【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた   作:一森 一輝

12 / 71
それは劇物

 その夜のこと。

 

 保健室に連行されたテクトが、案の定保健医に拘束され緊急入院し、しかし怪我の程度は軽微だと判明した後。

 

 ウィズは一人寝間着に着替えて、寝室のベッドで横になっていた。

 

 ウィズは女なので、寮は相部屋だ。だからベッド付きのカーテンを閉めることで、プライバシーを守る。

 

 そんな小さな暗闇の中で、ウィズは呟いた。

 

「テクト君……」

 

 その名前が自分の口から出てくるだけで、ウィズは多幸感に包まれる。

 

「テクト君、テクト君テクト君テクト君……!」

 

 だから、小声で繰り返す。何度も何度も、その名前を呼ぶ。

 

 そうしていると、ウィズは思いの丈を堪えきれなくなる。

 

「―――好き」

 

 一度口にしてしまえば、もう気持ちは止まらない。

 

「好き、大好きです。あなたみたいな人、きっとこの世に一人もいない。私なんかのために、命を懸けてくれる人は、一人も」

 

 男なんてほとんどいないこの世界。

 

 ここでは、女の命には価値などない。誰もが男を求める反動で、女など一山いくらという扱いになる。

 

 そんな世の中では、女は男に逆らえない。男に逆らうようならば、そもそも他の女に引きずりおろされ男に近づくことも許されない。

 

 だから女は、誰しも自らを偽る。自分を曲げ、隠し、したくもない恭順と奉仕でもって、やっと男の寵愛を引き出すのだ。

 

 それが、テクトだけは、ありのままのウィズを大切にしてくれる。

 

「テクト君、ああ、テクト君……っ。私の天使、私の男神、私の、大切な人」

 

 女とは結局、男の奴隷に過ぎないのだ。

 

 だというのに、決定的に価値の違う男の子であるはずのテクトが、ウィズのために命を懸けてくれた。

 

 その事実一つだけで、ウィズは十分だった。

 

「私が、守るから」

 

 ウィズは、今まで『男に近づくことも許されない』立場の女だった。貴族ではあるが、ほとんどその最底辺。一山いくらの女の中でも、さらに価値のない者。

 

 そんなウィズに救いの手を差し伸べたテクトの存在は、貧者に与えられる神の美食、渇きに苦しむ者に注がれる甘露がごとく。

 

「今はまだ、私、弱いけど。それでも、何があっても私が守るからね、テクト君。私の生涯のすべてを、あなたを守るために尽くさせてください」

 

 ウィズの目が、愛に濁っていく。

 

 ありうるはずもない男からの献身。飢えた女の脳が、灼かれずに済むはずもない。

 

 取り立てて特筆すべき事ではなかった。ただ、テクトの『女の子を守る男になる』という戦略の効果が、遥かに過小評価されていただけのこと。

 

 常人も賭け事にのめり込むように。

 

 無垢な少女も男を知って色に狂うように。

 

 誠実な者も麻薬を知れば渇望に身を焼くように。

 

 女に尽くす男という概念が、この世界にとって劇物だっただけ。

 

「愛してます、テクト君……♡」

 

 自らの愛に酔いながら、ウィズは静かにまどろんでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入学初日の事件は、まだ人間関係が構築されきっていなかったこともあり、一部の者にのみ届いた。

 

「へぇ? オークの森で、ガーランド君が怪我をしたと?」

 

「うっ、うん、そうみたい。デルフィアさんが保健室まで連れて帰ってきたみたいだけど」

 

 ナルシスに報告したクラスの少女の顔色は暗い。

 

 たとえ騎士家の、結婚相手としては苦しい相手でも、テクトとて男は男だ。

 

 クラスの女子からすれば、積極的に関わることはしなくとも、居てくれるだけでもありがたいし、怪我となれば心底心配になる。

 

 だが、それは女子の都合。

 

 ナルシスはその話を聞いて、まったく違うことを考えていた。

 

「その、デルフィアさんって、誰かな」

 

「え? あ、えと。私も話したことなくてね? 勉強が得意そうな子だったけど……」

 

「勉強が得意な子と、男子が、オークの森で怪我を、ねぇ……」

 

 ナルシスは何某かを思案する。

 

 それから、こう呟くのだ。

 

「僕のクラスで、僕ではなくガーランド君になびいた女子、か。……それは、気になってしまうね」

 

「なっ、ナルシス君?」

 

 ナルシスの呟きに、露骨に慌てる女子。

 

 それに、ナルシスは言った。

 

「君たち、デルフィアさんのことを調べておくように」

 

「う、うん! 調べておくね!」

 

「68点。もう少し返事は自然に。僕は、甘いものを食べに行こうかな。ご褒美待ちの子は誰?」

 

「はっ、はい! 今日は私です!」

 

「じゃあ、君と行こうか。君、可愛いね。名前は?」

 

「あ、えと。私は―――!」

 

 ナルシスは、適当な女子を連れて歩き出す。

 

 それを目で追いながら、女子たちは心中穏やかでないながら「デルフィアさん調べるの手伝うよ」「私も」と言葉を交わす。

 

 ナルシスとテクト、ウィズの所属する下級14号クラスに、淀んだ空気が流れ始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、上級1号クラスのこと。

 

 ここにも、遠いながら男子生徒の怪我の噂は届いていた。

 

 多くの女子に囲まれて、ひときわ小柄な、金髪ツインテールの少女が瞠目する。

 

「……その、怪我した男子。名前もう一度言ってもらえる?」

 

「は、はい。その下級貴族クラスの男子の名前は、プロテクルス・ガーランドと言うそうです」

 

 緊張気味に答えた少女に、小柄なツインテールの少女は、険しい顔になる。

 

 眉間によったしわに手を当てて揉みほぐしながら、ポツリと呟く。

 

「テクト、アタシに挨拶するよりも前に、オークの森で大怪我とか何考えてるのよあいつ……!」

 

「あ、アイギス様? どうされました? 下級貴族クラスのことなんて気を揉まれて」

 

「いいわ、ありがとう。いえ、ちょっと縁のある名前でね。……ところで、その男子を連れ帰った女子の名前は何だったかしら?」

 

「そちらは、ウィズ・デルフィアという名前だったかと」

 

「……二つ名持ち血統の入学生名簿で見た気がするわ、その名前」

 

 アイギスと呼ばれた少女は、心当たりを思い出して思案し、じわじわと感情をあふれさせる。

 

「ってことは~、ふぅん、へぇえ? 二つ名持ちの血統の女が? 男を怪我させて? おめおめ逃げ帰ってきて……その相手が、あまつさえ()()()()()()()ってこと?」

 

 少女はそっと机に触れ―――力加減を間違えて、指で表面をえぐってしまう。

 

「ひっ」

 

「あ、やっちゃった。まぁいいわ。ともかく、その、男の子を盾にするようなクソ女には、学年主席としてご挨拶しないとね」

 

 つまんだ机の切れ端の木片を、少女は指先の握力一つで粉々に砕く。

 

 その顔には、貼り付けたような笑みが、不気味に浮かんでいた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。