【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた 作:一森 一輝
ブランと話を終えた俺は、ひとまずメイを回収して、次の授業のために教室に戻っていた。
『テクト~、何でさ~? 何で王になりたくないの? せめて理由だけでも教えておくれよ~』
そんな俺に、ブランは猫なで声で問いかけてくる。
衆人環視なので答えられないぞ、と視線を送るも、ブランは分かってやっているのか、クスクス笑って俺の周りをふわふわと回るばかり。
『? ご主人不機嫌? 体調悪い?』
そんな俺を思いやってくれるのか、メイがそんな風に呼びかけてくる。俺は気にするなという意味を込めて、指でトントンと指輪に触れた。
『むぅ。ご主人、不機嫌だからってメイに当たるのやめて』
「!?」
そっちこそボケを渋滞させるのを止めて欲しい。何で伝わらないんだよ。いつもこれで伝わってただろ。
そんなやり取りをしている間にも、教師が現れ、授業は始まる。俺はすでに席についていて、ひとまず紙にペンと必要なものを手元に揃えておく。
すると、ブランがしゃがんで俺の机の側面から顔を出して、声をかけてくる。
『ねぇ』
「……」
『ねぇってば』
「…………」
『構ってくれないと悪戯するよ?』
「………………」
そんなこと言われても、応えられる環境ではないだろうに。俺はブランを睨むと、ブランは『やっとこっちを見てくれたね』とニンマリ笑う。
するとブランは、懐から白の糸が巻かれた木糸巻を取り出して、白のハンカチに『ふんふふーん♪』と針に通してチクチクとやり始める。
何だ何だ、と俺は渋い顔である。授業に集中したいのに、ブランが何をしでかすのかと気が気でない。
そしてブランは一通り作業が終わったのか、俺に向けてバッとハンカチを広げて見せてきた。そこには、こう刺繍されていた。
『王にならない?』
「……」
俺は無言で小さく首を横に振る。
するとブランはハンカチを一度閉じて、再び開いた。
『王になるとイイコトあるよ?』
刺繍の文字が一瞬にして変化している。俺はちょっとすごいなと思いつつ、再び首を振った。
するとブランは再びハンカチを閉じて、開く。
『王になって♡』
ごり押しされても嫌なモンは嫌だろ。俺は首を振る。するとブランはまたも閉じて開いた。
『ファンサして♡』
しねぇよ。
俺が一層渋い顔になると、ブランはクスクスと押し殺すように笑いだす。悪戯……まぁこのくらいの悪戯なら可愛いモノだが。っていうかこの世界ファンサって言葉あるの?
するとブランは立ち上がり、俺のバッグをゴソゴソとやり始める。おいおいおいおい。
ブランは俺のハンカチを見つけ出し、パァッと表情を華やがせた。
俺は慌てて周囲を確認するも、騒ぎにはなっていない。ブランのしたことに周囲は気付けないのか。ともあれ、ハンカチが宙に浮いて見えるという事はないらしい。
俺の困惑をよそに、ブランは俺のハンカチにも刺繍を始める。そして爆速で完了させ、俺に見せてきた。
『†着飾った王 プロテクルス・ガーランド†』
俺は共感性羞恥に、思わずブランからハンカチをひったくった。
その日は、終始そんな調子だった。
とにかくブランが俺に引っ付いて、俺にしか見えないことをいいことに、俺にずっとちょっかいを出してくるのだ。
その所為で俺が注意散漫だったり、突然変な動きをするから、周りからは大変妙な目で見られる羽目になった。特にずっと一緒にいるメイから『ご主人大丈夫……?』とシンプルに疑惑の目で見られたほど。
そんなこんなで時間が過ぎゆき、午後十時過ぎ。メイも寝静まったのを確認して、俺はブランに向き合っていた。
「おうこらどういう了見だこの野郎」
『あぁ、悲しいよテクト。やっと口を利いてくれたと思ったら、ケンカ腰だなんて』
「ケンカ腰にさせるようなことを日中やり続けたのは誰だったかねぇ!?」
俺が怒りと共に言うと、ブランは口を押えて、『ぷふっ、うふふふふふっ』と心底楽しそうに笑いだす。
「……はぁ」
そんなブランに、俺はため息を吐く。いくら無視してもこの調子なのだとすれば、無視は悪手だ。こんな悪戯娘、放置してはおけないだろう。
というか無視してなかったけどな。アイコンタクトは十分にとったつもりだ。むしろ『悪戯を止めろ』という無言の抗議を無視されていたのは俺の方である。キレそう。
「何で王になりたくないのか、だったよな」
俺は頭をかきながら、ブランを見る。
「なる意欲がないからだよ。王なんてのは、やる気のない奴がなるようなものじゃないだろ。俺は自分の人生を、程よく幸せに、納得できるように生きれればいいだけだ。器じゃない」
例えば女の子を守れる男になるとか。しっかり婚活をまっとうして、税金10倍を回避するとか。そういう、人並みになるための課題を達成できれば、それでいい。
っていうか何だよ王って。でけぇよ規模が。騎士家生まれになれるワケないだろ。
そう答えると、ブランはこう言った。
『まぁそんなことだろうと思ってたから、聞くまでもなかったけどね』
「マジでこいつ」
じゃあ何? 何で俺、こんなに悪戯される羽目になったの? 目を付けられたから? 理不尽じゃない?
