【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた 作:一森 一輝
パンテラの活動に付き合って数日、俺はチャミーの邸宅にあてがわれた自室で、夕方までぐでーっと寝転がっていた。
「……見事に昼夜逆転してら」
パンテラに付き合って、毎夜幹部一人ずつ、秘密倉庫一つずつを襲って、数日。
俺は一度寝たらなっかなか起きない性質で、夜に活動ともなれば、しっかりと昼夜逆転してしまう。お蔭で夕方にパチリと目覚める始末。つまり今だ。
ご飯とかって今頼んだら迷惑かなぁ、とか思いながら立ち上がり、ドアノブに手を掛けると不意に警戒心がビリッと来て、手が止まった。
扉に耳を当て、澄ませる。すると、向こうで声が響いた。
『ああ! 腹立たしい! 実に腹立たしいわ! 何で爆発事故の件をあんな青二才の男ごときになじられないといけないのかしら! それに最近続く、あの強盗騒ぎも!』
聞き覚えのある声。俺は扉の向こうの人物が通り過ぎたのを感じて、戸を開けてその背後を確認した。
グリーディア・ギルディン・ジェノーヴァ。今俺が襲う秘密倉庫の所有者。パンテラから青の宝玉を奪ったクソババアだ。
その後ろには、使用人らしき人物が数人付いていて、グリーディアのブチギレ様に、体の動きを固くしている。何も言葉を挟まないのは、グリーディアの注目を避けるためか。
「あの第二王子、いつか計略に嵌めて、奴隷同然にしてハメてやるわぁ! でもまずは、ファミリーを襲う強盗の排除よねぇ……! あまりに情報がないのがネックだけれど」
グリーディアは廊下で足を止め、クツクツと笑いだす。
「それでも、絶対に見つけ出して、地獄を見せてあげないとねぇ……! ああ、楽しみだわぁ! 不届き者をイジメて憂さ晴らしするのが! 殿下を犯し抜くのがねぇ!」
オーッホッホッホッ! と高笑いを上げて、グリーディアが消えて行く。俺はそれを、「うわぁ……」と見送った。
想定していたことだが、まーブチギレているようだ。ムカツク奴なので『ざまぁみろ』とも思いつつ、絶対に掴まるワケには行かないな、とも思う。
同時に考えるのは、恐らく寸前まで奴が会っていたのだろう、チャミーのこと。
そこで、背後から声を掛けられる。
「確かに、あの様は『うわぁ』という声も出るな。せめて屋敷に帰ってから言うべきだろう」
「うわっ、チャミー!?」
「テクト、グリーディア女史と同じ扱いは、流石に傷つくぞ」
「いや、これは単純に驚いただけだって」
振り返ると、そこにはチャミーが立っていた。
手には何故か、ポテトの盛られた皿を手にしている。チャミーはそんな状態でも器用に肩を竦めて、俺に説明する。
「厄介なことに、爆発事故における女史の責任追及は私の役目となった。それで屋敷に招き、先ほどまで話していたんだ。気分の悪い話だな」
「……気分の悪い話、で済ませるあたり、チャミーも大物だよな。あんなこと言われてさ」
「これでも王族だ。大物であるのは義務ですらある。さて、では改めて本題と行こう」
チャミーは蠱惑的に俺に微笑みかけて、ポテト皿を俺に差し出してきた。
「おはよう、テクト。最近は随分と不健康な生活を送っていると聞いて、様子を見に来た。軽くつまめるものを持ってきたが、食べるか?」
「おぉ~、食べる食べる! うまそうだ」
チャミーが差し出してきたポテトフライ(よく見たらローズマリーと和えたおしゃれな奴だ)に、俺はよだれが出てしまう。ひとまず部屋に招き入れ、二人して椅子に座る。
「じゃ、早速……んっ、うまい! しかも香ばしい……。レシピが知りたいな」
「? いつでもカノンが作るぞ?」
「いや、いつまでも世話になるワケじゃないし」
というか大分こき使ってるな。チャミーはカノンのこと何だと思ってんだ。
そう俺がチャミーのノンデリ具合に呆れていると、逆にチャミーが俺に言う。
「にしても、お前は早寝早起きの健康優良児と聞いていたが」
「うっ。その、最近ちょっと夜遊びを覚えちゃってさ」
「シアからも小言を言うように頼まれていてな。まぁそれはどうでもいいのだが」
「良くないだろ。いや、うん。良くないよな……」
チャミーのノンデリに物申すと、俺自身のブーメランになるのが苦しい。
そう思っていると、チャミーは「何てな」と言って、くすり笑う。
「テクトのことだ。必要に駆られての事だろう。こう見えて人を見る目はあるつもりだ」
「……そんな長期間一緒にいたワケでもないのに」
「伝聞で知っていたし、直接会話する機会もままあった。こうして今も話している。お前が悪人だとか、自堕落とは思わないぞ、テクト」
「……ざっす」
やたら高く買われていて、俺はむず痒い思いをする。チャミーはくっくと笑って、「だが、夜遊びをしているのなら、いくつか注意しておこうか」と流し目で俺を見た。
「最近、ジェノーヴァの裏社会が騒がしいそうだ。仮面の二人組が暴れているらしく、その連中をめぐって、裏の人間が血眼になって探しているらしい」
「……はは……」
確実に俺たちだ。暴れまわってるのも本当だし。多分正妃から聞いたのだろう。
「裏社会は、仮面たちに懸賞金を掛けることに決めたそうだ。仮面というだけあって、誰もが疑われかねない。夜遊びをするのなら、注意することだな」
「……そう、だな。気を付けるよ」
懸賞金ってマジかよ、と思う。手配書じゃん。指名手配じゃん。そんな、俺は反社組織を襲って有り金をせしめているだけなのに!
