【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた 作:一森 一輝
パンテラのアジト
パンテラのアジトは、ジェノーヴァの港町でも人通りの少ない、倉庫通りの片隅にあった。
「港町っていうのは、物流の関係でいつも倉庫がついて回る。そう言うところには、大抵使われない倉庫とか、都合のいい場所があるもんさ」
招かれて入ると、粗野だが必要なものがずらりと並べられた、捜査部隊の一室のような小部屋があった。
整えられていないベッド、放置された食べ残し、ぼんやりと暗い倉庫を照らすランタン。一人暮らしの男のような、荒んだ生活感よりも目に入るものが、そこにある。
「……これは、この港町の地図、か?」
「ああ、そうとも」
壁。木の板に大きく貼り付けられた図面は、この街の地図のようだった。
地理情報が細かくわかる、精巧な地図。北の高台には大きな屋敷と共にジェノーヴァ正妃の簡単な肖像画が画鋲で貼られている。他にも、重要人物らしき肖像画がいくつか。
「こいつらは?」
「今回の作戦で関わってきそうな連中の情報さ。ま、ジェノーヴァ正妃の関係者だね」
俺はそれらを見つめる。正妃、つまり貴族の関係者というには、ガラが悪く見えるが。
そこでパンテラは、くくっと笑って、ぐい、と強く俺の腰を抱き寄せてくる。
「何だいテクト? やる気満々じゃないか。可愛い奴だねぇ」
「そりゃあ、セラフィにシアを助けてくれた恩人の頼みだ。全力を尽くすに決まってる」
っていうか近い。パンテラの暴力的なまでに巨大なおっぱいが、俺の胸元に押し当てられて、形を変えている。うおおおお存在感がすごい! 圧力!
「……まったく、一筋縄じゃ行かない男だよ。怯えも照れもなく、別の女の名を出すとはね」
かと思ったら、そっと手を離され、俺は解放される。俺が首を傾げていると、「ふん」とパンテラは拗ねたように鼻を鳴らす。
「まぁいいさ。安い男じゃないのは知ってたしね。本題に入ろうか、テクト」
パンテラは地図の前に立ち、俺に向かう。
「早速だが、今回の作戦についてを説明する。まず、目的をもう一度明確にしておこう」
「頼む」
俺が促すと、パンテラは一枚の絵を取り出し、俺の前に掲げた。
「こいつは『青の宝玉』。獣人・豹族の里から盗み出された、一族の秘宝だ」
絵には、真っ青な丸い宝玉が描かれていた。特に紋様などはなく、シンプルな外見だ。
「今の所持者はグリーディア・ギルディン・ジェノーヴァ。ここの領主の正妃サマだね」
知っている。ジェノーヴァ正妃。好色のクソババア。セラフィを追い詰めた人物の一人だ。
「持ち主が分かってるなら、さっさと盗み出せばいい、と思うかい? だが残念ながら、そう簡単にはいかない。何故なら、ジェノーヴァ正妃は複数の秘密倉庫を持ってるからさ」
「秘密倉庫? そりゃまた、何というか」
「当ててやるよ、テクト。『後ろ暗い奴みたいだ』ってとこじゃないかい?」
俺の思ったことを当てられ「正解だ」と俺は肩を竦める。
「テクトの推察は正しいよ。だが順を追って説明した方がいい。次は敵情について話そう」
パンテラは図面を軽く手で叩く。
「こいつは見ての通り、ジェノーヴァの港町の地図と、正妃に関連する組織の見取り図だ」
俺はその物言いが気になって、言葉を繰り返す。
「……組織、か」
「ああ、その通りさ。組織。ジェノーヴァ正妃の下部組織、とでも言おうかね」
俺は地図に近づく。ガラの悪い正妃関係者たちの肖像の周りに、記載される情報。
『奴隷商の元締め』『麻薬の精製工場』『貴族関連の情報部』『賄賂会計』。
そして答えた。
「ジェノーヴァ正妃は、非合法組織を裏で束ねている……パンテラはそう睨んでるんだな」
「その通りだよ。あたしは悪党だからね、同じ悪党には鼻が利くのさ」
誇らしそうに、パンテラは自分の鼻を指で突いた。
「重要人物の肖像は、すべて有名な裏の人間。その中でも正妃との接触を確認できた奴らだよ。元々正妃はそっち系の血統だったらしくてね。結婚前からの付き合いってワケだ」
「真っ黒じゃん」
睨んでるどころか確定だった。俺が嫌な顔で言うと、パンテラが笑う。
「ハッハッハ! その通り、真っ黒さ。お蔭でジェノーヴァの港町は、表も裏も栄えてねぇ」
パンテラは肩を竦め「ジェノーヴァ正妃は悪党としちゃかなりの上澄みさ」と語る。