『そして言うまでもないけれど』
ブランはニンマリと悪戯っぽく笑う。
『その程度の拒絶で、引き下がるボクではないのも分かるだろう? ボクも魔女。王を選び育てることを使命としている以上ね』
「じゃあ話は終わりだな。俺は寝る」
『ああっ、待っておくれよ。何だいもう。ボクのことをそんなに邪険に扱ってくれちゃって』
「されるに足ることをしている自覚がない……?」
俺の困惑をよそに、ブランはプリプリと怒り出す。頬を膨らませて、わざとらしく怒ったポーズだ。
「……」
そんな風にあしらいつつも、俺は無言でブランを見つめた。
正直なところ、『王になりたくない』というだけで、ここまで徹底した拒否をするワケではない。ブランに説明できない、もう一つの理由があったのだ。
すなわち―――ブランという存在の誘いに乗っていいのか、という不信感があったため。
そもそもブランは、魔女とかいうよく分からない謎存在。しかも主だの歪んだ魔女だの、恐らくラスボス級の厄ネタに連なる存在だ。
そんな存在の魔女に導かれるとか正直無いし、王の試練とやらを乗り越えるのも無い。
以前、何も知らずに王の試練モドキに挑んで、酷い目に遭っているのだこっちは。しかも偽物への挑戦ですらあの始末。何が悲しくてダブル厄ネタに特攻せにゃならんのか。
「まぁ、そういうワケだから」
俺はまとめに掛かる。
「俺は王にならない。その勧誘が目的なら、もっと目のある……上級貴族の誰かに持ちかけてくれ。分かったな?」
『でも』
「御託は聞かないぞ。じゃあおやすみ―――」
俺が言い捨てて目をつむろうとした瞬間だった。
『君を頼れないと、ボクは行く当てがなくて……』
「……」
俺は流石にそのまま眠れず、口をへの字にしてしまう。
しばしの沈黙。それから、耐えきれずに俺は言った。
「王にはならない。ならないけど……次の王候補が見つかるまでは、この辺に居ればいいんじゃねぇの」
『テクト……』
「でも王になんてならないからな! それは覚えとけよ!」
俺は布団を頭から被る。その上からブランが、そっと小声で囁いた。
『ありがとう、やっぱり優しいね、テクトは』
「……」
『それはそれとして、ボクはテクトのことを諦めたワケじゃないから、今後も説得という体で悪戯は続けるね♡』
「じゃあ出てけ」
『ひっ、ひどい! 行く先のないボクを容赦なく見捨てるだなんて!』
「知らん、出てけ。俺が優しくするのは優しくすべき相手だけだ。お前は違う。出てけ」
『ヤダヤダ何でそんな酷い事言うの?』
ぶりっ子ポーズでウルウルした目で見てくるブラン。俺はそんなブランを、ひっつかんで追い出すべく立ち上がる。
だがブランはすばしっこく、結局数十分後にメイから「ご主人うるさい~……もう寝てっ」と文句を言われ、俺はすごすごと引き下がるのだった。