……まぁ、恨まれるわな。そりゃそうだ。秘密倉庫の金は貰うし、薬は焼いてるし。
「あとは、そうだな。これは噂レベルのものだが」
チャミーはさらに続ける。
「妙な賞金稼ぎが、この街に入ってきた、という話もある。何でも、指名手配犯を連れてきたかと思えば、少し目を離した瞬間に消えているそうだ。『幽霊』と呼ばれているらしい」
「幽霊、ねぇ」
仮面の二人組に、賞金稼ぎ『幽霊』。前者は俺たちだが、裏社会は今日も物騒である。
そんな話をしていると、二人で突いていたポテトがなくなっていた。チャミーは皿を取って立ち上がり「楽しい語らいだった。またしよう」と部屋から去っていく。
「……チャミーも爽やかな奴だよなぁ」
飄々とし、どこか妖艶さもありながら、友人関係としては爽やかで後を引かない。
第二王子で、領地継承権はないはずだが……モテるらしいという話には納得だ。
「よし、俺も腹が膨れたし、パンテラのところに向かおうか」
俺は着替えを手に取って、今日も今日とて動き出す。
日が水平線に沈んだ後、夜空の月を見ながら、俺はパンテラの隠れ家に訪れていた。
「パンテラ~、入るぞ~」
軽くノックをして、扉を開ける。不用心にも鍵がかかっておらず、襲撃されたらどうするんだ、と思いながら、俺は中に入って鍵を掛けた。
薄暗い室内を見回す。ランタンは変わらず、薄ぼんやりと部屋を照らしている。
「パンテラ~? おーい?」
パンテラの姿が見つからず、俺は周囲を見回した。だが、いないという雰囲気ではない。気配があるから、恐らくはいる。
そうやって視線を巡らせていると、俺は異変に気付いた。
「ああ、屋根の上か」
天井のハッチが開いている。普段は閉まっているから、恐らくそこから登ったのだろう。
俺はハッチに掛けられた梯子を上り、天井から屋根の上に出る。すると月の浮かぶ海辺を眺めるパンテラの姿を見つけた。
「見つけた、パンテラ」
「ん……ああ、テクトかい。ぼーっとしてて気づかなかった」
言いながらも、パンテラは再び静かに月を眺め出す。俺は音を立てずに、その隣に座った。
倉庫の屋根からは、波打ち際のさざめきと、海上に浮かぶ月が一望できる。無言でいると、不思議なくらい寂しい気持ちが湧いてくる。
だから俺は、パンテラを見た。
パンテラは、普段寂しさとかの、繊細な感情を全く見せない奴だった。なのに今は、月明かりに毛並みを真っ青に照らして、何も心に届かないような眼で、海と月を見つめている。
思うのは、さらりと話した『一族の秘宝が奪われた』という話。
今までは、盗み出されたのだと思っていた。だがこの表情を見て、違うかもと気付く。
だってそれなら、『盗まれた』と言うはずだ。『奪われた』というと、ニュアンスが違う。
「なぁ、パンテラ」
俺が呼ぶと、パンテラは「ん?」と微笑みと共に俺を見た。
口は笑みを作っている。だが、その目はひどく寂しそうで。
「……俺たち、ギルティファミリーに指名手配されてるらしいぜ」
「本当かい? はぁー、意外に手を回すのが早いねぇ、連中」
過去に何があったんだ、という言葉を、俺は飲み込んだ。興味本位で聞いていい事では、ないと思ったから。
それから俺たちは、十数分程度、屋根の上で細波の音を聞いていた。浮かぶ月明かりは強く、他の星々を隠して、たった一つで輝いていた。