【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた 作:一森 一輝
俺はアイギスと二人で道を進みながら、今は各々分かれて分散鍵を確保しようとしているのだ、と目的を話していた。
「ああ、そういうこと? それならいいけど」
言いながら、アイギスはツインテールが含んだ水を、手で絞っている。
「でも何であんな、いきなりアタシのこと連れ出したのよ。みんな集合してから、良い感じに分けるのじゃダメだった、の……」
アイギスは俺の意図を悟ったように、言葉を尻すぼみにさせる。俺はアイギスを見た。
「俺が気付かないと思ったのか? 今回の古代遺跡で、アイギス、ずっと様子が変だったろ」
「……鈍感なように見えて、人のことよく見てるわよね。そういうところも、成長して」
不安そうな、寂しそうな様子で、アイギスは呟く。俺は「違う」と首を振った。
「俺はいつも通りだ。いつも通り好きに冒険して、新しい道具作って、はしゃいでるだけだ。なのにアイギスは、俺を見て不安がってる。なら、それはアイギスが普段通りじゃないんだ」
「……」
「アイギス、本当に気にしてるのは、俺じゃないだろ。アイギスはずっと俺を見てるから、俺に不安をぶつけてるだけだ。重要なのは、アイギスが見ないようにしてる相手―――」
「やめてッ!」
黙っているなら、と俺がさらに核心に迫ると、アイギスが拒絶する。
「言うから。話すから、やめて。人から勝手なこと言われるのが、一番嫌」
「……悪かった」
俺は口を閉ざす。何もない、静かな一本道。沈黙の末、アイギスはついに、口を開く。
血統という概念、文化は、男が想像するより、ずっと複雑なものだ。
特に二つ名付きの血統は、構成人数が百を超えることも珍しくない。ともなれば、同じ血統で扱いが変わる存在も、当然に発生する。
アイギスはその中でも、歴代で多く第一席になった血筋―――『源流』の生まれだった。
源流とはつまり、テクトの前世で言うところの名家の本家に近い概念で、傍流に比べて格調高く、特別視される存在となる。優遇されるし、その分期待も重い。
そして幸運なことに、アイギスは優秀だった。頭も良く性格も明朗闊達。何より幼少期から力に優れ、家の生まれも良く、のびのびと才能を伸ばして育った。
だから、次代の序列を決める『血統席次考査』では、アイギスはまず間違いなく、第一席となるだろう、と考えられていたのだ。
「いい? アイギス。緊張せず、普段通りのあなたでやればいい。それだけで、きっとあなたに勝てる人はいないわ」
当代第一席である母は、そのように語った。当代第一席の母から見ても、アイギスはそういう才能だった。何か大きな計算違いがなければ、まず間違いなく第一席となる才能だ。
だから、アイギスが第一席になれなかったのは、大きな計算違いがあったからなのだ。
「血統席次考査、決勝戦! 両者前へ!」
アイギスは普段通りに戦って、順調に勝ち進んでいた。そして最後に相対した相手は、今までとは大きく毛色が違っていた。
アイギスの『小さな要塞』は、代々小柄で知られている。それは、女性の体を負担から守り、男性よりも小さくさせがちな魔力補助が、普通の何倍も大きいが故。
だが、アイギスが相対した人物は、見上げるような偉丈婦であった。
「右方、アイギス・グロリア・アラゴニア! 左方、カノン・ブラストクロム!」
聞いたことのない名字だ。恐らくは下級貴族。つまりは血統としては傍流。
そうだろう、という体型だった。『小さな要塞』は魔力が強ければ強いほど小柄になる。大柄な体躯はむしろ、魔力補助の係が弱いことの証左。
だからこそ、不気味だった。魔力補助が弱いまま、『小さな要塞』のトーナメントを上ってこられるとは思えない。何か種があるタイプだろう。アイギスはそう思った。
―――戦って、そんな推測は、まったくの外れであったことを悟った。
「ッ!?」
カノンは、魔力補助らしいものが、ほとんどない人物だった。ただ、極限にまで鍛え上げられた肉体でもって、アイギスに対抗した。
膨れ上がる筋肉でもって岩のような鎧を着て躍動し、丸太のような腕でもって『小さな要塞』の代名詞である巨大ハンマーを投擲した。
