【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた   作:一森 一輝

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豹族の里

 パンテラの獣人の森、豹族の里の、里長の娘として生まれ育った。

 

 この場合の『里』とは、村よりも国の方が意味として適切だ。獣人が多数住まう獣人の森という地域における、『豹族』という国の王女だったのだ。

 

 だからパンテラは、幼い頃から英才教育を受けて育った。

 

 武術はもちろん、統率能力や戦術も学んだ。母に連れられ人間との交渉も訓練した。信仰にも篤く、同世代では誰よりも早く『破砕の啓示』を見出した。

 

 基本的に獣人は、人間と比べて頭が悪い。代わりに身体能力に優れる。そういう種族だ。

 

 だが、里長の子に生まれた以上、そのようなバカのままではいられない。

 

 故にパンテラは、完璧を求められた。人間の大人にも負けない知性に、人間よりも圧倒的に高い身体能力。そして『破砕の啓示』という特別な力。

 

「パンテラは立派な里長になる」「パンテラ様すごい!」「次の里長はパンテラ様だろう!」

 

 周りからは、そんな風に持て囃された。パンテラはまだ幼くて、素朴に『へへっ! そうだ! あたしはすごいんだぞー!』と調子に乗った。

 

 そうやってパンテラは育ち、十歳を少し過ぎる頃、里長の母親からこんなことを言われた。

 

「人間同士の戦争が、獣人の森近くまで広がっているそうだ。この森まで戦場にするつもりはないだろうが……注意するんだよ」

 

「戦争……」

 

 詳しい事情は知らない。ただ、人間の国同士でいざこざがあり、戦争が起こっているのだと。それがちょうど、獣人の森の近くにまで及んでいるのだと。

 

「だから、森の外に出ることは禁止だ。それと……人間に関わるのも禁止」

 

 里長はこう続けた。

 

「人間は、我ら獣人に災厄をもたらす。近づいてはいけないよ」

 

 そう言われ、パンテラは「ふーん?」とだけ答えて、普段通りに過ごした。

 

 森の片隅で、行き倒れた人間を見つけたのは、それからしばらくした頃の事だった。

 

「はぁ……っ、はぁ……っ、ど、どうか、お助け、くださ、い。みず、水、を」

 

 血まみれで、放っておけば、今にも死にそうだった。初老の女だ。パンテラが助けなければ、このまま衰弱して死ぬだろう。

 

 よぎるのは母、里長の教え。人間に関わるな、というもの。人間は災厄をもたらす……。

 

 だがパンテラの正義の心は、そんな教えをはねのけた。

 

「あたしに任せな。助けてやるよ」

 

 人間だろうが獣人だろうが関係ない。困っているのなら助けるべきだ。そう教えられて育ったから、パンテラはそのようにした。

 

 パンテラは人間を、里外れの小屋に運び込んだ。匿っているのがバレると怒られる気がしたから、こっそり物資を揃えて、健気に看病した。

 

 人間は元気になると、良く喋るようになった。人間の世界の話をしてくれた。パンテラはその話を面白がり、パンテラの話もよく人間に話した。

 

「あら、では里長は女性が? 男性ではなく?」

 

「里長はたくさん働かなきゃならないからね! 男は女に比べたら貧弱だし、里長なんて大変な仕事には就かせられないよ」

 

「そうなの……。人間はね、家という文化があって、そこは必ず男性が長になるのよ」

 

「へぇ~、変わってるな」

 

 社会の構造の話をしたり。

 

「獣人は、危険な魔物を狩って、男に送るんだ。それで女の実力を認めると、男は番ってくれるんだよ。……番うってどういうことか、まだ分かってないけど」

 

「あらあら、ふふふ、それはね?」

 

「―――えっ!? はぁっ!? 何だそれ!」

 

 男女はどんな風に近づくのか、なんて話をしたり。

 

 人間が特に興味を抱いたのは、里の秘宝の話だ。

 

