人間、誰だって悩んで迷うもんだと思うんですの。何度決意して決断したって、いざ分岐点を前にするとアレコレ言い訳して全部反故にしたくなると思うんですの。少なくとも私はそういうのむちゃくちゃ覚えありましてよ。
でも、だからって鏡に映った自分に向かって壁打ちしてても変わりはしないと思うんです。
いわゆるストーリーラインっていうモノがあると思いますし、タイミングってもんもあると思うんですの。
でもそんなの全部ブッ飛ばしますわよ~~~~!!! アクセル握ってんのは私ですわ~~~~~!!!!!(ツーリングお嬢様)
迫真マインスイーパー部、まずは一発ジャブかましていきますわよ!
「ッッだぁ~~……死ぬかと思った……」
「筋トレってガチになると走ろうとも思えなくなるね……」
「わかる……」
いつもの二人と揃ってターフに転がる。ようやく筋トレ地獄から解放されて一息。ひんやりとした夕方の風が火照った体に心地いい。
いつまでもこうしていたいけど、流石にクールダウンはしておかないとまずいから無理矢理体を起こしてゆっくり柔軟を始める。二人は起き上がる気力もなかったからか、スティルちゃんとユニヴァースちゃんが手伝ってくれていた。
「まぁオーバーワーク防止も兼ねてるんだろうな」
「筋トレがですか……?」
日も暮れてきたからかサングラスを外した雨乞さんがメニューを眺めながらそうぼやく。いつもより調子がいいのか眉間にしわが寄っていないし、目も細めていない。目線もしっかり合って口調に変な棘がないし、やっぱりいつもはかなり体調が悪いのかな。
「要は体力使い切らせてこれ以上余計な事させないようにしてんだろ。身に付かないどころか変な癖がつく真似した挙句足捻りましたとか一番頭抱える案件だろうしな」
「あぁ……」
そう考えると気持ちが落ち着かないからって勝手に追加でトレーニングするのってリスクの方が大きいんだなぁ……そりゃ薪侘トレーナーも本気で怒るって分かるし、雨乞さんの“一度痛い目を見れば分かる”ってスタンスは優しいように見えてものすごく厳しいなぁって思う。
「雨乞さんだったらどんなトレーニングさせるんですか? やっぱりひたすら走らせます?」
「だから俺トレーナーじゃねぇって。……まぁ、そうだな、俺だったらとりあえず自分でメニュー作らせるかね」
「はへ~……その心は?」
「トレーナーはウマ娘のこと一番に考えるけどよ、結局お前らの親じゃねぇんだからいつまでもべったりって訳にもいかんだろ。組み立て方くらい知っといて損は無いだろうし」
らしいなぁ、と訳もなく思った。雨乞さんは両親を早くに亡くしてるし、育ててくれた人もとっくに亡くなってる。自分のことは自分でやれ、みたいな部分が染みついてるのかなぁ。
“自分が居なくても大丈夫なようにする”みたいな。そういう自分がどこかにいっちゃうのを想定したような物言いが多いような、そんな気がする。
二人とも
……うん? 逆なのかな。難しく考えすぎてちょっとよく分かんなくなってきた。
「……まぁ、お前みたいなのはキッチリ締め上げないと絶対緩むだろうけど」
「今どこ見て言ったんですか」
「腹」
「少しはぼかしてくださいよぉ!!」
「「あぁ……」」
酷い言い草すぎない!? わたしだって自制くらい……!
自制……くらい…………
「……おいそこで目泳いでる時点でもうダメだろ」
「うっ」
「つーかお前あんだけ動いといて若干肥えて……」
「あー! あーあーあー!!! そーいうことおっきい声で言わないで!!」
わかるけど! やっちゃったのもこれから自制しなきゃいけないのもわかってたけど! でも誘惑は簡単には振り切れなかったんです! トップロードちゃんより速かったんです!!
「やりやがったなミラ子……」
「こーれはまた日中ぐったりコースか」
「何だ、コイツそんなに草臥れてんのか?」
「寝そうになって英語の先生に怒られてましたね」
「うっ……」
ものすごい勢いでわたしのプライベートが詳らかにされていく……スティルちゃんとユニヴァースちゃんの苦笑が痛い……!!
