私立文系のくせに彼女が出来たことの無い哀れな男子大学生が同級生のクール系美女とワンナイトしちゃった話   作:外山清月

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書くのが遅くてすみません……。


君は知らないだろうけど

 私、湊川茜にとって彼氏というものは、酷く遠い存在だった。理由は一つじゃないと思う。幾つかの、それほど複雑じゃないありふれた理由だけど、私にとってそれは確かな真実だった。

 

 まずは環境だろうか。私は中高一貫の女子校に通っていたのだ。所謂お嬢様学校と言うやつで、校則もそれなりに厳しかった。校内に同年代の男性は居なかった。教師には何人か男性もいたけど、彼らに憧れるような乙女心も持ち合わせていなかった。

 

 一応言っておくと、私の性的嗜好は異性を対象にしている。よって、校内の女子生徒にも、そういった関心を向けることはなかった。関心を向けられることはあったけどね?

 

 言い換えれば、出会いが無かった、ということになる。習い事でも出会いは無かった。アルバイトはそもそもしていなかった。他校の男子と遊ぶ機会も無かった。こうなると、女子校という閉鎖的な空間に囚われることになる。

 

 お付き合いをしたいと思う相手と出会う機会すら無かったのだから、高校生までの私に恋人が居なかったのは、至極当然のことだ。……そうだよね?

 

 まぁ、これは高校生までのことだ。進んだ大学生は共学だったし、そこで既に二年と少しの時間を過ごしてきた。流石に、これまでとは違って同年代の異性と関わることも増えた。

 

 それも劇的に。どうやら、私の外見は異性にとって、ある程度の魅力を有していたようで、入学するとひっきりなしに声をかけられるようになった。最初はちょっと嬉しかった。

 

 ほら、自分に魅力あると他者から伝えられるのは、それなりに嬉しいものだろう?それも、これまで関わりの無かった異性からだったりすると、それは顕著だ。

 

 ただ、何事にも限度という物がある。何度も何度も同じように声を掛けられ続けると、流石に面倒になってきた。入学から半年くらいだったはずだ。その頃には、私に向けられているのは下心だという事にも気づいていた。

 

 飽き飽きしたね。サークルに誘われれば、歓迎会とかにも参加していたけど、それも辞めた。十八だった私にアルコールを飲ませようとするのはどうなんだ、と思ったりもした。

 

 この頃の私は、結構困っていた。久しく接していなかった異性との接触が、思っていたものと違ったからだ。異性への耐性も何もない私にとって、彼等の私に対する態度は受け入れがたいものだった。

 

 そういう訳で、徐々に異性との関りを減らしていった。サークルにも参加しなかったし、高校までと同じようにアルバイトもしなかった。いや、これに関してはさせて貰えなかったと言うのが正しいかもしれない。

 

 他だと、イメチェンと言うやつもしてみた。長く伸ばしていた髪をバッサリ切った。それだけだと味気ないから、ウルフカットに挑戦してみたのもこの時期だ。かなり思い切っての事だったけど、今では随分となじんでいる。そう思えば、きっかけはさておき、この髪型に出来たという一点においては良かったと行ってもいいのかな。

 

 まぁ、それはさておき、大学生活を送って早二年。結局、私に恋人は出来なかった。多少の憧れはあったけれど、それを下心丸出しな彼等への忌避感が上回ったのだから、仕方がなかった。

 

 私、湊川茜にとって彼氏というものは、酷く遠い存在だった。今年の四月までは。

 

 ◇◇◇

 

拝啓 酷暑の候、お忙しい毎日をお過ごしのことと存じます。

 

 さて、このたび私どもは八月二日に入籍いたしました。ご報告が遅くなりましたことを深くお詫び申し上げます

 

 これからはお互いに協力して楽しい家庭を築いていきたいと思っております。

 

 未熟で至らぬ点も多いふたりでございますが

 

 今後ともご指導ご鞭撻のほどお願い申し上げます。

 

敬具 二〇二五年八月三日

 

倉科彰・茜(旧姓 湊川)

 

 ないね。うん、ない。ため息をつきながら、僕はそう零した。

 

 今、僕は一人暮らしをしているアパートのベッドに横になっている。一人で。茜と一端別れて帰宅を果たしたのが、今から三時間程前のことだ。流れるようにベッドに身を投げた僕を責められる人間が、一体どれだけいるのだろうか。

 

 僕は、あまりの衝撃に一人で結婚報告の手紙の文面を考えるという、割と訳の分からない行為に少しの時間を割いた以外は、枕に顔を埋めて呻き声を上げる時間を過ごした。結果として僕は、ここに来て少々冷静になってきた。

 

 まぁ、だからどうしたってことはない。今の僕に出来ることはないんだからね。状況は三時間前から何も変わっていない。湊川茜と婚約してしまった。その事実は変わらない訳だ。

 

 全くもって意味が分からない。いや、言い出したたのは僕だけども。まさか、というやつだ。湊川茜と恋人になったというだけでも、大騒ぎだったろうに。現実というやつはそれを上回っている。

 