「悪辣にして狡猾。正妃の座も相当強引にもぎ取ったそうだ。聖女候補筆頭の嬢ちゃんの事件も、段取りとしてはこいつが全部整えた。敵の首魁はこいつだって覚えておきな」
「……ああ。こいつには借りがある。忘れねぇよ」
睨みつけ、思わずうなるように答えてしまう。ハッとすると、パンテラは俺を、目を丸くして見つめている。
「分かっちゃあいたが、テクト。あんた、ケダモノみたいな顔をするときがあるね」
「忘れてくれ……」
「ハッハッハ! 今更恥ずかしそうな顔したってダメさ。けど、気が合いそうで良かったよ」
パンテラが俺に肩を組んでくる。されるがままにしていると、パンテラは続ける。
「この正妃は、領主に秘密で財産を貯めこんでる。後ろ暗いことをたくさんやってね。その内の一つが、あたしの一族の秘宝ってワケだ。だから、奪い返してやるのさ」
「なるほどな。あらましは見えた。段取りはどうするんだ?」
「よくぞ聞いてくれたね。じゃあ次は、奪取計画についてを説明するよ」
パンテラは俺に向かう。
「見ての通り、ある程度は正妃の率いる組織についての情報が集まってる。その名も『ギルティファミリー』。重要人物もこの通り、ある程度は判明済みさ」
だが、とパンテラは続けた。
「長年続く裏組織らしくてね、それが正妃の存在でさらに幅を利かせるようになった。正妃自身、
「そりゃ、また」
難敵らしい。「でもね」とパンテラは続ける。
「今はそういう意味じゃ、普段よりよほどいい時期なのさ。何でか分かるかい?」
「時期がいい? っていうと……」
俺は考える。そして、思い至った。
「客船の爆発事故」
「その通り! 貴族王族をたくさん乗せた船上パーティを開いておきながら、あんな大事故を起こした監督責任が、今奴には問われている」
俺がリーフィと共に海に投げ出され、魔獣島に流れ着いたあの爆発事故。その責任を、ジェノーヴァ正妃は取らされようとしているらしい。ざまぁないな。
「その所為で正妃はてんやわんや! 組織も統制が取れてない状態さ。付け入るなら今だね」
じゃあ、実際にどうするのか。パンテラは「で、作戦の内容だけど」と続ける。
「あたしは別に、組織の壊滅が目的ってワケじゃあない。あくまでチンケなコソ泥だからね。目的は連中の秘密倉庫、その中の財宝だ」
「ふぅん……あんまり派手なことはしないつもりか。混乱に乗じて盗み出す、というか」
思うところはある。一方で、妥当な判断だとも感じた。顔さえバレていなければ、ローリスクハイリターンな活動だ。悪くはない。悪くはないが。
「でも、秘密の倉庫ってだけあって、場所は分からないワケだ。じゃあどうするのかって?」
パンテラは手近なギルティファミリー幹部の肖像を掴む。
そして、乱暴に引きちぎった。
「幹部を襲う。襲って、場所を吐かせる。連中の数だけ秘密倉庫があるのは掴んでるからね。それを繰り返せば、いつかあたしの目当てのものが出てくるはずって寸法さ」
「……それ、組織の壊滅と変わらなくないか?」
「不満かい?」
「いいや」
俺はニッと笑う。
「本音を言えば、俺もそうしたいと思ってた。悪党は徹底的に痛い目を見るべきだ。だろ?」
「怖いねぇ、あたしも悪党だってのに」
「パンテラはチンケなコソ泥なんだろ? なら前回ぶちのめしたので手打ちだ」
「ハッハッハ! 優しいことだよまったく」
パンテラはカラカラと笑う。笑うが、俺は沈黙と共に考える。
……組織を壊滅させて、パンテラ以外全員お縄についてるから、何も優しくはしてないんだけどな。まぁ本人がそう言ってるならいいか。
「にしても、そうか。敵は人間ばっかりになるな、じゃあ」
俺はぽつりと呟く。
人間相手の戦いを見越すなら、非殺傷武器が欲しいところだ。明鏡止水やパイルバンカーは手加減に向かない。なるべく怪我させずに無力化できる道具が欲しいところ。
「ま、色々考えておくかな」
非合法組織の襲撃に忙しくなるのなら、素材を取りに行く暇はない。幸い、倉庫を襲うのならふさわしいものも見つかるだろう。
俺は笑みと共に、パンテラに手を差し伸べる。
「ん? どうしたんだい?」
「どうしたって、これから組む相棒と握手だよ。やろうぜ、襲撃」
パンテラは俺を見る。それから笑い返して、手を握り返してきた。
「いいねぇ、いい男だよテクト。流石はあたしの男だ」
ぎゅっ、と俺たちは手を握り合う。さぁ、悪党狩りを始めよう。