「そんなに疲れるんなら朝練なしにしときゃいいだろ。まぁその分午後が門限ギリまでギッチギチにされるだろうが」
「で、でも……」
「薪侘さんにいっぺん相談してやろうか? お前が言いづらいなら俺が言ってやったっていいんだしよ。お前だって学生なんだから運動で支障出んのはちと違うだろ」
「それは……」
そっちの方がいいなぁ、とは思う。何だかんだと薪侘トレーナーのこと、まだ怖いし。顔を見て自分の意思を伝える勇気があるかと言われると、ちょっと無理かも。でも、それはそれで何だか筋を通していないような、雨乞さんと薪侘トレーナーの両方に失礼な気がしてモヤモヤする。
自分でちゃんと言った方がいいのかな。でも、あんまり言いたいことが伝わらなくて時間ばかり取っちゃうのも迷惑かもしれないし。それだったら雨乞さんに言ってもらった方がいいのかな。どうすればいいのか分からなくなってしまう。
「……ま、良いか。今回は俺から言っとくさ。次からはちゃんと自分で言えよ。そうでないと尻蹴り飛ばすからな」
「……はい」
迷ってるのが分かってしまったのか、雨乞さんがパパっと決めてしまった。
やっぱり優しいなぁ、って。そう感じてしまって、なんだかいたたまれなくなって目を逸らした。
◇
「ミラ子ってさ、もしかしてああいう系がタイプだったりする?」
「ほぁ!?」
更衣室での第一声は奇声だった。
女子の話題としては定番……定番? だけど、それにしたって飛躍がすごいような。
「ち、ちゃうちゃう! 雨乞さんとはそういうんじゃなくて!」
「ミラ子にゲロ吐かせた人らしいからどんなもんか見てやろーって思ってたのにさ、私たちが砂糖吐く羽目になるとは思わなかったよ」
「なんかこう、イメージと真逆だったね。根性論とかめちゃくちゃ捲し立ててくるかと思ったんだけどずーっと冷静だったし」
「うーん、何というか……」
言っていいのかな、と一瞬悩んで。
でも、一人で悩んで答え出なかったししょうがないかなと自分に言い訳。
「その、いつもはもっと体調悪そうで……ずっと頭痛そうにしてるし、もしかして持病とかあるのかな、って」
「それって……」
「後で聞こうと思ってたの、それなんよ。今日はすごく調子良さそうだったけど、今までは加減間違えてゲロ吐かせたりも確かにあったし……でも、そういうことって聞いても良いのかな、って。言わないってことはあんまり深堀しない方が良いんじゃないのかなって悩んじゃって……」
自分から聞こうと思ったくせに、いざ時間が近づくと怖気づく。仄めかすことは結構あるけど、触れてほしくないから明言はしないんじゃないのかな。聞いたら嫌がるかな。
自分じゃ結局ムリだってなったから、わたしのこと期待してるから薪侘トレーナーと日和トレーナーに渡りをつけてくれたんじゃないのかな、って。
考えれば考えるほど、それは自分が
いくじなしの自分に嫌気が差してきたころ、声が耳を叩いた。
「……でもさ、やっぱ聞いた方がいいって」
「で、でも、話したがらないの無理やり聞くのってどうなんだろ」
「あたしも賛成~」
「えぇ……!?」
自分から相談持ち掛けたクセに肯定されて躊躇ってしまった。
だって怖いから。嫌われたくない、って思いがずっと離れてくれない。
そう思ってたら、二人は顔を見合わせて一言。
「ミラ子なら勝てるって、信じてくれたんだろ。あの人」
「……多分。そう、だと思う」
「ならミラ子も信じてみなよ。お互い様? ってやつじゃん?」
――――期待するから、信じてみろよ。
何度も何度も頭の中で繰り返された声が、もう一度過る。
「……信じて、いいのかな。嫌われないって」
「いいんじゃね? そうでなくてもベタ惚れだし」
「べ、ベタ……」
「いやぁ、あれはマジでしょ。そうでなきゃ体調悪いのに付き合ったりしないって」
「そ、そうかなぁ……」
また頬が熱くなる。
……でも、そうだよね。
あの人がどんなこと考えてるのか、私あんまり分からないし。これからもきっと分かんないし。
だったら、どういうこと抱えてるのかくらい、聞いておきたいよね。
「あっ、いたいた~」
正門前にバイクを出して待っている影に向かって小走りで近寄る。
二人とどこで聞き付けたのかスティルちゃんユニヴァースちゃん、おまけにいつの間にか合流したダンツちゃんの計5人がちょっと遠い所で出歯亀してるので若干の罪悪感。ダンツちゃんはなんでここにおるん……??
