【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた   作:一森 一輝

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戦う覚悟

 俺は木の枝を渡るようにして、樹上、知性オークの軍団の真上に身を潜めていた。

 

「クソッ! 連中、どこに行きやがったんだ!」

 

 知性オークはワナワナと震え、叫んでいる。それに部下のゴブリンたちは、同調するようにギィギィと喚いた。

 

 見上げるほどの巨躯に脂肪、豚の鼻、大きな木の実の胸覆い。

 

 オークのメス。奴がその、知性体だ。

 

「さて、どうしたもんかな」

 

 情報戦(かくれんぼ)では、一方的に敵を見つけた者に奇襲権が与えられる。

 

 奇襲権とはつまり、敵の防御なしで攻撃を放つ権利だ。その一撃で敵を殺せれば反撃もなし。俺みたいに真剣勝負(ガチンコ)が弱い男としては、必ず欲しいもの。

 

 だが、と知性オークを睨む。

 

「……刀の奇襲じゃあ、一発で殺すのは難しそうだな」

 

 ここに辿り着くにあたって、サクッと殺せそうなゴブリンは数匹殺したが。どちらにせよ知性オークを殺さないことには、勝負は決まらない。

 

「どーしたもんかな……」

 

 そんな訳で、うんうんと唸る俺である。

 

 ゴブリンは数がやたら多いから、適度にヒット&アウェイで減らしたいところだが……それで知性オークとの真剣勝負になってしまってはバカらしい。

 

 一度や二度なら機動力戦(鬼ごっこ)で逃げ切って仕切り直せばいいが、俺のスタミナとて無限ではないし。

 

 そう悩んでいた、その時だった。

 

「ファイアボール!」

 

「んっ?」

 

 少し離れた先で、ウィズの声が聞こえた。直後、燃え盛る火炎の弾が視界の端によぎる。

 

「……え、ウィズ? 帰ったんじゃないの? 戻ってきたのか?」

 

 俺はまばたきしつつ、どういうことかを確認すべく、息を潜めて枝葉を渡った。

 

 果たして、俺の想像する通り、ウィズがそこに立っていた。

 

 四方をゴブリンに囲まれながら、しかし発見力がないためにゴブリンの場所を捉えられず、右往左往している。

 

「ま、魔法、当たりました……? うぅ、ぜ、全然敵の場所分かりません……!」

 

 魔法で一体ゴブリンを倒しておきながら、ウィズの態度は不安でいっぱいのようだ。

 

 できることなら、俺も姿を現して安心させてやりたいところだが、知性オークがいる以上それも敵わない。

 

 そこで、噂をすれば影。知性オークが木の影から、ウィズの前に姿を現した。

 

「人間のメスってのはよぉ、これだから嫌なんだ」

 

「ひ……」

 

 ゆったりと、自信満々に現れた知性オークに、ウィズは震えあがる。

 

「体は小せぇ癖に、おれたちと同じ力があってよ。しかも魔法を使うときた。それに何だ? 珍しい人間のザコオスだと思ったら、さっきの奴はおれたちより隠密が上手いじゃねぇか」

 

 ブン! と巨大な石斧を振るい、オークは唸る。

 

「だが、一つだけラッキーだったのは、メスが戦闘慣れしてねぇってこった」

 

「……っ、そ、そんなこと」

 

「違うってのか? 違わねぇだろうがよ。じゃなきゃぁ……何でおれが火だるまになってねぇんだオラァァア!」

 

「ッ!」

 

 オークは一気に前進して、大きく石斧を振りかぶった。それにウィズは、思わず身を固くしてしまう。

 

 これは、まずいか? 自信をもって来たのなら良いのだが、これはもしかして、覚悟も決まらないまま、破れかぶれで来ちゃった感じか?

