いよいよ一番ヤバい爆弾が大爆発しましてよ。これティアラまで放って置いたら間違いなく大事故起こすのでメイクデビュー前に処理しないと多分アカンですわ。
これ書いてる間「真に愛するなら壊せ!!」の魂と「飽いていりゃいい、飢えて居りゃあ、良いんだ!」の魂が背後で腕組んで構えておりましたわよ。クッソ怖かったですわ。
鎖を引き摺る音がした。
制止の声も意味を成さず、身体は勝手に動いていた。
「はっ、はっ、はっ――――」
トレーニングが本格的に始まってからこんなに本気で走っただろうか。
今の
「どうして、どうして……!」
ワタシに首輪を嵌めたくせに。私に居場所を与えたくせに。何であなただけが走り出すの?
首に巻き付いた鎖、それが何処にも繋がっていないと気付いたから? その先に錘は付いたままなのに。走ろうとすればするほど首は締まって自らを追い遣るはずなのに。
どうして、どうしてそんなにも軽やかに……!
居場所は分かる。私ともワタシとも違う匂いが続いている。
まるで分離色。一つの色なのに、キャンバスに塗られた瞬間2つの色を描き出す。“私”では決してできない鮮やかな群青と紅紫を纏って、どこまでも、どこまでも。
嫌いなのに。嫌われているのに。何処へも行ってほしくない。傍にいてよお願いだから。
その“嫌い”すら、盗られてしまいそうなのに……!
「やだ、嫌だ!」
居場所があればそれでよかった。一緒に居てくれる人が出来た。
ミラクルさん、ユニヴァースさん、薪侘トレーナーのチームの皆さん。皆、私のことを気にかけてくれる――――でも、いいや、だからこそ私の本性はまだ見せていない。怖いから。あまりにも恐ろしいから。詰められた距離が離れていくことが耐えられなくなっていく。緩かったはずの首輪がどんどん絞まっていくのを感じる。
だから、貴方が先へと駆けていくのが悍ましいほど許せない。同じように絞め上げられているのに、それをものともせずに先へ先へと行ってしまう。
それが自分の奥底から、紅のあの子すら超えた先から聞こえるから逃げられない。
気が付けば、夜の街で息が上がっていた。月に照らされて狂気を纏っているのに体はあまりにも重かった。
「う、うぅ…………」
立つことすら辛くなって地面に座り込んで、そのまま嗚咽が零れてしまう。
膨れ上がる凶暴性を孕んだ独占欲。“全部欲しい”という呪いのような飢えが込み上がる。なのに、それを満たせるものがどこにも無い。
アスファルトに熱の籠った水が落ちる。ほんの少しの間一緒に居ただけの相手にどうしてこんなにも心をかき回されているのか、訳が分からない。微かに与えられただけの日だまりが、胸が張り裂けるほど忘れられない。
ふと、分かってしまった。
紅のあの子がどうしてああも雨乞さんを嫌っていたのか。
「八つ当たり……じゃない…………!」
彼のせいじゃない。誰のせいでもない。だというのに、ワタシが勝手に用意した椅子へ勝手に座られてしまった気がして、それがどうしようもなく許せなかった。そこを退いてよ、ワタシは今も待っているのにと……この世のどこにも居ない誰かを待つなどという無意味な行いを邪魔されたことを、理不尽に怒っていたのだ。
だというのに、彼は私に居場所を与えてしまった。嫌っているくせに傍に居ても構わないと。日だまりの暖かさを、月を照らすものの輝きを、わざわざ首輪を着けてまで教えて。
愚かな女と笑えばいい。要は一目惚れだったのだ。厳密には違うのかもしれないが、向き合った時間を考えればそう違うまい。嫌って恨んで憎んで――――それでも愛している。
狂気だ。もうそれ以外何も言えない。倒錯しているにも程がある。始まりからして破綻した感情じゃないか。
――――ふと、ひときわ強く金木犀の香りがした。季節外れのそれに、心で爆ぜるは紅と青。
「…………ッ!」
上がった息で再び走り出す。分かった、分かった、分かった、
今度こそ辿り着いた運動場。ターフのど真ん中に立ち尽くす黒の短髪。
「みつ、けた――――アぁァッッ!!」
此方を向いた瞬間には飛び掛かって押し倒していた。
