【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた 作:一森 一輝
ブランは言った。
「ボク、ボク、服、失くしちゃった。これじゃ、ボク、何者でもなくなっちゃう。元の、みすぼらしいボクに、戻っちゃう……」
ブランは服を奪われた衝撃がよほど強かったのか、動揺しきりで、まともに会話の出来る状態ではなくなっていた。
何で、と思う。今まで見慣れた、飄々としたブランの姿からは一変している。まるで世界に己の存在が否定されているかのように、ブランはひどく卑屈な表情でいた。
―――そういえば、と思う。俺は、ブランのことを何も知らない。魔女であること。俺を王にしたがっていること。悪戯好きなこと。服飾が好きなこと。それだけだ。
とはいえ、まずは男たるもの、すべきことがある。
「これを着てくれ、ブラン」
俺はシャツを脱いで、ブランに着せてやる。するとブランはハッとして、俺を見上げた。
「て、テク、ト。ぼ、ボク……」
「気にすんな。俺も、まんまと武装を奪われた。魔道具ばっかに頼ってるような奴にはお仕置きだとさ」
そういう意味では、メイを連れてこなくてよかった。メイまで瓶に囚われたんじゃ、俺も冷静ではいられなかっただろう。
「でも、意外だったな。ブランは飄々としてるし、服を失ったくらいじゃ慌てないと思ってた。『やられたね。どうやり返してやろうか』なんて言うと思っててさ」
この世界の女の子なら、服を奪われた時の反応はその辺りになる。少なくともアイギスはそうだ。俺が脱ごうとしたら、代りに自分が脱いで服を俺に渡すような奴である。
けれど、ブランは違った。となれば、何か理由がある。
「なぁ、ブラン。何があったんだ? 俺に、話してくれるか?」
ブランの狼狽え様は、普通ではなかった。そうなると、流石に心配が勝つ。
それでなくとも、今は会話するだけの時間があった。ならば一人で立ち向かうより、仲間を立て直した方がいい。
ブランは全身を震わせながら、口を開く。
「ボク、ボク、は、何者でも、な、なかったん、だ」
「……何者でもなかったって?」
「ま、魔女になる、前。着飾る、前。だ、だから、ボク、は」
また、ブランの目に涙が溜まる。ポロポロと、零れ落ちていく。
「服も持たないボク、は、何者でも、ない、んだ。ボクは、ボクは……」
「何者でもないだなんて……そんなことないだろ。ブランは、凄い魔法を使えるし」
「魔法なんて、ただの力だ! こんなもの最後には何にもならない! 第一、ボクが掛けた魔法は服に掛かってる! 道具もない今、服のないボクには、本当に、何の価値も……っ」
強い拒絶だった。俺は驚いて、目を丸くしてしまうほどだった。
それから、考える。知る限りの、ブランのことを。
俺はブランのことをほんの一部しか知らない。けれど、想像できることはある。
「……そうだよな。不安、だよな。分かるよ。俺も慣れた装備をほとんど奪われた。こうなった以上、俺の力はほとんど残されてない。俺は、魔力のない男だから」
「……テクト……?」
ブランが、俺のことを見上げる。俺は苦笑して、肩を竦めた。
「俺は、人生で何度『男でさえなければ』って言われたか分からない。魔力がないから、どんなに剣や戦闘の才能があっても、最後には女の子たちに負ける。そういう人生だった」
俺は奪われた武器を思う。
「俺が作り出した武器は、全部魔力が絡んでる。魔力がない俺は、ずっと魔力を求めてた。だから今、すごく怖い。頼みにしてたもの全部失って、太刀打ちできるか分からない」
でも、と俺はブランのくれた未完の応衣に触れた。
「でも俺には、まだこれがある。ブランがくれたこのマントが。だから、これがなくなるまでは、頑張ってみようと思う」
そして、優しく笑いかけた。
「お前がこの未完の応衣をくれたから、俺はまだギリギリ、立ち上がれるんだ」
「テクト……」
俺は、立ち上がる。
「ここで、隠れててくれ。後は俺がやる。だから、安心して待っててくれ」
「え……」
俺の笑顔に、ブランは目を剥いて、俺を見上げた。