「『青の宝玉』っていうのがあるんだ。昔この辺に棲んでたドラゴンが巣に隠しててさ。当時の英雄が、ドラゴンを倒して持ち帰って、里長の息子に送った。それで番いになったんだ」

 

「……青の、宝玉。というと、その通り青い宝石なのかしら?」

 

「ああ! 昔見せて貰ったんだけど、真っ青でキレイでさ。里長の一族に伝わってるんだ」

 

 パンテラが教えると、人間は目を剥いて、嬉しそうに微笑んだ。

 

「そうなの……ふふ。こんなところにあったのね、『海神の鍵』は」

 

「ん? 青の宝玉だぞ?」

 

「そうね。ええ、その通り。ふふふ……」

 

 人間はクスクスと笑っていたが、パンテラにはその理由がよく分からなかった。

 

 そんな風にしていると、次第に人間は回復して、森を出ることになった。

 

「お世話になったわね、パンテラ。これも何かの縁。きっとまた、会えるわ」

 

「そ、そうか? おばちゃんが居なくなるの、寂しいな……」

 

 そこでパンテラは、人間の名前を聞くのを忘れていたことに思い至った。

 

「じゃ、じゃあさ! 教えてくれよ! おばちゃん、名前なんて言うんだ?」

 

 人間は穏やかに微笑んで、こう答えた。

 

「グリーディア。グリーディア・ギルディン・ジェノーヴァよ。またね、パンテラ」

 

 そして、人間改めグリーディアは獣人の森、豹族の里を離れた。それをパンテラは、里の女にバレないように密かに、しかし出来るだけ盛大に送り出した。

 

 再会は、それから数年した頃のことだった。

 

 パンテラはその日狩りに出ていて、夕暮れまで里を離れていた。夕日の美しい日だった。

 

 帰ってきた時、パンテラは目の当たりにした。

 

「……里が、燃えてる」

 

 パンテラは、急いで里を駆け抜けた。何が起こったのかを把握しなければなならないと。

 

 里に辿り着くと、里の人々は死んでいた。家々は焼かれ、武装を固めた人間の兵士たちが死体を処理していた。

 

「あ、あぁ、あぁぁあ、あぁぁああああ!」

 

 人間による獣人の奴隷狩り。そういった話は聞いたことがあった。だがそういうのは賊のすることで、豹族はそんなものにやられるほど弱くなかった。

 

 ならば何故。パンテラは目に付く兵士たちを打ち倒しながら、里長の家に戻った。

 

 そこでは、母親である里長を手に掛ける、グリーディアの姿があった。

 

「あら、久しぶりねパンテラ。こんな時に里を離れていたなんて幸運だと思っていたのに、戻ってきてしまったのね」

 

「……は……? なん、で。グリーディアのおばさん……?」

 

 笑顔で里長の胴から剣を抜いて、グリーディアは笑った。

 

「あなたの世話には助かったわ。でも、聞き流せないことがたくさんあったの。例えばそう。男性を差別して、里長は代々女性が務めるという家母長制とか。なんて差別的なのって」

 

「は……?」

 

 意味が分からなかった。差別? 家母長制? 聞いたこともない言葉だ。パンテラの里は、女も男も互いに想いあって、大切にし合ってきていた。

 

「だから、私たちは豹族の男性を解放しに来たのよ。もう保護して避難済み。あとは男性に抑圧的な社会構造を築いた、野蛮な獣人の雌どもを皆殺しにするだけ」

 

 ついでに、とグリーディアは醜悪に笑う。笑いながら家の祭壇に向かい、そこに飾られていた『青の宝玉』に手を伸ばす。

 

「ああ、美しいわぁ。海神の鍵♡ これさえあれば、ジェノーヴァの古代神殿も開かれる」

 

「――――ッ、それに、触れるなァ!」

 

 パンテラはグリーディアに飛び掛かった。だが周囲の兵士たちに止められ、数人掛かりで制圧された。

 

「クソッ! 放せ! 放せよ! その宝玉に触るなぁ!」

 