驚いたようなその顔、
ヒトではウマ娘には抵抗できない、このまま噛み跡でも何でもつけてしまえばそれでおしまい。ワタシの紅色ですべて塗り潰してしまえばそれでいい。
――――その、はずなのに。
「……ンだよ、何してんだ
「煩い! そのふざけた名前で呼ぶな!!!」
どうして嫌悪すら向けないの。どうして見惚れてくれないの。どうしてその瞳に私以外を浮かべているの。どうして――――
今までの全部見透かしたような眼は何処に行ったの。此方を何とも思っていないような顔は何処。何でそんなにも真っ直ぐに見つめてくるの、やめてやめて
「なんで、どうして……」
噛み付こうとした口は、いとも容易く手で止められていた。両肩を掴んでいたはずの手は
困惑している此方を尻目に、あっさりと拘束は解かれた。そのまま身体を起こす彼。突き放すように押された肩に我慢がならなくて、再び押し倒す。
ふと、気づく。
絡みついていたはずの鎖が、どこにもない。彼の首を絞めていたはずのナニカが、この短い時間の間に解けて何処かへ消えてしまった。
「どうして、貴方だけ自由になってるの……」
私に首輪を嵌めたくせに。貴方が無様に鎖に絡めとられているから許せていたのに。どうしてそんなに普通の人のように振る舞えているの。
「知らねぇよ。俺がやったんじゃねぇ」
「そんなこと聞いてない!」
「なら何を聞いてんだ、さっきから何でだのどうしてだのばっかで
「――――」
分からない。そう言われた瞬間、頭で何かが弾けた。
視界がひときわ強くぐにゃりと歪んで滲んだ。
どうして、どうして――――そんな酷い事を言うの?
「う、うぅ、あぁあぁぁぁぁぁ……」
あなたのこと、
「……もう、嫌なんです……全部……」
惚れっぽい自分が。
あまりにも欲張りな自分が。
他人と違う自分が。
誰にも理解されない自分が。
誰からも見つけてもらえない自分が。
そんな自分を全部認めて、きっぱり“嫌い”なんて言った貴方が。
必死で取り繕ったうわべにまるで靡いてくれない貴方が。
本当の
正真正銘本気の“嫌い”を、私以外へぶつける貴方が。
私以外に期待して笑う貴方が。
「…………
「……察しちゃいたが、マジで無茶苦茶だなお前」
耐えられなくなって彼の胸に顔を埋める。
呆れたように返される言葉がうるさくて力なく拳で叩く。
嗚呼、私はどうしてしまったのだろう。小さな子みたいに叫んで喚いて八つ当たり、挙句の果てに泣きついて。何がしたいのか自分ですらもはや分からない。
この醜い内面全てを曝け出した初めてのヒト。悍ましい女の全てを
どうしてそんなに
もう貴方のことが分からない。なのにこんなにも胸の奥が痛くて痛くてたまらないの。
どれほどの涙を流しただろうか。嫌味なほどの満月が照らす中で、私の背を緩やかに叩いていたあの人はようやく口を開いた。
「なぁ、
初めて、ちゃんと名前を呼ばれた。それが
背を撫でた手を頭に乗せ、子供をあやすように撫でてくる。
「俺はお前の事なんざ知らねぇ」
「……っ」
「当たり前だろ、メイクデビュー前だぞ。会って何週間だよオイ。むしろネオユニヴァースといいどうしてそこまで懐いてるのかさっぱり分からん。ミラ子でギリ分からんことも無いレベルだぞ」
そう。そうよね。当たり前。
だってまだメイクデビューすら出ていないのに。ほんの少し言葉を交わした程度の間柄。知らないことだらけで当然。
だからお願い、少しだけ待って
「まぁ、何だ。よく分からんが傷心中のお前に言うべきじゃなかろうが、
「……はい、知っています」
「喰いたい喰いたい貪りたいと、喚いて走るお前を見てると反吐が出そうになる」
「初めて会った時、そうだったものね……」
「顔見せんなって言うくらい嫌いだった。だが、
それも知っています。嫌いだって言う癖に、私のことを見てくれていた貴方だから。いつどこに居ても、ちゃんと見つけてくれたから。
それにどうしようもなく惹かれてしまった。だから、傍に居ていいと言ってくれた貴方が、私を置いて何処かへ駆け出したようにみえて、たまらなく不安になった。
