実は結末だけ用意してパッションで書いてるので道程が10割アドリブ。
だいたい1話5000文字目安で書いてるんですけど案外あっという間に埋まるなって……もうちょっと文量増やしちゃってもいいのかもしれない。目指せ1万。
――――メニューやら特訓やらとは言ったが。
俺はトレーナー資格なんて持っていないし、誰かを育てた経験値だって圧倒的に足りない。資格試験の勉強の関係で基礎知識自体はあるが、じゃあそれで誰かを導けるのかと言われれば答えは否で決まっている。
頭と人格の伴った奴を、相応のベテランの下に付けて基礎を養わせ、そして巣立たせる。考えてみればとても当り前で、だからこそ最も堅実で効果的な人材育成。俺はその初歩以前の場所でまず躓いている。
「足もっと上げろ! 手ェ振り抜け! 地面は蹴りゃいいってもんじゃねぇぞ!」
「きっつぅ~~~!!」
「上げ過ぎだボケ! 5㎜下げろ!」
「んな無茶なぁ!?」
じゃあ何故ミラ子の特訓とやらに付き合っているのか。元を辿ればミラ子のトレーニングに少しばかり付き合った時に明らかにタイムが改善したのが始まりだ。
「へばったからって適当に足着くな! コケて捻りてぇか!?」
「ぜ、全部バレてるぅ~!」
繰り返しになるが、俺にトレーニング監督の経験は無い。だが、そもそも持っていた耳と目は経験値とは全く別だ。
筋力増強、スタミナ強化といった基礎能力を引き上げるのにはまるで役に立たないが、フォームの矯正と怪我の予兆の看破という点においては追随を許さない。「もっと早く走れるはず」「まだ体力は持つはず」「力み過ぎて加速しない」「歩幅がおかしい」……そういったものを「違和感」として、どれほど微細だろうと捉えて離さない。
俯瞰しているとあらゆる違和感が頭に入って来てパンクしそうになるが、人間一人に意識を収束して情報をカットすればこれほど使えるものもない。まさしくバカと鋏は使いようだ。
とても端的に言うのなら、俺の眼と耳は無意識のサボりを許さない。
「息の吸い方雑! さっきも言ったぞ、テメェ肺潰してェのか!?」
「ひぃ~!!」
ミラ子がこの運動場に来るのは休みの日や気が向いた日と決めている。ただでさえ本人が自覚するほどズブくアップに長い時間を使ううえ、学業の相談まで持ち掛けてくる以上、限られた時間に矯正をギチギチに詰め込むことになる。
「猫背!」
「はい!」
「体幹! お前ら前傾姿勢なんだから揺らすと余計ブレるぞ!」
「はい!!」
「体力空っケツになっても地面に足真っ直ぐ突け! ただでさえ重てぇ人体片足で支えてんだ、あっという間に事故るぞ!」
「じょ、女子に重たいって……!」
「鍛えてる人間なんざどんだけ軽く見積もったって
「容赦なさすぎぃ~~~~~~~!!!」
運動場自体はさほど広くないが、1周走るごとにあそこが駄目ここは良いと指摘していては簡単に時間切れになる。なので走らせながらリアルタイムで無線イヤホンに声を届けることで修正していく。
加えて、当然1度で修正し切るなんてのは無理だし、一つ一つ指摘していくと一部位にばかり意識が行って他がおざなりになる。
なのでわざと矢継ぎ早に指示を出し、文言一つ一つへの集中を削がせることで意識の一点集中を妨害しまくりつつ慣れるに従って修正箇所だけを伝えるようにしていく。
そうして喉を酷使しながらしばらく走らせていると、脚運びに妙な乱れを感じ取った。精魂尽き果てた時の動きで、休憩の合図だ。
「ゆっくり速度緩めろ、その後レーン歩いてこっち来い。休憩だ」
「ひ、はひ……」
ズブいとは言ったが、スタミナ自体は中々あるし、長時間の走行を支える体幹もかなり付いているように見える。こいつなりに頑張れることを頑張ってきた証というやつだろう。ついでに言えば一丁前に肉がつく程度には食って寝れるから回復力にも問題なし。
「おら途中でへばんな、気合でここまで這ってこい。アイシングすんぞ」
「ひぃ、ひぃ……う゛ッッ」
「あ」
……何が起きたかは敢えて言わない。俺にだって女子の尊厳守ってやるくらいの性根はあるから。
強いて言うならコイツの食う量を考慮してなかった。マジですまんミラ子。
◇
「ま、まだ気持ち悪い……」
「悪ィ、本格的に加減しくじった。ほれ水だけでも飲んどけ。喉荒れるぞ」
「ふぁい……」
尊厳が死にかけたミラ子をおぶって居住スペースのベッドに寝かせる。木陰でも良かったが冷房の効いた部屋の方が幾らかマシだろう。怪我にばかり集中していたせいで見抜くのが遅れた俺のミスだ。
