【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた   作:一森 一輝

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どろり

 激しい雨の中を、俺は、シアを背負って駆けていた。

 

「もう少しだからな、シア。もう大丈夫だから」

 

「ハァ、ハァ……は、ぃ……」

 

 シアの返事はかすれ、ひどく小さかった。しかし荒く息を吐いて、苦しそうにしている。

 

 だから俺は、更に走る足を速く、拠点へと戻った。

 

 拠点へと到着後、俺はすぐにシアをそっと地面に寝かせて、容体を確認した。

 

 数々の傷、脱水症状、栄養失調。そして肩、右足、頬の一部にわたる石化。

 

 俺は、心配そうに見守るリーフィに告げる。

 

「リーフィ、水を頼む。それから、食料を柔らかく煮て、スープを作って欲しい。水分多めで。飢えてる時に栄養の濃い食事を用意すると、消化しきれなくてかえって危ないから」

 

「わっ、分かりましたっ」

 

 気が動転した様子ながら、リーフィは動き出した。俺は再び、シアに向き直る。

 

「……テ、クト……」

 

「シア、無理しないでくれ。休んでていいんだ、な?」

 

 俺は唇を引きしめながら言うと、シアは何故か、嬉しそうに微かに笑った。

 

「テクトっ、水です!」

 

 そこで、リーフィが俺に水を渡してくる。俺はシアを抱き起しながら、「飲めるか」とそっと口に注ぐ。

 

「は……ゴホッ! ゲホッ!」

 

「大丈夫。ゆっくり、ゆっくり飲むんだ」

 

「はい……こく、ん……」

 

 こく、こく……とゆっくりながら、シアが水を飲んでいく。それで呼吸が落ち着いてきて、俺は少し安堵する。

 

「……シアも、流れ着いてたんだな。ごめん、もっと早くに見つけられていれば」

 

「……」

 

 シアは小さく首を振って、俺を優しい目で見つめてくる。

 

「テク、……せい、じゃ……」

 

「……!」

 

 俺は自分の無力さに歯がゆくなる。

 

 だがそれでも、このタイミングで、ギリギリで助けられて、良かった。もし悲鳴を聞き逃してシアを助けられなかったらと思うと、ゾッとする。

 

 そこで、シアが俺に袋を押し付けてきた。何だと思って開き、俺は瞠目する。

 

 それは、俺の装備一式だった。

 

 パイルバンカー、グラップリングフック、暗視ゴーグルなどの諸々が揃っていた。

 

「シア、これ」

 

「……テクトが、落ち……見てまし、から……」

 

 シアが、震える手で、袋を指さす。まだ何かあるのかと思って、底を漁り、見つけた。

 

 それは、発煙筒だった。魔法式の、高級な、はるか遠くからでも発見可能なもの。

 

「……何で、シア、こんなに装備を揃えてるんだ? あんな状況で……」

 

 振り落とされたリーフィを追って早々に落ちたから、俺はその後を知らないのだが、こんなに準備できる余裕はなかったように思うのだが。

 

 シアは俺の問いに、こう答えた。

 

「船は、立て直、ました……」

 

「っ? 船は沈まなかったのか? じゃあ、なおさら何で」

 

「見つからなかっ……テク、たちだけ、で……。魔獣島に、けば、救助隊が、組まれな……」

 

 荒い息とかすれた声で途切れ途切れになりながらも、「でも」とシアは続ける。

 

「わたくし、王族、です、ら……。組まれな、とは、ありえ、せん……だから、こうし……」

 

「……!」

 

 俺はシアの意図を汲み、絶句する。

 

 リーフィの語った通り、魔獣島で遭難していると判明した場合、救助隊は組まれなかっただろう。リーフィがいても、伯爵家では危ういと判断されたか。

 

 だが、遭難したのが王族となれば、話は違ってくる。危険でも救助隊が組まれる。だからシアは俺の装備をかき集め、質のいい発煙筒を伴って、俺の後を追ったのだと。

 

 俺は堪らなくなって、シアを強く抱きしめながら、声を振り絞る。

 

「シア、お前、バカだよ……! それだけのことのために、こんな、ボロボロになって……」

 

「……ふ……焦、しまいま、した……」

 

「ああ、そうだったな。お前、パニクるとバカやらかすもんな……」

 

 俺はにじんだ涙を目元から拭って、シアを見る。シアは俺にこれらを託せただけでも満足そうに、俺を見て微笑んでいる。

 

 だから、俺は言うのだ。

 

「シア、安心してくれ。絶対に、俺がお前を助ける。だからここで、安静に眠っててくれ」

 

「……は、い……ゲホッ、ゴホッ!」

 

 シアが目をつむりながら咳き込む。寒いのか体が震えている。俺はシアを火の近くに移動させ、必死に脱出計画を考える。

 

「……テクト」

 

 リーフィが、心配そうに俺に声をかけてくる。俺はシアを見つめたまま、リーフィに言った。

 

「リーフィ、聞いた通りだ。どうにかして、可能な限り早く、欲を言うなら今日中に、脱出の目途を立てる必要がある。力を、貸してくれ」

 

 俺は、ぐっと拳を握る。それにリーフィは、震える声で「はい」と頷いた。

 

 

 

 

 

 この際だから白状するが、リーフィはこの無人島生活で、テクトを好きになっていた。

 

 それを素直に認める気になったのは、明らかにテクトの見せる顔が、リーフィに向けるものとイリューシアに向けるものが、違うことに気付いたからだった。

 

「……」

 