 

 一瞬それで、ウィズを守るべく飛び出そうとしたが、やめた。

 

 何故なら、気付くことがあったからだ。

 

「ウィズ、防御魔法使ってる?」

 

 防御魔法。不意の攻撃を防ぎ、ある程度の威力までは耐える。動きの鈍い魔法使いタイプには、必携の魔法だ。

 

 この防御魔法が掛かってるかどうかは、掛けられた本人を見れば分かる。体を覆う透明の膜。それが防御魔法なのだと。

 

 となれば、ここで無理に助け出すのは、ウィズの勇気を台無しにするのと同じだ。

 

 今にも助け出したくなる心を押さえつけ、俺はじっとその場に堪える。

 

「ラァアアアア!」

 

 オークが雄叫びを上げる。ウィズの防御魔法に、石斧が叩きつけられる。ガギィィン! という、激しい音。

 

 俺は息を潜め、防御魔法の様子に注視した。

 

 ウィズは魔力が潤沢と見えて、防御魔法に走ったダメージは僅かだ。恐らくあと十発近く耐えられる。

 

 知性オークの様子はどうか。まだ余力がありそうだ。今俺が襲い掛かっても、旨味は少ない。

 

 だから、待つ。粟立つ心を、じっとこらえて。

 

 再び、石斧が振るわれる。衝撃音が、高らかにこの場に響く。

 

「う、うう、うぅううう……!」

 

「ハハハハハッ! 大した防御魔法だが、ザコメスには過ぎた代物だったなぁ! お前みたいな覚悟が決まってねぇ奴はなぁ! どんなに強くても、戦場じゃ役立たずなんだよ!」

 

 何度も何度も石斧を叩きつけられ、ウィズはその場にへたり込んでしまう。ウィズは安全でありながら、眼前に迫る恐怖に動けないでいる。

 

「あ、ぁあ、ごっ、ごめんなさい、や、やめて。やめてください……! 私が、私が悪かったですっ。だから、それやめてぇっ」

 

「やめるかよぉおおおお! あのオスはなぁ、あの後すぐに、おれの仲間を五匹も殺しやがったんだ! 仇にお前を殺さなきゃ、気が済まねぇんだよぉぉおおお!」

 

 ウィズは同程度の身体能力しかオークにないと知りながら、動けないでいる。

 

 ―――戦う覚悟ができていないとは、こういうことだ。

 

 殺し合いの場で、敵を殺すために万全に動けない。そうなると男も女も関係ない。殴り殺されるサンドバックになるだけ。

 

 だが、それでもウィズの防御魔法は、この場において状況をひっくり返すカギとなる。

 

 続く石斧の打撃。防御魔法に入るヒビが、だんだん大きくなる。ウィズは恐怖に泣き出してしまって、もう何もできなくなる。

 

「ごめんなさいぃっ、ごめんなさいぃいいっ! やめてぇっ、やめてよぉおおっ……!」

 

「ハハハハハッ! もう少しだ! もう少しで防御魔法が破れるぞ、メスぅっ! そうしたら、お前は丸焼きにして、あのオスは子種棒だッ! ハハハハハッ!」

 

 防御魔法のヒビが、地面にまで達しようとしている。揺らぎ、破片を散らし、今にも砕けようとしている。

 

 ウィズは完全にこの場で殺されるものだと考えているのか、か細い悲鳴をかみ殺しながら、振り下ろされる斧を見つめていた。

 

 そうして恐怖にボロボロと涙をこぼしながら、しかし、こう呟くのだ。

 

「……でも、良かった。テクト君が捕まって、なくて」

 

 その言葉に、俺は目を真ん丸にして「はっ?」と声を漏らした。

 

 何だ、それ。死に間際で、ウィズが最期に思うのは、よりにもよってそれなのか。

 

「役立たずのザコメスゥッ! これで、仕舞いだぁあああああ!」

 

 オークが思い切り石斧を振りかぶる。防御魔法のヒビの中心に激突する。

 

 パリィイン! と甲高い破砕音を立てて、ウィズの防御魔法が砕けた。

 

 ウィズは恐怖に身じろぎ一つできなくなり、オークは勝ち誇って最後の一撃を見舞おうとする。

 

 

 

 そこに俺は、知性オークの消耗と、勝利を確信したが故の油断を見抜いた。

 

 

 

 飛び降りる。刀をかざす。確かにオークの体は強靭だ。だが――――

 

 ―――体重を乗せた落下攻撃ならば、ぶっ刺さる!