「抑え込んでおきなさい。まだ若いとはいえ獣人よ。にしても、ああ」

 

 グリーディアは青の宝玉を見つめ、うっとりと魅入った。その目には、宝玉との青い光が、爛々と輝いている。

 

「魔獣島の地龍、バジリスクどもだけは対策を考えなければならないけれど……これさえあれば海神が目覚める。異界より現れた、海を割る巨神の力が、私のものになる……!」

 

 高笑いを上げるグリーディア。それに兵士の女たちが、一様に目に青い光を灯し「これで王国はグリーディア様のものだ」「世界征服も夢じゃないぞ」と下卑た笑いを浮かべる。

 

 その力の緩みを、パンテラは逃さなかった。

 

「―――ッ!」

 

「あっ!? テメ」「逃げるな! 待てぇ!」

 

 パンテラは冷静に判断した。この場の全員を倒すのに、パンテラ一人では戦力が足りない。だから、助けを求める必要がある。無事である他の獣人族でも、何でもいいから。

 

 それでパンテラは豹族の里を抜け出した。パンテラの俊足は豹族でも随一。獣人の中でもトップに位置するパンテラを、人間如きが追えるはずもなかった。

 

 それでパンテラは、一日走って、最寄りの獣人・虎族の里を訪ねた。パンテラは里長の娘として周囲の里に顔が利いたから、すぐに虎族の里長に会うことができた。

 

 だが、救助を頼み込んでの反応は、芳しくなかった。

 

「悪いが、手は貸せない」

 

「な―――何で、どうして!」

 

 食らいつくパンテラに、虎族の里長は言った。

 

「人間は災厄をもたらす。敵対しても、優しくしても、災厄をもたらすのだ。昔からの商人ならまだしも、豹族を容易く滅ぼすような人間とは、戦えない」

 

「あ……」

 

 その言葉に、パンテラは血の気が引いた。かつての里長、母親の言葉を思い出したのだ。

 

『人間は、我ら獣人に災厄をもたらす。近づいてはいけないよ』

 

「ああ、ああああ……!」

 

 すべては、パンテラが浅慮にグリーディアを助けたが故。

 

 グリーディアをあの時見殺しにしていれば、今頃豹族のみんなは生きていたのだ。

 

「ああぁぁあああああああ! あぁぁあああああああああ!」

 

 パンテラは絶叫して、虎族の里から飛び出した。他の里を訪ねることもできたが、答えが予想できたからしなかった。

 

 それよりも重要なのは、パンテラの罪のこと。パンテラが善行のつもりで行った看病と、軽はずみな雑談。それがパンテラの豹族を滅ぼすに至った。

 

「あたしがやったんだ」

 

 パンテラは森を駆け抜けながら、ぐちゃぐちゃの頭で呟いた。

 

「あたしがみんなを殺したんだ。あたしが全部悪かったんだ」

 

 パンテラはそのまま、数日間ワケも分からず森を彷徨った。そしてやっと気持ちが落ち着いて豹族の里に戻った時、死体も、家々も、何も残っていなかった。

 

「……あたしが……」

 

 そうして、パンテラは獣人の森を出た。

 

 辿り着いたのは人間の街。だが人脈のない獣人が就ける仕事なんて、ろくなものはない。

 

 数年経った頃、パンテラは有名なゴロツキになっていた。盗みに暴力。人間とは群れずに生きる一匹狼。

 

 そんなある日に忍び込んだ貴族の家で、パンテラは懐かしい顔を見た。

 

「……あんた。あんた、知ってるよ。豹族の里に居ただろう? あたしのことが分かるかい? パンテラだ。里長の娘だよ」

 

 それは、豹族の少年だった。豹族が滅んだ時、まだ小さな子供だった。

 

 今、少年は四肢を失って、首を鎖に繋がれていた。豪奢なベッドの上で死んだ目でいた。

 

 何故かは知らない。グリーディアは保護と言っていたのに、こんな有り様でいる。何があったのかは分からなかったし、知りようもなかった。ただパンテラは郷愁で語り掛けていた。

