナは傷を診ようとするが、右手だけじゃ何もできない。

 むしろ、その震える手で弄られる方が悪化しそうだ。

 

「聖剣を手放すんじゃねぇ」

「で、でも! 血を止めないと!」

 

 みっともなく取り乱しやがって。

 俺と初めて会った頃の憎たらしい鉄面皮はどうした?

 お前の大嫌いなハンドラー(ろくでなし)の死に様だぞ。

 

「…ぃてぇな」

 

 溜息を漏らそうとしたが、どうにも肺がおかしい。

 咳き込む前に全て飲み込んでやる。

 

「私がっ…私が、相殺できなかったから!」

「馬鹿が」

 

 場所も考えずに()()()勇者には心底がっかりだ。

 今も燃え盛る周囲を見渡せば、そこらの木端ハンドラーでも分かる。

 

「お前が、迎撃したから…これで済んでる」

 

 鉄の味が酷くなってきた口を無理やり動かす。

 ハンドラーの溜まり場だった観測所は瓦礫の山だが、まだ形が残ってる。

 

 ごう、と震える大地――鉛色の空を一条の光が切り裂いた。

 

 周囲の炎よりも遥かに高い熱量が空気を焦がす。

 要塞の外郭を蒸発させたロックウェル型の熱線だ。

 あの一撃をマルティナが迎撃してなかったら灰も残ってねぇ。

 

「いますぐ治療しないと…!」

 

 当の本人は動揺して話を聞いてない。

 左腕が狼の頭になってるせいで、どう俺を抱えようか迷ってやがる。

 お荷物を抱えてたら逃げ切れないだろうが。

 

「ロックウェル型がいるのにか? 無理だな」

「無理じゃない!」

 

 そんな必死になってどうしたよ。

 こっちは頭から爪先まで冷えていく一方だってのに。

 思わず笑っちまう。

 

「……いいか、マルティナ」

 

 馬鹿らしくなるくらい冷静な声が出た。

 不敵な笑みを張り付けたまま、すっかり煤けちまった黒髪の上に手を置く。

 それだけでマルティナは動きを止めて大人しくなる。

 

「ここから脱出しろ」

 

 ようやく俺の指示を聞くようになったってのに、ままならない世界だ。

 

「え?」

 

 何を呆けてやがる。

 べそべそ泣いてる暇も、死に損ないに構ってる暇もない。

 生きてる以上は生き残れ。

 

「……どこに行けって言うの?」

 

 袖を握り締めて俯くマルティナは、今にも消え入りそうな声で呟いた。

 その眼差しは前髪に隠れて見えない。

 ちゃんと見とけよ?

 頭から手を離し、バターみたいに溶けた要塞外郭より外を指差す。

 

「西へ向かえ」

 

 地上にはフロス要塞のような開拓拠点が幾つかある。

 そして、西には一足早くハンドラー(ろくでなし)になった知己がいる。

 俺ほどじゃないが、優秀なハンドラーだ。

 あいつになら任せてもいい。

 

「そこの、知り合いに――」

「いやだ!」

 

 腹の底から出した、切実な叫びが鼓膜に突き刺さる。

 今までにない強烈な拒絶に、さすがの俺も面食らう。

 

「おい」

「いや!」

 

 潤んだ紅い瞳に俺を映し、がっしりと腕を掴んで離さない。

 飼い主に捨てられる犬みたいな面だ。

 最後くらい言う通りにしろよ。

 

「アーチボルトじゃないといやだ…!」

 

 聞き分けの悪い駄々っ子みたいに首を振るんじゃねぇ。

 このまま焼け死ぬつもりか?

 まったく困った勇者だぜ。

 

「アーチボルトが死ぬなら、ここで私も死ぬ!」

 

 何を言い出すかと思えば、呆れてものも言えん。

 そういうのはな、惚れた野郎に言うもんだ。

 お前が縋りついてる奴は勇者を道具として扱うハンドラーだぞ?

 

「はっ……どうしようもねぇ馬鹿だな」

「馬鹿でもいい!」

 

 こいつ、梃子でも動きそうにない。

 まったくもって馬鹿げてる。

 ほんの少しばかりまともな扱いを受けたくらいで絆されやがって。

 

「私は廃棄勇者で……殺処分されるはずだった」

 

 炎の弾ける音を聞き流し、マルティナの語りに耳を傾けてやる。

 そうしている間にも舞い上がる火の粉が勢いを増す。

 

「そんな私を救ってくれたのは、アーチボルトだった」

 

 廉価だったから買った。

 それだけで大袈裟なんだよ。

 忌々しい天井に唾を吐きかけてやりたい気分だ。

 フロス要塞を震わす古代兵器の足音が一歩、また一歩と近づいてくる。

 

「だからっ……もう1人にしないで…!」

 

 マルティナは肩に顔を押し付けて、祈るように言葉を吐く。

 死に損ないに無茶を言いやがる。

 

 ――本当に、よく泣く勇者だ。

 

 天井世界にいた頃は孤独なんて無縁の守護者だったろうに。

 こいつを1人にしたのは、どこの馬鹿だ。

 冷めていく感覚の中で静かな怒りが湧いてくる。

 

「……ったく、ほんとに」

 

 怒りだと?