 

「がっ、あぁぁああああっ!?」

 

 俺は知性オークの背中に着地しながら、背後よりその心臓の付近を穿った。

 

 刀の刃先が、オークの腹から顔を出す。貫通。肋骨を避けての刺突くらい、俺にとっては朝飯前だ。

 

「な、これ、テメ……ッ。ザコオスぅううううう!」

 

「魔石はいただいていくぜ、オーク」

 

 俺はオークの突き刺した刀をぐるりと捻って、引き抜いた。そこには、血と肉のこびり付いた魔石が引っ付いている。

 

「は、ぇ……っ? て、テクト君っ!?」

 

「―――ウィズ、来てくれて助かった。こいつやたら隙がなくてさ、攻めあぐねてたんだよ」

 

 俺は、ウィズの功績を強調するように、オークにも聞こえるよう告げる。

 

 それからオークの背中を蹴って、素早く飛びのき、刀を確認した。

 

 肉のまとわりついた魔石。俺は魔石を取り外し、その輝きを見る。

 

「これで、目的達成だ。高純度魔石だぜ。あとは、慣らしに一発ぶちかませば、パイルバンカーの完成だ」

 

「っ、はい! はい!」

 

 ウィズは緊張が解けたと見えて、泣きながらコクコクと頷いている。そんな様子に、俺は苦笑だ。

 

 しかし、すべてが終わったわけではない。

 

「クソがぁぁぁ……! ザコオスぅぅううう……!」

 

「っ!? な、何で。さっきテクト君が、殺したはずじゃ」

 

 血まみれなのに立ち上がり、殺意に震える知性オークを見て、ウィズは顔を青くする。

 

 それに俺は、深呼吸して仕切り直した。

 

「生き物ってのは、魔物も動物もこんなもんだぜ。叩きのめして無力化できてなきゃあ、殺しても立ち上がる。見ろよ、ドーパミンがドバドバ出てて、痛みなんて欠片もないって顔だ」

 

「あぁぁああ!? 何言ってんだザコオス殺すぞォッ!」

 

 血走った目で、知性オークは叫ぶ。逃げ切れれば勝手に死ぬだろうが、そうもいかないというところか。

 

 俺は周囲の様子を耳で感じ取る。ゴブリンたちの統率は取れていて、隙があればいつでも俺たちに飛び掛かってきそうだ。

 

 それに、ウィズの足。恐らくは力が入らないのだろう。この包囲網となると、抱えて逃げるのも難しい。

 

 俺は戦略を組み立てて、告げる。

 

「ウィズ、防御魔法は立て直せるか?」

 

「は、はい。マジックウォール!」

 

 ウィズの周囲に、再び防御魔法が展開される。それを確認して、俺は言った。

 

「オークは俺が引き受ける。代わりに、ゴブリンの掃除を頼みたい。オークに集中したら、多分ゴブリンの奇襲は避けられない」

 

「……! そん、でも、私、ぅ」

 

「……」

 

 難しいか、と思う。先ほど、アレだけ怯えていたウィズだ。恐怖で戦えない可能性は高い。

 

 しかし、ウィズは、動いた。

 

「……――――ッ、やります! 私、ゴブリンを倒します!」

 

 言いながら、ウィズは胸元のバラを引き抜いた。

 

「私! 女なのに、男の子のテクト君に守られて、不甲斐なくて、だから! 私が、テクト君を守ります! 私に、テクト君を守らせてください!」

 

「……ああ。背中は任せるぜ、ウィズ! 代わりに、俺がウィズを守り抜く!」

 

「はい!」

 

 俺は刀を構え直す。その傍らで、パイルバンカーに魔石をセットし、いつでも一撃ぶちかませるように支度する。

 

 ウィズは、今まで使用していた杖を落とし、胸元のバラを杖のように構えた。バラの杖から、異様な雰囲気が漂い始める。

 

 知性オークは「お前らァッ! こいつらを生かして返すなよォッ!」と号令を出す。ゴブリンたちが茂みを渡り、ざわざわと森がざわめく。

 

 役者は揃った。ここからは、逃げも隠れもできはしない。

 

 真剣勝負(ガチンコ)の、始まりだ。

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