【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた 作:一森 一輝
明日に魔獣島への再出発を控えた日の事。
流石に明日また魔獣島、となると体を休めておこうかな、という理性が勝って、俺は特に予定もなく、チャミーの邸宅をうろついていた。
気分はもう、完全に明日に飛んでしまっている。セラフィにリーフィを連れて行って、どんなことが分かるのだろう、とワクワクしきりだ。
だから、暴力的な音が聞こえて、俺はビクリと肩を震わせた。
「なっ、なんだっ?」
邸宅でそんな音が聞こえると思っていなくて、俺は息を潜め、物陰から音の方を確認する。
そこには、見たことのない、高貴そうな女性の背中が、ツカツカと遠ざかっていくのが見えた。扉は大きく開け放たれている。今の音は、扉を乱暴に開けたものか、と気付く。
「お母様っ、あんな物言い……!」
「お黙りなさい、イリューシア」
そしてその後ろを、シアが追いかけていった。お母様? というと、コンスタンティン王国の正妃殿下か、あの人?
「何だ何だ一体……」
俺は嵐が過ぎ去ったのを見送って、シアと正妃殿下が出て行った部屋を覗き見た。
そこでは、チャミーが椅子に付き、項垂れて紙面を握り締めていた。傍らには偉丈婦カノンが、チャミーの肩に手を置いている。
そのタイミングで、チャミーが顔を上げた。天を仰ぐ。見えた瞳に、いつもなら無い青色の光が見えて、俺は眉を顰める。
だって、確かあの青は。
「……前にチャミーが、宝玉を見てた時の、青色……?」
チャミーが、呟く。
「ハ……アレだけ優秀な正妃殿下も、己が息子には目を曇らせるか」
自棄の入った笑い声が漏れる。チャミーは傍らに置かれていたペーパーナイフを取る。
そして、握り締めていた紙に、突き刺した。
「だから、だからダメなのだ。女は男に目を曇らせすぎる。だからいつまで経っても実権どまりで、本当の王になれない! まともな目があれば、あんな愚物を、王になど……ッ」
チャミーが感情的に紙にナイフを振るい、ビリビリに破いてしまう。何が書かれていたのか、俺には知るところではないが……俺はこんなチャミーを初めて見て、絶句してしまう。
チャミーの精神状態に呼応するように、瞳の青は爛々と輝いていた。俺は懐の宝玉を、思わず確認してしまう。宝玉には何も起こっていないが……。
それから、バラバラになった紙の真ん中で、チャミーは荒く息を吐いた。
「はぁ……はぁ……。……やはり、誰かに頼るような策はダメだ。私自身で、動かなければ」
ともかく、マズいタイミングに来てしまったらしい。俺は息を殺し、そっとその場を離れ、
「―――お前もそう思わないか、テクト。いるのは分かっている。出てこい」
「……ここは分かってても見逃すのが、取り乱した側のマナーって奴じゃねぇの」
「取り乱してなどいないが」
「無理があるだろ」
俺はとても居心地の悪い思いをしながら、チャミーに呼ばれ顔を出す。チャミーは汗ばんだ前髪をかき上げ、努めて不敵な笑みで俺を見る。
「まぁ座れ。愚痴に付き合うのも、食客の務めの一つだと思わないか」
「いいけどさ。さっき出てったの、正妃殿下か? なら、第一王子絡みのいざこざか」
「察しがいいな。運、美貌、そして能力。すべてを兼ね備えコンスタンティン王国を従えた正妃殿下ですら、己の息子には盲目になる。度し難い問題だな」
チャミーは冷静さを取り戻して、自嘲げに肩を竦める。俺は目を伏せ、そっと労う。
「大変だな、チャミーはさ。俺にはどれだけ大変かも想像がつかないけど、頑張ってるよ」
第一王子。詳しくは知らない。だが相当の人物だという話は、世情に疎い俺すら耳にする。
曰く、あまりにも幼稚。曰く、あまりにも無責任。曰く、一挙手一投足が国益を損なう。
実態を知らないのでうまく想像できないが、俺がボコる前のナルシスレベル100みたいな風だと想像している。そりゃあそんなのが王位に一番近いともなれば、心労もすごかろう。
俺の言葉に、チャミーはどこか肩の力を抜き、疲れたように微笑んだ。
「……そう言ってくれるだけ、幾分か救いになる。カノン、テクトに飲み物を注いでやれ」
「分かった、チャミー」
カノンが動き、俺にお茶を注いでくれる。俺は感謝しつつ受け取り、二人を交互に見る。
「どうした、テクト」
「いや、前々から思ってたけど、二人ってどういう関係なんだろうなぁってさ。婚約者なのはどこかで聞いたけど、今のやり取りは主従っぽいっていうか」
俺が言うと、チャミーが「ふむ……」とカノンを見る。
「カノンがこの通り無口だからな。私も人前で、カノンと親しくしたりもしないし。そうか、傍から見たら、主従に見えるのか。お前はどう思う? カノン」
「? 主従ではないのか?」
「バカ者。お前は以前の件で私の婚約者になっただろう。身の程を知れ」
「失礼した」
チャミーがカノンの頭を叩く。カノンはそれに何のダメージも受けず、適当に流している。
「……」
今のやり取りで、二人の関係性に面白みが湧いてくる。こいつら面白いかもしれん。
「な、なぁなぁ。元々二人は、どういう馴れ初めなんだ?」
「ああ、それは……。いや、む、何というか、話しにくいな。何故だ?」
「元々はお忍びで街に出たチャミーが悪党に掴まったのを、私が助けたのが始まりだ」
「カノン!」
淡々と『聞かれたから答える』という感じで喋り出したカノンを、チャミーが叱りつける。
「どうした、チャミー」
「ど、どうしたではない! 私も話しにくいことを軽々に話すな!」
「何故だ。聞かれたことには答えろと、私に教えたのはチャミーだろう」
「アレはっ、お前が当時あまりに無口だったから、せめてコミュニケーションに苦労しない程度に叩き直したまででだな!」
「よく分からん。弱みを晒す情報ではないと認識しているが」
カノンが首を傾げるのに、チャミーが返す言葉を失っている。俺は爆笑だ。
「お前ら……! お前ら、なんて良いカップルなんだ。一気に親近感がわいたぞおい」
「テクトも面白がって……!」
「チャミーが話すなと言うなら話さないが、理由を教えてくれ。話して良いこととそうでないことの区別がつかないのは困る」
「つ、つまりだな。その、何というか」
チャミーもチャミーで、説明にまごついている。『恥ずかしいから』の一言で済みそうなものだが……チャミー自身も恥ずかしいから話して欲しくない、という理由が分かってないな?