 この世で一等嫌いな連中に同情でもしたか?

 だとしたら、ハンドラー失格だ。

 道具は使いこなして一人前、同情なんざ犬にでも食わせてしまえ。

 

「仕方ねぇな」

 

 空気の抜けるような音が口から漏れ出し、肺に激痛が走る。

 マルティナを強制的に従わせることは可能だ。

 地上で活動する勇者に装着される命令印を作動させればいい。

 

「気が変わった」

 

 だが、敏腕ハンドラーに()()()()()は必要ねぇ。

 いつだって勇者を立ち上がらせるのは――

 

「あ……」

 

 縋りつくマルティナの頭に手を置き、俺は歯を食いしばって笑う。

 戦わずに殺されるなんざ許さねぇ。

 

「逃げるのが嫌なら抗うだけだ」

「……抗う?」

 

 垂れていた兎耳が立ち、みるみる震えが収まっていく。

 まだ不安そうに揺れる紅い目をじっと覗き込む。

 どれだけ身体が異形になろうと、意思のある人間の目だ。

 

「勇者マルティナに命じる」

 

 周囲を焦がす炎が弾けて喝采が鳴る。

 一言一句、聞き逃すなよ。

 

「人々を救え」

 

 それは呪いのように勇者を縛ってきた最悪の言葉。

 反吐が出る。

 フロス要塞の連中がどうなろうと俺の知ったことじゃない。

 

 だが、確信があった――尊き自己犠牲野郎は違うってな。

 

 地上世界に絶望し、廃棄勇者の烙印を押されようとマルティナは勇者だった。

 誰かのために剣を振るう勇者だった。

 

「アーチボルト?」

 

 全身が訴える痛みは無視する。

 ただ乱雑に、力強く、マルティナの頭を撫で回す。

 

「ロックウェル型がなんだ。鉄屑にしてやれ」

 

 作戦なんざない。

 どれだけ御託を並べようが、勇者は勝手に戦って勝手に勝つ。

 そのコンディションに至るまで調整するのがハンドラーの仕事だ。

 

「わかった」

 

 俺を見つめる紅の瞳から不安の色が消える。

 代わりに戻ってきたのは、強烈な意思の輝き。

 悪くない面になった。

 

「ロックウェル型を倒して……」

 

 マルティナは煤の混じった灰色の涙を拭い、ゆっくりと立ち上がる。

 いつの間にか足に絡んでいた蛇の尻尾も離れていく。

 

「アーチボルト()助ける」

 

 床に転がっていた聖剣を拾い上げるマルティナ。

 磨き上げられた刀身が翠の光を放ち、純白のバトルドレスを照らす。

 ただの文鎮が、鋼を両断する兵器として起動した瞬間だ。

 

「おう、ぶちかましてやれ」

「うん」

 

 凛々しい顔で頷き、マルティナは刃を横に薙ぐ。

 たった一振りで周囲の炎は吹き消され、濃い闇だけが残された。

 ご丁寧にどうも。

 

 さて、ここからが本題だ――空に届かんばかりの巨影が視界に入る。

 

 まるで動く山だ。

 8基の歩脚で大地を揺らし、そのたびに装甲から赤錆が零れ落ちる。

 奴こそ地上世界を徘徊する最強の古代兵器、ロックウェル型。

 

「私は……」

 

 勇者殺しとも呼ばれる最悪の敵を前に、マルティナは堂々と立つ。

 敗北の気配なんて微塵も感じさせない。

 大した変わりようだ。

 眩しい後ろ姿に目が霞んできたぜ。

 

「ハンドラー・アーチボルトの勇者」

 

 打ち直された聖剣で床を撫で、這うように低く構えた。

 小恥ずかしい名乗りなんて上げるんじゃねぇよ。

 まったく、腹が立つくらいに、お前は――

 

「マルティナ、参る!」

 

 勇者は汚れた灰を散らし、つむじ風のように跳び上がる。

 それを最後に俺の視界は暗転した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。