「流石に勝手に帰りはしませんでしたね」
「マジで俺のこと何だと思ってるんだ」
「めんどくさくなったら逃げそうじゃないですか」
「逃げねーよ」
えへへ、とよく分からない愛想笑いが零れる。何が嬉しいのか自分でも分からないままだけど、それに対して呆れたような溜め息を漏らす雨乞さんを見てるとちょっと気恥ずかしくなってきた。
「……ま、いいか。で? 何か話あるんじゃねぇの?」
「…………あー、えっと、その……ですね」
口が勝手に時間稼ぎをしようとする。
やっぱり怖い。でも、わたしがこうやっていじいじするの承知の上で2人は見張りとして来てくれたのだから、もうちょっとだけ前に出ろ、ミラ子……!
「……雨乞さん、もしかしなくても持病、あったりしますか」
言っちゃった。トレーニングが終わってからずっと考えてたこと、遂に言っちゃった。
雨乞さんは言葉を聞いた瞬間目を見開いて、すぐに険しく細めた。
「誰かに聞いたか」
「え?」
「誰かに教えられたかって言ってんだ」
今まで聞いたことないくらいの低い声で、そう詰められる。それが何だか怖くて1歩、2歩と後ずさりしてしまった。気迫がすごくて、とっくに気付いていたのか視線が私の後ろに行っている。何か妙な事を吹き込まれたんじゃないかと疑ってるみたい。
「ち、ちゃう、ちゃうですよ? だって、なんだかいつも具合悪そうにしてるから………」
「……」
「目から血が出たとか言ってたし、もしかして病気がすごく重いけど治せないとか、そういうやつなのかなって、心配で……」
なんだか変などもりかたをしてしまったけれど、嘘は言っていない。
いつも具合が悪そうで、ふとした時に血が出た。それでわたしの頭にパッと浮かんでしまったのが“ガン”。実はもう治せないくらい酷くて、それをずっと隠してたんじゃないかって思ったら胸が苦しくて、絶対聞かないと後悔するってなって、だけどそういうデリケートな部分に踏み込んでいいのか悩んで。
でも、今となっては聞いてしまったことを後悔してる。だって怖い。わたしなんかに「期待してる」なんて言ってくれた人が、そんな風に言ってくれた理由がわたしよりずっと早く……
「……死んじゃうから、せめてって、たまたま出会えた私のこと、応援してくれたのかな、って思っちゃって」
口にしたら、もっとつらくなった。
鼻の奥がつんと痛くなる。目が熱くて視界が滲む。スカートをぎゅっと握っていないと涙がこぼれちゃいそう。
ただの妄想かもしれない。でも嫌だ。嘘でもそんなこと言って欲しくない。
小さな子みたいに何も出来なくなって、棒立ちで言葉を待っていると、飛び出したのは今までで一番の大きな溜息だった。
「お前考えすぎ」
「んなぁっ……!?」
開口一番それぇ……!?
こっちは本気で心配してご飯もあんまり食べれてないのに!
「あのなぁ、ンな人に呪い残すような性根腐った真似するかよ。死ぬんだったら笑って崖から飛び降りるわ」
「それもそれでどうなんですか」
「うっせぇ、これでも大人なんだからプライドっつーもんがあんだよ……とにかく。結論としちゃ俺はそういう死病の類は持っちゃいねぇよ。だから安心しろ」
そう言うと、子供にやるみたいに乱暴にぐしゃぐしゃと髪を撫でてくる。汗がまだちょっと乾いてないから少し恥ずかしいけど、なんだか安心する。
「……誤魔化そうとして無いですよね」
「するかっつの。つーかそんなこと嘘ついてどうすんだ。ギリギリになって“やっぱダメでした”とか“後は頼む”とか俺一番嫌いだぞ」
「ふーん……?」
何だろう。何かを
「一応確認なんですけど。本当に病気とかじゃないんですよね?」
「病気……ではあるけどな。だとしてもお前が考えてるような常に命に係わるやつじゃねぇから安心しろ。アレルギーみたいなもんだ」
「アナフィラキシーショックって知ってます?」
「そういうときのためのお前らだろ」
「自分の命
とんでもない人だ。というかアナフィラキシーショックって普通に命に係わるやつ! いやまぁガンなんかよりはずっと軽症(?)なんだろうけど! でもこれ比べていいやつかなぁ!?