 

「……パンテラ、様?」

 

 少年は、パンテラに反応した。「ああ、そうだよ。あたしだ。パンテラだ」と、パンテラは理由の分からない涙を流しながら頷いた。

 

 少年は言った。

 

「ああ、ありがとうございます。ありがとうございます。神よ。誇り高き豹族の神よ。この地獄に耐えたぼくに、終わりをお与えくださるのですね」

 

「……あんた、どうしたんだい……?」

 

 困惑するパンテラに、少年は言った。

 

「パンテラ様。あなたはぼくの救世主です。どうか、どうか終わらせてください」

 

 その意味が分からないほど、パンテラはバカではなかった。

 

 パンテラはその言葉に動揺した。少年の境遇がどれだけ酷いものか、想像するに難くなかった。だが、だがそれでも、数年ぶりに会えた同郷で―――

 

「お願いします。パンテラ様」

 

 パンテラは、その少年のあまりに穏やかな微笑に、首を横に振れなかった。

 

 少年の地獄を終わらせて部屋から出ると、少年の地獄を作ったのだろう女が立っていた。狼狽える貴族の女にパンテラは拳を構え、その胴体に光を見出した。

 

 『破砕の啓示』。豹族がそう呼ぶ加護。光を貫き、その女は爆散した。

 

 パンテラはその返り血と肉を浴びた。次の瞬間思い出したのは、里の事。

 

 血のニオイ。血と肉を浴びながら、パンテラはその場に崩れ落ち、胃の中のものをすべて吐き出した。脳裏には、死んでいったみんなの無残な姿が、蘇っていた。

 

 パンテラはその日以来、殺しができなくなった。

 

 実入りのいい仕事は、だいたい殺しだった。だからパンテラは食うに困った。そもそもその一件以来、まともに働く気も起きなくなった。

 

 それでも、生きていれば腹が減る。パンテラの体は、パンテラに死ぬことを許さなかった。だから殺し以外の仕事に絞って、事に当たるようにした。

 

 皮肉にも、それは一種の信用として形を成した。依頼人は少しずつ上等になっていき、貴族、聖教会上層、いつしか王族にまで至った。

 

「お前がパンテラか。聞いているぞ。珍しい豹族の獣人で、頭が回り工作に長けると」

 

 蠱惑的に微笑む第二王子、チャミーと出会ったのは、そんな時だ。

 

「頼みたいことがある。手を焼いている盗賊がいてな。そこに潜入して、捕縛のきっかけを作って欲しい。ついでに、他にも色々と頼みたいことがある」

 

 そうして、パンテラは盗賊団に潜入し、奇妙な因果で新しい盗賊頭となった。そこで、テクトと出会ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこで、ある時知ったのさ。このジェノーヴァ領を。あのグリーディアがここの正妃だって。だとすれば、今も『青の宝玉』を持ってるかもしれない」

 

 パンテラは小さく座りながら、自嘲げに語る。

 

「あたしにはもう人殺しはできない。仇討ちすらまともにこなせない、弱い女だよ。でも、それでも、一族の宝を、あいつが持っているのだけは、許せないんだ」

 

 ぐい、とパンテラは温泉で顔を拭う。語る声は、震えていた。

 

 俺はそんなパンテラを、堪らなくなって、抱きしめる。

 

「なら、安心しろ。俺が取り戻す」

 

 ハッとして、パンテラが俺を見上げる。俺はぎゅうとパンテラを抱きしめ、呟く。

 

「俺が必ず、あのクソババアに報いを受けさせる。『青の宝玉』も、絶対に取り戻す!」

 

 パンテラは、じっと俺を見つめていた。驚いたように目を丸く見開いて、一心に。

 

 パンテラの呼吸が、荒くなる。唇を引き結ぶ。それから震え出し、泣き出した。

 

「―――――ッ」

 

 俺の胸の中で、パンテラは泣きじゃくる。その様子は今までの年上然としたものではなくて、まるで十代前半の、幼い少女のようだった。

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