「そ、そん、だ、め。だって、テク、ト」
「ああ、そうだよな。身体も弱い、魔力もない男が、何をしゃしゃってんだって話だよな。でもこんな状況だし、無い知恵絞って、上手く立ち回ってみるしかないだろ?」
少しでも元気づけるために、俺はブランに微笑んだ。
「何とかなるって。だから、待っててくれ」
「あ……」
俺は着せたシャツ越しに、ポンポンとブランの肩を叩いた。それから立ち上がり、「どーすっかな……」と歩き出す。
「ま、てく、と、待っ、て……」
歩き出すと、ブランがそんな風に言う。俺は振り返って「敵は引き付けて、こっちには近づけさせない。任せてくれ」と微笑んだ。
さて、気を取り直して、あの瓶の巨人をどう倒すか、である。
まず、俺の装備を確認しよう。
通常武器はなし。学内での帯刀は認められていないのと、シンプルにかさ張るから。
つまりは、アレだ。
「……使える武器、蛍火デコイと未完の応衣だけかぁ……」
ひ~、と俺は苦しくなってしまう。中々なピンチだ。学園入学以降は初めてじゃないか? このレベルは。
とはいえ、だ。
「人生初レベルのピンチでは、ないな」
俺は魔道具の山の影を踏む。それからマントで自分を包んで払って、己の姿を景色に同化させる。
魔道具の山はそこかしこにあったから、まぎれるのは難しくなかった。俺はその力を使って、堂々と敵の攻撃範囲の中から、動きを観察していた。
瓶の巨人は、のそのそと歩いては、物陰に俺たちが隠れていないかを確認しているようだった。まだ距離はあるが、ブランの近くに辿り着けば、いずれブランを見つけてしまう。
となれば、早く片付けるしかない。ないが、それには手を考える必要がある。
「……そういえば、ブランは言ってたな。未完の応衣の魔法は、対象を選ばないって」
そこで偶然、俺の背後の魔道具の山が崩れて、魔道具の一つが転がり落ちた。
そんなのはこのダンジョンで珍しいことではなかったが、至近距離だったから瓶の巨人の注目を引いた。
瓶の巨人が振り返る。足元の魔道具の山を凝視し、そこに俺が紛れていることに気付く。
「キィィイイイイイイイイイン!」
まるで瓶を金属で叩いたかのような甲高い音を出し、瓶の巨人は怒りだした。拳の大きな瓶の内側で、グツグツとマグマが煮えたぎる。その拳を、大きく振りかぶる。
俺はそれに応えるように、自分でも拳を振りかぶった。何の仕掛けもない、ただの拳だ。
だが、当然そのままで放つワケじゃない。俺は足元の瓶の巨人の影を踏み、体をマントで包み、払う。
すると、俺の拳は、煮えたぎるマグマの瓶に変化した。
「へぇ、面白いじゃん。じゃあこれをぶつけたら―――どうなるってんだァッ!?」
激突。衝撃。
俺と瓶巨人の拳がぶつかり合い、大きな衝撃に同じだけ弾かれ、よろめいた。
「ハッハッハッハ! なるほどな! なるほど! こりゃあ面白いじゃんかよブラン! ギリースーツだけでもかなり面白かったが、こんな真似もできるのか!」
俺は後ろ足で地面を突いて、よろめきから体勢を立て直す。
たった一撃。ギリースーツ的な使い方と違って物の数秒で、『影の仮縫い』のコピーは解除されてしまった。
だがそれでも、これは状況を覆しうる強力な武装だ。
「キィィイイイイイイイイイン!」
俺の抵抗に更に怒ったか、瓶の巨人はぶつけ合った拳をもう一度構えた。俺も同時に影を踏みマントを払い、体を瓶の巨人同然に変化させる。
再び、激突。やはり拳は弾き合う。コピーしたが故の、互角の一発。
これは強い。時間制限があるとはいえ、短時間の間、敵の身体スペックをコピーできる。どんな相手でも互角に渡り合えるし、やり方次第では優位を取るのも簡単だ。
問題があるとすれば一点。当然のことだが、俺は相手よりも、相手の体について理解が浅いという事。
瓶巨人のぶつけ合った拳が、割れる。
「ッ」
その所為で、俺は思い切りマグマを浴びる羽目になった。慌てて逃げ出すも、下半身からバズンッ、と糸が強引に引き千切れるような音が響く。
「なるほど、こういう風に守ってくれるのな」
マグマから抜け出した俺は、火傷一つなく歩いていた。そんな俺を、瓶巨人が目で追う。