「じゃ、じゃあ……私、たちが一緒に居れば、雨乞さんは安心なんですよね」
「あー……まぁそうなるか。居てくれると助かる」
「なら、ですよ」
なんというか、ずるい人だと思う。いつもこうやって茶化して、深刻に受け止めようとするこっちをするすると避けてしまう。嘘は吐いて無さそうなのが余計タチ悪いと思う。
そうやって避けるんだったら、わたしだって体当たりの一つくらい当ててやらないと気が済まない。
「わたし、雨乞さんのこと、信じますから」
「――――」
「
不安だからいつも一緒に居てなんて言えない。今だって嘘つかれてるかもって思ってる。全部話してくれるなんて思ってない。
けど、それと信じるのは別だと思うから。この人は悲しい終わらせ方だけは絶対しないって信じるから。
「わたしのこと、期待してるってずっとおだててください。期待された分だけ、がんばるので」
◇
「―――は、はは」
何だそりゃ。意趣返しのつもりかよ。
いつもみたいな軽口で適当に投げてやりたいのに、ああ、畜生。
「……だから、俺はトレーナーじゃねぇから……」
「トレーナーだからとかじゃないです。
「……お前、そんな芯の強い言い方出来る奴だっけ?」
「茶化さないでくださいよ……」
いつも頭の中こんがらがって、一貫性のある事出来た覚え殆ど無くて、余計な事考えてないとすぐにでも気をやっておかしくなりそうだったからそうしてきたのに。
全部全部適当にして、滅茶苦茶やってりゃスッキリできるからそうしてきたのに。
このクソガキめ、一番頭にすんなり入ってくる時にこういうこと言うんじゃねぇよ。泣きたくなるだろ。
本当やめろよ。俺そういう陳腐なのに一番弱いんだよ。
「…………そう言うんだったら、トレーニングきっちりやれよ」
「いつもやってるじゃないですか」
「勉強もやれよ。バカのまんまじゃ後悔すんぞ」
「頑張ります」
「お前一人で薪侘さんに物申せよ。いつまでも庇ってなんてやんねぇからな」
「それは……おいおいで」
「食事制限も頑張れよ」
「…………ご褒美くらいは、いいですよね?」
「なんだそりゃ。茶化してんのはお前だろ」
くそったれ、誰に似たんだコイツ。ああ言えばこう言いやがる。
まだデビュー前だってのにやけに肝の据わった目しやがって。どうせこの後あれもこれもと悩んで迷って泣きつく癖に。将来設計どころかその場の選択肢ですら優柔不断の癖に。ただの高校生の癖に。
覚悟決めんな。ダラダラ生きてろよ。眩しくて仕方ないだろうが。
「…………本ッッッ当、お前ミラクルだわ」
「いや確かにヒシミラクルですけど」
「あぁそうだな、お前はヒシミラクルで、ついでに言えばミラ子だ」
「どういう意味ですか」
そういう意味だよ。分かれよ。奇跡だって言ってんだよ。
口にしたら泣いちまうだろうが、いい加減にしろよ。
「…………はァ~~~~~~……あー、あーあーあー!!! やーめた! 湿気たツラなんぞしてられるか!お前見てたらバカらしくなったわ」
「えっ何ですかそれ……!?」
「お前に聞きたいことあるっつったろ? あれもうどうでも良くなったんだわ」
「えぇ……!?」
聞かせてくださいよ、なんて言うから、絶対嫌だと嘯いてそそくさとバイクに乗ってしまう。しがみ付いてでも止めようとしてきたのをツボ押しの痛みで下がらせて、そのままエンジン始動。
「……っくく、はは、ははは、ははははは―――!!」
目の前は真っ暗なのに、気分はスッキリ晴れていて。
“俺要らなくないか”、なんてメンヘラじみたことあの空気で言ってられるか。ああクソ、全部先越された。
怖いから、今じゃなくてもいいからなんて思ってた自分をブッ飛ばす。結局俺も優柔不断なんだ。決断したくせにあれこれ悩んで迷って、根っこが凡人なんだよ、諦めろ。
「いいぜ、今すぐ全部解決してやる。そんで
先は見えない。暗夜の航路。
だが、日は必ず登る。それまで好き放題駆け抜けて、着いた場所で骨折り損を笑うのも一興だ。
雨乞のヒミツ
実は、テンプレに弱い。
ヒシミラクルのヒミツ
実は、今もまだ迷ってる。
ネオユニヴァースのヒミツ
実は、ちょっと羨ましかった。
スティルインラブのヒミツ
――――――――どうして?
■■■のヒミツ
実は――――あぁ、安心した。