その膂力は、トロールですら片手で捻るアイギスをも上回っていた。おおよそ人間のそれではない。どれほどの鍛錬を積めば、この領域に辿り着けるというのか。
結果として、アイギスは敗北した。
誰もが、こんな結果を想像していなかった。『小さな要塞』に巨躯なし。何故ならそれは、魔力補助という才能に乏しいことを示すはずだから。
なのにカノンは、それを打ち壊して見せた。
それは、あるいは、『小さな要塞』傍流の女にとって、快挙だったのかもしれない。才能で決まるはずの席次を、努力で突破したと。源流が必ず、第一席となるわけではないのだと。
だが、それで敗北したアイギスの惨めさは、筆舌に尽くしがたい。
母は、生まれて初めてアイギスを感情のままに罵倒した。今までアレだけ深く愛してくれたアイギスをだ。
別に母は、アイギスの才能だけを愛していたわけではない。後にも先にも、あの時だけ。その後に母は反省して、アイギスに、罵倒したことを謝罪までしてくれた。
だから、アイギスは理解してしまったのだ。アイギスは、それだけのことをしたのだと。
優れた生まれ、優れた才能、優れた環境、弛まぬ努力。そのすべてをもってなお、アイギスは敗北した。カノンは才能を努力で破った英雄となり、アイギスは敗北した悪役になった。
それでもアイギスは強かった。カノンに負けたのだから、と舐めてかかる連中を、軽くひねりつぶしてきた。だが年に一度行われる席次考査では、カノンにだけは負け続けた。
カノンはその後も、快進撃を続けた。
一年早く生まれたカノンは、学園で様々な事件に遭遇し、そのすべてを解決した。その果てには、気難し屋で一人の婚約者も決めていない第二王子に、唯一選ばれた女となった。
その頃にはもはやアイギスが敗北者なのではなく、カノンが特別なのだ、という目で見られるようになった。
いわばアイギスは、可哀想な第一被害者。カノンという特別な主人公に、最初にやられた噛ませ役。アイギス自身有能で性格も良かったから、アイギスには同情が集まるようになった。
その同情が、アイギスを傷つけないワケはなかったのに。
「カノンはね、特別よ。もうアタシも、勝てるなんて思ってない。そういう存在。でも」
分散鍵の一部を回収して、帰り道。
アイギスはいつものように俺の腹部に抱き着きながら、しかしいつもとはまったく違った、ひどく弱々しい声色で続けた。
「アタシの身近な人に、もう一人、特別な人がいる。物語の主人公みたいに特別で、魅力的で、困難を次から次へと突破する、特別な、人」
「……アイギス」
「カノンに勝てないのは、いい。アタシは優れてはいても、特別じゃないから。でも、テクトと離れ離れになるのだけは、嫌。特別なテクトに、ついていけないのは、嫌……!」
それは、アイギスの、一番弱い感情の発露だった。アイギスは強い。どんな時でも強い。でもそれは、弱い面をどんな時でも隠せていただけ。
アイギスもまだ、小さな少女なのだと、俺は改めて認識する。
「安心しろ。俺はどこにもいかないよ」
「うそ。アタシが見てない間に、無人島でも、街でも大暴れしたらしいじゃない」
ギク、と俺は図星を突かれ、「それは、その」とまごつく。
だが、アイギスはそれで終わらなかった。
「その前にも、セラフィの事件とか、討伐演習でも無茶してた。アタシの目の届かないところで、テクトは、どんどん強く、特別になってく」
アイギスは震えながら、言葉をこぼす。
「怖いの。アタシは、特別にはなれなかった。だから、特別なテクトは、いつかアタシを連れて行ってくれなくなるんじゃないかって。いつか、手が届かなくなるんじゃないかって」
「……」
俺は、それに、何も言い返せなかった。
俺は、自分が特別だなんて、思ったことはない。けど、アイギス以外にも友達が増えて、色んな経験をして、今まで存在感のあったアイギスを、意識しない時間が増えた、気がする。
アイギスは俺から離れる。それから、ぐす、と鼻を啜って、赤い目下で笑みを作った。
「なんてね。自分の力不足なんだから、アタシが頑張ればいいだけよ。弱い女が、男の子に振り向いてもらえるワケなんてないんだから。だから、テクトは何も悪くないの」
先行くわねっ、と言って、アイギスは俺を置いて元の場所に戻っていく。
俺はその小さな背中に、どんな言葉をかければいいのか、考えていた。