奴は今にも襲い掛かってきそうだ。だが、戦い方の要点は理解した。これなら、太刀打ちできる。
「来いよデカブツ! まだまだ勝負はこれからだろ!?」
俺は駆け出し、瓶巨人を引き寄せる。瓶巨人はゆったりとした動きで、しかし巨体故の一歩の大きさで、俺へと距離を詰めていく。
「ったく、グラップル無しのデカブツ戦とか、やってられないっての」
俺は瓶巨人の視線を切るようにして、魔道具の山を右の左に駆け、適切なタイミングで応衣の魔法で背景に紛れる。
そうすると、瓶巨人は俺を見つけられず、明後日の方向に走っていくのだ。マジでこのマントがなければ戦えなかったな、と思いつつ、俺は変化を解いて、大声で呼びかける。
「おいおいどこ行ってんだぁ!? こっちだこっち!」
「キィィィイイイイン」
瓶巨人が振り返る。そして俺を見つけ、一気に駆け寄ってくる。振りかぶるは拳の瓶。中ではマグマが煮えたぎり、一撃で俺を始末しに掛かろうとしている。
だが俺も、誘導した攻撃一つ避けられないほど、鈍重な体をしていない。
「―――らぁッ!」
迫る拳を飛びこみ前転で回避して、俺は水浸しの地面を転がった。誘導した先を見ると、瓶巨人はその拳で魔道具の山を破壊し、魔道具が大きく散らばっている。
魔道具の山は、このダンジョンが生み出すイミテーションだ。だから壊しても問題ない、というのは前置き。俺は瞬時に散らばった魔道具を精査し、望むモノを見つけ出す。
「これだァッ!」
「キィィイイイイン!」
火炎系の魔法が刻まれた剣を踏みつけると同時、瓶巨人は俺へと向けて次の一手を出していた。
何の捻りもないテレフォンパンチ。だがこいつはそれが怖い。
だから俺は、応衣の魔法を自分に掛ける。マントを払い、コビーしたものを晒す。
コピーした火炎魔法の剣は、衝撃に反応して火炎を放つ。だが限界があって、一定以上の火力を放つような衝撃を受けると、そもそも折れてしまう。
だが、『影の仮縫い』では関係ない。俺の手には、コピーした剣がある。それを俺は、瓶巨人へと投げつけた。本来は投擲を想定されていないが、この場合は問題ない。
「知ってるか? デカブツ。この手の魔道具は、壊れる時に爆発するんだぜ」
投げつけた剣と、瓶巨人の拳がぶつかる。途端、剣が爆発した。
「キィィイイイイン!?」
剣の爆発に襲われ、瓶巨人は仰け反った。たたらを踏み、煙の中で倒れる。
それから必死に立て直して這い上がった姿は、見るも無残なものだった。全身を構成する瓶のいくつかが、ひび割れを起こしている。
俺はコピーする用として、火炎剣を腰に差した。それから、再び翻弄すべく走りだす。
戦闘の運びはいい。有効打も与えられている。もし敵がこのままでいてくれるなら、勝てる。
だが、俺には懸念があった。すでに瓶巨人の両拳は砕けている。中からはマグマが垂れ、胴体も何もかもがひび割れている。
そこで、瓶巨人は俺から視線を外した。俺は再び火炎剣をコピーして投げるも、火炎剣は折れなければ爆発しない。投げてぶつけても火炎が出るだけで、有効打にはならない。
そして瓶巨人は、最初奴が現れた瓶の山に突撃した。潜り込み、埋もれる。俺はまさかと思いながら、動きを待つ。
果たして、瓶の巨人は、瓶の山から再び這い出てきた。
それも、俺が破壊した瓶のすべてを、新品に交換して。
俺は叫んだ。
「だよなぁぁぁああああ! 消費物の爆発瓶が拳についてる時点で、何かおかしいと思ったもんなぁぁぁああああ!」
俺は頭を抱える。クソ! クソ敵! ゴミクソ! あー腹立つ!
だが同時に、敵の底が見えた。
奴はある程度消耗したら、瓶の山に突っ込んで新品になって戻ってくる。だが瓶の山に戻れなきゃ終わりだし、戻っても最初の装備以上にはならない。
「警戒すべきは、投げつけてくる吸い込み瓶と、拳の爆発瓶だけ。なら、問題ない。ここから勝てる」
ブランが仕込んでくれた服の残基は残り1。一回までは食らっても死なない。なら、余裕だ。
「クソ瓶が。粉々にぶっ壊してやるからな」
俺はマントを払い、強がって笑う。