 因みに、僕と茜は今晩会う約束をしている。ホテルから出た後、あまりにも自然と茜に約束を取り付けられた。場所は茜の家。うん。お招きをされてしまった。あの湊川茜の家に。

 

 僕と同じように一人暮らしをしているらしい彼女の自宅は謎に包まれている、とされている。これは大学で彼女の家に言ったことがある人間が誰一人居ないということが原因だ。

 

 そりゃ、これだけ話題になるのが分かっているんだから、茜が秘密にするのも当然のことだ。自宅というプライベートスペースが知らない連中の話題に上がるなんて気味が悪いからね。

 

 まぁ、噂が正しければ、僕が茜の家に招待されるということは、それだけで特別なことなわけだ。嘘。一人暮らしの女性の家に招かれたら、それだけで特別な出来事だね。

 

 少なくとも僕なら、一生忘れられない出来事になることは間違いない。我がことながら気持ち悪いけど、それが事実だ。僕にとってこの手のイベントの重さは尋常じゃない。

 

 しかも、今回招待されたのは湊川茜の家である。何を隠そう、彼女は僕のお嫁さんなのだ。まだ籍は入れてないし、僕が婿入りするかもしれないし、全てが悪趣味なドッキなのかもしれないけれど、僕の認識では、湊川茜は僕の妻……なのだ。

 

 つまり、僕はお嫁さんの家に招かれたということになる。恋人の家にも行ったことがないというのに、いきなりハードルが上がりすぎだ。僕はまるで夢みたいな状態に置かれている訳だ。悪夢の方かもしれないけどね。

 

 さて、約束の時間まで後五時間といったところ。移動時間や準備に使う時間も考えると、自由にできるのは四時間を切っている。僕はこの時間を使って、考えないといけないことが幾つかある。

 

 まずは、現状の整理。といっても、これは簡単だ。酔っぱらった僕と茜がワンナイトしちゃった結果、結婚することになったというだけのこと。うん。現実的かは置いておいて、起こった出来事自体はシンプルだ。

 

 次に、僕たちのこれからについて。茜は取り敢えず婚約って言っていたけど、婚約ってどうするものなんだろう。何か書面に残したりするんだろうか。将来的に結婚するのなら、ご両親に頭を下げに行かないといけない。

 

 といった風に、現状を受け入れた上で今後するべきことへの考えを巡らせる必要がある。少なくとも、ある程度の意見を持っておくべき……だと思う。勿論、僕一人で決めることではないけど、せめて話し合いになる土台ぐらいは用意するべきだろう。

 

 最後に、僕が茜の家に持っていくべき物は何なのか。流石に手ぶらってわけにはいかない。これくらいは僕でも分かる。ただ、どの程度の物品を用意するべきなのかが分からない。

 

 たまに行く友人宅にはお酒とおつまみでも持って行けば、それでよかった。けれど、今回は状況が全く違う。何せ女の子の家なのだ。しかも、昨晩二人そろって酔っぱらった結果、大失敗をかましている訳で。まぁ、普段とは違う物を持っていくことになるだろう。

 

 ……こうして整理すると、大分ヤバいね、僕の現状。茜が何でか僕に好意的だから何とかなっているものの、人によっては一発アウトだろう。最近、こういうのに厳しいって聞くし。

 

 ここにきて、僕の恋愛経験の薄さが効いてきた。惚れた腫れたの騒ぎを恐れて逃げに逃げてきた僕の人生だけど、いざという時に参考になる思い出がなさすぎる。

 

 考えても考えても答えが出ないことに焦り、このまま思考放棄して、刻限を迎えるのも一興かもしれない。なんて破滅的な誘惑も脳を過り始めた頃。ふと、天啓が降りた。

 

 いやまぁ、この時の僕にとっては確かに天啓だったんだ。多くの人にとって、というか普段の僕にとっても普通の事であってもね。

 

 困った時は人に相談するものだ。家族でも友人でも先生でも上司でも先輩でも後輩でも、相談というアクションは非常に有用だと僕は思う。凝り固まった先入観を取っ払って、他の視点から物事を見るきっかけになるということは当然ある。加えて、人に話を聞いてもらうことは、それだけで精神的にだいぶ楽になるのだ。

 

 という訳で、僕は一人では対処出来ない困難を解決すべく、スマートフォンを手に取った。

 

 ◇◇◇

 

「何言ってんだお前」

 

 あれから三十分後。僕は最寄りのコーヒーショップに居た。普段は中々入らないお店だ。高いからね。けれど、今回はそんなことも言ってられない。僕は一杯八百円くらいするフラペチーノを二つも購入して、ここに座る権利を獲得した。

 

 勿論、僕が二杯飲むわけではない。一杯は、テーブルを挟んで向こう側に座っている彼の分である。彼は、この危機的状況を打開するために用意した助っ人のはずなんだけど、何故か僕に罵声を浴びせている。

 

「酷い言いようだね。それを奢ったのが誰か忘れたの?」

 

「のんびり昼寝を決め込んでたのに無理矢理呼ばれた迷惑料だ、これは。ここに俺が居る時点でチャラになってんだよ」

 