「今日のトコはこれで切り上げだな。変に追い詰めて再発されても困る」
「ごめんなさい……」
「謝んなって。マジで今回は俺のミスだからよ」
タオルに包んだ保冷剤を脇、太腿、首筋に挟ませ、額と心臓の真上あたりにも置き、ついでに氷枕も使う。熱中症の症状はないので過負荷のショックが原因だろうが、用心するに越したことは無い。
「冷たかったら除けていいが、気分が楽になるまでそうしとけ。そんで深呼吸みたいにゆっくり息吸って吐け。そのまんま寝たっていいから体力回復優先だ」
「過保護すぎません……?」
「変に加減してまたぞろぶっ倒れるよりマシだろ? 年下の命預かってんだから猶更だ。あぁ、あと学校帰って変なトコあったらすぐ保健室か病院行けよ?」
「はい……」
大人しく休む気はあるようで何よりだと思う。知る限りのウマ娘は身体の不調を感じると逆に休んでいられないとむきになる傾向が強いので、休むべき時にしっかり休めるのは長所だ。サボったら激痛ツボ押しだが。
爺さんが何か吹き込んだのかもともとそういう契約だったのかは分からないが、今の俺の立場は中央がバックに居る外部の協力者、といった具合。万が一場内で何かしら事故が起きても此方から連絡を入れれば向こうが対応してくれる、言うなれば「公認のヒミツのトレーニング場」。理事長自らそれらについて説明に来た時は驚いたが、ナリの小ささの割に随分と器のデカい人物だったと思う。
なお、此処の事は学園内で公表され周知されてこそいるが、実際のところ例の招かれないと入れないという特性の方が強いらしく“知っているはずなのに誰も気に留めようともしない”という超常現象を引き起こしているのだとか。
ミラ子の場合は協力を俺に申し出て、それを俺が承諾したことが「招かれた」ということになったらしくほとんどフリーパス。だが、それ以外のヤツはそもそも感知不可能らしい。理事長の一件も俺が入り口から案内しなければ一生辿り着けなかった可能性がある。
ミラ子曰く同室の後輩にも話をしたはずなのだが、少し時間が空くと関連する記憶が曖昧にされてしまうのだとか。ほとんど呪いじゃねぇかと思わなくもない。
「ま、俺としても好都合だけどな」
「なにがです……?」
「こっちの話だ、気にすんな」
トレーナーの資格があろうがなかろうが、あらゆるフォームの改善という怪我や利点潰しと紙一重の難題を直感的な動作で簡単にやってのける俺の「違和感」を欲しがる奴がいること。それを考えれば「そもそもこの世のどこに居るかも分からない都市伝説」と同レベルの存在にすることができる此処はまさしく都合がいい。
――――心苦しいが、君をトレーナーとして認める訳にはいかない。
――――君はあまりにも劇物なのだ。
説明の時に理事長は苦々しく語っていたが、確かに俺の存在はアスリートが活躍する場においてあまりにも劇物が過ぎるだろう。中央トレーナーという精鋭中の精鋭たちが苦心し続けていることの一端を新人が一代限りの才能を以て容易く成してしまう、その危険性が分からないほど俺もバカじゃない。
ついでにいえば万年片頭痛が影響して気性が荒すぎる。そもそも社会人として欠格かもしれない。泣きたくなってきたな。
「ま、今にして思えば俺が中央トレーナーとかマジ無理だわ。こんなんお前以外にもやってたら頭沸騰して死ぬし」
鬱陶しいとしか思わなかったから試そうともしなかったのだが、人間一人に集中して違和感を観測し続けるというのは恐ろしく疲弊する。今も酷い頭痛に耐えてブドウ糖タブレットで無理やり栄養補給をしているが、こんなのを複数人に毎日やっていたら大真面目に脳がイカレる。
そうして考え事に耽っていると、急にミラ子が笑い出した。
「……へへ」
「何笑ってんだ?」
「いやぁ、その……」
その、あの、と何か言いづらそうにしている。それ自体は珍しいものでもないが、照れくさそうな姿はあまり見ない。のんびりゆるゆるだの言う割に案外きっぱりモノ言うからなコイツ。
スツールに腰かけて言葉の続きを待っていると、頭にのせられた氷嚢を弄りながら口を開いた。
「なんていうか、期待される……っていいなぁって」
「…………あ?」
違和感が脳裏を走る。
それ自体はミラ子と話している時に幾度もあったが、不快感を伴って感じるのは初対面以来だったせいで思わず低い声が出てしまった。
「だって、雨乞さんが
「まぁ……最初の方で言いはしたけどよ」
何かがズレる、視線の先が鏡のどこかへ飛んでいく。俺が最初?