このカップル、感情に不器用すぎるな、と俺はだいぶホクホクしてしまう。楽しい。
「おいチャミー。むしろカノンに勝手に言われた分、チャミーもやり返してやれよ」
「何? ……そうだな。それで言えば、馴れ初めの助けたタイミングで、カノンは私に何と言ったと思う」
「え? 怪我はないか、とか?」
俺が言うと、チャミーはニヤリと笑い、こう言った。
「『一目惚れした。私の婿になってくれ』と言ったんだ」
「マジで!? カノン大分積極的だな!」
「……」
今度はカノンが無言になる。眼を閉じ、口をへの字にしている。意外に分かりやすい。
一方チャミーも楽しくなってきたのか、カノンの暴露話を意気揚々と続けた。
「私もカノンの女気は気に入ったが、流石に身分上受けられないからな。血統を聞いて、名門『要塞』の傍系だと言うから、『じゃあ次代一席でも取ってこい』と言ったんだ」
「そ、それでそれで?」
「すると席次考査までに極限まで鍛え上げて、第一席をもぎ取って、私の元に戻ってきた」
「カノンすげぇぇえええええ!」
年齢的に、アイギスが登場する一年前か。そしてさらに鍛え上げて、アイギスも退けたというワケだ。すごいなカノン。主人公かよ。
「元はここまでの体格ではなかった。同世代ではガッシリしていたが、会うたびに巨大で筋骨隆々になってな。よほどの努力をしたのだろうが、強がって『何もしていない』と強弁する」
「こ、これが愛の力か……」
俺が戦々恐々としてカノンを見ると、仏頂面のままカノンが口を開く。
「当時、チャミーはふさぎ込んでいてな」
「っ、カノン?」
「努力をせねば指弾され、努力をすれば警戒される。どうしろと言うのか、悩んでいた。だが私が第一席を取って戻ってきたら、『そうか。不可能などないのか』と言ってな」
「カノンッ、止めろ! 口を閉ざせ!」
「それ以来狡猾さを身に着け、今のように水面下で様々手を回すようになった。私との婚約を成立させたのは、少々無理やりだったが……」
「ッ! もういい! 勝手にしていろ!」
「アッハハハハハハハ! ひーっひーっ!」
チャミーは恥ずかしさが限界に達したか、顔を赤らめて出て行ってしまう。俺はそれを見て、腹を抱えて爆笑だ。
「め、めちゃくちゃ良いカップルじゃんかよ二人とも……! あー、楽しかった」
「こちらこそ礼を言う。正妃殿下との話し合いで荒んでいたチャミーが、元気になった」
「ああいや、俺は楽しく聞いてただけだって。感謝されるようなことはしてない」
頭を下げるカノンに、俺は言い返す。するとカノンは、じっと俺を見る。
「な、何だよ」
「……最近この屋敷でよく見る男、だな……?」
「えぇ!? そんなレベルの認識なのか!?」
「すまない。私はチャミー以外、あまり人の顔が覚えられなくて。失礼だが、何者か」
「テクトだ。チャミーの友達だよ」
俺が呆れて言うと、カノンは目を丸くする。
「チャミーに、友達ができた……?」
「自分の婚約者に失礼過ぎだろ」
と思ったが、冷静に考えたら、チャミーも友達ができにくい立場かもな、とも思う。
すると、カノンは言った。
「……テクト殿、と言ったな」
カノンが、俺を正面から見据える。
「チャミーは、あの通りの男だ。狡猾だが不器用。利害関係の構築は得意だが、親密になればなるほど迷走する悪癖がある」
「確かに、身近にいると不器用かもなって気付いてきたけど」
「チャミーは私のすべてだ。もしチャミーが地獄に落ちるのなら、私もその道を共にする。故にチャミーの選択次第で、私の槌がテクト殿に向かうこともあるかもしれない。しかし」
そしてカノンは、再び頭を下げるのだ。
「それでもどうか、チャミーと仲良くしてやって欲しい。あなたは、チャミーに初めてできた友達だから」
「……」
俺は無言で立ち上がる。それから、ニッと笑って手を差し出した。
「言われるまでもない。こちらこそ、チャミーと末永く仲良くな、カノン」
「……ありがたい」
俺とカノンは、固く握手を交わす。そうして二人、部屋を出る。
するとさっき出て行ったチャミーが戻ってきていて「何を話していた……」と恨みがましいめで俺たちを見たのだった。
不器用すぎだろこいつ。可愛く見えてきた。