私に全部与えておいて、手を伸ばした直後に取り上げられたような気がしたから、子供のように喚いてしまった。
「……知ってるっつう顔だな」
「行動で示して下さいましたから」
言葉は雑だけれど。女性にするとは思えないくらい手酷いけれど。それでも、私とワタシ、そのどちらの存在を否定することもしなかった。“そういうこともある”――――そんな簡単な言葉に、どれほど救われただろうか。
それっきり、一度雨乞さんは口を閉じる。
何かに迷うように2度、3度と軽く呻いてから、もう一度口を開く。
「ある所に、生まれつき頭のおかしい奴がいた」
「……え?」
「そいつは見えるもの聞こえるものが全部滅茶苦茶で、そのくせとある界隈の人間が喉から手が出るほど欲しい目を持ってた。欲しいものは手に入らねぇ癖に、欲しがられるものは飽きるほど見てた」
それは、あまりにも既視感に溢れる話で。
だから、聞き入ってしまう。
「そんで、いざ完璧に取り上げられて清々してみたら、次に感じたのは『あの世界が恋しい』だった。バカな話だが、病気が治ったら今度は病人に戻りたがってる。要は
「とく、べつ……」
「
「……」
「けど、お前は多分違う。飢えはいつか満たされるだろうし、飽くこともない。だから嫌いなんだろうな。
ずきりと胸が痛む。私はきっとこの人と根本的に分かり合えない。目指すモノ、願う物がまるでズレているのかもしれない。
理解して、納得して、けれど共感だけはまるで出来ないのだろう。
「だが、それで突き放すのは違うだろ。俺だって散々手の付けられないクソガキだの病気でボケた野良犬だの言われてきたが、それでも家族として世話焼いてくれたジジイや、手を焼きながら裏で根回ししてくれてた奴が居た。そういう……なんつーの? 嫌いだけどそれはそれ、みたいなの、必要だろ」
「……ふ、ふふ」
「笑うなっての、語彙力ねンだよ。要するにだ。人生で言い訳しない為に妥協してくのは、まぁ要るだろ。お前もその一環だ。嫌いだからって遠ざけ続けたら、俺は多分後悔する」
「……利己的ですね。酷い人」
徹頭徹尾、自分中心。自分が納得できないのならきっぱり否を告げる。けれど、その上で相手の事は考えようとする。
自分だけの羅針盤を持っているのに、無視すれば自分が後悔するからと、羅針盤を見たまま他人に付き添う人。
嫌われてもどうでもいいと笑う癖に、嫌う。嫌っている張本人から嫌悪以外の感情を向けられる、不思議な人。
「……迷惑をお掛けして、申し訳ありません。私はもう、大丈夫です」
「おう、そうか。ならこいつ連れて帰ってくれやユニ子」
…………ん?
「アファーマティブ…………」
「何で耳絞ってんだお前。怒るならコイツと一対一で言えよ。同室の先輩だろ」
「『JLSY』……“やきもち”だよ」
「お前もお前で訳わからねぇよ……会ってそう時間経ってねぇのに懐くな、イヌかお前は」
ゆっくり、ゆっくりと視線を動かし、首も回す。
月光を受けて輝く金の髪。ソラを映したような青い瞳。それが……なんだか、すごい迫力と共に見下ろしてくる。
「い、いつから……」
「お前が押し倒してきたころには居たが」
「最初からじゃないですか……!」
「そうだが」
「…………」
顔を通り越して首まで熱くなってくる。あの狂いぶりから癇癪まで全部見られて……!?
「……『
「いや、あの、手引く力、つよ……ユニヴァースさん……!?」
「“徹夜”…………ネオユニヴァースは、“冷静を欠く”だよ」
「……別にいいが、お前ら門限は?」
「「あ」」
……その後、私とユニヴァースさんは寮長と薪侘トレーナーからこってり絞られました。
後日の様子からして、ユニヴァースさんも何かしら雨乞さんと話したようで……すごく満足そうなその姿が大型犬に見えてしまって、またもみくちゃにされてしまいました。
多分これでとりあえず何とかなる範囲まで地雷は撤去できたと思いますの。
なお今後。ヴィルシーナやアルヴや誰やらと目に見える地雷原はいっぱいあるんですのよね……まぁ未来のワタクシが何とかするでしょう(責任ゲイボルグ)