いいや待て、何を根拠にそんなことを感じた? こいつに専属のトレーナーが居ないことは知ってるだろ。
それがおかしい。こいつにはちゃんとトレーナーがいるはずなのに。
だからそんな訳はない。そもそもトレーナーがいるのなら休日にフラフラ出歩くのを見咎めているはずだ。
今居るのは何処だ、あるいは
「……っと、ちっと待ちな」
「はい?」
タブレットを一気に含んで咀嚼。落ち着け、
「っあ゛~ダメだ、やっぱ頭使うから頭痛ひでぇわ。で、俺そんなこと言ったっけ?」
「ちょ、それは酷くないですか!?」
「しょーがねーだろ、稼働率ってもんがあんだよ。普段ちゃらんぽらんしてんのに全部覚えてるワケねーだろ」
「自分で言うかこの人ぉ……!?」
こいつは
普通に頑張って、普通に笑って、普通にムカついて、そして普通に競って。こいつにはそれが出来る。それを手助けするならともかく、異常に傾かせるのはちょっと受け入れがたい。
堕ちてくれ、なんて死んでも言わねぇ。高く飛べ、とも絶対言わねぇ。普通に地面走って置いて行け、こんなちゃらんぽらん無職。それが一番の福音だよ。
「……ってのは冗談でだ」
「タチ悪すぎる……」
「頑張れば勝てるってのはマジだよ。俺は筋トレだの何だのは見れねぇからそこはお前の努力だが……ま、ちっとだけ真面目にやってみろよ。案外ポロっとデケェタイトル獲れちまうかもしれねぇぞ?」
「……でも、そういうのって別世界の人が目指すものっていうか……」
「んなワケねぇだろ」
こいつにとってでっかいタイトルに挑む連中は住む世界が違うらしい。だが、そんなことは絶対にない。俺がそれを知っている。こいつらはちゃんと同じ世界に生きている。
ウマ娘に不思議ちゃんが多いのなんて今更だ。魂宿して不思議なパワー身に着けて、そんでもって基本
「いや、お前が勝ちたいって思いに欠けるのは実際マジだな。よりにもよって中央を足掛かりに進学目指そうとするのなんてそうそう居ねえよ。図太さ日本一だ」
「きっぱり言ってくるぅ……」
「けどよ、お前、ちょっと羨ましいんだろ?」
「え……?」
図星を突かれたような、あるいは自分でも気づかなかった何かを指摘された顔をするミラ子。違和感というズルありきで見抜いたようなもんだが、後から答え合わせの要領で言葉の端々から感じ取れたその羨望、言及するのは躊躇わない。
「本当は競いたい、でも自信が無いし熱量も届かない。あそこまで熱中してトップは目指せない、だから私は踏み出さない……別にいいじゃねぇか。ちょっとでも欲しいって思うなら搔っ攫いに行っちまえ。死ぬ気で歯食いしばってる奴ら尻目に自分も全霊出し尽くして掴みに行って良いんだよ」
「……」
「お前は
「上手いこと言ったつもりですか」
「おう。でもお前はミラクルだろ」
「いや確かにヒシミラクルですけど……」
違和感は収まった、鬱陶しい幻は見えていない。なら大丈夫だ、出来るだろ。
背中を押してやれよ、大人だろ?
「
「……」
黙り込むミラ子。天井を見上げたまま、何かを考えるように微動だにしない。
……言っといて何だが、ベラベラ喋りすぎたかもしれない。ただまぁ、それでやっぱりレースは良いやというならそれはそれ。こいつが満足するまでトレーニングに付き合ってやればいい。満ち足りたならあとは学業の手伝いでもすれば、こいつは立派に歩いて行けるんだから。
「……そ、そこまで、言うなら……」
「お?」
「ちょー……っとだけ、頑張ってみようかな、なんて……」
どうやら心配は杞憂だったらしい。遠慮がちな言葉尻の割に顔は緩んでいて、どこか嬉しそうだった。
あと2,3か月もすればミラ子は高等部に入る。おおよそそのくらいの時期の話だった。
雨乞のヒミツ その2
実は、中央トレーナーになった同級生が居る。
次回、別世界と言えば彼女だよね。