 リーフィは、イリューシアのために温かいスープを作りながら、何でこんなことを考えているんだろう、と自分のことを考えていた。

 

 先ほどイリューシアを助けた時、リーフィは確かに心配していたのだ。

 

 イリューシアは憧れである。立派なお姉様。年の差はないが、姉も同然に慕っていた。

 

 だから、木の洞の中で見つかった時、ひどく動揺した。心配でたまらなくなった。だから急いで助けようとした。

 

『シアっ!? 何があったんだ!』

 

 だがそれよりもずっと早く、テクトが必死にイリューシアを助けに動いたのを見て、虚を突かれた気分になってしまったのだ。

 

 え? と。

 

 何でテクトが、そんな顔になるんですか? と。

 

 テクトは、リーフィがシアを案じるよりもずっと強い感情で、シアのことを心配していた。今もそうだ。何があったのかを、必死に聞き出して、震えている。

 

 それにリーフィは、嫉妬した。

 

 シアに近づくテクトにではない。テクトに心配されるシアに、嫉妬したのだ。

 

 確かに、テクトはイリューシアに気に入られていた。だがそれは、変わった男子だからと、目を付けられていたくらいのものだと思っていた。

 

 だから、リーフィはこの一週間で、勘違いしてしまったのだろう。

 

 リーフィは無人島で助け合った分、ちょっと気に入っているだけのイリューシアよりも、テクトと深い仲になれたのだと。

 

 だが、違った。テクトは、明らかにイリューシアのことを、リーフィよりもずっと強く思っている。リーフィはそのことを、目の前でまざまざとこうして、見せつけられていて。

 

 どろり、と。

 

 ひどく、嫌な気分だった。まるで、自分だけが見つけたはずの宝物が、すでに誰かが見つけた他人の宝物だったと知ったような、そんな。

 

 言ってしまえば、リーフィの感情は、横恋慕だったのだ。イリューシアよりも後にテクトを好きになって、イリューシアよりも浅い関係で、自分の正当性は一つもなくて。

 

 ずるい、と思ってしまう自分が嫌だった。

 

 イリューシアは好きだ。憧れている。なのに、テクトに強く想われていることが、こんなにも妬ましい。そう感じてしまう自分が恥ずかしい。こんな、こんな緊急事態で。

 

「リーフィ」

 

 テクトが、イリューシアを見つめたまま、リーフィに背を向けたまま、言う。

 

「聞いた通りだ。どうにかして、可能な限り早く、欲を言うなら今日中に、脱出の目途を立てる必要がある。力を、貸してくれ」

 

「……はい」

 

 震える声で、リーフィは答える。

 

 テクトは、自分を見もしない。仕方ない。だって、シアの方が重体で、リーフィは適当にスープを作っているだけで、だから、だから。

 

 そう思っていた時、テクトがこちらに振り向いた。

 

「え……」

 

 そこにあったのは、リーフィの想像とは、違った表情だった。

 

「頼む。発煙筒を焚いて救助を呼ぶだけじゃ、それこそ沢山死人が出る。バジリスクも、地龍も、全部どうにかする必要がある。俺とメイだけじゃ、どうにもならないんだ」

 

 テクトが、リーフィの手を掴む。テクトの目が、リーフィだけを見つめている。

 

「でも、リーフィなら! リーフィなら、こんな場面でも、どうにかできるかもしれない。俺はリーフィが強いのを知ってる! 俺らとリーフィなら、全部解決できるかも知れないんだ」

 

 そこにあったのは、ひどく必死で真剣な顔だった。しかしそれは、信頼ゆえにリーフィに見せてくれた顔だった。

 

「お前しか頼れないんだ、リーフィ……! シアを、助けてくれ……っ」

 

 ドクン、とリーフィの心臓が鼓動する。

 

 それは、ただシアを案じ、藁にも縋るというものではなかった。シアを強く案じながらも、その他の様々なことにも考えを巡らせ、リーフィだけを頼りにした言葉だった。

 

「……そんなに強く頼まなくても、良かったと思うんですけど」

 

 リーフィは思わず、少し拗ねたようなことを言ってしまう。

 

 それにテクトは、歯噛みしながら、こう答えるのだ。

 

「……本当なら、リーフィにも、危ない目に、遭って欲しくない。だから……」

 

 その言葉は、嫉妬に揺らいでいたリーフィの心を射抜くのに、あまりにも的確だった。

 

「~~~~~っ」

 

 リーフィは、ぎゅっ、と自分の手を握るテクトの手を掴み返す。

 

 勘違いだった。テクトがシアを見て、リーフィを見てくれないなんて、そんなことはなかった。こんな緊急事態になってなお、テクトはリーフィを大切に考えてくれていた。

 

 なら、なら、男がこれだけのことを言っているのに、応えないのは女ではない。

 

「舐めないで、欲しいんですけど」

 

「え?」

 

 リーフィは立ち上がる。テクトを見つめる。この愛おしい人を、嘆かせない。お慕いするお姉様を、助け出す。幸運にも、それらは一致している。

 

「さっき血抜きして放置したアルミラージ、全部ください。それで、準備します」

 

 リーフィは、ヤドリギの髪飾りに触れる。この一週間、テクトのお蔭で健康に過ごせたから、魔力は問題なく充填されている。

 

「ワタクシと、テクト、メイ。三人いれば解決なんて、余裕なんですけど」

 

「―――ああ!」

 

 リーフィの笑みに、テクトの顔に活力が戻る。それにリーフィは、愛おしさを募らせる。

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