 やっぱり酷い言いようだ。これが非生産的極まる惰眠から救ってあげた上に、フラペチーノを奢っている僕に対する物言いだろうか?全く困った奴だ。よれたパーカーに擦り切れたジーンズに身を包んだ彼は、寝ぐせもそのままにして此処に来ているのに、みすぼらしく見えないのはその整った顔のおかげだろうか。

 

「で、さっきのは何なんだ。お前の妄言には慣れてるが、其れにしてって限度ってもんがあるぜ」

 

 おっと、そうだった。僕の人生におけるイベントの中でもトップクラスにヤバい案件。つまり、昨夜から今朝にかけてのアレコレを筋道立てて説明していたのだった。

 

 我ながら要点を抑えた良い解説だったと思うのだけど、彼にとっては違ったらしい。呆れとも困惑とも取れる微妙な表情は、彼の整った顔面を台無しにしている。……やっぱり、してないかも。こんな表情でも絵になるのイケメンってずるいな。

 

 ため息を零しながらも僕は、人の話を信じようともしない友人に再度説明をするべく、口を開いた。

 

「だからさっきも言ったけど、湊川茜と何やかんやあって結婚することになったんだ。それ以上でもそれ以下でもなく、純然たる事実として、僕と湊川茜は結婚することになった」

 

「とうとう頭沸いたのか?」

 

「遠山、君相変わらず酷いこと言うな。けどそれで言うなら、湧いてたらどんなに楽だったか分からないね」

 

 そこまで言うと、僕の友人、遠山は残り少なくなっていたフラペチーノをズズズと音を立てて飲み干した。品がないね。僕もそれに倣って飲み干してしまう。無論、音が鳴った。うん、僕も品があるわけじゃないからね。

 

「まぁ、いい。いや良くないが、一旦良いってことにしておく」

 

「是非そうしてくれると助かるね」

 

「俺を緊急で呼びつけたのも分かった」

 

「分かってくれたようで何よりだよ」

 

「分かったが、俺にはどうにもできん」

 

「そんなこと言わないで、もう少し頑張ってみよう?」

 

「何で俺が頑張らなきゃならんのだ」

 

 酷い奴だ。何時も険しく眉間にしわを寄せている遠山は、モテる。嫉妬とか浮かばないくらいにモテる。そんな奴なら、僕の危機を救ってくれるんじゃないかと思ったわけだけど、そうもいかなかったらしい。

 

とはいえ、はいそうですかと引き下がることは出来ない。刻一刻と約束の時が近づいているわけで、単にモーニングコールした上でフラペチーノを奢っただけの人になっている余裕はないのだ。

 

「そう言わないで助けてよ。今度ラーメン奢るから」

 

「……餃子も付けろよ」

 

「よしきた。サクラソウでいいね?」

 

「あそこの餃子微妙じゃねぇか……」

 

 まぁいいけど、そう続けた遠山は暫し口を閉ざし、目を伏せた。それから五分程して、カッと目を見開いた遠山は周りの人の迷惑にならない程度のボリュームで叫んだ。

 

「分かる訳ねぇだろ!」

 

 分かんないんかい。ズッコケてしまいそうになる彼の発言に心底驚きつつも、その続きに耳を傾ける。

 

「いや、考えて見ろ。女の子のトコに遊びに行くのは経験あるが、結婚なんざしたことないんだ。そんな俺に何が分かるって話。な、分かんだろ?」

 

「分かるけど分かりたくないね。君よりも異性との経験値が乏しい僕よりマシなはずなんだから」

 

「そうは言ってもなぁ」

 

「じゃあ、配偶者とか関係なくでいいから!世間一般じゃあ、女の子の家に行く時に何持ってくのか教えて!」

 

「……世間一般って、湊川はそうじゃないだろうが」

 

 小さな声で呟いた遠山の声は、賑やかな店内では意味を持って僕に伝わることはなかった。

 

「取り敢えず消え物だろうな」

 

「ふむ」

 

「酒じゃないっていうなら、菓子か」

 

「ハンドクリームとかはダメなのかい?」

 

「ダメだ。ああいうのは好みが露骨に出る。関係値が曖昧なお前が選べるもんじゃないし、そもそも手土産に選ぶもんでもない」

 

 そうなのか。いや、やっぱり頼りになるねモテ男。そりゃネットで検索かけたら、ある程度は分かるだろうけど、実体験に基づく話っていうのは違う。それこそ、人生における経験値がネットとは違って明らかになっているからね。

 

「じゃあ、具体的に何を選べばいいと思う?」

 

「知らん」

 

 知らんて。ここまで来てそんなこと普通言うかな。そんな愚痴を脳内で吐いた瞬間、遠山は席を立った。

 

「ほれ、行くぞ」

 

「何処に?」

 

「お前はバカなのか?手土産選びに行くんだろうが」

 

 そう言った遠山は席に座ったままの僕を待たずに歩き出し、僕の分のゴミもまとめて片していた。そのまま、店を出ていった遠山の姿にあっけに取られていた僕は、慌てて彼の後を追う。

 

 ……こういうところがモテるんだろうなぁ、なんて予想が直ぐにつく男に声を掛けたのは、やっぱり正解だったみたいだ。




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